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6月のディスクレヴュー
06272001UK


KENNY BURREL / GUITAR FORMS (1964 Verve) 
★★★★

ぼんやりとした梅雨空の下、毎日を行ったり来たりしていると
ぽかっと、どこかに穴が空いたような気分になったりしないでもない。

ケニー・バレルは、ギタリストである。その奏法も多彩。
かといって、そのテクニックをひけらかすわけでもなく、淡々と音を紡ぐ。
ギル・エヴァンス編曲の「LAST NIGHT WHEN WE WERE YOUNG」。
静謐なギターソロから始まって、アンサンブルが音を
添える瞬間に、ただため息をつく。

このアルバムの世界は圧倒的に夜のしじまである。
音楽はその闇の中に静かに沈んでいく。


FRANK ZAPPA THE MOTHERS OF INVENTION / FREEK OUT ! (1966 RYKO) 
★★★

フランク・ザッパ。名前は有名だけれど、なんだか食指が伸びずに
聴きそびれていた。そして聴いてみた。ビックリした。
とても豊かでクレイジーな音の数々。

ポップとアヴァンギャルドの隙間を突くようなユニークネスは
ビートルズに通じる気がする。うつくしい。

フランク・ザッパ=単なるけったいなアヴァンギャルドの人、というイメージは
これを聴いたことで、完全に崩れ去った。余計なイメージに惑わされずに
音楽と対峙するのは難しいな、とあらためて思わされた。

6曲目「How Could I Be Such A Fool」のようなポップスと、
12曲目「The Return Of The Son Of Monster」のような実験的なサウンドが
同居しているところが猛烈に魅力である。


田辺マモル / ラブコメ (Universal Victor Japan 1999)
★★  

露悪気味の歌詞がぐさぐさ胸に突き刺さる。
笑ってしまうほど痛くってとってもばか。
すんごいフォークで、ダサいうえこの上ない。
でも、痛くって、肯いてしまう。

ヴォーカルのこのやさぐれた哀愁はなんなんだろう。
うたうことに誠実だから、やはりその音楽はうれしい。
だけど、疲れます。まずコトバが入ってきてしまう。

コトバはいらない。でも田辺マモルの歌には力がある。
死ぬまでこういう感じでうたっていくのならとってもロックだ。


コシミハル / Frou-frou ( daisyworld 2001)
★★★★★

いつも完璧主義的なサウンドでドリーミー感と退廃さを
併せ持つ音楽。それがコシミハルの音楽。

「Frou -frou」は前作「ペリカン通り殺人事件」よりも
サウンド面では音がやさしくかつ巧みに構築されており、
その間を縫うようにして、滴れ落ちる水滴を引き伸ばして写した
ような甘いヴォーカルが流れていく。至高の一時だ。

フランス語のヴォーカルをこじゃれたメッセージや
スタイルとしてでなく、サウンドとして
的確に提示できる音楽家、コシミハル。
フランス語への単なる趣味に終わらない想いと、
音楽への強い愛を感じさせてくれた。死ぬまで聴けそう。


Barry Mann / Soul & Inspiration (Atlantic 2000)
★★★

最初聴いたときは、最近のハリウッド映画のエンディング曲集のような、
さえない感じだった。「バリー・マン、そんなにいい?」不遜ながらそう思った。

しかし聴けば聴くたびに、その音はふしぎと身体に染み込んでいった。
なぜか安っぽく聴こえていたゴージャスなストリングスはなくてはならないものになっていった。

聴けば聴くほど好きになれそうな予感を感じさせてくれる音楽。
そうそうあるものではない。大切にしたい。

音楽に何かを求めるということは、たぶんこういうことの繰り返しなのだろう。
どこかで音楽のマジックに逢えることを、いつも夢見て、探しつづける。
10の内、9がハズレでも、1の当たりを求めて、探しつづける。


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