| 奥能登旅情 |
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2006.04.05 |
インスラマニア、現代語で分かり易く言えば「島フリーク」というのは精神病の一種だ、というロレンス・ダレルの言葉(僕が目にしたのはそれを引用した池澤夏樹の言葉)を、このサイトのどこかで紹介したような気がする。そして、今僕はこんな疑問にとらわれている。ならば、ベニンスラマニアすなわち「半島フリーク」というのも存在するのだろうか、という疑問だ。 等しく「島フリーク」といってもその種類は大別して二つあるのは、紛れもない事実だ。それは島自体が持つ特色ではなく、それを受け止める人間が持つ感性そのものだ。360度海に囲まれて「どこに進路を向けるのも自由」と思う人間もいれば「100%出口なし」という絶望感に淫靡な歓びを見出す人間もまた、存在するのだ。 「ぺニンスラマニア」は後者にやや近いのかも知れない。 「空港百景」という文章をいつか書いてみたいと思っている。その一番目と二番目は決まっていて、二番目は昔の羽田空港だ。最近の羽田は何だか印象が薄い。行きは目的地のことばかり頭にあって、帰りは思い出と疲労感をびっしりと詰め込んで帰ってくるせいだろう。そして何度戻ってきても「帰ってきた」という風情が薄い。いつも次の行き先のことばかり考えている。 そしてこの前勘定したら、僕が訪れた空港の数はたったの30にも満たない。年齢から考えても、100景に達するかどうか、実に微妙であることに気づいた。 だから、能登行きの便に乗れる機会は非常に嬉しかった。何しろ少し前に開港したばかりだし、それ以前は「日本の秘境」としての地位は割りと高かった。10年以上前に旅行を画策し、道のりの面倒くささに断念したことがある。まあ当時の話で言えば僻地に住んでいたから、旅程の面倒臭さは倍増だった、というデメリットもあった。しかし、本当の所を言えばそういった「不便な土地」があるからこそ、世界は成立している。 昼前に、家を出た。我が家から羽田の連結は、意外と良い。一時間半で、空港へ。チェックインを済ませ、出発ゲートへ。歩く歩道に乗り、ゲートに向かう途中で、アナウンスが入る。出発便の一つが、空港の天候により調査後の運行となる、とのことだった。その便なら良く知っている。昔僕が住み、何度も欠航で痛い目に遭った便だった。そして、その便が飛ばないとなると最後、夜行の船便でしか帰路はない、そんな不便な航路であるにも関わらず、その土地の人間はその便の予約を続け、失望を繰り返すのだった。 少し意地悪な気持ちが働き、その便の出発ゲートに立ち寄る(どうせ途中の道のりだった)。そして半ば予想していたことだったが、旧知の知り合いの顔など、全く見合わせなかった。それもそのはず、そんな便に期待して乗る奴など、そう多くはない。何より、僕が本当に会いたかった人間の多くは鬼籍に入ったり、土地を離れたりして、その便の搭乗口にいるはずもないのだった。 ざっと見渡して、名残り惜しく待合室をうろつき回り、それからやっと本来の搭乗口に向かった。 今から考えれば、それが悪運の始まりだったかもしれない。 ゲートについても、何もすることがない。元々、空港というのはひどくアクセスが悪く、車でも持っていない限り時間通りの到着は見込めない。それも、搭乗手続きに何時間もかかるというのはナンセンスの極みである。成田が最悪であるのはある程度仕方ないとしても、羽田で搭乗手続きにそれほど時間がかかるはずがない。検査だっておざなりだし、最終のところでうんざりするほどまたされなかったことも、一度もない。今回も、寄り道をしながら搭乗口に着いたのが30分前、煙草を吸い、トイレに行き、そろそろかと思い戻ったところで「濃霧のため天候調査中」というアナウンスが入る。一瞬嫌な予感が走る。日本において飛行機が飛ばない理由の中で「濃霧」とくるとそれは航空機及び到着空港にレーダーが存在しないということだ、ということを僕は知っている。もっとはっきり言えば、その便は主流といえない便であり、空港の設備も十分ではなく、おそらくクルーもメインストリームから外れた要員であり、それが欠航になろうがどうでも良いようなローカル便であることを意味している。 結局、その便は条件付という案内の元飛び立った。能登までは45分の空路。僕は百数十回乗った航空機で初めて1番を取得して、少し嬉しかった。この便が墜落したら僕の痕跡は歯型くらいしか残らないが、それすら先月病院に行ったばかりであり、身元の確認には苦労しないという万全っぷりであった。 ところが、肝心の飛行機がなかなか降りてくれない。能登の上空に到達したとき、機長からのアナウンスが入る。550メートルの視界を確保しなければならないところ、能登空港では100メートルの視界しかないという。予備燃料が1時間あり、30分ほど旋回飛行を行った後、もし天候が回復しなければ羽田に戻るという。まあ、冷静に考えれば死刑宣告に等しい。霧が急に晴れるなんてのは、ドラマの世界でしか存在しないからだ。 そして、僕らの乗った飛行機はその30分の旋回の後、羽田に引き返した。何もかも、予定調和。分かっていないのは僕ら乗客だけだ。「想定外」の事実にあわてふためき、JRの時刻表をリクエストする乗客が続出する。それが航空機に常備されているという事実の異常性に気づく人間はだれもいない。例え「俺は急いでいるんだ」と騒ぐ年寄りはいても、だ。その暴れる年寄りは自分が能登に降りられないことでどれだけのビジネスチャンスを逸するかと得々と語り、挙句の果てに「小松に降ろせ」と要求し、そのいずれも通らないことを確認すると(当たり前だが)急におとなしくなった。 だけど、何でだか知らないが暴れたそいつは特別待遇で、一番最初に飛行機を降りる権限を与えられた。でっぷりと太ったそいつの腹を眺めながら、僕はひどい徒労感に襲われた。ヘイ、オールドタイマー、貴様らが君臨する限りこの国に未来はないぜ、そして次の出番は僕だ、僕なら心肥大気味のあいつを大またで追い越すことはそれこそ余裕だ。ところが僕の目論見はスチュワーデスによって阻止された。スチュワーデスという人種はいつも僕にとって癇癪の種である。優越感を顔中にはびこらせ、機内を闊歩する。いかなる場合もその優雅さを崩すことはないように躾けられている。そして、高校や大学でどれほど勉強してきたか知らないが、やることは食事や毛布や飲料を客席に配ることだけだ。はっきりいってサービスの質としては極めて低い。ファミレスで働いている高校生のほうがましである場合も多い。どちらもマニュアル通りの対応しかできないことは共通しているので、これは航空会社とファミレスのマニュアルの差なのか。いや、違う。この差は明らかにサービス業に従事する人間の質だろう。スチュワーデスのお姉さん達でファミレスやコンビ二で「顧客にサービスする」ということを念頭に経験を積んだ人間がいるかというと、圧倒的に少数派であることには、ほぼ疑いがない。そして、どんな経験を積んだのかわからないが、権力には弱いという事実には目を覆うべきものがある。まあていの良い淫売というところがせいぜいなのだが、そのありさまをはっきりと見せられるのも残念だ。 同じ事を考えている奴は多数いるだろうから、せいぜい早足で歩き、無事小松行きの便に予約を入れられる。ただ残念だったことは19:35の便は予約できたのだが、その前の便は満席であり、後発便に予約を入れつつ前便でキャンセル待ちをするというアクションについては、僕が安いチケットを利用していたせいで不可能との返事をもらったことだ。 かくして3時間余の待機時間が始まった。 僕にとって幸運だったのは、同乗者のお陰でラウンジに入れたことである。ここの素晴らしいことは酒が飲み放題であることだ。酒飲みでよかった。ビールを数杯飲み、〆でウィスキー(ニッカの滅多に口に入ることのない高級品だった)を流し込むと、ぴったり三時間が経過していた。良い気持ちで搭乗口に入り、出発といきたいところで更に40分の遅延を食らう。これが正に拷問。いつ出発するかも知れぬ便を待ちつつ8時過ぎにやっと機内に案内される。離陸してしまうと時間の経つのははやい。一時間もしないうちに飛行機は滑走路に降り立つ。 でも、僕らにとってはそこからが大変だ。バスに乗って金沢へ。小松から金沢は結構遠い。高速を走っても一時間はかかる。そこから鉄道で七尾へ。昔はそこからのと鉄道という素敵な線が出ていたのだが、空港が出来たせいだろうか、蛸島まで出ていた線はいまではもうなくなってしまった。僕たちはどうしても明朝の九時には能登半島の先っぽにたどりついていなければならない。 これもまた運の良い話ではあるのだが、今回の仕事では現地に車で行った人間がいた。11時49分、僕らは七尾に到着し、彼の車に乗り込む。高速道路を突き抜け、数時間前に到着するはずだった空港を通過して数分後、たまらない程の睡魔が押し寄せる。僕が意識を失ったのはたったの数分だったに違いない、ふと気付くと、車は旅館の駐車場に滑り込んでいた。旅館に入り、ポットに湯を注ぎ茶を飲みながらふと時計を見ると一時を少し回ったところだった。 翌朝、波の音で目が覚めた。何年ぶりの体験だろうか。誘われるように海岸に出る。風は身を切るように冷たく、時折雪が混じる決して良い天候とは言えない朝だったが、砂はきめの細かい小麦色であり、また波は穏やかで僕の知っている冬の日本海とはかけ離れていた。恋路海岸とは誰が名づけたのかも知らないが、何とも切なく感傷的なこの名前が、目の前にある風景とぴったり合致することは確かだ。世の中「愛」ばかりが喧伝されてやかましいが、そんな中で「恋路」なんて奥ゆかしい言葉の似合う土地があることが驚きだった。最早取り返しのつかないことではあるが、もう少し若い頃にこんな素敵な風景を眺めながら旅をしたかったと、鼻水をすすりながら暫しの間、棒立ちになっていた。 TOPへ GangsterTopへ |