ポップスを聞き飽きちゃって、ちがう楽しみ方をはじめた
新たな局面を迎えた細野晴臣の活動
聞き手=北中正和
ミュージックマガジン 1983年10月号掲載
―ベルギーにレコーディングに行ったそうですね。
細野「最初はぼくのLPのレコーディングのつもりだったんですが、
作ってる暇がなくなりそうになってきたので、
急きょ越美晴のレコーディングに切り換えて行ってきたんです」
―どうしてベルギーに?
細野「見聞きしに行こうと思ってたんです。軽い遊びのつもりで。以前、ベルギーの
テレックスのボーカルの人がファンレターをくれたことがあった。テレックスは好きというより
かわいいバンドだと思っていた。それがひとつですね。
もうひとつは、最近、好きだなと思うレコードに、
ベルギーのクレスプキュ―ル・レーベルのものが多かったりしたんで、
ブリュッセルというところに顔をつっこんでみたいと思って」
―クレスプキュ―ルのどんなアーティストが好きになったんですか。
細野「ロスト・ジョッキーやソフト・ヴァ―ディクト、オムニバスの『ブリュッセルより愛をこめて』とか、
わりと暗ーい感じの音楽に波長が合ってた。
あとミカドというグループもYMOがやり残しているようなノスタルジックなテクノをやっていて、
これを聞いてYMOのメンバーが、わあー、こういうのやりたかった、という感じなんです」
―むこうでは、そのへんのメンバーともあったりして…。
細野「いや、テレックスのメンバーだけ。
他のアーティストは何処にいるのかわからなかった。
テレックスのメンバーは、いままで会った人たちとぜんぜん違うタイプの人たちで…好きですね」
―というと。
細野「行ったときはすごく暑かったの。30度以上あって。スタジオにクーラーがなくて、
小さな扇風機があるだけ。東京でそういう状況だったら、みんな帰っちゃう。
彼らにとっても異常な暑さだったと思うけど、物静かに、おとなしくつきあってくれた。
ダン・ラックスマンという人がテレックスのリーダーで、コンピュータのプログラムとミキシングを
やってて、自分のスタジオを持ってる。キーボードのマルク・ムーランも傍につきっきりで」
―越美晴の曲を持って行ってレコーディングしたんですか。
細野「そうです。テレックスと最高にマッチするんで、ぼくのレコーディングをするよりよかったと思います。
それからテレックスと一緒に曲を作ろうという話もしたんだけど、ただもう暑くて作る気が起こんなかった(笑)。
東京で彼らのシングルの゛ラムール・トゥジュール"を聞いていたので、
その曲をやらないかともちかけたところ、彼らの顔がパッと明るくなって(笑)、
彼らに新しいアレンジでやってもらった。
ところがリ・アレンジというのはやりにくいらしくて、
オリジナルより良くなくて、どうしようかと相談された。
それでぼくがいじくって、ちょっとずつ変えてアレンジしたんです」
―彼らが使ってる楽器や機材は東京とよく似たものなんですか。
細野「ほとんど共通。まず真中にMC4がドカンとあって、
となりにローランドのTR808というリズム・ボックスがある。そのセットは常設。
ちがうのはぼくがプロフェットを使うところ。
彼らはムーグのシンセサイザーとシンクラヴィアを使っていた。
スタジオのマルチ・テープレコーダーのメーカーが
YENのスタジオと同じオタリだったのがおもしろかった。
テクノやってる人は、好みが同じなんでしょう。コンソールはティアックでした」
―そうすると、いわゆる新しい発見というのはなかったんでしょう。
細野「そうとも言えないな。
びっくりするものはないけど、じわっとくるようなものがあったんです。
たとえばブリュッセルは、ヨーロッパの他の大都市よりも新しいものがひとつもない町なの。
そういうところからテクノとかクレプスキュール・レーベルが発生してくる感じが
なんとなくわかるような気がしてきた」
―街を歩いてるとファッショナブルな若い人がいっぱいいるとか。
細野「そういうわかりやすい国じゃないみたい。
誰にきいても、みんなよく知らないし、あんまりいいこと言わない。
だからよけい好きになった(笑)。
金子光晴もヨーロッパに2年間いたらしいんだけど、
あんまり書くことがないのでブリュッセルについて書かずにパリのことばかり書いてた(笑)」
―これからブリュッセルのミュージシャンと日本で交流が広がりそうですか。
細野「いまミカドをプロデュースする話をすすめてるところです」
―クレプスキュールから出てるレコードは音の少ない静かなものが多いですね。
細野「ミカドなんかは別にして、環境音楽のような手法をベースに置いてるというか、
現代音楽的なものと、ヨーロッパのロマンティシズムや暗い部分やいろんなものが入りまじってますね。
ブリュッセルは、明るいものと暗いものが極端に存在する町ですね。
テレックスやミカドは明るいでしょ」
―ノリのおもしろさはあまりなくて。
細野「ないね。リズムを主体としたノリはないですね。ノリがあるとすれば別のノリね」
―音色や和音がおもしろい?
細野「そのへんの問題じゃないみたいね。何なんだろうね。シンプルなピアノ一台とか…」
―でもどこかに新鮮味がある。
細野「そうですね」
―『フィルハーモニー』で細野さんが作り出した環境音楽的なものと通いあうところがあるのかしら。
細野「うん。ぼくはポップス、ポップスで洗脳されて育ってきたんですが、
そういうものを聞き飽きちゃって、ちがう楽しみ方をはじめた。
いま、現代音楽が、自分にとっては、はじめて、
前衛でも何でもなく、ポップ・ミュージックに聞こえてきた。
壁かけの絵とかインテリアみたいな音楽が好きになってきた」
―いままで聞いてきたポップスがつまらなくなったということですか。
細野「つまんないだけじゃなくて、同じことのくり返しで、閉塞状態の息苦しさを感じるんです。
その中で、おもしろいもの、おもしろいものと、みつくろっているんだけど、
もっと開けたところに流れを出したいという気持ちがある」
―細野さんがいままで作ってきた音楽の魅力のひとつは、デリケートなリズムのうねりや揺れ方というか
ノリにある。それは日本では他に類のない成果だと思うんですが、それを捨ててなお、ということですか。
細野「そこらへんは、ぼくも迷っているところですね(笑)。捨てるわけにはいかないから。
そういうノリは、ブリュッセルの人たちは、もともと持ってないものだと思うの。持ってない強みがある。
ぼくの場合、そのへん、ごっちゃまぜに考えてる。ある部分でそういう音楽に刺戟を受けて、
またこっちの部分で統一されて出てくるのを待ってる状態ですね」