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☆図書館にでも行きましょうか。☆
☆図書館にでも行きましょうか。☆


 最近ロクに更新していないので、又新たなコンテンツを立ち上げたりして。
 万年金欠な小手鞠萌はよく図書館に行く訳ですが、そこでよく借りる本の中でも、面白かったり資料としてなかなか良い物を紹介するコーナーです(安上がり)。
 因みに基本は“十九世紀”。本物のメイドさんが生きていた時代っすね。でも読んでいる本、かなり偏りあり過ぎです。しかも実はあんまり小説読まない事、バレバレ。大層なもんでは無いけれど、ある意味“裏ヴィクトリアン・ガイド”かも(^_^;)。


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資料をまとめてみました。
→メイドさんに関する資料・一覧表


第二十五回(2004.06.28現在)
E.J.ホブズボーム、野口建彦+長尾史郎+野口照子/訳『帝国の時代 1』みすず書房
E.J.ホブズボーム、野口建彦+長尾史郎+野口照子/訳『帝国の時代 2』みすず書房
 一八七五から第一次世界大戦が始まる直前の一九一四年までの四十年間の歴史を、ヨーロッパ諸国での出来事を中心に論じた書籍。
 一巻目は自身の両親の馴れ初めから“歴史”とは何かを語り、そして経済、民主主義、労働者、ナショナリズムなどに付いて語っています。
 二巻目はブルジョワの生活、“新しい女性”、芸術、科学、理性と哲学、革命、そして戦争に至るまでを、時間系列に沿って語っています。
 非常に詳しく書かれてあり、十九世紀末と大戦直前に付いて知るには良い一冊。もう少しじっくりと勉強したい人向けです。
 メイドさん関係は少ないのですが、一巻目の口絵の写真に当時のメイドさんの写真が一枚だけですが載っています(これがなかなか良い感じ)。又、二巻から興味深い一文を引用してみます。
………………
 すでに述べたとおり、特別にフェミニスト的な運動は小規模だった――多くの大陸諸国では、その組織はほんの数百人か、せいぜい一〇〇〇人とか二〇〇〇人から成るものだった。その構成員は圧倒的に中産階級出身であり、彼女らのブルジョワジーとの一体感、とりわけブルジョワ自由主義(ブルジョワ自由主義の、第二の性〔女性〕への伸張を彼女たちが代表していた)との一体感は、彼女たちにあのような力を与えたが、また彼女たちの限界を規定した。裕福で教養のあるブルジョワジーより下のレヴェルでは、婦人選挙権、高等教育を受ける権利、働きに出て専門業に就く権利、男性と同じ法的地位や権利(特に財産権)を求める闘争は、その他の問題と同じような極めて熱烈で使命感に駆られた気分の高揚をひき起こしそうにもなかった。さらにまた、中産階級の女性たちがそうした要求のために闘える自由を比較的に持っていたのは、少なくともヨーロッパでは、家事労働の重荷をもっと大きな女性集団――彼女たちの召使い――に肩代わりさせることによっていたからだということを忘れてはならない。(2巻『新しい女性』より)
………………
 個人的に、最近フェミニズムに対していまいち賛同出来かねないでいる理由が、実の所最後の一文に集約されているんですね。何だか、語られるフェミニズムの論が、結局は自分自身に取っては“他人事”でしか無い気がして。確かに努力と勉強は必要だけど、結局は報われる事無く生きたまま喰われる感が強いんですよ(誰だって犬死にだけは御免だろうしさ)。幾ら“男女平等”を唱っていても、それが身近なものとして現実感が無いと、結局は無意味な気がします(デルフィ辺りに怒られそうだが)。こーゆーとアレだけど、何でも“子供”をダシにして展開する、胡散臭い偽善ぶりよりマシでは無いかと。

モリー・ハリスン、小林祐子/訳『台所の文化史』法政大学出版局(りぶらりあ選書)
 有史以前から現在に至るまでの“台所”に付いての歴史を論じた書籍。“台所”だけで無く、生活全般に関わる事を分かり易くまとめてあります。
 台所、そして生活は常に使用人の存在が不可欠であった事が分かる一冊。使用人が姿を消す時代まで、使用人は奴隷も同然の扱いをされていた事も分かります。使用人の種類が細かく規定されたのは十七世紀後半からで、これはこの頃から奉公の性質が変わったからの様です。一九一〇年代までは生活ぶりは十九世紀頃と変わらないものの、第一次世界大戦後の一九三〇年代には使用人の扱いが良くなり、第二次世界大戦を迎えて生活様式全てが一転した様子もうかがえます。
 『十九世紀』の項には『ビートン夫人の家政読本』が沢山引用されています。例えば、『様々な収入に応じて使用人の数』を定めた表や、メイドさんの賃金に付いての表など参考になります。今後の参考の為に抜粋。
………………
 年収一〇〇〇ポンド……料理人、上下働きの女中、従僕
 年収七五〇ポンド………料理人、女中、従僕
 年収五〇〇ポンド………料理人、女中、ボーイ
 年収三〇〇ポンド………料理人、女中
 年収二〇〇又は一五〇ポンド……雑働きの女中又は荒仕事をする小娘
………………
 家政婦…………………二〇〜四五ポンド/一八〜四〇ポンド
 奥付き女中……………一二〜二五ポンド/一〇〜二〇ポンド
 乳母頭…………………一五〜三〇ポンド/一三〜二六ポンド
 料理人…………………一四〜三〇ポンド/一二〜二六ポンド
 女中……………………一二〜二〇ポンド/一〇〜一七ポンド
 洗濯係…………………一二〜一八ポンド/一〇〜一五ポンド
 雑働き女中……………九〜一四ポンド/七1/2〜一一ポンド
 女中手伝い……………八〜一二ポンド/六1/2〜一〇ポンド
 食料品室付き女中……九〜一四ポンド/八〜一二ポンド
 乳母の下働き女中……八〜一二ポンド/五〜一〇ポンド
 洗濯係手伝い…………九〜一四ポンド/八〜一二ポンド
 台所手伝い……………九〜一四ポンド/八〜一二ポンド
 洗い物係………………五〜九ポンド/四〜八ポンド
 前述は『お茶、砂糖、ビール代として特別手当が支給されていない場合』、後述は『お茶、砂糖、ビール代が支給されている場合』。
………………
 『十六世紀』にはメイドさんの働きぶりを記したトーマス・チャーチャードの詩が引用されています。
………………
 娘はこの家の寵児となって、
 可愛い鼠のごとくとびまわる。
 そしてもの言うたびごとに、
 こ腰をかがめて愛らしく会釈する。
 椅子の下余す所なく掃き清め、
 クッションのほこりも振り払う。
 イグサや藁や小枝、
 散らかれば、すぐに片付け、
 日々の家事、手際よくさばく。
 この娘、奥方の華と呼ばれる。
………………
 メイドさん萌え〜な感じが出てますな。

ジェニファー・デイヴィーズ/著、白井義昭/訳『英国ヴィクトリア朝のキッチン』彩流社
 著者は英国のテレビ・BBSの副プロデューサー。本著は人気番組『ヴィクトリア朝のキッチン』を書籍として起こしたもの。
 旧HPでも紹介しましたが、これ一冊あればキッチンに関わるメイドさんの殆どが分かります。ハウスキーパー、コック、キッチンメイド、スカラリーメイドなどの様々なメイドさんがどの様な仕事をしているか、具体的な事がしっかりと書かれてあり、資料としては一級品。巻末には当時食されていた料理のレシピも載っているので、試しに作って食べる事も出来ます。
 キッチン関連の資料として、第十七回『シャーロック・ホームズ家の料理読本』、及び上記『台所の文化史』と併せてどうぞ。

北野佐久子『アガサ・クリスティーの食卓』婦人画報社
 “ミステリーの女王”アガサ・クリスティーの推理小説作品に登場する様々な食べ物、行事、習慣などを書き記したエッセイ集。
 著者はハーブ研究家で、夫の仕事の為イギリスで暮らしていた経験を生かし、クリスティー作品の中からキーワードを抜き出して、それを元に二十世紀中葉の頃のイギリスを語っています。尚、一部のメニューにはレシピも付いています。

ディック・ライリー&パム・マカリスター/編、ジュリアン・シモンズ/序文、森英俊/訳『ミステリ・ハンドブック アガサ・クリスティー』原書房
 第二十一回の『シャーロック・ホームズ』に続き、『ミステリ・ハンドブック』シリーズからアガサ・クリスティー研究書をご紹介。
 『シャーロック・ホームズ』に比べ、作品群紹介の項が多く、クリスティーの時代に関する資料は少ないです。資料として使えそうな項は『おいしい一杯――イギリスの紅茶作法』と『死刑囚の最後の晩餐――英国の人気料理』位です。その中で『死刑囚の最後の晩餐』では、当時の英国料理のレシピが載っています。
 メイドさん関係では『クリスティーの描く、犯罪、階級、そして外国人』の中に、クリスティーの使用人に対する先入観が指摘されています。
………………
 アガサ・クリスティーはプロットを構築するさい、外国人への偏見はもとより、登場人物たちが階級と富に対して先入観を抱いているのを見て見ぬふりをすることが多かった。彼女自身、育ちのよい中産階級の出であるからして、こうした先入観が身についていたことは間違いない。実際、クリスティーはこう語ったといわれている。「わたしにとって幸せとは、大勢のしつけのいき届いた使用人に囲まれていることです」。また別の機会には、記者に対し、一番欲しいものはミンクの毛皮とベントレーの新車だと語っている。
 これでは、クリスティーの小説に、上流階級の居間のような静かな気品が漂っているのも無理はない。そこでは、詩人で評論家のラルフ・タイラーがいみじくも指摘したように、「メイドは必ず呼び鈴に答える――絞め殺されていないかぎりは……」。
 これらの物語では、知能と洗練された物腰、富はひとつのものであって――もしくはそう見える――使用人たちは主人にやすやすとだまされてしまう。『鏡は横にひび割れて』の冒頭、ミス・マープルが、ひとりで過ごさんがために、鼻もちならない付添婦のミス・ナイトを無駄なおつかいに行かせるのは、まさにその如実な例である。「献身的なメイドなどというものは昔話になってしまっている」と思いにふけった後で、ミス・マープルは用事を頼む。
………………
 これだからお嬢様育ちって奴は! メイドさんも大変である。


第二十四回(2004.06.22現在)
良知力『女が銃をとるまで 若きマルクスとその時代』日本エディタースクール出版部
 著者は社会思想史を専攻する学者。一八四八年のドイツの女性史を論じた『女が銃をとるまで 一八四八年女性史断章』、同じく一八四八年の若きマルクスに付いて論じた『若きマルクスとその時代』、そしてマルクスに関する小論文集『短章』の三つが収められた書籍。
 これを知ったのは“MaIDERiA”さんのサイトです。メイドさん関係は表題『女が銃をとるまで 一八四八年女性史断章』のみ。第二十回の『ヨーロッパ家族社会史』に続いて、ドイツ語圏のメイドさんに付いても論じられていますが、イギリスのメイドさんよりも厳しい条件と環境で暮らしていた事が分かります。下層階級の女性が、何をするにも許可を得なければならないというのでは、そりゃ大変だろうに。男性よりも給金が低い為、それを補う為に売春をせざるを得ないと言う部分も、第二十回の『売春の社会史 古代オリエントから現代まで』でも追求していますね。
………………
 女中は食つきだが、給与は年に8−20ターラー、そのほかに売春によって少ない給与を補わせるためにしばしば夜の外出用に家の鍵が与えられる。ドレスデンについてのアレキサンダー・シュネーアの報告によれば女子奉公人の給金は3カ月に4−8ターラーである。(『表9 ベルリンにおける女性の職業・賃金・休業期間』の補足より)
………………

エンゲルス/著、一條和生+杉山忠平/訳『イギリスにおける労働者階級の状態(上)』岩波文庫
エンゲルス/著、一條和生+杉山忠平/訳『イギリスにおける労働者階級の状態(下)』岩波文庫
 副題は『19世紀のロンドンとマンチェスター』。一八四五年発表のこの著書は、一八四二年に父親の経営するマンチェスターの工場で働き始めた若きエンゲルスが、労働者の苛酷な労働と悲惨な生活状態を目の当たりにし、それに付いての実態調査と研究を重ねた末にまとめられたもの。
 マルクスの次はエンゲルスです。直接メイドさんに関するネタはありませんが、当時の下層階級が過ごして来た貧困と窮乏の生活ぶりが伺えます。何故かアイルランド人に対して結構厳しい事を言っているんですが、これが当時の反応なのか(因みにエンゲルスはプロイセン生まれ)? 後、メイドさんと言うか使用人に対して何も書かれていないのは、やっぱり家事労働に関しては無視って事なのか? 女性が労働に出る事による家庭と言うものの崩壊を憂えている文章もあった事だし、家事労働は労働じゃ無いって事ですな。

カール・セーガン、青木薫/訳『人はなぜエセ科学に騙されるのか(上)』新潮文庫
カール・セーガン、青木薫/訳『人はなぜエセ科学に騙されるのか(下)』新潮文庫
 著者は高名な天文学者。その著者が、世間に蔓延る数々の“似非科学”を一つずつ論破し、『科学では割り切れない現象』などあり得ないと説く科学啓蒙書。専門が宇宙に関する事だけに、UFOや宇宙人と言ったネタを中心に、明解に論じています。
 暇つぶしの為に借りたので、紹介するつもりでは元々無かったのですが、とても面白いし、取り上げられているネタが“古代から現代に掛けて蓄積された知恵”である科学に付いてであり、科学の発展が宗教の支配力の衰えと産業革命の勃発に伴った十九世紀頃に飛躍した事から見て、ここに紹介する次第であります。
 マーチン・ガードナー『奇妙な論理』、テレンズ・ハインス『ハインス博士「超科学」をきる』と同系列のエッセイで、読み易いのでお勧め。特に『第十二話 “トンデモ話”を見破る技術』は一見の価値あり。ここで述べられている“トンデモ話検出キット”は、日常でも使える便利もの。裏付けを取れ、論議のまな板に乗せろ、権威主義に陥るな、仮説は複数立てろ、身贔屓をするな、定量化しろ、弱点を叩き出せ、オッカムの剃刀(データを同じ位上手く説明する仮説が二つあるなら、より簡単な方の仮説を選べ)、反証可能性、これらを巧みに使いこなす事で、日常生活に紛れ込んだ“トンデモ話”を検出する事が出来ます。又“トンデモ話”の具体例も挙げており、対人論証(議論の内容では無く、論争相手を攻撃する事)、権威主義、「そうじゃないと都合が悪い」式の論証、無知に訴える(虚偽だと証明されないものは真実だ、或いは、真実だと証明されないものは虚偽だという主張)、特別訴答(「手前勝手な議論」)、論点回避(答えが初めから決まっている)、観測結果の選り好み(「都合の良い場合ばかりを数える」。哲学者フランシス・ベーコンによれば「当たりを数えてハズレを忘れる」)、統計の誤解、無定見、前提と繋がらない不合理な結論を出す(「関係の無い話をする」)、因果関係のこじつけ(「○○をやったら××になった。それ故、○○は××の原因である」)、無意味な問い、真ん中の排除(「虚偽の二分法」とも言う。中間の可能性もあるのに、両極端しか考えない事)、短期と長期の混同、危険な坂道(「ブレーキが利かない」)、相関と因果関係の混同、藁人形(「架空の論的に吠える」)、証拠隠し(真理の反面しか語らない)、故意に意味をぼかす(「逃げ口上」)などを見付けたら、眉に唾を付けて聞いた方が宜しいと勧めています。
 又、『第二十三章 マックスウェルと科学オタク』は、十九世紀に活躍した物理学者マックスウェルの事に付いて書かれていますが、その中で語られる“ウェストミンスター計画”という“ifネタ”はスチームパンクに使えそうで面白いですね。

服部正『影よ踊れ』東京創元社(創元クライム・クラブ)
 副題の『シャーロック・ホームズの異形』の通り、ホームズもののパロディ小説。アーサー・コナン・ドイルは父チャールズを見舞う為、コーンウォルの療養所を訪れる。シャーロック・ホームズとワトソン博士も又、療養の為にコーンウォルの地へと向かうが……そこで両者が出会い、謎めいた事件が彼等に襲い掛かる。
 ホームズものと思って推理小説を想像すると大変な事になります。結構グロい感じの退廃的な内容で、寧ろゴシック・ホラーの様相を呈しています。正直、よく分かりませんでした。各章は“原典”の中からネタにしている様で、元ネタ知らないと面白く無いのかも知れません。

ガイ・ブースビー/原作、菊地秀行/訳・解説『魔法医師ニコラ』小学館(地球人ライブラリー)
 裏表紙によれば『日本の冒険小説マニアの間で長く待望されていた』と言う、十九世紀末に書かれた冒険小説。十九世紀末の上海で、謎の人物ニコラ博士の「報酬一万ポンドでチベットへ行こう」という依頼を受け、主人公は彼と共に艱難辛苦の旅に出掛けるが……その先チベットで目撃したのは、超自然の技術であった。
 非常にジュブナイル的な展開で繰り広げられるアクションの数々。『十九世紀は何でもアリ』と正直思った次第であります。この『ニコラ博士』シリーズは、東洋ピカレスク小説の嚆矢として名高いとの事です。


第二十三回(2004.06.14現在)
フロイド、小此木啓吾/訳『改訂版フロイド選集・第16巻 症例の研究』日本教文社
 前回に続いてフロイトの論文集より。収録されているのは『強迫神経症の一例に関する考察』(一九〇九年)、『自傳的に記述されたパラノイア(妄想性痴呆)の一症例に関する精神分析學的考察』(一九一一年)、『ある幼児期神経症の病歴より』(一九一八年)の三つ。
 この内メイドさん関連なのは最後の『ある幼児期神経症の病歴より』です。この患者は小さい頃から何らかの症状が出ていて、十八歳の時淋病に感染した数年後精神分析治療を受けた青年で、乳母や女家庭教師などを雇っている事から、結構良い出自のお坊っちゃまの様です。この文献を見ると、嫌でも『我が秘密の生涯』(第二十回参照)を思い出す。だって、幼児期の体験とかが凄く似てるんだ、コレが。
………………
 (中略)彼が十四歳になつた頃から、此の姉弟の関係は自然と好転し始めた。互いに似通つた精神的傾向を持つていることや両親に對して共通した反感を持つていることが彼等をずつと近づけたので、二人は最も仲の良い仲間同志のように附き合うことになつた。思春期の激しい性的興奮時には、弟は親密な肉体的接近を姉に求めることさえあつた。彼女がきつぱりと、しかも上手に彼を拒否したために、彼はすぐにその代りを求めて、彼の家で働いている女中にその要求を向けた。此の少女は農家出で、彼の姉と同じ名前だつた。此の結果、彼の異性愛的な對象選択の方向は自ら決定し、その道に向つて第一歩を踏み出したことになる。すなわち彼が、その後歴然たる強迫性 Zwang を示しながら強迫的に恋した娘たちは、何れも彼よりはるかに教養と知性の劣つた召使ばかりであつた。此等の恋愛對象が、すべて彼を拒否した姉の代理人物であつたとすれば、かつて彼を圧迫した姉を(恋愛好意によつて此等の劣つた召使い達と同一視することによつて劣等な召使いの地位に迄)引き下げ、彼女の知的優越性を否定しようとする傾向がその對象選択を決定したと考えることができる。(『V 誘惑及びその直接の結果』より)
………………
 彼が床にかがんでいる子守娘を見た時、彼女は、床を洗うのに忙しく、膝を曲げてお尻を後に突き出し、背中を水平にかがめていたのであつた。そして彼は、此の姿勢を見て、あの性交場面で、母親が取つていた体位を連想したのである。此の連想は、あの原光景の映像を活動化し、彼は性的亢奮に捲き込まれ、その点に関して子守娘は、彼にとつて母親と同じ存在になつてしまつたのである。その結果彼は、この子守娘に對して、自分の父親と同じような男らしい振舞いを示すようになり、而も當時の彼にとつて、そのような男性としての性的行為は、おしつこをすることを意味していたのである。(中略)
 グルーシャとの光景の影響は、数年前に起こつたもう一つの惚れ込みの發作に、もつと明瞭に、異論の余地がない程明らかな形で現れている。彼は自分の家に召使いとして働いている一人の若い百姓娘を、かなり前から好きになつていたが、何故か彼女には親しむまいとしていた。ところが或る日、彼女がたつた一人で部屋に入つて來た時、彼は我を忘れて彼女に惚れ込んでしまつた。その時彼は、かがんで床を洗つている彼女を見た。そして彼女の傍には、バケツと箒が置いてあつたのである。何と此の光景は、彼の幼児期の子守娘との光景と全く同じではないか。(『[ 原時期 Urzeit からの追加――解決』より)
………………
 幼児期からメイドさん萌えに至る道がここに。

高尾慶子『イギリス人はおかしい 日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔』文藝春秋
 著者は三十歳位の頃、料理学校に通う為フランスに渡るつもりが、船の手違いにより間違ってイギリスに渡ってしまい、以後様々な経験を経てイギリスの永住権を持った日本人女性。主に九十年代、五十歳の頃に働いた映画監督リドリー・スコットの屋敷での出来事を中心に、使用人として見たイギリスという世界を語った書籍。
 読みながら『この本を書いた年代、一体幾つだよ?』と本気で思った程、イギリスと言う国は百年位前と変わらない感じがしました。ハウスキーパーとして働くのに以前勤めていた所の“証明書レフェレンス)”が必要だし、相変わらず貧富の差が激しいし、労働者階級は貧し過ぎてあきらめの胸中だしで、現代イギリス(少なくとも十年位前は)も又十九世紀末のイギリスと変わり映えしない雰囲気である事が分かります。
 因みに雇用者であるリドリー・スコットの母親は良家の出自で我が侭婆さんなのだが、未だにイギリスが“七つの海を支配する大英帝国”とマジで思っていたりする人です。

C・ディケンズ、小池滋/訳『オリヴァー・トゥイスト(上)』ちくま文庫
C・ディケンズ、小池滋/訳『オリヴァー・トゥイスト(下)』ちくま文庫
 第十四回に続いて、十九世紀中葉に活躍した作家ディケンズの有名な作品。救貧院で生まれた子供オリヴァー・トゥイストは、周囲の大人の悪意と偽善に巻き込まれ、不運な生活を送るが、運命は思い掛けない方向へと転がっていく。
 大英帝国の底辺を生きた下層階級の人間の悲惨な生活を書いた事で有名なディケンズですが、当時の小説のお約束通り、最後はご都合主義によりハッピー・エンドになります。主人公オリヴァーは、実は良家の血筋で、善人の紳士淑女の手助けにより可愛いお嬢様と結ばれ幸せに暮らしましたとさ。つう訳で、面白いのは前半です(笑)。エグいまでの底辺の暮らしぶりは、中産階級敵な個人主義が、下層階級にまで徹底的に普及したが故であり、その悪意が下に行くにつれ抽出され凝縮したかの様であります。
 メイドさんはちょくちょく出て来ますが、ちょい役ばっかりです。メイドさん関連で面白そうなネタを少し引用。以下は悪役フェイギンとサイクスが銀の食器を盗み出そうとしていた家の事を話しているシーンです。
………………
 「冗談じゃねえよ」サイクスが言い返した。「おめえに冗談言ったってはじまらねえ。いいか、トビー・クラキットが二週間もあの家のあたりをうろついてたんだが、まだ召使の一人も抱き込めねえんだ」
 「ビル、それじゃ」相手がかっかとするにつれてユダヤ人の方は静まって来た。「あの家の二人の召使いのうち、どっちも抱き込めなかった、というのかい?」
 「そういうわけさ。二人ともあの婆さんの家に二十年も奉公してるんで、五百ポンド出しても買収できやしねえよ」
 「でも、女中まで抱き込めないって言うのは」ユダヤ人が愚痴をこぼした。
 「それがだめなんだよ」
 「色男のトビー・クラキットでもかい?」ユダヤ人が信じられぬといったような口調で、「だってビル、女なんていうものは」
 「だめなんだよ。色男のトビー・クラキットでもだめなんだよ。奴はつけひげをつけて、カナリヤ色のチョッキを着て、しょっちゅうあの辺をぶらぶらしていたんだが、全然だめなんだ」(『第十九章 一つの注目すべき計画を論じ合い結論に到達する』より)
………………
 この後結局は押し込み強盗に入るんですが、こういったやり口は第八回『ヴィクトリア朝の下層社会』でも紹介されています。

ジョイス/作、結城英雄/訳『ダブリンの市民』岩波文庫
 アイルランドの作家ジョイスが、一九一四年に発表した初期の小説。自身の経験を元に書いたと思しき内容で、十九世紀末のアイルランドの都市ダブリンの市民階層の麻痺的な生活を描いています。
 イギリスのお隣の国アイルランドも又、上流・中産・下層階級が存在し、更に中産階級は上・中・下の階層が存在しています。ジョイスの作品ではその内中産階級の下層の人間を描いていて、この作品もそういった階級の生活が垣間見られます。
 メイドさん関係は『青年期』に当たる『二人の伊達男』と『下宿屋』。前者は二人の伊達男がメイドさんを騙して金を巻き上げる話で、後者は中年男性が下宿屋の娘の誘惑に負けて世間体の為に結婚する羽目に陥る話。
 では少し引用したいと思います。
………………
 (中略)ミセス・ムーニーは麦わらを詰めた肘掛け椅子に腰かけ、女中のメアリーが朝食用の道具を片づけるのを監督していた。彼女はメアリーにちぎったパンの皮や屑を集めさせた。火曜日のブレッド・プディングを作る足しにするためだ。(『下宿屋』より)
………………
 当たり前の事だけど、アイルランドでもメイドさん使っていたんですね。雇っている側が中産階級でも下の方って事は、ここでもメイドさんの給金は低いと考えられます。

ジェームズ・エリソン/著、エドモンド・ダンテス/原案、ケビン・ウェイド/脚本、
池谷律代/訳『メイド・イン・マンハッタン』竹書房文庫

 第十四回に続き、映画のノヴェライズ。舞台は現代のアメリカ、マンハッタンにある高級ホテル。主人公はそこのホテルのメイドとして働いているシングルマザー。ある日同僚で親友(悪友でもある)に唆されて、宿泊客が返却する様に言ったドレスを着ていたら、突然その部屋に入って来た二世議員と出会してしまう。慌てて客の名前を語ったら、散歩をする羽目に。彼女を気に入った男が、ホテルの宿泊客をデートに誘うが、勿論別人。そしてお互いに惹かれ合うが、そこには一波乱が巻き起こる。
 カバー紹介の『ロマンティックな現代版シンデレラ・ストーリー』の通りで、内容的には如何にもな感じでいまいちだけど、メイドものとしては良い線いっている気がする。表層をヴィクトリア朝イギリスに変えても通じると個人的には思う。主人公のメイドは貧しい出身だし、そういや最初の出会いの時に宿泊客のドレスを着るシーンなんて『女主人のドレスを着るメイド』ネタまんまだし。メイドさんネタで面白げな部分もあるので、その部分を引用します。
………………
 二人はほかのメイドと一緒に並び、制服を選んだ。近くでは、客室係主任のポーラ・バーンズが三人の新米メイドを案内していた。
 「いいですか、ベレスフォードのメイドはいつでもお客様の便宜を図ります。ベレスフォードのメイドはつねに完璧でなくてはいけません」
 クラリスが呆れ顔で目を回す。「ベレスフォードのメイドは釘付けされていないものなら、何でも盗みます」マリサの耳元で冗談をささやいた。
 ポーラ・バーンズの説明はさらに続く。「ベレスフォードのメイドは笑みを絶やしません。ベレスフォードのメイドとして歩み出すときに、絶対に忘れてならないことは――」バーンズは劇的な効果を狙って一呼吸置く。「つねに、目に見えない存在であろうとすること」
 何人かのメイド、そして、クラリスが誰よりもドラマチックに、バーンズの口調を真似てみせる。「つねに目立たずに」
 ポーラ・バーンズは壁にかかる月間優秀社員の写真を示す。写真のメイドはあたかも「わたしは優しく、純情」と言っているかのように、明るい笑顔と素朴な表情をしている。写真の下には「つねに目立たず、勤勉に仕える、をモットーに」と記されていた。
 クラリスはマリサに体をすり寄せて、ささやく。「毎日目立たずに仕えていたら、きっと、ある日、みんなが一斉に消えちゃうわ」(『第一章 金曜日』の『ベレスフォード・ホテルの朝』より)
………………
 目立たずに仕える、をモットーとするベレスフォードの長い一日が、始まろうとしていた。マリサ、バーバラ、ステファニー、クラリス、そして、ほかの三〇人のメイドは、バトラー、ベルマン、ドアマンとともに、従業員の朝礼に出席した。朝礼をまとめるのはホテル支配人のジョン・ベクストラムだ。従業員が集まる様子を見れば、眼識のある人にはホテルの職域内階級カースト)がはっきりわかった。メイドはメイド同士で固まり、バトラーも、ベルマンも、ドアマンも仲間内でまとまり、職域を超えて混じり合うことはない。クラリスが以前、友だちを面白がらせようと説明したことがある。「いわば、南部のプランテーションみたいなものね。屋敷内で働く奴隷がいたでしょ。バトラーはあれね。ライオネルなんかはぴったりはまる。畑で働く奴隷もいて、それがわたしたち。本物の労働者よ」(『第一章 金曜日』の『朝礼』より)
………………
 彼女はマリサがいることなど眼中にないようだった――わたしが目に入らないんだわ、わたしたちはこういう人種、とくにこの類の女たちには物と同じなのね。目立たないように、とポーラ・バーンズに言われるまでもなく、この人たちは、ホテルの従業員など人間と見なしてはいない。(『第一章 金曜日』の『スイート・ルーム』より)
………………
 ライオネルはうなずく。「人に仕えるには品位と知性がなくてはいけない、ミズ・ベンチュラ。愚かな人に仕えるには、それだけではすまない。しかし、忘れてはいけないよ。彼らはお金を持っているに過ぎない。たとえ、彼らに仕えているとはいえ、われわれは召使いではない。職業で人格は決まらない。大切なのは、失敗したあとに、どうやって這い上がるかだ。きみはいつの日か、素晴らしい支配人になると信じている。きみと一緒に仕事ができて、光栄に思っている」(『第五章』の『宴のあと』より)
………………
 映画見るよかよっぽど萌える気がする。


第二十二回(2004.06.07現在)
フロイド、懸田克躬+吉田正己/訳『改訂版フロイド選集・第9巻 ヒステリー研究』日本教文社
 精神分析のパイオニア、ジークムント・フロイトの選集から、十九世紀末頃に発表した論文をまとめたもの。第四回、第五回、第十七回でも紹介しましたが、フロイトと言えば性的な理論で一般には有名ですが、子供が大人に誘惑されるという“誘惑理論”から、子供が無意識的に大人を誘惑してしまうという“オイディプス理論”に鞍替えしたのは前にも言った通り。で、ヒステリー理論はその途中経過の時期(一八九三年と一八九五年)に発表されています。内容は、患者の例を取り上げた『病歴』と、ヒステリーと催眠術治療を論じた『ヒステリーの心理療法』『ヒステリー現象の心的機構について〔豫報〕』『ヒステリー病因論』で、『ヒステリーの心理療法』以外は九五年に発表されたものです。
 結構メイドさん関係に付いての話が出て来たので、少し引用します。因みに、漢字は全て旧字体です。
………………
 (中略)精神病院やそこに住む人たちに對する不安は、彼女の家庭における多数の悲しい体験や、耳を傾ける子供に愚かな女中が話して聞かせた物語に端を發している。(『病歴』の『A エミー・フォン・N夫人』より)
………………
 (中略)――それでは、どうしてあなたが子供さんのところを離れなければいけなかつたのですか?――この家が、もうがまんできなくなつたのです。女中頭や料理女やフランス女などが、わたくしのことを地位を笠に着て威張つているとでも思いこんだらしいのですが、ぐるになつてわたくしをおとしいれる計略をたてて、おじい様(子供たちの祖父)のところへ行き、あることないことわたくしの告げ口をしました。
 (中略)その次に彼女がやつて來たとき、こんな報告をするのだつた。クリスマスには、主人側の二人や邸の使用人たちからさえも、たくさんの贈物をされたが、それはまるで、みんなが彼女と和解しようと思つて、彼女に前の月のいざこざの思い出を忘れさせるように努力しているかのように思われた。にもかかわらず、こんなあからさまな歩みよりは、彼女に何の感情ももたらさなかつた、と。(『病歴』の『B ミス・ルーシー・R』より)
………………
 (中略)彼女は、幼くして孤児となり、子供の大ぜいいる叔母の家にひきとられたが、そのために、きわめて不幸な家庭生活に足をふみこんだことになつた。この叔母の夫は明らかに、病的性格の持主であり、ひどい仕打ちをして妻や子供たちをいじめたばかりでなく、家にいる女中や手傳い女に大つぴらに性的優位を與えることによつて、家族の心を一方ならず傷けるのだつた。(『病歴』の『D エリーザベト・フォン・R嬢』より)
………………
 (中略)このテーマについてすでに知られていることは何か、と最初に尋ねたとき、わたくしが同僚たちから聞き知つたのは、小児科医の手になる数種の出版物には、乳児に對しても、乳母や子守女の側からしばしば性的実際行動がなされることが警告されているということでした。
 (中略)第二のグループはを形成する症例は、これよりずつと数多く見られます。要するに、子供を世話する立場の大人が――それに子守娘、乳母、女家庭教師、先生、遺憾なことにはあまりにもしばしば見られる例としては、身近かな親戚などがありますが――子供と性的交渉をもつようになり、その子供と外形的に――精神的な面についてもそれが成立つていますが――恋愛関係を結ぶのです。しかもそれが長年にわたることがよくあります。(『ヒステリー病因論』より)
………………
 因みにミス・ルーシー・Rは、ウィーンの新開地にある工場主の家で住み込みで働いている、イギリス生まれの家庭教師です。ここでもガヴァネスは使用人達と対立していますね。又、テーマが性的なものである為か、ここでもあちこちで語られている『初めてのHはメイドさん』『旦那様にお手つきされたメイドさん』ネタも取り上げられています。

ヴァージニア・ウルフ、出淵敬子/訳『フラッシュ』みすず書房
 副題は『或る伝記』。ブルームズベリー・グループの一人で二十世紀初頭に活躍した女流作家の作品。英国十九世紀の有名な女流詩人エリザベス・バレット・ブラウニングの愛犬フラッシュの目から見た、エリザベス・ブラウニングの伝記です。
 ……って言ってピンと来る人、はい、マニアです。エリザベス・ブラウニングに関するユニークな伝記はもう一つあり、それが第十七回で紹介した『侍女 エリザベス・B・ブラウニングに仕えた女性』だったりします。ええ、ちゃんとウィルソン出てきます。殆どちょい役だけど。
 内容は……いまいちかな。犬のフラッシュからの視点だという事だけど、思考が殆ど人間、しかも貴族の男なので、折角のユニークな観点がぼやけている感じがします。
 ウィルソンに付いては、原注のページで紹介されているけれど、六ページにも渡る解説は、「アンタ最初からそっち方面で書けよ」と言いたくなるボリューム(爆)。
………………
 リリー・ウイルソンの生涯はひどくぼんやりとしかわかっていないので、伝記作者の助力を大いに必要としている。ブラウニング書簡に登場するいかなる人物も、主役は別として、これ以上われわれの好奇心をかきたて、挫折させるものはない。彼女の名はリリー、姓はウイルソンだった。彼女の生まれと育ちについて、われわれにわかっているのはこれだけだ。(中略)ともかく、一八四六年にはウイルソンはバレット嬢に仕えていた。彼女は「お金のかかる女中」だった――その賃金は年十六ポンドである。フラッシュと同じくらい滅多に口をきかないので、彼女の性格の輪郭は、ほとんどわからない。そしてバレット嬢も彼女についての詩は一度も書かなかったので、彼女の姿はフラッシュの姿にくらべて、ずっとなじみが薄い。しかし、手紙の中に示されているところでは、はじめのうち彼女は、当時英国の地階の台所の栄光であったあの謹直で、ほとんど非人間的とも言えるほど行ないの正しい英国の女中たちのひとりであった。彼女は正しい行ないや儀式にやかましい人だったことは明らかだ。ウイルソンはたしかに「あの部屋」を尊敬していた。ウイルソンは、下女中はプディングをある場所で、上女中は別の場所で食べなくてはいけない、とまっ先に主張したことだろう。(中略)召使いの生活の極度の不安定さについて、挿話としてちょっと考えてみる価値がある。もしもウイルソンがバレット嬢といっしょに行かなかったら、バレット嬢にはわかっていたように、おそらくは年俸十六ポンドを倹約して貯めたほんの数シリングを持って、「日の暮れる前に通りへほうり出され」たことであろう。もしそうなったら、彼女の運命はどうなっていただろうか? 一八四〇年代のイギリス小説は貴婦人たちの女中の生涯はめったに扱わなかったし、当時、伝記はそんなに低い方まで探索の光を向けなかったので、この疑問は疑問のまま残るしかない。
 (中略)というのは、彼女は彼女のような種類の人間――歴史中の探索ができない、ほとんど黙っている、ほとんど目に見えない召使いの女たちの偉大なる大群の代表だったからだ。「ウイルソンの心以上に正直で誠実で愛にあふれた心は、見つけることができません」――彼女の女主人の言葉は、ウイルソンの墓碑銘に使われてもよかろう。
………………
 全文引用したい位ですが、長過ぎるので省略。メイドさんは、やっぱり大変ですな。

杉恵惇宏/著『英国カントリー・ハウス物語 華麗なイギリス貴族の館』彩流社
 メイドさんを語るには外せないお屋敷、カントリー・ハウスに関する様々な知識や情報を収めた書籍。カントリー・ハウスの歴史と構造、貴族の生活様式と変人奇人達、子供の生活、文学や絵画との関わり、尋ねてみたいカントリー・ハウスの紹介、そして使用人に付いて書かれています。
 使用人に付いて独自の章が設けられており、一読する事をお勧めします。分厚いだけあって詳しく書かれており、資料として優秀な一冊です。

田中亮三/文、増田彰久/写真『図説 英国貴族の城館 カントリー・ハウスのすべて』
河出書房新社(ふくろうの本)

 いわゆる英国の『お屋敷』である、カントリー・ハウスをカラフルな写真を交えて紹介した書籍。
 各地のカントリー・ハウスの外観と内装の写真や、様々な目的で作られた各部屋の解説も載っており、非常に役立つ一冊です。
 メイドさん関係では『第1章』の『厨房キッチン)』と『洗濯室ローンドリ)』、『第2章』のコラム『階下――執事とハウスキーパーの世界』が該当します。

田中亮三/文、増田彰久/写真『英国貴族の邸宅』小学館(Shotor Museum)
 同じく田中亮三+増田彰久コンビの書籍。十八世紀の建築家ロバート・アダムとその父親や兄弟が設計した数々のカントリー・ハウスを紹介しています。
 こちらも数多くの写真が収められ、絵描きさんには参考になる事でしょう。こちらには一部図面が描かれているものもあり、屋敷の構造も分かります。
 メイドさん関係では、コラム『完璧なる秩序のなかで 下位旧社会の縮図――バトラーの世界』が該当します。


第二十一回(2004.05.31現在)
平井呈一/『アーサー・マッケン作品集成V』牧神社
 第二回、第十八回と続いて、第三段。一九一七年発表の『恐怖』、一九一四年発表の短編集『弓兵・戦争伝説』、一九一五年発表の『大いなる来復』の三作品を収録。年代を見れば分かる通り、これらは第一次世界大戦後に発表されており、『恐怖』と『弓兵・戦争伝説』は、戦争時における人々の独自の緊張感の中起こる事件や奇跡を描いた作品となっています。
 今回は直接メイドさんに関するネタはありませんが、二十世紀初頭のイギリスの鄙びた片田舎の雰囲気は出ています。

アルジャノン・ブラックウッド、紀田順一郎+桂千穂/訳『妖怪博士 ジョン・サイレンス』角川ホラー文庫
 こちらは近代英国恐怖派を代表する作家ブラックウッドの、一九〇八年発表の短編シリーズもの。変わり者として有名なロンドンの医師ジョン・サイレンス博士の元には、心霊現象に苦しむ人々が助けを求めてやってくる……六編の作品を収録。
 直接メイドさんとは関係ありませんが、『炎魔』がお屋敷もので、召使いがちょくちょく登場したり、屋敷の構造で『洗濯場は使用人の部屋の向うにある小さな一戸建て』など当時の生活様式が垣間見られて興味深いです。

マーク・フロスト、飛田野裕子/訳『リスト・オブ・セブン (上)』扶桑社ミステリー
マーク・フロスト、飛田野裕子/訳『リスト・オブ・セブン (下)』扶桑社ミステリー
 『シャーロック・ホームズ』のパロディ小説。『ホームズ物語』の作者であるアーサー・コナン・ドイルの元に突然送られてきた差出人不明の招待状、好奇心に駆られて行ってみると、そこで待っていたのは奇妙な降霊会と、それに続く血生臭い惨劇だった……と、初っ端から登場人物が次々殺され、勢いに任せて物語が進んでいきます。
 死人続出で、カヴァーで紹介している人物の半数は登場した端から殺されていたり。どんな小説だ。印象としては、ティム・パワーズの『アヌビスの門』に雰囲気が似ている様な……兎に角ガシガシ話が進んで行くので、読み易いと言えば読み易いかも。

医学博士ジョン・H・ワトスン/著、ローレン・D・エスルマン/編、日暮雅通/訳『シャーロック・ホームズ対ドラキュラ』河出文庫
 副題は『あるいは血まみれ伯爵の冒険』。こちらも同じく『シャーロック・ホームズ』のパロディ小説。ホームズが活躍していた世紀末は、ドラキュラが活動していた時代でもあった。著者名が“ワトスン”なのが芸細で、この小説は『ある事情から発表されなかった事件』という設定になっています。内容は、『吸血鬼ドラキュラ』の裏にはホームズが関わっていたという話です。
 “編者”という事になっているエスルマン自体、ハードボイルド推理小説を書いているだけあり、丁寧に書かれています。『ホームズ物語』と『吸血鬼ドラキュラ』における時間経過をきちんと調べた様で、良く出来ています――少なくとも、上の奴よりは。

ディック・ライリー&パム・マカリスター/編、日暮雅通/監訳『ミステリ・ハンドブック シャーロック・ホームズ』原書房
 最後はシャーロック・ホームズ研究書から。ヴィクトリア朝イギリス、アーサー・コナン・ドイルの生涯、シャーロッキアン団体、シャーロック・ホームズの映画、パロディ&パスティーシュ作品、シャーロック・ホームズの関連年表など、様々な記事で構成されています。
 ホームズ研究書の中では読み易い部類で、初心者向け。幅広く、そこそこ深く様々な事を取り上げており、読み易さもありお勧めの一冊。通貨換算表や貴族の敬称など、ヴィクトリア朝の資料としてもなかなか良い感じです。
 第十二回で紹介した『シャーロッキアンへの道』によれば、召使いに付いて論じているのは『詳注版シャーロック・ホームズ』とこれだけらしいですが、『ヴィクトリア朝時代の生活』の『召使いには事欠かなかった』で二ページ程度に紹介されているだけです。
………………
 そして正典では召使いたちがあくまでも脇役で、決して主役に躍り出てこないのは、ヴィクトリア朝時代の召使いの立場のせいだった。
 一八八一年には、およそ二百万人の人々、言い換えれば英国の労働者の少なくとも十五パーセントにあたる人々が、個人に雇われた召使いだった。召使いの賃金は安く、上流階級どころか、貧しいとしか思えない家庭でも一人ぐらいは雇うことができた。そういう場合は、さらに貧しい家庭の娘が、台所と言ってもいいような場所で寝かせられ、こき使われることが多かったのだ。
 中流の家庭はコックと二、三人のメイドを置いているのが普通だった。召使いの人数によってその家の財産と格が決まるとされていたので、ロンドンの大邸宅や田舎の邸では、従僕の大部隊、御者、庭師、馬丁、女中、下働き女中などを抱えていた。
 こうしたわけで、レジナルド・マスグレイヴは独身だったにも関わらず、「マスグレイヴ家の儀式」の舞台となったハールストンの彼の屋敷には、執事、コック、八人の女中、二人の従僕、それに給仕までおり、庭や馬小屋にはそれ専門の人間がいた。彼はホームズに「雉猟の季節になると、いつも泊まりがけのパーティーを開くので、人手がたりなくなるとまずいんだ」と説明している。
 ヴィクトリア朝時代には家事を助ける機械がほとんどなかったので、それだけの人数が必要だった。すべての食事を用意し、そのたびにすべての食器を洗い、服の一枚一枚を洗濯してアイロンがけする、そうしたことをすべて人の手でやるしかなかった。さらに何日でも何週間でも乗らずに放っておける現代の車とは違い、馬には毎日餌と水をやり、運動させ、そのあと洗ってやらねばならない。寒くなれば毎日薪や炭をすべての暖炉に用意しておかなければならないし、暖炉の灰も掃除しなくてはいけないのだ。
 大きな屋敷の執事と女中頭は、あらゆる面で指揮をとり、予算の管理までしていた。しかしハールストンの屋敷のブラントンのように、以前は教師といった中流にふさわしい仕事についていた人間であっても、身分はあくまでも召使いだった(彼はブラントンと尊敬を込めて呼ばれていたが、地位の低い召使いたちは、姓ではなく名で呼ばれていた)。
………………
 メイドさん関連、ほぼこれだけ。やっぱり『ホームズ物語』はメイドさん冷遇してるのね。


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