供述調書  
平成九年七月五日付   平成九年七月十日付
平成九年七月七日付   平成九年七月十三日付
平成九年七月九日付   平成九年七月十七日付

*少年法の精神を尊重するためにあえて検事調書を掲載します。


供述調書
平成九年七月五日付


本籍 ××××
職業 T中学校三年生
住居 神戸市須磨区××××
電話 (                            )局番
氏名 ××××(編注・少年Aの氏名)
昭和××年×月×日生(一四歳)

〔右の者に対する殺人・死体遺棄被疑事件につき、平成九年七月五日兵庫県須磨警察署において、本職は、あらかじめ被疑者に対し自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取り調べたところ、任意次のとおり供述した。〕

一    前回に続いて話します。前回話したように、僕は、人を殺したいという欲望から、殺すのに適当な人間を探すために、平成九年五月二四日の昼過ぎ頃、僕の自転車であるママチャリに乗って、自宅を出ました。
 そして、××(編注・少年Aの自宅のある町名)の町内を約一0分位ブラブラしながら、自転車を走らせました。その後、僕は、T小学校の北側を東西に走っている道路の北側の歩道を、東から西に自転車を走らせていました。
 すると、T小学校の北側の道路の北側の歩道上を、僕とは反対に、西から東に、一人で歩いてくるB君(編注・被害者の男児の名)を見付けたのです。
 咄嗟に僕は、「B君ならば、僕よりも小さいので殺せる」と思いました。

二         ここで、僕とB君との関係について、まず話します。
 僕が、B君という名前を知ったのは、はっきりした時期は覚えていませんが、僕が、T小学校の五年生頃ではなかったかと思います。
 同じT小学校の中に、身体障害者のための

なかよし学級

というのがあったのですが、その「なかよし学級」にB君という子供がいるということを知りました。ただその当時は、Bの顔までは認識していなかったと思います。
 ところが、いつ頃かだったかまでははっきり覚えていませんが、その後、B君が僕の家に遊びに来るようになりました。僕とB君が、知り合ったからという訳ではありませんでしたが、僕の一番下の弟である

××(編注・少年Aの弟の名)

がB君とT小学校で同級生だったことから、B君は、××(同前)と遊ぶために僕の家にくるようになったのです。
 B君が、僕の家に遊びに来た時などには、B君は、僕の家の庭で飼っていたカメに興味を示しており、カメが好きなのだと分かりました。
 そのカメは、弟が飼っていたので、僕自身、そのカメがどうなったのかまでは知りませんが、その後気付いた時にはいなくなっていました。
 また、僕自身、中学二年の夏頃、道で拾ってきたカメを庭の水槽で飼っています。
 なお、B君が最後に僕の家に来たのが、いつ頃であったかまでははっきり覚えていませんが、B君としても、僕が××
(同前)のお兄ちゃんであるということは知っていたと思います。
 この様に、僕自身、B君と親しく話したということはなかったものの、僕の家に遊びに来ていたことから、B君が現在T
小学校の六年生だということも知っていました。

三        このB君を平成九年五月二四日昼過ぎ頃、T小学校の北側の道路の北側の歩道上で、偶然見付けたのです。 それで、僕は、咄嗟に「B君を殺そう」と思い、B君の方へ近付いて行きました。B君の方へ近づいて行きながら、僕は、B君を殺す場所を考えたのですが、その時、頭に浮かんだのが、僕達が普段呼んでいる

  タンク山

でした。しかも、「タンク山」の頂上付近にある

ケーブルテレビアンテナ施設

のところならば、人に見られることもないし、僕自身も良く知っていたので、そこでB君を殺そうと考えました。

タンク山

 何故、僕が「タンク山」の状況について、良く知っているかにつき話します。
 僕は、T小学校を卒業した後、T中学校に入学したのですが、中学一年生の時から、卓球部に入部しました。
 そして、二年生も三年生になってからも卓球部を続けていたのです。
 確か、僕が登校拒否をするようになった日の一ヶ月位前でしたので、平成九年四月中旬頃からだったと思います。卓球部に入って、練習をしてきたのですが、卓球部の練習は、いつも同じ様な練習の繰り返しであり、練習自体に飽きてきて、つまらなくなりました。それで、平成九年四月中頃から、僕は、卓球部の練習には行かなく
なったのです。
 卓球部の練習に行っていた時には、普通は、大体午後三時頃に学校の授業が終わっていたので、その後、卓球部の練習をし、午後五時か五時半頃に家に帰っていました。
 ところが、卓球部の練習に行かなくなったため、その時間が暇になってしまいました。
 それで、僕は、暇潰しと同時に、親に部活をサボっていると分かると怒られるので、授業が終わった後、毎日「タンク山」に登るようになりました。
 何故、「タンク山」に登るようになったのかというと、中学校から自宅に帰る途中に、たまたま「タンク山」が目に入り、「タンク山」なら静かそうだし、昼寝も出来るだろうと思ったからでした。
 「タンク山」に毎日登るようになった僕は、「タンク山」の頂上付近にあるケーブルテレビアンテナ施設があることもすぐに知りましたし、いつもはその施設の周りの雑木林で、カバンを枕にして寝ていました。
 しかし、目が覚めた時に、多分××(編注・別の学校名)の鐘だと思うのですが、午後五時の鐘がまだ鳴っていなければ、再び眠ることも出来ないので、「タンク山」の中を色々歩き回ったりもしました。
 その結果、「タンク山」の中にある色々な獣道も知るようになりました。
 この様に、僕は、「タンク山」の状況を良く知っていたことから、B君を殺す場所を「タンク山」頂上付近にあるケーブルテレビアンテナ施設のところにしようと決めたのです。
 更に、B君を「タンク山」まで連れて行くには、どの様に話し掛けようかと考えました。
 そして、思い付いたのが、カメで誘うことでした。
 先程話したように、B君が、僕の家に遊びに来た時、家で飼っているカメに興味があって、カメが好きだと分かっていたことから、「タンク山」にカメを見に行こうと誘えば、付いてくるだろうと思ったのです。
 この様に考えながら、僕は、B君の方へ近付いて行き、B君と接触しました。
 B君と接触した場所は、T小学校の北側の道路の北側の歩道上であり、T小学校の東側にある信号交差点よりも少し東の地点でした。
 その後の状況については、只今検事さんからT小学校付近の地図を見せられましたので、それに印を付けながら話します。
〔この時本職は、被疑少年が任意に作成し、提出した地図を受け取り、資料一として、本調書末尾に添付することとした。〕

 まず、地図に僕の家を赤のボールペンで

@

と書きました。次いで、この日B君と接触した場所をやはり赤のボールペンで

A

と書きました。

 ただ、正確にAの地点かというとそうではなく、その付近ということで書きました。

カメ

四        B君と、地図のA付近で接触した僕は、すぐに自転車を降りました。
 前回話したように、僕は、この日人を殺す方法として

絞殺

すなわち、首を手で締めて殺してみたいという気持ちがあったので、素手でB君の首を締めると、B君の首に僕の指紋が付くと、僕の犯行だと分かると思ったので、手袋を素早くはめました。
 この日、僕が着ていた服装ですが、下は

ジーパン

で、上は

トレーナー

を着ていました。 ただ、どんなトレーナーだったかまでは覚えていません。
 靴は

白の運動靴

で、紐が付いているものでした。
 B君の服装は、どんな服を着ていたのかは、はっきり覚えていません。
 ただ、下は

半ズボン

でした。
 ジーパンのポケットに入れていた

黄緑色で、内側にゴムの滑り止めが付いている手袋

を両手にはめました。そして、僕は、B君に対し

向こうの山にカメがいたよ。
一緒に見に行こう。

と言いました。
 それに対し、B君は、何も言いませんでしたが、ただ、ニコニコ笑っていました。
 僕は、自転車を押しながら、その歩道をT小学校の方へ行き掛けると、B君も一緒に付いて来ました。
 B君は、嫌がる様子もなく、素直に付いて来たので、僕が、B君の身体に手を触れたということはありません。
 B君も、僕が××(編注・弟の名)のお兄ちゃんだと知っていたし、B君が好きなカメの話しをしたので付いて来たのだと思います。
 そのまま僕は、B君と一緒に、「タンク山」の登り道である、僕達が呼んでいる

チョコレート階段

の下まで自転車を押しながら歩いて行き、「チョコレート階段」の登り口の所に自転車を停めました。
  「チョコレート階段」までの道順について、地図の中に赤のボールペンで書き、また、自転車を停めた地点を地図に

B

と書きました。
〔この時本職は、平成九年五月三〇日付、本職作成にかかる捜査報告書添付の写真番号1の写真及び平成九
年七月二日付、本職作成にかかる写真撮影報告書添付の写真番号2の写真を示し、各写しを資料二及び資料
三として、それぞれ本調書末尾に添付することとした。〕

 今お示しの資料二の信号交差点の写真が、T小学校東側の交差点から「タンク山」の方へ行く道を写してある写真に間違いなく、僕は、B君と一緒にこの道を通って、「タンク山」の方へ歩いて行きました。
 また、示された資料三の写真が、「タンク山」へ登る「チョコレート階段」に間違いありません。

五   「タンク山」下の「チョコレート階段」の所まで来た僕は、そこで自転車を停め、「チョコレート階段」を登り始めました。
 地図に黒く書いてあるのが、その「チョコレート階段」です。
 分かり易いように、地図に赤のボールペンで、「チョコレートかいだん」と書きました。

問  君は、B君と一緒に「チョコレート階段」の下まで行ったというが、その間誰かと会ったことがあるか。

答  誰とも会いませんでした。

「チョコレート階段」を僕が先になって登っていくと、後ろからB君が付いて来ました。
 別に何も話しませんでした。
 「チョコレート階段」を登って行くと、途中で「タンク山」へ登る道路と当たります。丁度、「チョコレート階段」を登って行った時でしたが、その道路を「タンク山」の方から下に降りて行く、多分高校生の運動部だと思うのですが、何人もの人がランニングしているのを見ました。
 僕が見ただけであり、向こうの人達は、僕に気付かないような感じでした。
 僕はそのままB君と一緒に「チョコレート階段」を登り、道路と交わるところまで来ました。
「タンク山」のテーブルテレビアンテナ施設へ行く道は、この「チョコレート階段」だとそのまま道路を横切って、更に「チョコレート階段」を登り、中腹にあるタンクのところへ行く方法と、道路の所から右に折れて、タンクの下の少し広場になっているところへと行く方法がありました。
 ただ、この時、僕とB君が、そのどちらの道を通ったかについては、はっきり覚えていません。
 その後、僕は、B君と一緒に、「タンク山」のタンクの下付近を廻りながら、山頂へ向かう獣道を歩いて行きました。

〔この時本職は、前記平成九年五月三〇日付、本職作成にかかる捜査報告書添付の写真番号12ないし写真番号14の写真を示し、その写しを資料四ないし資料六として、それぞれ本調書末尾に添付することとした。〕
 今お示しの番号14の写真に写っているところが、僕が話しているタンクの下の広場であり、番号12及び番号
13の写真に写っている道を通って、「タンク山」のケーブルテレビアンテナ施設の方へと歩いて行きました。

 そして、番号13の写真に写っている道が、雑木林の中に入っている付近からB君の手を引いて登って行ったのです。

問 B君の手を引いたと言うが、それは、B君が嫌がったからか。

答 そうではありません。歩き難かったからです。

 殺害

六         僕は、B君を連れて
「タンク山」山頂付近にあるケーブルテレビアンテナ施設の入口前付近まで来ました。
ここで、B君を殺そうと考えていた僕は、B君の真後ろからいきなり僕の右腕をB君の首に巻き付け、巻き付けた右手の手首付近を僕の左手の肘付近に巻き付けて、力一杯B君の首を締め上げました。
 なお、僕の利き腕は、右手です。
 この様にして、B君の後ろからB君の首を締め付けたのですが、B君は、叫び声と泣き声の中間みたいな大きな声を出し、手をバタバタさせました。
 僕は、このままでは到底B君を殺せそうにないと思いましたので、B君を倒して締め上げれば、殺せるのではないかと思い、そのままの状態で、B君を前に倒し、僕もB君に覆い被さって、なおもB君の首を締め付けました。 それでもB君は死ななかったので、僕は、B君の首を締め付けたまま、更にB君の腰付近に馬乗りになり、B君がエビ反りになるような感じで持ち上げて締め付けました。
 しかし、B君は、なかなか死なず、同時にB君の首を締め付けている僕の腕も疲れてきました。
 そのため、僕は、今度はB君を仰向けにし、B君の腹の上に馬乗りになって、両手でB君の首を力任せに締め付けたのです。
 でも、B君は死にませんでした。
 その内、B君の首を締め付けている僕の両腕の上腕部付近が張ってきて、筋肉痛みたいな感じがありました。
 B君の首を締め付けている僕の両手を首から外すと、B君が大声を出すことは分かっていたので、僕は、ナイフでB君を殺そうと思い、右手でB君の首を締め付けながら、左手で僕がはいていたジーパンのポケットを探しました。
 この時、初めて僕は、ナイフを持ってきていなかったことに気付きました。
 ナイフがないと分かった僕は、すぐ横の土の崖みたいな所を見ると、そこに土に埋まっている石があるのに気付きました。
 そこで僕は、その石で、B君の頭を叩き割って殺そうと考え、右手でB君の首を締め付けながら、左手でその石を持とうとしました。
 ところが、この石は土の中から一部しか出ておらず、土の中に埋まった状態であり、左手で取ろうとしたものの、土の
中から動かすことが出来ませんでした。
 石でB君を殺せないと分かった僕は、ふと足元を見ると、B君に馬乗りになっている僕の左足が目に入りました。
 そこで今度は、左足の靴の紐で、B君を絞め殺そうと思ったのです。
 僕は、右手でB君の首を締め付けながら、左手で僕が履いている左足の運動靴の紐を少しずつ解いていきました。
 靴紐を靴から解き終わると、僕は、その靴紐を地面に置いて、左手で輪っかを作りました。
 その輪っかは、一重で、強く引けば結び目が出来るようにしたのです。
 口では説明し難いので、靴紐で輪っかを作った状況を絵に描きました。
〔この時本職は、被疑少年が任意に作成し、提出した図面を受け取り、資料七として、本調書末尾に添付する
こととした。〕

  今絵に描いたような形の輪っかを靴紐で作りました。
 そして、僕は、一瞬B君の首を締めている右手を放し、両手でその輪っかを作った靴紐を持ちました。
 その靴紐の輪っか部分をB君の頭から入れて首のところまで持ってきました。
 その前後頃でしたが、B君に馬乗りになっている僕の身体が浮いたせいか、B君の身体は仰向けになった状態からうつ伏せ状態になったのです。
 それで、僕は、うつ伏せになったB君の腰付近に馬乗りになり、B君の首に回した靴紐を力一杯両手で引いて持ち上げるようにしました。
 その結果、B君の身体は、エビ反りのような状態になりました。しかし、靴紐がねじれていたためか、なかなか首を締めることが出来ず、まだB君は呼吸を続けていました。
 その時、僕は、僕が一生懸命にB君を殺そうとしているのに、なかなか死んでくれないB君に対し、腹が立ちました。
 そのため、B君の首を締めながら、B君の顔や頭を両足の踵で蹴ったり、またB君の首を締めている靴紐を左手で持ち、右手でB君の顔を殴ったりもしました。
 そうしている内、B君の首を締めている靴紐がねじれているのに気付いたのです。
 それは、輪っかを作っている靴紐の結び目が、更にねじれていて、力が紐に伝わらない状態になっていたのです。
 僕は、すぐにそのねじれを解くために、一瞬B君の首を締めている靴紐を緩めました。
 その時、うつ伏せだったB君が、ゴロンと仰向けになりました。
 それで、B君の腹の上に馬乗りの状態になったのですが、その状態で、B君の首に巻き付けた靴紐の両端を、両手で力一杯引きました。
 最初の時と異なり、この時は、B君の首の肉に靴紐がギュッと食い込むような手応えがありました。
 しばらく締め続けていると、その内、B君が呼吸している音が止まりました。
 それでも、B君が完全に死んだかどうか分からなかったので、B君の首を締め付けたままの状態で、靴紐の多分左だったと思いますが、端をケーブルテレビアンテナ施設入口のフェンスであったか桟であったかまでは覚えていませんが、そのどちらかに結び付け、更にB君の首を締め付けました。
 ようやくB君が死んだと思いましたので、B君の首に巻き付けていた靴紐を解き、B君の左胸に右耳を当て、心臓の音を確認したところ、全く心臓音がなかったので、完全に死んだということが分かりました。

 糸ノコギリ

 七      B君を殺した僕は、ケーブルテレビアンテナ施設の桟かフェンスのどちらかに結び付けた靴紐を解き、その靴紐はジーパンのポケットに入れました。
 ところが、B君を殺したものの、B君の死体をどうしようかと考えたのです。そのままケーブルテレビアンテナ施設の出入口前に死体を放置しておくと、すぐに死体が発見されてしまうと思ったのです。
 僕は、B君の死体は、発見されないに越したことはないし、発見されるにしても、出来るだけ発見を遅らせたいと思いました。
 死体が、発見された段階で、警察の捜査が始まると思ったからでした。
 B君は重いので、その死体は、あまり遠くへは運べないと思い、その場で辺りを見回したところ、ケーブルテレビアンテナ施設の中の鉄の建物を見ると、その床下の周りに草が生えていて、フェンスの外からだと、床下が見え難いことが分かりました。
 この鉄の建物の床下だと、B君の死体は見付からないだろうと思いました。
 それで、その床下に死体を隠そうと思ったのですが、その施設の入口には、南京錠が掛かっていたため、その施設の中に入ることが出来ませんでした。
 僕は、咄嗟にその南京錠を壊して、B君の死体を施設の中に運び込み、鉄の建物の床下に隠せばいいと考えたのです。
 そのため、南京錠を壊す道具として

糸ノコギリ

を準備しようと思いました。
 同時に、南京錠を壊しただけでは不審に思われることから、壊した後に新たな南京錠を付け替えておけば、大きさは多少違っていても、同じ形の南京錠であれば、気付かれないだろうと思いました。
 僕は、南京錠を壊すための糸ノコギリと付け替える南京錠を手に入れるには

L(編注・店名)

に行けば、手に入るだろうと考えました。
 それというのも、僕は、小学校六年生頃に、同じ同級生の仲間と集団で、「L」から


のこ

等を万引きしたことがあり、その後もカメの餌を買いに、「L」へ時々行っていました。
 そのため、「L」に行けば、何でも売っていると知っていたので、「L」で糸ノコギリと南京錠を万引きすることにしました。

問 何で万引きしようと思ったのか。

答 理由は二つありました。一つは、お金がなかったことであり、あと一つは、お金を出して買えば、店員に顔を覚えられるという可能性があったからでした。

八           この様に考えた僕は、すぐにB君の死体はそのままにして、「タンク山」を降りました。
 降りた道順は、登ってきた道順と同じでした。
 「チョコレート階段」の下に停めていたママチャリに乗り、どの道を通ったかまでははっきり覚えていません
が、「L」まで行きました。
〔この時本職は、平成九年七月二日付、本職作成にかかる写真撮影報告書添付の写真番号3、写真番号8及び写真番号11の各写真を示し、その写しを資料八ないし資料一0として、それぞれ本調書末尾に添付することとした。〕

 今お示しの写真番号3の店が、僕が話している「L」です。
 この「L」に行って、まず糸ノコギリを盗みました。
 盗んだ糸ノコギリは、お示しの写真番号8と同じ形のものです。
 次いで、南京錠を盗みました。
 先程話したように、付け替える南京錠は、形や大きさが大体同じ位のものであればいいだろうと思っていたので、正確に大きさを確認した訳ではありませんでした。
 南京錠は、一つの袋に錠と鍵がワンセットずつ二個入っていて、一個の錠に三個位の鍵が付いていたと思います。
 「L」から南京錠と糸ノコギリを万引きした僕は、再びママチャリに乗って「タンク山」の「チョコレート階段」の下まで行きました。
 最初にB君と一緒に登った道順と同じ道順で、「チョコレート階段」を登ったりして、再びB君の死体を置いているケーブルテレビアンテナ施設の前まで来ました。

 

落ち葉

九        まず僕は、万引きしてきた糸ノコギリで、施設の入口に取り付けてある南京錠のツルの部分を切りました。
一分位で切れたと思います。
 南京錠を切った後、施設の入口の前にあるB君の死体を、頭の方から両手をB君の脇の下に入れ、上半身を浮かして、下半身は地面に付けたような感じで、B君の死体を後ろ向きに引きずって、施設の中に入れました。
 ところが、鉄の建物と施設の入口との間にアンテナが置いてあったため、B君の死体を鉄の建物の床下に入れるには、そのアンテナが邪魔になりました。
 そこで、一旦アンテナの手前でB君の死体を置き、そのアンテナを向かって右の方にずらしました。
 そして、僕は、B君の死体を同じように持って、引きずって鉄の建物の向かって左側の溝の方まで行き、そこから床下にB君の死体を蹴り込むような感じで押し込みました。
 押し込んだ後、鉄の建物付近にB君が履いていた運動靴が一個落ちているのに気付いたので、その靴を拾い上げて、B君の死体の側に置きました。

         B君の死体をその鉄の建物の床下に隠した僕は、アンテナを元に戻して、施設の外に出ました。
 そして、万引きしていた南京錠のうち、一つを施設の出入口のフェンスに掛けて、「タンク山」を降りたのです。
 この日、僕は、友達である

××××君
××××君

とV(編注・ビデオショップ)の前で、午後四時に待ち合わせをしていました。
 そのため、「L」から万引きしてきていた糸ノコギリを腹のところに入れて持って行くとかさばりますし、××君達に疑われる可能性があったので、糸ノコギリはB君の死体を隠したすぐ側の溝の落ち葉の下に隠しました。
 ツルを切った南京錠は、ジーパンのポケットに入れて持っていました。
 また、万引きした二個の南京錠の内、付け替えるのに使った残りの南京錠及び付け替えた南京錠の鍵等も、多分持って帰ったと思います。午後四時に、××君達と待ち合わせていたのですが、B君を殺した時点で、Vへ行っていたならば、午後四時には十分間に合っていたのですが、B君を殺した後に死体を隠すために、「L」に行ったり、実際に死体を隠したりしたため、時間が掛かり、××君達との待ち合わせ場所であるVへ着いたのは、その日の午後四時二五分から三〇分頃の間でした。
 その後、××君達と遊んだ後、その日の午後六時過ぎ頃に、僕は家に帰ったのです。
 その後のことは、後日申し上げます。

××××(署名・拇印)

〔右のとおり録取して読み聞かせたところ、誤りのないことを申し立て署名指印した。〕

前同日
神戸地方検察庁
検察官 検事        ××××(印)
検察事務官         ××××(印)

 

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