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☆図書館にでも行きましょうか。☆
☆図書館にでも行きましょうか。☆


 最近ロクに更新していないので、又新たなコンテンツを立ち上げたりして。
 万年金欠な小手鞠萌はよく図書館に行く訳ですが、そこでよく借りる本の中でも、面白かったり資料としてなかなか良い物を紹介するコーナーです(安上がり)。
 因みに基本は“十九世紀”。本物のメイドさんが生きていた時代っすね。でも読んでいる本、かなり偏りあり過ぎです。しかも実はあんまり小説読まない事、バレバレ。大層なもんでは無いけれど、ある意味“裏ヴィクトリアン・ガイド”かも(^_^;)。


第一回〜第十回/第十一回〜第十五回第十六回〜第二十回
第二十一回〜第二十五回第二十六回〜第三十回第三十一回〜第三十五回
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第八十一回〜第八十五回第八十六回〜第九十回第九十一回〜第九十五回
第九十六回〜第百回

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資料をまとめてみました。
→メイドさんに関する資料・一覧表


第十回(2004.03.08現在)
小林章夫『物語 イギリス人』文藝春秋(文春新書)
 イギリス人とはどんなものなのか、イングリッシュネス(イギリスらしさ)とは何かを分かり易く簡単に論じた書籍。現代に通じる部分を中世・近代から抽出しているので、ある程度その部分を勉強している人にとっては理解し易い内容となっています。
 主に近代をネタに話が進んでいるので、一般知識として読んでおくと良い一冊です。広く浅くと言う感じも見受けられますが、その分十九世紀を勉強し始めた私みたいな初心者には向いています。
 内容が内容だけに、取り上げられているのは主に上流・中産階級の人物ばかりです。メイドさん関連では、『8章 イギリス風ユーモア』でスウィフトが取り上げられていて、そこでは『奉公人に与える教訓』と言う題名で『奴婢訓』が引用しています。

井野瀬久美惠『女たちの大英帝国』講談社現代新書
 題名こそ『大英帝国』ですが、寧ろ大英帝国が支配していた各植民地に存在した“レディ”達に付いて論じた書籍です。“レディ”と言っても様々で、彼女達の殆どが中産階級出の女性達で、紹介されているのは“植民地の奥方メンサーヒブ)”“レディ・トラベラー”“ジャーナリスト”“看護婦レディ・ナース)”“レディ・ミッショナリー”の五種類の“レディ”達です。
 メイドさん関連としてはあまり重要では無いのですが、十九世紀の、ヴィクトリア朝時代の一面を知るには良いかと思います。まあ、でも個人的には、この手の“成金お嬢様”系って、あんまり好きじゃ無いんですけどね(^_^;)。

井野瀬久美惠『黒人王、白人王に謁見す ある絵画のなかの大英帝国』山川出版社(ヒストリア)
 続いて井野瀬久美惠女史の著書から。題名、及び副題は、上記『女たちの大英帝国』の表紙を飾る『イギリスの偉大さの秘密』を指しています。この絵画に描かれた“黒人王”が一体誰なのか、そこから始まる十九世紀中葉から二十世紀初頭にかけてのイギリスとアフリカとの関係が簡単に述べられています。
 “もう一つの大英帝国”を知る為の一冊。内容がマニアックな割にはページ数が少ない本なので、初心者向けかも。メイドさんとは全然関係無いので、予備知識程度に読んでおいて構わないです。

横井勝彦『大英帝国の〈死の商人〉』講談社選書メチエ
 武器商人と武器輸出の歴史を、ヴィクトリア朝時代から第二次世界大戦までに焦点を当てて論じた書籍。
 最近節操無しに読み漁っている気がしますが(^_^;)、ヴィクトリア朝時代の闇の一つを伺い知る事が出来ます。著者は近代イギリス経済史を専攻している学者で、その方面からのアプローチで書かれている為、軍事関連がやや弱い気がしますが、私みたいな初心者には良いのかも知れません。

丹治愛/著『ドラキュラの世紀末 ヴィクトリア朝外国恐怖症ゼノフォービア)の文化研究』東京大学出版会
 副題通り、ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』を通してヴィクトリア朝イギリス人の外国恐怖症を論じた書籍。
 この本によれば、ヴィクトリア朝イギリス人の外国恐怖症とは、何の事は無い、自身の帝国主義が押し進めた支配の裏返しである、“何時か自分達が、自分達がしてきた事と同じ方法で仕返されるのでは無いか”と言う不安だった、のだそうです。
 見付けたら予備知識程度に読むと良い本。着目は面白いけど、ドラキュラものとしても世紀末ものとしても中途半端な感じがします。


第九回(2004.03.02現在)
Th・A・グージ+L・G・ウィルソン+R・ウェルズ+W・O・チャドウィック+W・A・マデン/著、
渡辺政隆+浜口稔+大谷隆永+栂正行/訳『進化思想のトポグラフィ』
平凡社([叢書]ヒストリー・オヴ・アイディアズ)

 ダーウィンが記した『種の起源』(第四回参照)が引き起こした“進化論”の余波。その余波が十九世紀、特にヴィクトリア朝イギリスで起こした事柄を論じた書籍。生物学だけで無く、科学、そして社会そのものが受けた影響を幅広く、詳しく論じています。
 各章はそれぞれの著者が各自書いています。科学史からのアプローチであるトーマス・A・グージ『進化論』、地質学の側面から見たレオナード・G・ウィルソン『斉一説と激変説』、その地質学が言語学に与えた影響を述べたルロン・ウェルズ『言語学における斉一説』、宗教と科学との対立と帰結に付いて論じたウィリアム・O・チャドウィック『十九世紀における宗教と科学』、そして“進化論”が如何に十九世紀、特にヴィクトリア朝イギリスの社会に影響を与えたのかを述べたウィリアム・A・マデン『ヴィクトリア朝の感性と感情』の五つの章で構成されています。  詳しく書かれてありますが、その分難解かも知れません。読んでもよく分からなかったし(^_^;)。でも十九世紀を知るには読んでおいて損は無いです。
 メイドさん関連としては最後の章『ヴィクトリア朝の感性と感情』の中の『ヴィクトリア朝の道徳的理想主義は、神聖な家庭に対する福恩主義的信念とそれに纏わる感情によって育まれた。当時の日記、手紙、宗教パンフレットなどに見られる記述は、ヴィクトリア朝の子どもと奉公人の教育において、家庭内での祈祷が果たした役割がいかに大きなものであったかを伝えている』と言う一節でしょう。これは旧HPでも紹介した『英国ヴィクトリア朝のキッチン』でも書かれています。
 それ以上に、この最後の章で述べられている中産階級のその他の階級、特に下層階級に対する考え方こそ、メイドさん達に対する精神的な面での扱い方を示唆していると思います。その事に関する詳しい資料としては『動物への配慮』(第二回参照)の前半をご覧になると宜しいです。

ピーター・J・ボウラー、岡嵜修/訳『進歩の発明 ヴィクトリア時代の歴史意識』平凡社
 “進化”では無く“進歩”の名を関したこの書籍は、ダーウィン『種の起源』の中で語られていた“進化”の概念が、十九世紀初期には既にあり、しかし又、それらはあくまでも『キリンの首がどうやって伸びたのか』で有名なラマルク主義的な“進歩”の論理でしか無く、かつ『種の起源』の中心的な理論である“自然淘汰”を当時のヨーロッパ人達は全く無視し、或いは帝国主義に添う様意図的に歪め使用していた事を、社会的な側面と科学史的な側面とを交えて論じています。
 上記の事が非常に詳しく書かれてあり、その分少々難しいのですが、十九世紀、特にヴィクトリア朝時代の思想の一片を知るには良い一冊。当時の知的階級の面々が“進化”と言うものをどう捉えていたかの中に、大英帝国の帝国主義たる思考が垣間見られます。そこには、彼等の人種差別的な一面もあり、その特徴的な一例こそが、旧HPで紹介したロバート・クーヴァー『女中メイド)おいど)』の後書きにあった“女中の心得を書き述べたマニュアル”な訳です。

河田雅圭『はじめての進化論』講談社現代新書
 ダーウィンが“進化論”に付いて記したのが十九世紀中葉頃である事は既に紹介しましたが(第四回参照)、それ以後論議された“進化論”の概要を、知らない人にも分かる様に簡単に記した書籍。新書で出ているので、手頃で手軽に読めます。
 進化とは一体何なのか、進化はどの様なメカニズムによって起こるのか、ダーウィン以後の“進化論”に関する科学史、そして“進化論”を社会がどの様に扱い利用して来たかを読み易く書いてあります。メイドさん関連ではありませんが、面白いのでお勧め。特に最後の二つは、十九世紀の思想を理解する為にも、頭に入れておいた方が良いかと思います。
 そーいや、ここではっきりと“社会ダーウィニズム”の正体が“社会ラマルキズム”だって書いてあるや(^_^;)。

小林章夫『イギリス貴族』講談社現代新書
 その題名通り、イギリスの貴族に付いて書かれた書籍。読み易く書かれてあり(その分あまり詳しくは無いのですが)、初心者用の軽い読み物としては最適です。
 今回“進化論”ネタばっかりなので、本題の“メイドさん”関連の書籍も紹介しないとなー……っつう訳で、“ご主人様”の方を調べて参りました。基本文献として読んでおくと吉。一応メイドさんに関しても少しだけ書かれていますが、メインが“貴族”なので数行、二、三ページ程度しか書いていません。
 引用すると……『社交界にデビューする娘を持つ家庭は八人から十二人の使用人を必要としたと言われる』『待遇はお世辞にいいとは言えず、女中頭とも言うべきハウスキーパーの年収は今日の額に換算して二〇〇〇〜二八〇〇ポンド(四六万〜六四万円)だったそうだ。住み込みだから生活費はほとんどかからないとはいえ、かなりの安さである』『ハウスメイドにいたっては年額、日本円に直して二〇万円前後で、しかも「一週間に一度の午後と一日おきに晩の休みがとれたが、いつも重労働が待っていて、自由な時間はほとんどないと言ってよかった」というから、決していい仕事ではない。しかも昇給がないためにすぐにやめるものが多かった』『またかつては「お着せ」といって制服が支給された時代もあったが、このチャッツワース館ではハウスメイドたちは自分で制服を買わなくてはならなかった』。
 でも、一番役立つのは、巻末の参考文献だったりします(^_^;)。

海保眞夫『イギリスの大貴族』平凡社新書
 続きましては、似た様な題名ですが、内容は全く違う新書本。『大貴族とはなにか』から始まり、ノーサンバランド公爵家、ダービー伯爵家、ノーフォーク公爵家の三つの貴族の成り立ちと歴史を綴った書籍です。
 著者は十八世紀のイギリス文学を専攻している人なので、十七、八世紀頃が中心になっており、“ヴィクトリア朝”のメイドさん資料として調べるには、その関連性がやや薄くなってしまいますが、所々語られる『大貴族の最も重要な条件は財産』と言うイギリス貴族のリアリスティックな面は参考になるかと思います。


第八回(2004.02.24現在)
ケロウ・チェズニー、植松靖夫+中坪千夏子/訳『ヴィクトリア朝の下層社会』高科書店
 十九世紀の五十年代を中心に、三十年〜七十年頃のヴィクトリア朝イギリスで暮らす下層階級の中でも、特に“危険な階級”と呼ばれた、犯罪に関わる人々を章立てて論じた書籍。
 メイドさん関連としては『第六章 押込み強盗と故買屋』が、特に注目すべき部分でしょう。押し込み強盗の手段で最も最良な方法としての“召使いを抱き込んだ強盗”の手段と、逆に強盗が押し入った際の使用人の対処法が書いてあります。そこに書かれている『一箇所に余り長く留まることを「堕落する」と断言する者もいた』と言う一文は、今日日のメイドスキーには意外な実状かも知れません。
 個人的には世紀末頃の資料が欲しかったのですが……又、“下層社会”と言いつつも、犯罪に関わる人々のみで、いわゆる“真っ当な”労働者階級の資料では無い事も少し不満です。でも、それ以外は非常に良く出来ているので、当時の下層階級が如何に貧しい暮らしをしていたかの一片が良く分かる、とても良質な資料です。そう言う意味では、題名を少し変えた方が良かったかも知れません。
 尚、『訳者あとがき』の方で一九七一年二月十五日以前の旧通貨と貨幣制度に付いて詳しく書かれてあったり、簡単な当時のロンドン市街図が載っていたりと、物書きには良い資料です(笑)。

松村昌家『水晶宮物語』ちくま学芸文庫
 森薫『エマ』2巻のあとがきに紹介されていた書籍。一八五一年・ロンドンで開催された『万国博覧会』会場として建設された総ガラス張りの建物、水晶宮クリスタル・パレス)、その建設に至るまでと、シドナムに移築された後一九三六年に焼け落ちるまでを紹介した本です。
 これを見ると、十九世紀中葉の大英帝国がどの様なものか、幾ばくか見えてきます。水晶宮が建設されるに至るまでの苦難と批判、万博が開催された後の手のひらを返した様な肯定的な態度、水晶宮に展示された様々な展示物、そして“成り上がり者セルフメイド・マン)”達。イギリスを“大英帝国”に仕立て上げた“発明熱”の一端を知るには良い一冊かも。お勧めです。

新戸雅章『発明超人ニコラ・テスラ』ちくま文庫
 こちらは十九世紀末から二十世紀初期に活躍した天才発明家を紹介した書籍。今日でも様々な所で使われている誘導モーターの発明者であり、交流送電の実用化などで大きな功績を残した一方で、殺人光線やら人工地震兵器など超兵器開発の先駆者として怪しげな伝説にも満ちている人物であります。テスラの名前は磁界の強さの単位として使われている一方で、オカルト関連でよく取り上げられている事により、そちら方面で名が知られている様です。
 送電のシステムを決める際、直流派のエジソンと争って勝利した事は割と知られていますが、エジソンは名声を失う所か増しているのに対し、テスラは常に金銭面に困り果て、ホテル暮らしを点々とする事を余儀なくされたりと、その晩年は皮肉に満ちています。天才にありがちな孤独な一生を過ごしていましたが、かのマーク・トウェインと友人だったり、ガーンズバックとも知り合いだったりと、意外な交友関係にもビックリ。
 強迫症じみた奇妙な癖や、時代を先取りし過ぎた所など、正に“マッド・サイエンティスト”の名に相応しい人物です。しかし時代を先取りした人物の常として、そのアイデアに時代が追い付いた時には、得てして彼等は時代に取り残されてしまうものです。テスラの名声はまだ若かった四十歳位の頃までだと言われていますが……何だかそれって、ウェルズ(第一回参照)みたいですねぇ……天才が過ぎると、彼等が慣れ親しんでいた若い頃の時代の思想を忘れられずに固執してしまい、結局は時代の流れに取り残されてしまう様です。実際、テスラの考え方って、如何にも“ヴィクトリア朝時代の男性”って感じですもんねぇ。
 因みにホテルの個室で死んだテスラを発見したのは、アリス・モナガンと言う、ホテルで働いていたメイドであります。

上山安敏『魔女とキリスト教』講談社学術文庫
 副題の『ヨーロッパ学再考』が内容を示している一冊。原初から現代に至るまでのキリスト教の遍歴と、その陰に隠れて蠢きつつも見えない形で吹き出して来る土着の太母/地母神信仰、歴史の動きとそれに呼応した都市部と農村部との格差と軋轢、教会やエリート集団の思惑などなど……“魔女”と呼ばれる“存在”がどの様にして生まれ、どの様にして作り出されて来たのかを論じた書籍です。
 十九世紀そのものに関しては、後半の四分の一程度ですが、宗教史の流れからヨーロッパを理解するには良い一冊です。十九世紀末に心霊主義が流行し、同時期に精神医学が誕生した理由が少しだけですが書かれてあり、目を通して置くには越した事は無いかと思います。フレーザー『金枝篇』(第七回)、浜松正夫『イギリス宗教史』(第五回)も併せてどうぞ。


第七回(2004.02.17現在)
スティーヴン・マーカス、金塚貞文/訳
『もう一つのヴィクトリア時代 性と享楽の英国裏面史』中央公論社

 副題が示す通り、偽善的な潔癖性の裏にあったヴィクトリア朝イギリスの性風俗と性文化に付いて書かれた書物。この書物は『我が秘密の生涯』の分析が半数を占めているのですが、これによってこの『我が秘密の生涯』が発掘されたと言います。
 本の中には『ヴィクトリア朝は我々の思春期だった』と書かれているんですが、内容見ると現代も似た様なもんだと思うんですけど。ここで分析された、ポルノに対する思考っての、どー見たって漫画・アニメ・ゲームなどのエロメディアで蔓延しているものにしか見えん。エロに対する男の思いって、今も昔も変わらないんですねぇ。

サー・ジェームズ・ジョージ・フレーザー/著、メアリー・ダグラス/監修、
サビーヌ・マコーマック/編集、内田昭一郎+吉岡晶子/訳『図説 金枝篇』東京書籍

 一八九〇年に第一巻が出版された『金枝篇』の全十三巻を、より読み易い形に要約し編集した書籍。原始宗教の歴史研究の成果としてまとめられたこの書物は、ギリシアのネミ湖のほとりに伝わる祭司職又は聖なる王権にまつわる不思議な掟から始まり、そして様々な宗教や神話、祭事などを集め分析し、そこから導き出された説を以てまとめ上げ、そして再びネミの祭司の物語で終わっています。
 比較宗教学の走りとも言えるこの書籍は、読み易く要約されていて、とても面白く分かり易い一冊となっています。『金枝篇』は十九世紀末に多大な影響を与えており、一度は目を通しておくと良いかと思います。まあ、フィールドワークで資料を集めた訳では無いので、取り上げられている話にはその詳細に疑問符が付けられるものもあるのですが……これを見てオカルト方面に走った人も当時はいたらしく、十九世紀末をネタにするのなら必要となるかも知れませんが。
 それにしても、資料を集めてこれだけの話をまとめ上げ、そして作り上げるこの根性、凄いなぁと思います……って、よー考えたらコレってマニアの言動そのままだよな。只一つの事を解明する為だけに様々な文献を漁り、そして少々妄想じみた論を発表する……うむ、マニアそのまんまだ。だけど、資料集めてもロクなモノしか書かない誰かさん(誰とは言わない)とは大違いだ。
 ……所で“ペンブロークシャー”って何処?

林田敏子/著『イギリス近代警察の誕生 ヴィクトリア朝ボビーの社会史』昭和堂
 警察以前から存在していた夜警、十八世紀頃から誕生し出した『旧警察』そして、近代的な『新警察』が構築されるまでを論じた書籍。
 “警察”と言う意味の“ポリス”が、実は大陸的なものであったが故の、警察設立への困難。その中で漸く誕生した『新警察』が、ヴィクトリア朝においてどの様に見られていたのかが分かります。前“警察”時代から丁寧に書かれているので分かり易い一冊。
 メイドさん関連では、十八世紀中葉に“警察”の概念を生み出したフィールディング兄弟の弟であるジョンが、“犯罪の予防”の一環として『身寄りの無い少女をレスペイタブルな家庭のサーヴァント(要するにメイドさん)に育てる為の施設』をランベスに建設した事が挙げられます。又、十九世紀中葉頃に噂された『警察はサーヴァントと話し込んでは仕事をサボっている』もちょびっとだけ取り上げられています。

谷田博幸『図説 ヴィクトリア朝百科事典』河出書房新社(ふくろうの本)
 その題名通り、ヴィクトリア朝時代に発明され、使用され、中には後世の時代には廃れてしまった様々な品物を、写真やイラストを交えながら紹介した書籍です。『図説 イギリスの生活誌』(第五回参照)が田舎暮らしのメイドさんを描く為に必要な資料本だとしたら、こちらは都会暮らしのメイドさんを描く為に必要な資料本と言えるでしょう。『エマ』一巻に登場した貸本屋『ミューディーズ』や、二巻の『クリスタル・パレス』も登場しています。
 無論、メイドさんに関する情報も散乱しています。それらを引用してみますと……。
 阿片チンキ:……赤ん坊を預かった子守女が手のかかる子を手っ取り早く眠らせるために阿片チンキを飲ませたりすることがほとんど日常化していた。
 牛乳(イラストの説明より):G.デュ・モーリエ画〈預言めいた〉――『パンチ』誌(1873年1月4日号)より お天気のつもりで「もっとお湿り(水)があればいいのに」と言った女中の言葉を牛乳屋は水増しと勘違い
 砂糖:……砂糖の塊は、家庭で使用するには大きすぎたから、主婦(女中頭)は砂糖鋏を用いて手頃な大きさに砕き、粉砂糖が必要なときは、擂り鉢で擂らなければならなかった。
 “水浴機械”:……ヴィクトリア女王も初めての海水浴の体験を一八四七年七月三〇日付の日記に「メイドと一緒に浜辺におりて、水浴機械の中に入り、そこで服を脱ぎ、生まれて初めて海に浸かった。とてもきれいな付き添いの女性がついていてくれた。水中に潜って息苦しくて死にそうになるまでは、とても愉快だった」と認めているが、この水浴機械とは、箱形の一種の馬車で、海側に張り出した幌のようなフードのおかげで、中で水着に着替えた女性たちは、人目に触れずに水に浸かることができた。
 手袋:……当時、上流の女性たちは、家庭の中でも往々にして手袋を着用していたが、それはかの女たちが家事労働のいっさいを召使いたちに任せ、自ら手を煩わせる必要のない身分であることを示すものであった。
 バッスル:「……女中たちもバッスルを着用している。イライザ・マイルズから聞いた話では、かの女のメイドの一人は、バッスルの代用として台所で使っているダスターをつけて日曜日に外出したという」

『寺山修司の戯曲 5』思潮社
 演劇家の寺山修司が手がけた戯曲の脚本集の一つ。その中に、ジョナサン・スウィフト作『奴婢訓』を元に作られた、その名も『奴婢訓』が収められています。
 メイドさんものを期待していると酷い目に遭います。正直、読んでみてもよく分かりませんでした(^_^;)。何やらシュールな感じの作品です。


第六回(2004.02.09現在)
M・クリュル、水野節夫+山下公子/訳『フロイトとその父』思索社
 “精神分析”で有名なジクムント・フロイトを彼の“家族”の歴史的な面から論じた書籍。“精神分析”を一寸囓った人なら、フロイトが以前“誘惑理論”を展開していた事、そしてある時期に突然“エディプス理論”に方向転換した事は知っている事と思いますが(第四回参照)、この本ではそれらの裏にはフロイトとその父、そして祖父に関わる問題があると論じています。
 この論が本当かどうかは、心理学をあまり知らない私にはどうこう言えるものでは無いのですが、様々な文献と資料で緻密に語られる様は、推理小説を読んでいるかの様で面白い事は確かです。特に十九世紀におけるユダヤ人がどんな生活をしていたかは詳しく書かれており、資料としても良いと思います。
 どーでも良い事だけど、ウィーンでもやっぱり、子供に“性”を教えるのって、メイドさんやら家庭教師やらだったりもするのね(兄弟姉妹間での親近相姦もあったらしい)。これによると、当時のウィーンは割と性的なものが大らからしいので、ヴィクトリア朝にありがちな偽善的生真面目さは関係無いとか言っているが、イギリスだって結構隠れてエロエロしてるぞ(理想と現実とが解離しちゃってるしさ)? 程度の差があるものの、家父長制度的な論理は当時のヨーロッパに蔓延していた訳だから、木を見て森を見ずって感じですね。で、フロイトは自分の個人的な経験から、折角打ち立てた“誘惑理論”を捨てちゃって、変わりに“エディプス理論”を論じる様になっちゃった訳ですな。

高橋康也『ヴィクトリア朝のアリスたち ルイス・キャロル写真集』新書館
 その名の通り、ヴィクトリア朝時代の少女を写した写真を集めた書籍。主にルイス・キャロルが撮った写真が載っていますが、当時のポストカードなど、ヴィクトリア朝時代を生きた様々な少女達の写真もあります。
 ルイス・キャロルが写した少女達は割と裕福な家庭の子の様で、ひらひらとした当時の子供服のデザインが見て取れます。『赤頭巾』『中国娘』『乙女の騎士』などは、今で言うコスプレ? 駄目人間は何時の時代にもいるんだなと、妙に感心しきり(ぉぃぉぃ)。七十四ページ目の『妖精の料理人たち』は一八七〇年代に写したもので、ちっちゃな娘さん達にメイドの格好をさせているという代物。これ見て『イイ!』とか思う自分も相当な駄目人間確定。
 一方で、最後のページにある少女売春婦達の写真は、もう一つのヴィクトリア朝、影の部分として衝撃的なものであります。十歳かそこらで妊娠四ヶ月という少女売春婦の写真は、別ページで引用されている『近代社会において商品化され石化された女性の身体』の例とも言えるでしょう。てか、あまりもの事に“酷い”の一言しか言えなくなっちゃうんですよね。  対極的なものが一同に収められたこの一冊、ヴィクトリア朝時代に興味のある人には、色々な意味でお勧めです。

レオナルド・デ・フェリス、本田成親/訳『図説 創造の魔術師たち [19世紀]発明家列伝』工学図書
 当時の様々な発明品(空想のものも含む)を、当時のイラストで紹介した書籍。とは言え、微妙に変なものばっかり集めている気がする……かなり偏りあり過ぎ。何だかタブロイド紙見てるよーな感じが凄いする……。

別冊宝島『この間取り どこがヘンなの?』宝島社
 以前『タモリ倶楽部』で佐藤和歌子『間取りの手帳』が紹介されてから、俄“ヘンな間取り”マニアが出現、そのニーズに応えるべく(?)出たのがこの一冊。
 全然“ヴィクトリア朝”とは関係ありません。でも“メイドさん”には少し関係あるかも。四十二、四十三ページにバブル期に建設されたスーパー億ションの間取りが紹介されているんですが、そのマンションには何と“メイドルーム”完備! しかも“メイドルーム”には専用のユニットバス付き! 個室が五個、その内の一つ主寝室は三十一畳もの広さで前室、専用のバス・トイレ、ウォークインクローゼット付き。
 で、この部屋、平成二年に港区内に建設され、床面積はざっと三百三十u! 当時の価格で二十六億円! 現在は十億円程度だそうですが、現金で購入しても毎月管理費と修繕積立金で五十万円以上は払わなければならない代物。住み込みでメイドさんを雇うとなったら、最低でもこんなに掛かると言う一例であります。はうぅ。


第五回(2004.02.02現在)
豊田利幸『物理学とは何か』岩波書店
 著者は名古屋大学名誉教授の物理学者で、専攻は原子核・素粒子論。この書籍は十六世紀から十九世紀頃までの物理学者とその理論に付いてを、歴史の流れと各理論体系から紹介したものです。
 はっきり言って物理学は苦手なんですが、十九世紀頃の科学とか調べていて、漸く見付けた書籍。ガリレオ(十六〜十七世紀)、ニュートン(十七〜十八世紀)を除けば、紹介されている物理学者は十八世紀から十九世紀末に集中している事が分かります。W.ハーシェル、ラプラス、フーリエ、ガウス、ファラデー、J.ハーシェル、ケトレー、カルノー、クラウジウス、マクスウェル、ボルツマンなどが紹介されていますが、物理学を良く知らなくとも、何処かで彼等の名前は聞いた事があるでしょう。産業革命頃から爆発的に増えていった感がありますね。
 ここで紹介されている『社会物理学』、以前紹介した『種の起源』で語られている“新たな品種を作る方法”とは対照的ですね。あちらでは『元の種より特徴のある突然変異体を掛け合わせて、現れた特徴をより強調した品種として固定化する』事が新たな品種を作る方法な訳ですが、こちらの『社会物理学』では『ここで定義された“人間”とは社会の震動している諸要素の平均値の様なものであり、人間社会の中には幾つかの能力に付いて超越した個人が存在しているが、それらに注目し重視して平均値を見失わない様にする』事が大切であると述べられています。まあ、ここで語られる“人間”とは、あくまでも統計学的なものであるのですが。で、統計学的な表で“端っこ”にあたる部分を集めて子孫を増やす事が“新たな品種”を作る事な訳ですね。
 あー、でも結局よく分かりませんでした(^_^;)。あくまでもこの書籍は『物理学とは何か』を紹介しているものであり、それを歴史的な流れで論じている為、初心者には不向きです。ある程度物理学を知っていないと駄目かも。そう言う訳で、もう少し勉強してから再読します(苦笑)。

浜林正夫/著『イギリス宗教史』大月書店
 原始時代から十九世紀末までのイギリスの宗教の通史が書かれた書籍です。キリスト教以前から出発し、教会の支配が崩れていった十九世紀までのイギリスの宗教が簡単に書かれてあります。
 著者はイギリス経済史及び社会思想史の学者で、本来専攻していたものでは無いのですが、ヨーロッパの歴史や文化を理解するには矢張りキリスト教を抜きに出来ないと始めたものがこの本です。『はじめに』見ると、私みたいに宗教苦手だけど宗教関係調べなきゃならないよーな(私の場合は単なる趣味なのだが)人間の苦労が出ていて、妙に共感、そして様々な資料を元にこの本を書いた根性に感服。確かに宗教関係の本って、何処か読者を“こっち側”に引きずり込もうと画策している感じがあって、そのせいで取っ付き難いんだよねぇ。そんな中、純粋に歴史的な側面でこういう本を書いた浜林氏には感謝、そしてもっとこういう本が出てくれないかなーとちょっぴり期待しています。
 “歴史”という観点から見ると詳しく書かれてありますが、各“宗教”の違いがあまり書かれて無いので、そういうものに詳しくない人間が読むと少し分かり難いかも。カトリックとプロテスタントの違いすら分からない私なのに、もっと細かい宗派が出て来ると、何が何なのやら……もう少し勉強してから読み直します(^_^;)。

ジョン・セイモア/著、小泉和子/監訳、生活史研究所/翻訳
『図説 イギリスの生活誌 道具と暮らし』原書房

 旧HPでも紹介した一冊。ヴィクトリア朝時代で使われていた様々な生活用具をイラストで紹介した書物。当時の写真やメイドさんに関しての情報もあったりと、メイドさん関係の資料としては非常に良い一冊。やっぱりメイドさん関連の情報には、こういった日常生活に根ざした資料が一番便利なんですよね。


第四回(2004.01.28現在)
末永俊郎/編『講座 心理学T 歴史と動向』東京大学出版会
 題名と副題そのものの内容の書籍。初期の心理学とも言うべきものは十八世紀頃から始まり、そして十九世紀頃から盛んに論議されるようになっています。この本では、その歴史と各々の心理学に付いての簡単な説明が載っています。心理学の歴史を知るには充分な一冊。他にも、各国の心理学の違いとかも書かれてあって興味深いです。因みにイギリスは保守的な性格故に、二十世紀中葉までは他の国より遅れを取っていました。
 皆が良く知る所のフロイトやユングなどの“精神分析”は、実は二十世紀初頭から。しかしフロイト最初の書籍『ヒステリー研究』が発表されたのは一八九五年であり、又フロイトが問題にしていた事は、ずばりヴィクトリア朝時代に形成されていた文化そのものな訳です。彼が取り上げた“生の本能エロス)”とは、何の事は無い、お上品に過ごす上流階級の抑圧された性欲っつう事。その事が、この本にはきっちり書かれています。それと対になる“死の本能タナトス)”の方は、第一次世界大戦から戻った兵士に精神的な後遺症があった事から晩年構築された概念だったりします。
 大体フロイトが語る『子供にも(未分化の)性欲がある』っつうの、最初は患者が訴えていたものをそのまま論として書いていたのに、後で『必ずしもそうでは無い』と分かった、その後で論じられているものなのだが、それって『トンデモ本』でツッコミ入れられていたものである。患者よりも己の身の保身を取ったって事っすか。うわ、酷ぇ。

チャールズ・ダーウィン/著、リチャード・リーキー/編、吉岡晶子/訳『新版 図説 種の起源』東京書籍
 “進化論”を語るには欠かせない、超有名な書籍。一八五九年十一月二十四日に初版が発行されたこの『種の起源』は、十九世紀中葉に多大なる衝撃を与えた書籍であり、ヴィクトリア朝を知るにも欠かせない本でもあります。
 で、これはダーウィンが生きている間に発行された中で一番新しい第六版を元に、編者が解説などを付け加えたものです。と言うのも、『種の起源』は新しい版が出る度に、ダーウィン自身が異論や批判に対して反論などを書き加えられているので、内容を知るには一番新しい第六版が最適なのだそうです。
 編者自身が著名な人類学者であり、現在分かった事から照らし合わせて間違いである箇所には随時説明を追加していたり、最後の“解説”では当時無かった概念“遺伝子”を含めた新しい“進化論”に付いても記載していたりと、かなり詳しく書かれてあります。
 兎に角読みやすくて面白い! 一度読め! まあ内容に付いては、学校で教わる“進化論”知っていれば何でも無いのだけど、勘違いして覚えた部分に気付かされていたりと、一読する事をお勧めします。最初はこちらを読んで“進化論”の内容を理解してから、他の出版社から出ている『種の起源』で当時の雰囲気を掴んだ方が宜しいかと。
 現代の日本人にとっては、それこそ『当たり前』になっている“進化論”ですが、当時のイギリスでは『全ての生物は神が作ったものであり、以来その種は固定され、形質は変わらないものである』という考えが主流であった為、ダーウィンが記した『種の起源』、そしてそこに書かれた“進化論”はかなりの衝撃であった事でしょう。無論、ダーウィン以前にも“進化論”に付いて論じた人物はいるのですが、しかし『種の起源』がこれ程までに衝撃を与えたのは、論に付いての証拠を集めまとめ紹介した事と、そのメカニズムをきちんと説明してあった事こそ、説得力として充分なものだったのです(受け売り)。
 あちこちの書籍で書かれていますが、確かに『種の起源』そのものには『人の祖先は猿である』とは一言も書かれていません。『種の起源』以後まき起こった事に付いては、以前紹介した『動物への配慮』が詳しいです。


第三回(2004.01.21現在)
小林司+東山あかね『ホームズのヴィクトリア朝ロンドン案内』新潮社(とんぼの本)
 シャーロッキアン夫婦による著書。タイトルからして、当時のロンドンを紹介していそうな感じだが、実際はシャーロック・ホームズ関連の建物案内がメインの旅行ガイドブックだったりする。
 とは言え、当時の写真や挿し絵などを使っているし、その比較例として現在の写真も載っていたりしているので、雰囲気掴みには良いかも。
 最初のページの見開きに地図が載っているので、寧ろ当時のロンドンの建物の場所を把握するのには丁度良いです。

齋藤磯雄/訳『ヴィリエ・ド・リラダン全集 第二卷』東京創元社
 こちらは十九世紀中葉から末頃に活躍した、フランス人幻想文学者。収録されているのは『未來のイヴ』、『至上の愛』、『アケディッセリル女王』の三編。
 困った事に、古い作品集なんで旧仮名遣いなんですよ。読み辛くて、斜め読みで進めていたんで、実は内容ちゃんと理解してなかったりしています(^_^;)。
 メインは『未來のイヴ』……ええ、アレのED曲のタイトルの元となったやつです。この頃から人造人間の事を“アンドロイド”って呼んでいたんですね。この人造人間は生体部品半分、金属部品半分っていった感じで作られています。
 で、話はある女性に一目惚れしたイギリスの青年紳士が、その女性の外見は自分の好みなのだが、性格の方がちっとも好みで無い事に絶望して、遥々エジソンの元に訪れて何とかしてくれと泣きつく所から始まります。おいおい。話の内容は、その青年紳士とエジソンの、女性に対する糞戯けな戯れ言が大半で、残り半分は人造人間制作の方法だったりします。現在の視点から見ると、女性に対する扱いの勝手な事が鼻につきますが、これが当時の風潮だからなぁ。端から見ると、てめーの自分勝手さ棚に上げて、恋人の悪口言っているよーにしか思えん。恋人である女性の人格全否定。酷ぇ。
 えーと。この話を読んでの感想です。
 ……エジソンって、こんな人でしたっけ?

 ……以上。
 あと、このアンドロイドに迂闊に触ると電気ビリビリで、全身真っ黒焦げの炭状態になります。すげ。
 『至上の愛』の方は、短編をまとめて寄せ集めたものを、一つの作品として収録したもの。中には『クルークス博士の実験』てのがあったりと面白げ。でも、結局よく分かりませんでした。
 『アケディッセリル女王』は、本来は『至上の愛』に含まれるらしい中編。インドのお話です。ええ、学が無いもんだから、『誰よ、それ?』って感じです。
 別の本に偶々この作者の紹介が載っていたんですが、それを見ると大貴族の家系に生まれながらも貧困の内に生活していたそうで、その為か反ブルジョワ・反物質主義の唯心論者(スピリチュアリスト)として名高い、らしい。あー、でもそんな感じするわ。『未來のイヴ』とかでも、科学的な部分は割と良く調べているけれど、結局最後は、何でも“電気”で動く事にしちゃってるし。エジソンも“魔術師”呼わばりだしさ。そんなんで良いのか。


第二回(2004.01.13現在)
平井呈一/訳『アーサー・マッケン作品集成T』牧神社
 十九世紀末から二十世紀中葉まで活躍した幻想文学者の、初期の作品を集めたもの。収録作品は出世作『パンの大神』、『内奥の光』、『輝く金字塔』、人気の高い『白魔』、一寸代わった風味の『生活の欠片』。
 ウェールズの牧師の息子として生まれたせいか、この当時流行っていた『心霊オカルト)』と『科学』、それに『唯物主義』に対する何処か批判的な態度が特徴的かと。解説見ると、それらをひっくるめて『悪魔的なもの』と感じていた様ですね。もう一つの特徴は、ウェールズという地域に基づいた、古のものに対する幻想的な郷愁でしょうかね。微妙に矛盾している気がしますが、まあ時代が時代だけに仕方が無いのかも知れません。それに付いては、下の本↓を見れば、何となく分かる気がする……。
 幻想文学とか詳しい人からすれば読むのは基本かも知れないけれど、実は初めて読んだり(ぉぃ)。なかなかに面白いです。
 でもメイド者からすれば、人気のある『パンの大神』や『白魔』よりも、矢張り『生活の欠片』を読むべきでしょう。この作品は、銀行員やってる平サラリーマンの主人公が、平々凡々の日常を過ごしていた矢先、叔母が夫の浮気を知って狂乱したとの知らせを受けて故郷に戻り、そこで非日常と出会し、家の中で見付けた古文書に魅了されるという話。で、この前半って言うのが、当時のロンドンで暮らす中産階級の下の方の、その生活な訳でして、当然の如く主人公もメイドさん(雑役メイドと思われる)を一人雇っているんですな。メイドさんの使えなさっぷりに、奥様が主人公である旦那様に愚痴をこぼすシーンとか良いですなぁ。寝坊して奥様に起こされるメイドさん、石炭になかなか火を点けられず無駄遣いして家計を圧迫しちゃってその言い訳を竈のせいにしちゃうメイドさん、土曜の午後ともなると夜遊びに行くのが待ちきれずに紫色のドレス姿で給仕しちゃうメイドさん、突然の旦那様の馬鹿笑いにピックリして安物のお皿を欠けさせちゃったメイドさん……当時の雑役メイドって、こんな感じだったんですねぇ。
 他にも、そのメイドさんが彼氏の家で彼の母親と会うって話があるんですが、見栄っ張りのその母親が、近所の家から女の子をメイドとして借りて来ていたと、奥様がメイドさんから伝え聞いた事を主人公へと話すシーンがあります。その女の子ってのが、扉の取っ手にやっと手が届く位のちっちゃな子で、その子に黒い服に白いエプロンと帽子(おそらくモブキャップの事)というメイド風の扮装をさせていると書かれてあるんですな。うわっ! 何か萌える。でも皆真似しちゃ駄目です。それにしてもその女の子、一体幾つ位の子だったんだろ……?

ジェイムズ・ターナー/著、斎藤九一/訳
『動物への配慮 ヴィクトリア時代精神における動物・痛み・人間性』法政大学出版局/りぶらりあ選書

 副題そのものな書籍。思想と思惑と欲望とが様々な形で絡まり合い、時代時代に激動と混沌とが湧き起こっていたヴィクトリア朝の、もう一つの見方。
 児童保護団体や女性解放運動よりも動物愛護団体が先に生まれた理由、ヴィクトリア朝後期にそれらが立て続けに誕生した理由、科学者の専門性の台頭とそれに対する不安から来る一般人の否定的な反応、現在においては『頭が良いから』と言う理由だけで鯨やイルカを牛や豚や鶏よりも保護したがる西洋人の論理が、これを読めば何となく分かる気がします(ぉぃぉぃ)。
 何だか『奇妙な論理』や『トンデモ本の世界』に通じるものがありますな。感受性ばっか肥大して論理的に物事考えられないくせに、自分は正しくて偉いんだと誇大妄想膨らませた奴は、どんな時代にもいるんだなーと。まあ、こーゆー話だけで無く、ちゃんとした事が書かれているんだけどね。
 エピローグの最後に『我々は今、もっともなことだが、ヴィクトリア時代の動物愛好家の感傷性と擬人化癖を笑いがちである。しかし、我々は、彼らがおかしいからといって、見下したような態度を取ることはできない。我々は彼らの子供である』と書いてあるんですが、日本人の我々に言われても微妙なんですが。とか言ってると、歳喰った時に年下の連中にゲラゲラ笑われるんだろーな。


第一回(2004.01.07現在)
ティス・ゴールドシュミット/著、丸武志/訳『ダーウィンの箱庭 ヴィクトリア湖』草思社
 『ヴィクトリア』で検索していたら、偶々名前が出て来た書籍。タイトルが気に入り、即借りました。作者はオランダの進化論研究者で、この本は最優秀科学書賞を受賞し、又最優秀文学賞にもノミネートされたという書籍です。
 アフリカのヴィクトリア湖に棲息する、現地で“フル”と呼ばれているシクリッドという魚の調査と研究をした本。この魚は、五十年に一種以上という驚くべきスピードで新種の魚が生まれているというとんでも無い魚で、進化論研究に持ってこいなのであります。この本は回想録風になっていて、すんなりと読めます。しかも、なかなか面白い。
 下の“異所的種分化”って単語、実はこの本読んで知った単語だったり(^_^;)。この本によると“異所的種分化”ってのは『地理的な障壁が出来た結果で起こる種分化』だそうで。例えば川なり山脈なりで、同じ種の仲間から隔離され、土地の環境条件がその障壁の両側で異なれば、いずれ集団は自分自身の住む環境条件に適応するようになる。そしてその障壁が再び無くなれば、結果として又出会う様になるが、どちらの集団の個体も互いにもう同じ種の仲間として認識しない程、互いの形質の差が大きくなっている可能性があり、つがい相手の認識方法に違いが生じると、二次的な結果として生殖的隔離が起こり、二つの新種が出現するのである。物理的に障壁が無くとも、化学的なものや棲み分けの違いなどでも起こりうるのだそうで。
 他にも、現地の医者と進化論に付いて話をするくだりがあるんですが、その医者ってのが進化論を信じていない人(何でも、そんな単純な方法で、複雑な進化など出来る訳が無いと思っている)で、反論に対して作者が『それは十九世紀に言われた事と同じですよ』と言っているシーンがあったり。いや、何か笑った。悪いけど。その反論ってのが『おかしな論理』で書かれてあった、疑似科学信じちゃった人々が言っていた事と、口にしている言葉自体は正反対なんだけど、その考え方としては結局同じなもんだったんで。そーいや、十九世紀頃には既にヴィクトリア湖の調査をしていたって話も、どっかでちょろりと出ていたよーな気が。
 そうそう……最後の方は、漁業で国の経済立てていこうって事で導入した(学者は猛反対したのだが)獰猛な肉食の外来種が湖に入れ込まれ、結局は何種類もいた数多くのフルが、数種類の数百匹程度を残してほぼ全滅って結果に終わっております。何だか耳の痛いお話。

H.G.ウェルズ/作、橋本槇矩/訳『タイム・マシン 他九篇』岩波文庫
 ウェルズと言ったら、十九世紀末から二十世紀中葉まで活躍した、超有名な作家。SF小説黎明期に出版された数々の小説は、タイトル位は聞いた事があるかと思います。タイトルの『タイム・マシン』は一八九五年に作家としてデビューしたウェルズの処女作。
 面白いです。一読をお勧めします。矢張り表題の中編『タイム・マシン』が一番面白いかと。タイム・マシンで場所そのままに、時間だけを八十万年後未来に移動した“時間の旅人”の話なのですが、ディズレーリ言う所の“二つの国民”を、ダーウィンの進化論を元に“進化”させたっていう皮肉に満ちたSF小説です。これって“異所的種分化”? だよなぁ。
 でも個人的に興味を持ったのは、解説でのウェルズの生涯だったり。母親がお屋敷勤めの元メイドだし、父親の店の経営が思わしくなくて、再びお屋敷勤めした母親の元に引き取られたりと、貧しい家庭に生まれ育ちながらも、その知識と文才とで成り上がりつつ、しかし心の何処かでは階級落ちして、惨めな下流階級へと舞い戻ってしまう事に、相当な恐怖を感じていた彼の心の襞みたいなものが、諸作品の中に滲み出ている事、滲み出ている事。やっぱこういう小説は、当時の風潮を調べてから読んだ方が、面白さが断然違いますね。
 あー、所で。『タイム・マシン』に登場する未来人は、地上で“進化”した元上流階級の『エロイ』と、地下で“進化”した元下流階級の『モーロック』の二種類がいるんですが、註釈によると、前者は『マルコ伝』でのイエスの言葉から、後者は『レビ記』に登場する、生け贄を焼き殺す怖ろしい神の名から付けられたって書かれてあります。『モーロック』の元ネタである『モロク』と言う神は、ジョン・ミルトン作の『失楽園』にも、悪魔として登場していまして、生け贄っつうのが嬰児なんですよ。で、己が姿をした竈の中に生け贄を投げ込んで、その断末魔が聞こえない様に銅鑼を鳴らすんだそうな(この絵はその手の書籍によく使われているのだが)。だから地上の『エロイ』を喰う地下の未来人に『モーロック』って名前を付けたんだろうけど……まあ有名な悪魔だから知っている人もいると思いますが、この『モロク』って牛頭人身なんですよ。同種喰いが牛頭……今日日、何だかヤヴァいネタであります。はわわ。

別府恵子/編『探偵小説と多元文化社会』英宝社
 堅っ苦しいタイトルですが、よーするに推理小説黎明期である十九世紀から二十世紀後半(当時)までの英米推理小説を取り上げ、簡単に分析・解説した書籍です。
 ええ、前半の十九世紀の所しか読んでいませんよ。こらこら。しかもこの本のメインは現代米国の推理小説を論じた部分なので、半分も読んでいない気がする。あまり詳しくは書いていないので、予備知識用としてサラリと読むのが吉。


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