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今夜の番組チェック

1 プロデューサーの定義

1 スーパーマンなんだ

プロデューサーの歴史について少し話してみようか

そもそも、ヨーロッパの音楽会は、バッハでさえスポンサーがついていた。
当時の貴族がスポンサーになって、
コンサートを開いたり、才能のある音楽家を育てたりしていったんだ。
そういうことが、ひとつのプロデュースのはじまりだったんじゃないかな。
プロデューサーはいわゆるパトロンだったわけだね、
それは音楽に限らず、絵画でもそうだったし、
芸術一般がそういうふうに育てられていったんだ。

それが変わってきたのは、19世紀の産業革命の頃から。
それまでのスポンサーだった貴族が没落して、
ひとりの人間の力では芸術を支えられなくなった。
で、芸術が、大衆をベースにするものになってきたんだね。

レコード産業というのは、
その産業革命の後に出てきて、マスメディアのひとつとして成長してきた。
つまり、それまでは自分で楽しむための芸術だったのが、
売れるものを作ってゆく、っていうふうに変わっていったわけ。
そういう目的を持つものを作るために、
こんどは、いろんな人がかかわってくるようになった。
チームワークの仕事になっていったわけだ。

アメリカの場合、そういったシステム化は、映画産業のほうが先行していた。
資本家がいて、その人は制作費を出す。
お金だけを出してね。ディレクターをやとって映画を作るわけ。

これを1人でやっちゃたのが、チャップリン。
最初は俳優だったけど、そのうち、ディレクターを始めて、
自分の映画は自分で作るようになる。
そして、資本も自分で持って、プロデュースもする。

最近の映画界では、主演も監督も、
プロデュースも自分でやるっていう大スターが増えてるけど、
こういうスタイルを始めたのは、チャップリンが最初だと思うよ。
ま、基本的には、プロデュースがいて、ディレクターがいて、1本の映画を作ってた。

最近になって、これがまた少し変わってきてるんだ。
プロデューサー・チーム、つまりアイデアや企画を持っていて、
そのアイデアを実現させるための実力も持っているチームが現れてきたから。

それじゃ、音楽の世界のほうはどうか、というと、
あいかわらず、お金を出す人と、ディレクションをする人とが分かれていた。
そのうちに、その現場の全工程を監督する人が、プロデューサーと
呼ばれるようになっていったんだ。

お金を出すほうの人は、エグゼクティブ・プロデューサー。
現場にはタッチしないで、もっと大局的なところから見ていたんだね。
で、そういったエグゼクティブ・プロデューサーとして、よく名前が出ていたのが、
エレクトラ・レコードのジャック・ホルツマンという人。

エレクトラの初期のレコードには、全部彼の名前がクレジットされていたんだ。
たぶん、これがエグゼクティブ・プロデューサーとしてのクレジットの最初だと思う。
もちろん、別にプロデューサーというのもいて、そのプロデューサーっていうのは、
全工程をひとりで責任持って進めてるわけ。

前にちょっといったけど、映画のプロデュースは一歩先にチーム・プレイになって、
企画を持ってる人や、いろんな才能を持っている人が集まってきて、
プロデュースの仕事自体が細分化されてきた。

それは、映画自体が、
ぼう大な時間と努力を必要とするようなものになってきたからでもあるんだけど、
それだけオモシロイ作品も出てくるようになった。

音楽のほうも、映画まではいかないけど、
それでも、ボチボチ、いろいろな仕事が明確になってきた。
そんな中で、いわゆるプロデューサーっていうのは、どちらかといえば、その中身を作っている人。
だから、ミュージカル・ディレクターといってもいいような仕事になってきている。

で、その周囲に、プロモーターやアシスタント・プロデューサー、ディレクター、エンジニア、
デザイナー、カメラマンなんかのスタッフがいて、もちろん、マネージメントする人とか、
選曲者とか、そういういろんな人がチームを構成している。

プロデューサーというのは、そういったチームをまとめる人であり、
しかも、できてくるレコードの責任を持つ人、っていうことになってるわけだ。
そういったところが、プロデューサーの歴史と現状だ。


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