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日本茶専門店 立川園 | 埼玉県鴻巣市

 

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日本茶の歴史

日本での「お茶を飲む」という習慣はいつ頃から始まったのでしょうか?正確な年はわかっていませんが、お茶の作り方や飲み方は760年頃の唐(中国)の陸羽(りくう)によって書かれた「茶経」に記された方法が伝えられたと考えられています。日本国内での確かな歴史は次の通りです。

●平安時代

弘仁6年(815年) 「日本後紀」のなかで、永忠(えいちゅう)という僧侶が、嵯峨天皇にお茶を煎じて献上したという記録が残されています。
天歴5年(951年) 都であった京都の町に疫病が流行し、六波羅蜜寺の空也上人村上天皇から「悪疫退散の祈祷をせよ」との命を受け、祈願(お祈り)したものの、いっこうに疫病が治まらず、台車に梅干しとお茶を積んで市中を周り、薬用として町の人々に施したところ病気が治まったといわれています。
このことから村上天皇は毎年正月の元旦にお茶を服するようになり、後にこの習慣が「王服茶(おうぶくちゃ『大福茶』とも言う)」と呼ばれ、伝えられるようになりました。

●鎌倉時代

建保2年(1214年) 中国(宋)に留学して帰国した栄西禅師という僧が、お茶の効用などを著した「喫茶養生記」を将軍源実朝に献上しました。この書物は後の喫茶文化の普及に大変大きな影響を与えたと言われています。

このように古い歴史を見てみると、喫茶は現在のように「日常のありふれた習慣」というよりも、むしろ「薬」として、また「高価なもの」として扱われていました。お茶を飲むことを「一服」と表現することからも、「服用する」という薬と通ずるものがあることがわかります。

しかし、南北朝時代以降になると、一般に喫茶の風習が広まり、武士の間には色々な茶を飲んで当てる「闘茶(とうちゃ)」が流行しました。また、室町時代から戦国・安土桃山時代にかけては茶道が大成されました。(別記)

●江戸時代

元禄10年(1697年) 宮崎安貞によって作られた農書「農業全書」では、詳しく茶の栽培法や製造法が記される。
江戸時代末期 お茶は日本の重要な輸出品となり、とくにアメリカに輸出された。

●近代〜現代

明治維新後 士族授産の事業の一環として、士族の人々が茶園に従事するようになり、たくさんの茶畑が開拓されましたが、経済的にうまくいかずに農民に引き継がれていきました。
昭和40年代 現代では、戦中〜戦後を乗り越えると高度経済成長の中で茶業は成長し、大衆用の下級茶の生産が追いつかなくなり、物価のインフレも影響して緑茶の輸入が始まりました。
昭和50年代後半
〜60年代
食文化の洋風化から、缶ドリンクのお茶(ウーロン茶を含む)が開発され、、後にペットボトル入りのお茶飲料が開発され、若年層を中心としたお茶需要が一気に広がり現在に至っています。






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