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☆図書館にでも行きましょうか。☆
☆図書館にでも行きましょうか。☆


 最近ロクに更新していないので、又新たなコンテンツを立ち上げたりして。
 万年金欠な小手鞠萌はよく図書館に行く訳ですが、そこでよく借りる本の中でも、面白かったり資料としてなかなか良い物を紹介するコーナーです(安上がり)。
 因みに基本は“十九世紀”。本物のメイドさんが生きていた時代っすね。でも読んでいる本、かなり偏りあり過ぎです。しかも実はあんまり小説読まない事、バレバレ。大層なもんでは無いけれど、ある意味“裏ヴィクトリアン・ガイド”かも(^_^;)。


第一回〜第十回第十一回〜第十五回第十六回〜第二十回
第二十一回〜第二十五回第二十六回〜第三十回第三十一回〜第三十五回
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第五十一回〜第五十五回第五十六回〜第六十回第六十一回〜第六十五回
第六十六回〜第七十回/第七十一回〜第七十五回第七十六回〜第八十回
第八十一回〜第八十五回第八十六回〜第九十回第九十一回〜第九十五回
第九十六回〜第百回

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資料をまとめてみました。
→メイドさんに関する資料・一覧表


第七十回(2005.07.31現在)
井上泰男『ふだん着のヨーロッパ史 生活・民族・社会』平凡社
 衣服を中心にヨーロッパの民族史を論じた書籍。
 衣服だけでなく、各時代・各地方のヨーロッパの風俗や文化の変遷なども語られていますが、やや散漫な印象を受けます。メイドスキー的には『大衆社会と民俗文化』の『民俗服点描』が重要。
………………
 民俗服がヨーロッパの各地方に成形されるのは、一般には十八世紀の中ごろから十九世紀のはじめにかけてである。どちらかといえば、この時期の服装は国民的というより地方的タイプのものであるから、「民族服」というより「民俗服」というのがふさわしいであろう。スイスの山岳地方などでは、ほとんど各渓谷ごとに特殊なタイプの服装があり、地方的コスチュームの豊かなコレクションにも恵まれている。(中略)
 一般的にいうならば、ヨーロッパの民俗服の多くは十八世紀に出現する市民的コスチュームか、あるいはそれによって定型化された農村的コスチュームを伝承したものである。当時の鯨のひげを入れた胴着は〈コル・バレネ〉と呼ばれる一種のコルセットだが、これを利用した造形は、フランスの多くの地方(オーヴェルニュ、アルザス、フランシュ・コンテ、プロヴァンスなど)に見られるように、刺繍を施し、飾り紐をつけたきっちりした女性用胸衣の中に生き延びている。フードつきのギャザーをとったマントも一般的な外衣であり、またスカートは十八世紀のブルジョワ女性のものと同じように、襞をとっている。
 フランスの地方農民の間に残る典型的な女性服は、動作の邪魔にならないように鉤でとめられるたっぷりしたスカートと胸の上でピンで留め、プリントの綿布に襞を寄せた〈タブリエ〉と呼ばれるエプロンから成る。このエプロンは上衣からまたはスカートの前面をおおい、元来は野良着として用いられたが、祭りのときの晴着には、絹の装飾的なタブリエも用いられる。プロヴァンス地方の女子民俗服には紐締めの胴着が見られるが、この風俗はオーストリアのチロル地方にも共通し、起源は中世末期にさかのぼる。かぶり物としては、リネン製の糊づけしたボンネットが多く用いられ、地方により、村によって、さまざまなタイプがある。(『第六章 大衆社会と民俗文化』の『ブルジョワ風俗の転変』の中の『◆民俗服点描』より)
………………
 付属の図で紹介されているブルターニュ地方の民俗服の写真は、まるっきりメイドさんです。まあ、上記の説明でピンとくる人もいるかと思いますが、要するに田舎からメイドさんとして奉公に上がった農家の娘さんが、帰郷した際にその時着ていた服を故郷で定着させたと言う訳で、ヨーロッパの民族衣装がメイド服と互換性が高いのも、その中でもフランスのものが特にメイド服に近いデザインをしているのも、こういう理由の様です。ウェイトレスに続き、民族衣装がメイド服を継承しているというのは興味深い話ですね。

村岡健次+川北稔/編『イギリス近代史 [改訂版]』ミネルヴァ書房
 イギリスに置ける近代の歴史を、それ以前の近世から現代に至るまでを論じて紹介した書籍の改訂版。
 イギリスの近代史を理解するには最適な一冊。様々な事を詳しく紹介してあり、メイドさんが存在していた時代がどの様なものだったかが分かります。

ハワード・ラインゴールド/著、栗田昭平/監訳、青木真美/訳『思考のための道具』パーソナルメディア
 “コンピュータ”――テクノロジーの驚異的な進歩が生み出したこの電子装置は、我々に何をもたらし、又何を可能にするのだろうか? 人間とコンピュータとを結び付ける、過去、現在、そして未来の技術の創造に貢献した人物とその思想を紹介した書籍。
 初版が昭和62年(1987年)と、15年以上も前に書かれたコンピュータに関する歴史の本です。どの様にしてコンピュータという存在が生み出されていったのかが書かれており、非常に面白いです。第二章の『最初のプログラマは貴婦人だった』がヴィクトリア朝の話というもので、章の題名の元となったエイダ・ラブレイス伯爵夫人を初め、『解析機関』で有名なチャールズ・バベッジ、ブール代数で有名なジョージ・ブール、穿孔カードを利用した計算機械の発明家であるハーマン・ホレリスなど、十九世紀に活躍した人物を紹介しています。


第六十九回(2005.07.17現在)
ブリジェット・ヒル、福田良子/訳『女性たちの十八世紀 イギリスの場合』みすず書房
 婦人参政権の獲得に代表される近代社会――その前夜とも言うべき十八世紀。女性達は、どんな制度や習慣の元で、どんな意識をもって生活していたのだろうか? 又それは社会の変革に伴ってどの様に変わっていったのだろうか? デフォーの小説から、当時の日記、旅行日誌、礼儀作法の指南書、新聞雑誌、役所の刊行物等々、生の資料によって、淑女から女乞食まで、あらゆる女性達のあらゆる生き様を浮き彫りにする。
 ヴィクトリア朝以前の時代の女性達がどの様なものかを、様々な文献から引用した書籍です。メイドさんに付いても独立した項目が載っており、既にこの頃から使用人を雇う事が一種のステータスになっていた事、様々な職種があり階層化している事、妊娠しているとすぐ馘にされてしまう事など、十九世紀のメイドさんとあまり変わりがない事が分かります。

北野佐久子/著『イギリスのお菓子』CBSソニー出版
 イギリスに伝わる家庭のお菓子を、名店と各家庭のレシピで紹介した料理本。
 ホームメイドの美味しそうなイギリスのお菓子が紹介されています。素朴なお菓子が写真付きで紹介されており、見ただけでお腹が空きそうになります。その中で『メイズ・オブ・オナー』というお菓子が紹介されているのですが、この名前の意味は『侍女達』だそうです。
………………
 リッチモンドにあったエリザベス1世の宮殿でのこと、気まぐれな女王様のお気に召すように作り出されたのがこのお菓子。リッチなチーズが黄金色に焼けたサクッと軽いパイに包まれた、エレガントな味のチーズケーキです。女王様の侍女たちもこのケーキが大好物。あまりにたくさん食べるのでケーキはMaids of Honour――侍女たち――と呼ばれるようになりました。(『Maids of Honour メイズ・オブ・オナー』より)
………………
 写真を見るととっても美味しそうで、メイドさんで無くとも沢山食べたくなります。このお菓子は、ロンドンでは『Newens』というお店が唯一売っているそうです。
 又、『ジンジャー・ブレッド』のページでは、アメリカン・ミュージアムのアリスさんという可愛らしい印象のおばさんの写真が載っていますが、『木綿のボンネットにフリルのついたエプロン姿』という記述そのままに、メイドさんそのまんまだったりします。因みにこのアメリカン・ミュージアムはバースにあり、元々は“クラヴァートン・マナー”と呼ばれるマナー・ハウスだったそうです。

青木英夫/著『下着の文化史』雄山閣出版
 西洋と日本の下着の変遷を論じた書籍。
 ペチコート、コルセット、ドロワーズなどの下着類がどの様に生まれ、使われていったのかを細かく紹介しています。下着だけでなく、下着以外の衣服や当時の風俗文化なども論じており、非常に面白いです。


第六十八回(2005.07.10現在)
田村雲供『近代ドイツ女性史 市民社会・女性・ナショナリズム』阿吽社
 近代化の始まった十九世紀ドイツの女性が置かれた諸問題を論じた書籍。
 ドイツのメイドさんを知るには良い一冊。ほぼ各章にメイドさん関連の情報が載っており、当時は日常生活にメイドさんが欠かせなかった事が伺えます。イギリスのメイドさんとは違い、ドイツのメイドさんには相当キツい制約が多かった様で、二十世紀初頭まで存在した“奉公人規定”や常に携帯を義務付けられた“女中手帳”、又“余所者”として人間扱いされないなど、メイドさんを取り巻く苛酷な環境が伺えます。
 尚、『T 近代市民社会と家族・女性』の『三 市民層家族と女中』の最後に、メイドさんの手記が一部載っていますが、その中の【その2】はおそらく、第二十九回『近代の女たち』で紹介されたメイドさんの事だと思われます。

E・M・フォースター、吉田健一/訳『ハワーズ・エンド』集英社
 知的でしっかり者の姉マーガレット、情熱家で美貌の妹ヘレン。ロンドン郊外、ハワーズ・エンドに建つ富豪のの邸に招かれた姉妹の前に、運命の扉が開く。複雑な人間関係の中、傷付きながらも成長していく女性達を描く小説。
 『エマ ヴィクトリアンガイド』でも紹介されていた本です。初出は1910年。保守的なイギリスのブルジョワであるウィルコックス家、半分ドイツ人の血が流れる、インテリで自由主義的で進歩的なシュレーゲル家の姉妹、向上心は強いがそれ故に最後は悲劇を迎えるバスト夫妻と、上・中・下層それぞれの中流階級の家族が登場します。エドワード朝の人間はこんな風に物事を考えているんだな、とつくづく感じます。

コニー・ウィリス、大森望/訳『犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』早川書房
 ジェローム・K・ジェロームのユーモア小説『ボートの三人男』にオマージュを捧げつつ、SFと本格ミステリを絶妙に融合させ、ヒューゴー賞・ローカス賞の他、クルト・ラスヴィッツ賞を受賞したタイムトラベル・ユーモア小説。
 ヴィクトリア朝イギリスを舞台にしたタイムトラベルもののSF小説。過去へのタイムトラベルが可能になった二十一世紀、過去からは物を持ち出せない為、タイムトラベルは専ら歴史研究という世界で、『主教の鳥株』という花瓶を探しに主人公が十九世紀に送り付けられるという話。時差ボケジェットラグ)ならぬ時代差ボケタイムラグ)のせいで意識朦朧のまま1888年に送られた主人公、話が見えてきた頃に1930年代が担当だったヒロインが現れ、クリスティーを初め当時のミステリ小説を新刊で読んだ彼女が協力し……という具合に、何でもありのSF小説。当時の生活があちこちに散りばめられ、不慣れな主人公と読者にその説明がなされるのですが、実はそれが謎を解く鍵だったりします。メイドさんも数人登場し、ちょい役ながらも個性的です。
………………
 「その茎って、式次第に記載されてた花とおなじ種類?」ヴェリティの質問に、そんなことわかるもんかと答えようとしたとき、またジェインが入ってきて、一礼してから、
 「お茶はいかがですか」とヴェリティに訪ねた。
 「いいえ、ありがとう、コリーン」
 彼女がいなくなるなり、「どうしてあのメイドをコリーンって呼ぶの?」
 「それが名前だからよ。でもミアリング夫人は、召使いの名前としては流行遅れだと思ってるの。いかにもアイルランド風だから。イングランド生まれの召使いがいまの流行」
 「だから名前を変えさせた?」
 「よくあることよ。隣家のチャティスボーン夫人なんか、メイド全員をグラディスと呼んでる。いちいちだれかだれなのか覚えてなくても済むから。事前講習を受けてないの?」
 「講習なんかゼロだよ。リアルタイムで二時間のサブリミナルだけ。それも、タイムラグがひどすぎてとくに聞いてないけど。主に女性の隷属的な地位について。それと魚用フォーク」
 ヴェリティはぞっとしたような顔で、「講習受けてないの?ヴィクトリア朝社会はマナーに厳格なのよ。エチケット違反はすごく深刻な問題になりかねない」好奇心いっぱいの顔になり、「いままでよく無事にやってこられたわね」
 「この二日間はテムズ河の上だったからね。道連れはヘロドトスを引用するオックスフォードの教授、テニスンを引用する恋患いの若者、それにブルドッグと猫が各一匹。楽譜なしの即興でなんとかこなせたよ」
 「なるほどね。でも、ここじゃその手は通用しないわよ。なんとか準備しとかなきゃ。わかった。聞いて」ヴェリティはテーブルに身を乗り出した。「速成講座よ。ヴィクトリア朝社会では、形式が第一。考えていることをそのまま口にしたりはしない。婉曲語法と礼儀正しさがこの時代の秩序。異性間の肉体的な接触は禁止。ただし、男がご婦人の腕をとるとか、柵を越えるときや列車の踏み段を上がるときに手を貸すとかは、例外的に認められる。未婚の男女がふたりきりになることは許されない」と、僕らのいまの状況を無視していう。「付き添いシャペローン)の同席が必須」  それを合図にしたようにまたジェインがやってきて、僕らそれぞれの前にカップを置いた。
 「召使いはファーストネームで呼ばれる」ジェインが姿を消すなり、ヴェリティは講義を再開した。「ただし執事は例外。ベインの呼び方は、ミスター・ベインもしくはベインよ。料理女は、婚姻状況にかかわらず全員ミセス。だから、ミセス・ポージーに旦那さんのことを訊いたりしないで。この屋敷には、小間使いパーラー・メイド)――それがコリーン、じゃなくてジェインか――洗い場女中スカラリー・メイド)料理人コック)下男フットマン)馬丁グルーム)執事バトラー)庭師ガードナー)がそれぞれひとりずついる。以前は二階付きの女中と侍女と靴磨きもいたんだけど、ランドリー公爵夫人に盗まれたの」
 「盗まれたって?」砂糖に手を伸ばしながら訊き返した。
 「ポリッジに砂糖はかけません。それと、調味料が必要なときはベルを鳴らして召使いを呼ぶこと。召使いを盗み合うのはこの時代のいちばんの娯楽よ。ミアリング夫人はチャティスボーン夫人からベインを盗んだし、いまは彼女の靴磨きを盗もうと画策している。ミルクもかけないわよ。ご婦人の前での悪態も禁止」(『13』より)
………………
 他にもかなり色々と説明があって、知らず知らずの内にヴィクトリア朝の知識が入ってきます。訳者後書きでは、ヴィクトリア朝時代の参考文献として『19世紀のロンドンはどんな匂いがしたのだろう』『英国ヴィクトリア朝のキッチン』『図説ヴィクトリア朝百科事典』『挿絵の中のイギリス』が紹介されています。


第六十七回(2005.06.19現在)
R・D・オールティック、村田靖子/訳『ヴィクトリア朝の緋色の研究』国書刊行会(クラテール叢書)
 十九世紀のイギリスで起きた著名な殺人事件を取り上げ、それらに大衆が示した異常な興奮ぶりを追い、謹厳実直で知られるヴィクトリア朝のもう一つの顔を明らかにした社会史研究の異色作。
 まるでスポーツを観賞するかの如く、当時の人々は殺人事件を楽しんでいた事を紹介しています。メイドさんが誘惑してくる旦那様に殺されてしまう『第九章 世にも恐ろしい犯行』、逆にメイドさんが女主人を殺してしまう『第十二章 召使いには御用心』など、当時大勢いたメイドさんが事件に関わる話が載っています。

ジェイン・ベスト・クック/著、原口優子/訳、湯沢毅/写真、佐野智香/絵
『英国おいしい物語』東京書籍

 著者は中目黒にあるイギリス料理店『レストラン1066』の共同経営者兼マネージャー。『英国料理は絶対美味しい!』をモットーに『レストラン1066』のレシピの一部を紹介した料理本。
 美味しい英国料理は家庭の中にあると豪語する著者が記した英国料理本。写真付きで、確かに見ていると非常に美味しそうです。料理のレシピ以外にも一寸したイギリスの豆知識も書かれてあり、見ていて飽きません。意外な所でメイドさんネタ発見。
………………
 マトンやラムのパイもたくさんあり、歴史は一三世紀まで遡ります。ウェールズでは毎年一一月になると「モップ・フェア」という労働者の雇用を目的としたフェアが行われていましたが、そのフェアのためにマトン・パイやカット・パイと呼ばれるパイを焼きました。今でもモップ・フェアが行われるのはペンブルックシャー州のテンプルトン・フェアのみとなってしまいましたが、毎年一一月一二日に開かれるこのフェアには、地元の人達は昔ながらにカット・パイを焼きます。このパイは牛脂を使ったパイ生地で、中身はスパイスをきかせたマトンです。カット・パイという名前はロンドンにあるクリストファー・カットのシャイア・レーン・パイハウスにちなんで付けられたようです。
 一九世紀半ばに鉄道が開通するまで、羊、牛、豚、がちょうなどの家畜は車でウェールズからロンドン等の都市の市場に運ばれていました。モップ・フェアでも家畜を運んでくれる運転手を捜していた牧場主もいたことでしょう。運転手が市場までの道中食べたのがドローバーズ・パイというパイです。これはパイケースにラムの挽き肉と玉ねぎ、その上にマッシュポテトがのっているパイで、シェパーズ・パイのように肉は羊に限らず、牛肉なども使います。(『英国料理とは』の『ウェールズ』より)
………………
 今でもモップ・フェアが行われているとは驚きですね。

キャロリン・マーヴィン/著、吉見俊哉+水越伸+伊東昌亮/訳『古いメディアが新しかった時 19世紀末社会と電気テクノロジー』新曜社
 近代的な『メディア』の起源を十九世紀末に発明・発達した電信・電話・電灯と捉え、それらが当時の人々からどの様に思われていたかを論じた書籍。
 十九世紀は科学の時代だと当時の人々は思っていた様ですが、その科学的な技術を当時の人々は未知の領域の不思議な力だと捉え、階級的なイデオロギーとも絡み合って少々複雑なものになっていました。論理的な事柄は紳士の領域であり、労働者階級女性、有色人種はその恩恵に与れぬ所か、その反応は滑稽なものだと思われていました。その中にはメイドさんを含む使用人も入っており、最新技術を応用した発明品が使用人を支配し管理するものとして使われていた事も浮き彫りにしています。
………………
 家庭の外では、電気によるコミュニケーションは主として男性の領域であった。時として道を踏み誤った、あるいは愚かしい女性がその領域に迷い込んでくることがあったが、そうした女性はその世界から保護されなければならず、また時には救い出されなければならなかった。一方で家の中では家庭生活の静けさを確保すること、そして主人から使用人にメッセージを受け渡すさいの効率を高めることに強調点が置かれていた。科学に興味をもつ一般読者のためのイギリスの週刊誌、サイエンティフィック・シフティングズ誌に掲載されていた懸賞付きの読者投稿コラム「Q&A」には、女中がなかなか呼び鈴に気づかないことに困りはてていた読者から、「科学的な思考」を応用してこの問題を解決しようというアイディアが寄せられた。彼は「ヘルツ波発信機」を居間や寝室に取り付けることを提案している。女中にそれぞれ、小型のバッテリーと小さな電気のベル、そしてヘルツ波「検知器」をポケットに入れて持ち歩かせるというのである。
 朝のコーヒーや熱い湯がほしくなったら、あるいはその他のなんでもよいからちょっとしたものが必要になったら、ただボタンを押すだけでよい。すると寝室の発信機から電波が発し、あっという間に使用人たちが駆けつけてくる。女中たちがそのとき家の中のどこにいて何をしていようとも。……あるいは書斎にいて何か必要なものがあったら、そんなときにもただボタンを押すだけでよい。するとまた同じように、家の中のどこからでもたちまち女中たちがやってきて世話を焼いてくれる。これが私のイメージである。裕福な身分の独身者であれば実現することも不可能ではないだろう。
 またイギリスのコート・ジャーナル誌には、「自宅でも仕事場でも目もくらむほどまばゆく電灯が光り輝いている」という、北イングランドの裕福な鉄鋼業経営者が自宅に導入した細心技術が、使用人を管理するための「大発明」として紹介されている。このシステムは家中の部屋に取り付けられている隠しカメラから構成されており、その目的は、「けっして少ないとはいえない主人の留守中に家の中で何が起こっているのかを示す情報を収集すること」であった。一時間おきに機械じかけで音もなくシャッターが開き、部屋のなかのありとあらゆる様子がカメラに収められる。主人は家に帰ってくるたびに嬉々として写真を現像し、時として使用人を狼狽させることになるのであった。  ある用務員がほとんどなんの予告もなく、しかもはっきりと解雇通知を突きつけられた。彼はその理由を知りたがったが、一枚の写真を見せられるとたちまち震え上がった。その写真のなかでは彼が安楽椅子にだらりと寝そべり、オフィスの机の上に足を乗せていたのである。しかも炉棚の上に置かれた時計は、本来であれば彼が最も忙しくしているべき時間を指していた。また、最上等のダイニングルームで行われている使用人たちのばか騒ぎの様子もなかなか興味深い光景であった。
 より広く知られている発明には「おしゃべり時計」、もしくは「蓄音時計」があった。時計じかけで作動する仕組みの蓄音機のことである。この機械は使用人の代わりになるものではなく、その行動を効果的に監視するためにとくに有用なものであると考えられていた。おしゃべり時計の発案者は「怠け者の使用人をベッドからたたき出すことをもっぱら目的としてこの時計をつくり、そのためその音声機械は、この時計を買った主人の声色をまねることができるようになっている」とされた。おしゃべり時計の役目は寝ている者を起こし、例外なく、そして容赦なく彼らを仕事へと駆りたてることであった。こうした処置には使用人のことを尊重したり思いやったりする気持が欠けているという点が、ほとんどあらゆる記事で強調されている。もし強情な反抗者が何度呼んでも応えようとしない場合には、たとえば次のように、電気じかけの特殊な罰がさらに下される場合もあった。
 先だってのライプチヒ(Leipsic(ママ))のフェアには興味深い目覚まし時計が展示されていた。強力な電力によってベッドで寝ている者に向けて目覚ましのベルが二回鳴らされ、続いて「起きる時間!」とシルされたボードが目の前に突き出される。それからナイトキャップが頭からはぎ取られ、それでもまだ十分に目が覚めない場合には、とうとう機械じかけでベッドから床に投げ出されることになる。
 この時計の特徴として最もおもしろいところは、その犠牲者がぐずぐずしたり逆らったりふてくされたり、あるいは駆引きをしたり話し合いをしたり、つまり彼または彼女に悲惨な状態を強いている当の相手と交渉することがいっさいできないという点にあった。蓄音時計はある意味で、外部の者から交渉をもちかけられるのを防ぐために中産階級の家庭で考えだされた数々の巧妙な戦略のうちの、家の中でのひとつの手法に過ぎなかったのである。その眼目は、コミュニケーションを容易にすることにあるのではなく、むしろ相手を沈黙させ、可能なかぎり対話を困難にすることにあった。使用人、子ども、配偶者から答え返す力を奪い去るためにこうした手法が適用された範囲はきわめて広い。この点に関してアンサー誌は次のように論じている。  子ども部屋では謹厳な時計がこう言うようになっているかもしれない。「子どもたちよ、起きる時間です。早く服を着なさい。ぐずぐずしていてはいけません」。台所ではこう言うだろう。「朝食は八時きっかりです。メアリー、忘れてはいけません」。そして食堂では、「あと一〇分で家を出なければなりません。さもないと汽車に乗り遅れます」。……この未来の時計の文字盤は、そう、人間の顔である。その不気味な口もとから時を告げる声が発せられ、それとともにあらかじめセットしてある指示が下されるのである。
 中産階級の家庭で重んじられていた静けさ、家の中に侵入してこようとするメディアから家族を隔離しておくという方針のもとともなった静けさという徳は、使用人を管理するにあたっては顧慮されることがなかった。使用人たちはやかましいおしゃべり時計の格好の標的となっていたのである。時としておしゃべり時計をより上層の社会階層に適用しようという試みがなされたこともあったが、その場合には、この機械の性格も階層とともに変化することになった。「最も現代風の時計とは何か?」と一八九九年、サイエンス・シフティングズ誌は問いかけている。「時計型蓄音機、いわゆる蓄音時計こそ明らかに現在最も興味深い時計であろう。蓄音時計は控え目でありながらはっきりした声で、五分ごとに時を告げる。寝室をより安らかな場所へと改良していくための秘訣のひとつであろう」。(『第二章 共同体と階級秩序』の『主従のあいだのコミュニケーション』より)
………………
 かなり現代的な小道具がこの時代にあったとは驚きです。ちなみにポケベルもどき、監視カメラ、目覚まし時計の引用はそれそれ1898年、1886年、1892年に雑誌に載っていたもの。


第六十六回(2005.06.12現在)
ジャン=ポール・アロン/編、片岡幸彦/監訳『路地裏の女性史』新評論
 副題は『一九世紀フランス女性の栄光と悲惨』。気鋭の民俗学者、社会学者、ジャーナリストらが、豊富な資料・記録を駆使し、十九世紀に生きた様々な女性の生活を具体的に描き出し、『差別されたか弱い』女性というイメージを完膚無きまでにぬぐい去った画期的作品。
 メイドさんの資料としては貴重な『十九世紀フランス』のもの。様々な階級の女性に付いて論じていますが、メイドさん関係は『従属』の中のズバリ『女中』です。担当はアンヌ・マルタン=フュジエ。メイドさんと一口に言っても、都会で働いていた雑役メイドさんを取り上げています。同時代のイギリスのメイドさんとダブる部分もあり、国は違えども、メイドさんが苛酷な労働環境と労働条件の元で仕えている事は同じなのだと考えさせられます。

アン・ハート、浅羽莢子/訳『ミス・マープルの愛すべき生涯』晶文社
 アガサ・クリスティーによって命を吹き込まれたキャラクター、ミス・マープル。しかし、実は彼女程謎に包まれた人物はいない。作品に潜む限られた手掛かりを元に、ミス・マープルその人の生涯と時代を生き生きと描き出してゆく、ユニークな研究書。
 クリスティー作品に登場する老嬢ミス・マープルがどの様なキャラクターなのかを研究したという、一風変わった書籍。なかなかに面白いのですが、ここはやっぱり『12 ずらりと並んだ女中たち』の章でしょう。『エマ ヴィクトリアンガイド』や『フランクフルトへの乗客』の解説によれば、クリスティー作品にはメイドさんが総勢200人以上も登場するそうで、正に“ずらりと並んだ”というのは得てして妙な題名ですね。
………………
 「うちの小さな女中のジャネット」、「うちの女中の赤毛のグウェン」、「ミス・マープルの女中のエドナ」、小さなエイミー、アニー、クララ、キティ、グラディス、アリス、エセル、エミリー、イヴリン、イーディス――ずらり並んだ小さな女中たちは来ては去った。「わたしはあまり歳のいかない)を雇うようにしてます」とミス・マープルは言っている。女中たちは聖フェイス孤児院からやってきた。「とてもうまく運営されてる孤児院ですよ」(ミス・マープルも評議員の一人だった)「でも悲しいことに財政難でね。わたしどもは孤児の女の子のためにできるだけのことをしてるんです。ちゃんとした職業訓練を受けさせたり」
 孤児院から来たばかりの女中は、セント・メアリ・ミードのハイ・ストリートの小ぎれいな家で、どのような訓練を受けたのだろう? 徹底したものだったことは確信できる。「アーニィがいつも言うんですよ。『おまえの知ってることでいいことは全部、前に奉公してたあのミス・マープルって人がしこんでくれたんだぞ』って」と昔の女中がミス・マープルに言ったことがある。彼女たちはもちろん、制服をまとい、きれいな白いエプロンを着けていた。食卓での給仕のしかた、銀器の磨きかた、シーツに風をあてる正しいやりかた、マットレスのひっくり返しかた、陶器を割らずに洗いものをする方法、飾ってある品々を壊さずに塵を払う方法を教わった。雇い主のことはミス・マープルまたは奥さまと呼び、ミス・マープルが邪魔されたくない時は、来客に「あるじはただいま不在でございます」と言うようしつけられた。冒険心には欠けるが素朴な料理をも学んだ。にしん、燻製の魚、ゆで卵、スコン、殿方のための「肉料理」、すもものジャム、そしてすもものジン。ミス・マープルの家で弟子の訓練が絶えず行なわれ、その指揮下に次々と輩出される有能な女中たちが、すぐさま、もっと裕福な女主人に客間女中として、あるいは食料品店の運のいい店員に妻としてさらわれていくさまが想像できる。(『12 ずらり並んだ女中たち』より)
………………
 身悶えする程たまりません。

キャスリーン・マクロン、柳本正人/訳『大英帝国下 ある英国紳士の生き方』草思社
 二十世紀を殆どまるまる生きたある英国人の自伝。八十歳を超えても尚過去を鮮明に記憶していた父親から、娘である著者が話を聞いたもの。
 二十世紀初頭から二つの大戦までの英国がどの様なものか、一人の英国人男性の目を通して語られています。題名こそ『英国紳士』ですが、実際には中層の中流階級なので、厳密には“紳士”ではありません。内容は、前半が子供時代を、後半は二つの大戦とその合間に訪れた国々に付いて語られており、生活に関わる事は専ら子供時代のみで、後半はひたすら大戦時の出来事ばかりです。
 メイドさんに付いても、子供時代の時に少しだけ取り上げられているだけです。中産階級出身だけあってメイドさんを一人雇っており、彼女が尿瓶を綺麗にしたり、石炭を運ぶ仕事もいない場合は父親が代わりにしていたり、おやつに家族とプディングを分けて食べる時も一人だけ厨房で食べていたりと、二十世紀初頭のメイドさんがどの様な生活を送っていたのかが少しだけ垣間見られます。
………………
 父は会社で成功していたようで、はじめて住み込みのメイドを雇うことができた。前の家のときに通いできていたリリーに住み込みになってもらったのである。その後アニーというメイドにかわり、彼女はずいぶん長いこと働いてくれた。母が地元の孤児院に適当な娘はいないかと依頼を出し、紹介されたのがアニーだった。母は彼女のために仕事着を買ってやったりしていた。メイドもけっこう当たりはずれがあって、すぐに仕事先を変わるようなメイドも少なくなかった。部屋割りは、父と母がいちばん大きな主寝室を使い、チャーリーが二番目で、私は玄関の上のいちばん小さな部屋だった。そしてメイドの部屋は最上階だった。(『第一次世界大戦』の『引っ越し』より)
………………
 引っ越しは一九二〇年の事なので、ミス・マープルが素人探偵をする少し前の頃に当たります。ここでも孤児院からメイドさんを依頼しています。


第一回〜第十回第十一回〜第十五回第十六回〜第二十回
第二十一回〜第二十五回第二十六回〜第三十回第三十一回〜第三十五回
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第五十一回〜第五十五回第五十六回〜第六十回第六十一回〜第六十五回
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第八十一回〜第八十五回第八十六回〜第九十回第九十一回〜第九十五回
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