
☆図書館にでも行きましょうか。☆
☆図書館にでも行きましょうか。☆
万年金欠な小手鞠萌はよく図書館に行く訳ですが、そこでよく借りる本の中でも、面白かったり資料としてなかなか良い物を紹介するコーナーです(安上がり)。
因みに基本は“十九世紀”。本物のメイドさんが生きていた時代っすね。でも読んでいる本、かなり偏りあり過ぎです。しかも実はあんまり小説読まない事、バレバレ。大層なもんでは無いけれど、ある意味“裏ヴィクトリアン・ガイド”かも(^_^;)。
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第九十回(2006.02.05現在)
安達まみ+中川僚子/編著『〈食〉で読むイギリス小説』ミネルヴァ書房
副題は『―欲望の変容―』。人間にとって、食べるとは何か? イギリス小説に描かれた〈食〉を手掛かりとして、イギリスの文化・歴史の理解に迫る一方で、具体的な食の風景の描写を通じて、登場人物達の人物像をより深く読み取る事を目指した。華やかなディナー、ささやかなお茶の時間、美しい食器達……食という極めて日常的な営みの持つ意味の奥行きを多様な視点から考察する。
イギリス小説とその背景にある文化と歴史を、食というキーワードを元に論じた書籍。無論メイドさんも小説の端々に登場しており、十九世紀頃のイギリスの生活がどの様なものかが伺えます。
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お茶会は春の宵、六時半に始まり、客は厳寒で女中の出迎えを受ける。実は女主人のミス・ベティーもついさっきまで準備を手伝っていたのだが、あわてて二階の応接間に駆け上がって、お客さまを待つ態勢を整えたのだ。ふだんはかなり女中の手伝いをしているので、「重いお茶のお盆を持って」よろよろしながら女中が入ってくると、女主人は手伝ってやりたくてそわそわする。しかし「淑女のたしなみとしてはそれをおさえつけなくてはならない」(ギャスケル[8] 一五四頁)。(『T 食への歴史的な視線』の滝口明子『1 ティー・テーブルの快楽 茶の英文学史事始』の中のの『ギャスケル夫人のお茶――『クランフォード』の場合』の『ミス・ベティー』より)
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まず台所自体が、機能性と清潔感のあふれる場所ではなかった。水の確保が困難であった時代だけに、台所は上階にはなく、下の階、しばしば薄暗くて冷たい地下があてがわれた。調理器具としてのレンジは一九世紀を通じて改良に改良を重ね、より小型で簡便なものが家庭に普及していった。一九三〇年代にガスが普及するまでは石炭が燃料であるだけに、煤払いをし清潔に保つのが一苦労であった。おまけに、台所仕事を重労働の汚い仕事とみなす度合いが英国ではとりわけ甚だしく、例えばドイツの女主人がパンや菓子を焼く地位として尊厳を保っていたのとは事情が大きく異なっていた(Freeman [1] pp.43−44)。このような状況では、女性が台所になんら夢を見出しえないにしても、致し方ない。
中流階級である証は使用人を雇えるかどうかにかかっていた。使用人には台所での重労働が真っ先にゆだねられる。料理人=コックは通常女性の仕事であった。自身が「使用人を置かず家事をとりしきるから」「礼儀をわきまえずに接する」対象にされるのだと悔しがったのが、『シャーリー』(一八四九年)第一章に登場するゲール夫人であった(Charlotte Bronte [2] p.41)。家事をすれば、主婦の地位は下がったのだ。家庭にいる婦人は可能なかぎり台所仕事をしない。しいて言えば、献立や材料の仕入れをある程度指示するまでである。このように台所仕事の実際から超然としていた女主人を二人、文学作品から紹介しておこう。
『アグネス・グレイ』(一八四七年)第三章では、女主人公が家庭教師として初めて赴任した屋敷で昼食の席に着く。当主は出された羊肉が焼き過ぎており気に入らない。それではと運ばれた牛肉は、前日台所に下げてから使用人たちの口に一部入ったようで、食指は動かない。主人が不平を洩らしても、奥方は一向に動じず澄ました態度を取り続ける。夕食を心配しだした主人に対して、料理人に魚を頼んだが魚の種類までは指示していないと悪びれない。だがこの程度台所と無縁な奥様も、当時はそう珍しくなかっただろう(Anne Bronte [3] pp.22−23)。
もう一例は『ミドルマーチ』(一八七一〜七二年)第一部第一一章に登場するブルジョワ工場主ヴィンシー氏の家庭(Eliot [4] p.107)。ありふれた日の午前中、夫人は台所から戻り、長女と刺繍をしながらお喋りをしている。長男は、一〇時半になるのをまだ起床もせず、召使をやって起こすことになる。やっと現れた長男は朝食の食卓に並んだままの冷肉各種を嫌がり、かといって卵料理も欲しがらず、運び込まれたコーヒーとトーストだけでは満足しない。ついに骨付き肉のグリルを所望する。親子三人はくつろいだ会話を続け、やがて長男の望みどおり、熱々の骨付き肉のグリルが運ばれる。もちろん夫人ではなく、台所で使用人が調理したのだろう。そもそも夫人が台所に行っていたのは、「台所に出向く(エクスカーション)」と表現されていた。そこで何をしていたのかは詳らかでではないのだが、「エクスカーション」(excursion)とは、本分を超えた越境を暗示する。
ヴィクトリア朝の中流以上の家庭では、台所は料理人はじめ使用人の領分であった。主婦みずからが料理をすることになるのは、時代が下って使用人の確保が困難になるとともに、給排水や調理器具など人手を省く台所設備が整う背景あってのことである。
仮にも一家の女主人、そこそこの身分の婦人が台所仕事をすることがあるとすれば、それは、女主人にとって日常の決まりきった仕事ではなく、特筆すべき接待なのだ。『シャーリー』第三二章では、ラッタイド運動を背景に、敵対者から襲撃された工場主ムアを看病する郷士(ジェントリ)のヨーク夫人が「自らの手で火をおこし」、見舞いに来たムアの弟の分まで朝食を作り、「自身で給仕」したと、ことさらに夫人が手を煩わせていることを強調している。これが格別に丁重なもてなしであるからだ(Charlotte Bronte [2] p.524)。
『ジェイン・エア』(一八四七年)第二九章には、台所仕事の楽しみも描かれていた。ロチェスターのもとを去ったジェインが行き倒れ同然に辿り着いたリヴァース家でのこと。手厚い看護を受け回復したジェインは、台所仕事をしながら女中とお喋りしていた。リヴァース姉妹は、台所はジェインの居るべき場所ではないので、応接間にいるようにと追いやる。そして、自分たちがときどき台所に来るのは、家庭教師として勤めている普段の生活から解放されて、実家では自由に勝手気ままにふるまう「特権」なのだ、と語る(Charlotte Bronte [5] p.370)。思うとおりに実家の台所で過ごすことは姉妹にとって楽しみであって、本来の労働ではない。趣味的な娯楽「エクスカーション」といってもよいだろう。
売れ行きもよく版を重ねた『ビートン夫人の家政読本』(一八六一年)は、ほとんどをレシピが占めている(Mrs. Beeton [6])。しかし、どの程度当時の主婦が料理をしたのかは定かではない。主婦がこのレシピをもとに台所に指示を出すマニュアルとも考えられる。執筆者のビートン家でも、台所でレシピを試作していたのは女中で、ビートン夫人は執筆の手をたまに休めて、台所の様子をうかがいに出向いたという(Freeman [1] p.161)。これも「エクスカーション」である。
一九五〇年代、ジョン・オズボーンやアーノルド・ウェスカー、シーラ・デラニーなど「怒れる若者たち」が労働者階級をリアリズムで描く作品を「キッチン・シンク・ドラマ」と呼びならわした。これは、中流階級が客間で繰り広げるドラマ「パーラー・コメディ」と対照的である。
中流階級にとって台所とは、そこから食べ物が運ばれてくる場所であり、それは往々にして「階下(ダウンステアーズ)」に在り、文字通り自分たちと同じ「レベル」にはなかった。逆に、使用人から見たご主人さまたちの生活は「階上(アップステアーズ)」にあった。(『T 食への歴史的な視線』の岩田託子『4 小説に見る一九世紀〈食〉の風景 作る人、食べる人、食べない人』の中の『作らない人/作る人』の『台所事情』より)
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十九世紀のイギリスに於いて、台所という場所がどの様なものであり、どんな意味を持たされていたのかが伺えます。
角山榮『生活の世界歴史10 産業革命と民衆』河出書房新社
生活の様相から時代像へと迫り、そこから新しい世界史像を描こうとする野心的シリーズの十巻目。産業革命から二十世紀初頭までの近代イギリスを扱っている。
十九世紀のイギリスを中心とした生活史。よく見たら三十年も前に書かれています! 古さは感じられるとはいえ、非常によくまとまった資料です。
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他方、住み込みの家事使用人、つまり召使いの方は、およそ中流階級たらんとするかぎり、その体面にかけても絶対に一人は持たねばならぬもので、一九世紀末においてさえなお、召使いの有無が中流階級と労働者階級を別ける最たる指標になっていた。つまり、最下層の中流階級の家庭でも一人は召使いを抱えていた、というよりは、一八、九の娘を一人、メイドとして雇える最低の収入が年二〇〇ないし三〇〇ポンドで、それが中流階級の最低層と見なされていたのである。年収が三〇〇ポンドを越すと、もう一人の女中ないし子守りが雇えるようになり、四〇〇ないし五〇〇ポンドで、さらに女性コックが雇えるというのが、一九世紀を通じての相場であった。当時の婦人家庭雑誌に示された一般的な通念によると、家政が完全に運営されるためには、最低で三人の女性召使いが入用であった。それができない間は、主婦や娘たちが、女中のやるべき煩雑な家事労働を引き受けねばならず、そのような生活は、とてもジェントルマンないしレディの生活とはいえなかった。余暇は、ジェントルマンないしレディにとっては必須のものであり、それゆえ新婚の夫婦は、三人の女中を雇える水準に早く達するよう努力しなければならない、とされたのである。
家令、御者、馬丁といった男の召使いは、ふつう贅沢と見なされ、年収が六〇〇ポンドを越えないと、とても雇えなかった。その賃銀は、家令で年五〇ないし六〇ポンドといわれている。一般に召使いの賃銀は、年齢、それゆえに、その経験に比例したが、ロンドンの女性召使いの場合だと、一九歳の仲働きで年一二ポンド、二五歳の女中で一七ポンド、三〇歳の女主人付女中で二八ポンド、四〇載の家政婦頭で三四ポンドといったところであった。男の召使いについてもそうだが、召使いの賃銀は、他の労働部門の労働者と比べた場合、その上昇率ははるかに低く、その意味では不利な職種であった。しかし、それにもかかわらず、一九世紀を通じて、その数が減るどころか増え続けた点は、馬車の場合とまったく同様であった。一八三一年には、約九〇万、全就業人口の一二.六パーセントほどであったのが、以後、着実に増え続け、一八九一年には二三〇万で、全就業人口の一五.八パーセントに達した。その数が減り始めるのは、やっと一九一〇年になってからであった。(『虚栄の市――上流・中流階級の生活』の『馬車と家令と料理女』より)
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アンソニー・ホープ、井上勇/訳『ゼンダ城の虜』創元推理文庫
時は十九世紀、所はヨーロッパの一王国。王位を巡る陰謀の真っ直中に飛び込んだ英国の快男児ルドルフ・ラッセンディル。偶々国王と瓜二つだった為に彼を待ち受けている波瀾万丈の大冒険。大デュマの再来を思わせる剣と義侠、恋と騎士道を描き、愛読され続けている大ロマンの傑作の完訳版。続編『ヘンツオ伯爵』を併載。
森薫『エマ』やアガサ・クリスティー『フランクフルトの乗客』などでも登場する、十九世紀末に出版した小説。陰謀物というふれこみですが、紹介文にある通り、『三銃士』を思わせる剣と義侠の世界です。っていうか、人死に過ぎ。ロマンスの部分は以外と少なく、問題起こって談義して突入して戦って死傷者多数、というイメージしか沸きません。しかもアンハッピー・エンドだし。謎です。
第八十九回(2006.01.15現在)
松村昌家+川本静子+長島伸一+村岡健次/編『英国文化の世紀1 新帝国の開花』研究者出版
近代イギリスの文化を様々な視点で捉えたシリーズの一巻目。一章は村岡健次『産業革命の文化――科学と技術について』、二章は青木康『フランス革命の衝撃』、三章は火口欣三『ジェントルマンと小説――ジェイン・オースティンを中心に』、四章は川北稔『福音主義者の理想と奴隷制の廃止』、五章は川島昭夫『植物帝国主義』、六章は藤川隆男『人口論・移民・帝国』、七章は関口正司『ベンサムとベンサム主義』、八章は福士正博『工業化時代のもう一つの社会――ウィリアム・コベット』、九章は森道子『産業革命と絵画――孤高の画家ジョン・マーティン』、一〇章は江河徹『「子どもの世紀」の光と影』。
一巻目は十八世紀後半から十九世紀前半に掛けての英国文化を対象に論じています。ややマイナーでマニアックなものを主要テーマに掲げているので、外の英国歴史本とは少し趣が違います。
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しかし、南オーストラリアは、単に中産階級の人びとが期待したようなパラダイスにはならなかった。地球の裏側では、社会的地位さえも反転しがちであったのである。前述のメアリー・トマスは次のように述べている。「奉公人たちは、アメリカのように、ますます生意気で独立心が強くなってきています。奉公人も労働者も数が少ないので、彼らはあまりにも多額の賃金を得るようになっています。」ウェイクフィールドの処方箋にもかかわらず、労働者たちはしばしばあまりにも短期間に成功を収めた。労働者の一人、ウィリアム・パーリングによれば、「これは自由な国である。私たちは主人に対して帽子をとる必要はない。使用人は主人と同じであり、一つのテーブルで食事をする」。これらの表現には誇張もあるけれども、植民地の一つの側面を物語っている。(藤川隆男『六章 人口論・移民・帝国』の『5 リポン条例と新植民地の建設』より)
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大英帝国の植民地の一つであったオーストラリアでは、メイドさん達の数が少なかった為、時として主人と同等の立場で物を言っていた様ですね。
松村昌家+川本静子+長島伸一+村岡健次/編『英国文化の世紀2 帝国社会の諸相』研究者出版
近代イギリスの文化を様々な視点で捉えたシリーズの二巻目。一章は小池滋『レールがつないだ社会――鉄道の文化史』、二章は松村昌家『都市文学の誕生――ピアス・イーガン『ロンドンの生活』』、三章は服部正治『穀物法論争と「飢餓の四〇年代」』、四章は金谷展雄『機械の時代を読む――時代精神をめぐる二つの解釈』、五章は佐野晃『「英国の状況」小説――ギャスケルとディズレイリー』、六章は西條隆雄『新救貧法と救貧院の暮らし』、七章は藤井泰『パブリック・スクール』、八章は見市雅俊『生者のための都市空間の誕生』、九章は松浦京子『お針子哀史――シームストラスとロンドンの縫製業』。
二巻目は産業革命期に於いて工業化がもたらした社会の変容を論じています。小林滋氏がお得意の鉄道ネタをやっています。因みに二章は第八十七回の『十九世紀ロンドン生活の光と影』に収録されています。
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また、衣類の縫製、とりわけ苦汗労働と呼ばれたシームストラスの労働には、その他の代表的女性労働とは違うところがあった。ヴィクトリア時代の女性労働といえば、まず家事奉公、それから繊維工場労働、そして衣類の縫製ということになるが、このうち、前二種に比べれば、衣類の縫製は、明らかに低賃金が際立つ労働であった。家事奉公は重労働と従属性という問題点をもっていたが、賃金に関しては上昇傾向にあり、また、繊維工場労働は、綿織布工を代表格に女性としては高賃金安定職であったのである。そして、既婚女性の労働率においても衣類の縫製は前二種と違っていた。家事奉公と繊維工場労働が圧倒的に未婚女性の労働にあったのに対して、衣類の縫製には既婚者が多数従事していた。既婚女性の労働はセンサスの職業統計にはなかなか表れてこないものであったが、彼女たちはたしかに存在していたのである。(松浦京子『お針子哀史――シームストラスとロンドンの縫製業』の『はじめに』より)
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当時女性が勤める事の出来た職種は限られていましたが、メイドさんという職業はその中でも賃金は高めですが、その分大変でもあった様ですね。
松村昌家+川本静子+長島伸一+村岡健次/編『英国文化の世紀3 女王陛下の時代』研究者出版
近代イギリスの文化を様々な視点で捉えたシリーズの三巻目。一章は長島伸一『ヴィクトリア女王と王室』、二章は吉見俊哉『ロンドン万国博覧会――進歩の時代の大祭典』、三章は川本静子『清く正しく優しく――手引書の中の〈家庭の天使〉像』、四章は度会好一『ダーウィニズムの波紋』、五章は蛭川久康『ツーリズムの興隆』、六章は谷田博幸『色彩の復権――ヴィクトリアンとヴェネツィア派』、七章は北條文緒『ナイティンゲールの看護改革』、八章は長谷川尭『建築におけるゴシック・リヴァイヴァル』、九章は渡邊孔二『ロビンソン・クルーソーの末裔たち――少年冒険小説の主人公たち』。
三巻目はヴィクトリア時代全般、十九世紀中葉の頃を扱っています。
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四 ワレン夫人の『年収二〇〇ポンドでどのようにやりくりしたか』と『幼児期から結婚までどのように子どもを育て上げたか』の二冊は、下層中産階級の主婦を対象としたものである。前者は、若い未熟な主婦が有能な先輩主婦から手ほどきを受けて家事に精通していく次第が語られている。当時年収二〇〇ポンドといえば、年に一〇ポンド前後の給料で雑働きの女中一人を雇うのが精一杯だった。この雑働きの女中一人を頼りに家事全般をこなすには、主婦自身が家事に有能でなければならなかったろう。食費を例にとっても、主婦と子ども二人に女中を加えた五人家族で週二七シリングの予算となると、主婦の才覚の有無が大きくものをいうはずだ。本書では、家計に赤字を出したり、安い賃金で無能な女中を雇い、結局は高い月謝を払う羽目になった駆け出しの主婦を相手に、安価でおいしい夕食の作り方や婦人用カラーの洗い方など家事の秘訣が噛んで含めるように伝授されている。その実用性は大いに訳だったにちがいない。出版後一年で三万六〇〇〇部売れたということである。(川本静子『三章 清く正しく優しく――手引書の中の〈家庭の天使〉像』の『1 〈家庭の天使〉たちを育成した実用書』より)
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ギャンプ婆さんのように個人雇いではなく、施設で働く看護婦はどうであっただろうか。貧しい病人を収容する施設は二種類、寄付財団病院と救貧院で、後者のほうが収容能力は大きく、幸運な者だけが前者に入ることができた。ちなみにギャンプ婆さんの夫が入院したガイズ・ホスピタルはロンドンの代表的な寄付財団病院で一八世紀初頭にトマス・ガイという富裕な下院議員によって設立されている。そのような寄付財団病院の看護婦はふつう家事使用人からリクルートされ、特別な知識も技術も要求されなかった。病院ごとに差があったとはいえ、週給で支給される給料は女性のほかの職業と比べて低く、住居や食事の条件もまちまちであった。なかにはよい看護婦がいたにせよ「たいていの場合、ほかの仕事をするにはあまりにも年をとりすぎていたり、身体が弱かったり、酒を飲みすぎたり、不潔であったり、あまりにも無神経であったり、あるいは不品行であったりする人たち」というフローレンス・ナイティンゲールの証言を読むと、病院看護婦もギャンプ婆さんと大差なかったのかもしれない。看護婦の監督にあたる看護婦長(シスター)には、看護婦が昇進する場合もあれば「リスペクタブルな」階層出身の未亡人、あるいは紳士階級の家庭の使用人頭であった女性などがあてられていた。病院の行政面の一部を担当するメイトロン(matron)には、さらに高い階級の者が求められたが、特別な資格が要求されない点では看護婦もシスターもメイトロンも同じであった。(北條文緒『七章 ナイティンゲールの看護改革』の『1 ナイティンゲール以前の看護婦』より)
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メイドさんという存在が、当時に於いて如何に安価で便利なサーヴィス代行者だったかが伺えます。
松村昌家+川本静子+長島伸一+村岡健次/編『英国文化の世紀4 民衆の文化誌』研究者出版
近代イギリスの文化を様々な視点で捉えたシリーズの四巻目。一章は松村昌家『セルフ・ヘルプの系譜』、二章は松塚俊三『教育の民衆文化誌』、三章は川西進『自伝に見る父と子――ミルとラスキン』、四章は清水一嘉『貸本屋と読者大衆』、五章は岩田託子『パンチ&ジュディの文化史』、六章は松村昌家『ヴィクトリア時代の移民――その現実と虚構 ――ディケンズの「移民たち」の章に即して』、七章は村岡健次『イギリス・アヘン小史』、八章『「堕ちた女たち」――虚構と現実』、九章は新野緑『労働・娯楽・教育』、一〇章は高橋哲雄『推理小説の社会的・文化的コンテキスト――シャーロック・ホームズの魅力』。
四巻目ではヴィクトリア時代の民衆文化に付いて述べています。こちらでも、松村昌家氏の章は第八十七回の『十九世紀ロンドン生活の光と影』に収録されています。
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しからば、女性たちのゆく場所はなかったのか。――そのころ、中産階級の台頭と富の蓄積は召使いや女中の雇用を許し(労働力は安かった)、女性たちを家庭内労働から解放しつつあった。彼女たちは余暇を手に入れ、娯楽を求めるようになった。そのような欲求に最もよく応えたのがほかならぬ貸本屋(circulating library)だったのである。もともと貸本屋はコーヒー・ハウスの貸本にヒントを得、それに会費制度(年会費がふつうで、ほかに半年、三か月会費があった)というクラブの運営方式をとりいれたものであった。(清水一嘉『五章 貸本屋と読者大衆』の『3 貸本屋の登場』より)
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メイドさんが家事を行っていたからこそ、中流階級以上の女性達が余暇を楽しむ事が出来たのですね。
松村昌家+川本静子+長島伸一+村岡健次/編『英国文化の世紀5 世界の中の英国』研究者出版
近代イギリスの文化を様々な視点で捉えたシリーズの五巻目。一章は木畑洋一『ジュビリー・イアーズ――帝国の祭典』、二章は富士川義之『タンホイザー伝説――異端者の系譜』、三章は升本匡彦『フェビアン協会――多様性の統一』、四章は長島伸一『ナショナル・トラスト運動の歩み』、五章は川本静子『〈新しい女〉の誕生』、六章は小畠哲邦『大西洋の両岸で――アメリカ人の英国観』、七章は山内久明『漱石とイギリス――留学体験を中心に』、八章は高橋和久『インドへの二つの道――キプリングとフォースター』、九章は越智武臣『ロレンスの文学思想――イングリッシュリーを求めて』、巻末には長島伸一(編)『付 イギリス文化史年表――ヴィクトリア朝を中心に』。
五巻目は十九世紀末から二十世紀初頭までを扱っています。帝国主義真っ直中のイギリスでの文化を論じています。
第八十八回(2006.01.15現在)
G・デュビィ+M・ペロー/監修、
N・ゼモン=デイヴィス+A・ファルジュ/編、杉村和子+志賀亮一/訳
『女の歴史V 十六―十八世紀 1』藤原書店
アナール派の中心人物G・デュビィと、女性史研究の第一人者M・ペローのもとに、世界一級の女性史家70名余が総結集して編んだ、『女と男の関係の歴史』をラディカルに問う“新しい女性史”。そのシリーズの十六〜十八世紀の前編。
歴史、と言ってもヨーロッパ全般を扱っています。メイドさん関係はオーウェン・ハフトン『1 労働と家族』にまとめてあります。又、サラ=F・マシューズ=グリーコ『身体、外見、そして性』にも誘惑されるメイドさんに付いて紹介しています。
アンヌ・ボレル/構成・文、アラン・サンドランス/レシピ、柴田都志子/訳、
マルセル・プルースト/引用原文、鈴木道彦/引用原文訳、
ジャン=ベルナール・ノーダン/写真
『プルーストの食卓 ●『失なわれた時を求めて』の味わい●』宝島社
マドレーヌを口に含んだのをきっかけに蘇った記憶から生まれたプルーストの大作『失われた時を求めて』――フランスの偉大な作家で、言葉のみならず、味覚の魔術師でもあったマルセル・プルーストの、食の官能の世界を再現しようとするものである。原作からのふんだんな引用と、巻末に配した『失われた時を求めて』に登場する数多くの料理のレシピ、そして原作のイメージを視覚化した写真とによって、壮大な小説世界は、興味深い読物に変貌した。耽美主義の美食家がそこかしこに散りばめた料理や食卓に関する記述、家庭での食事、男同士の会食、社交界のレセプションのありよう――当時の雰囲気を豊かに醸し出しながら、読者をヴェルデュラン家、シャルル・スワン家、ゲルマント公爵夫人の食卓へと誘う。
二十世紀初頭のフランスの中流階級の食卓を再現した料理本。メイドさんに関する記述は殆ど引用文ばかりなので割愛。巻末に当時の料理をアレンジしたレシピが載っているので参考になります。
渡辺和幸/著『ロンドン地名由来事典』鷹書房弓プレス
街路名を中心にロンドンの地名750を選び、その歴史や由来、ゆかりの歴史上の人物に付いて叙述し、ロンドンの歴史や文化や風土を理解するのに好個の事典。
ロンドンには多くの街路に名前が付いていますが、その由来を論じながらロンドンの地名を紹介した事典です。その土地ゆかりの人物や歴史なども合わせて紹介しており、非常に参考になります。
第八十七回(2006.01.01現在)
井野瀬久美惠『大英帝国はミュージック・ホールから』朝日新聞社(朝日選書)
イギリスが『大英帝国』であった時代のミュージック・ホールを論じた書籍。
ミュージック・ホールの歴史を中心に、イギリスに於いてミュージック・ホールがどの様な役割を負っていたのかを論じています。
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彼女の話は、ミュージック・ホールが、炭坑で働く労働者たちにとって家族ぐるみのつきあいの場であったことを示している。それは炭坑労働者に限ったことではない。一般の工場労働者、家事使用人、メッセンジャー・ボーイやガール、店員、事務員たちは、誘い合わせて近くのホールに足を運んだ。どうも男性同士、独身の女性同士の十代、二十代のグループ客が多かったようだ。特に女性客の比率が高かったのは、例えばマンチェスタのように、繊維工場の女工といった女性雇用率の高い町であった。ここにも、都市の遊び空間であるミュージック・ホールが、その町の産業、経済構造と深く結びついていたことが明らかである。ミドル・クラスの間では「女性は外で働くものではない」との考え方が一般化し、女性が専業主婦となって男性への依存を強めつつあったちょうど同じ時期、工場で働く独身女性たちは、自分で稼いだお金で“アフター・ファイブ”を、仕事の仲間たちとミュージック・ホールで楽しんでいたのだ。マンチェスタの北東、ブラッドフォードの「パラン」に関する一八七二年の報告にも、こうある。「大半の女性は男性とではなく、女性同士できたものだ」(『第一部 物語はロンドンにはじまった』の『第四章 新しい観客の登場』の中の『ミュージック・ホールの客』より)
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何だか現代の学生みたいで微笑ましいですね。
松村昌家『十九世紀ロンドン生活の光と影 リージェンシーからディケンズの時代へ』世界思想社
リージェンシーのダンディの世界から、ディケンズの時代に於いて最底辺を成していた煙突掃除小僧の世界に至るまで、十九世紀ロンドンの『あらゆる種類・身分の人々』の生活の場に踏み込んで、彼等の生活風景や心情を読み取る事を狙った書籍。
『エマ ヴィクトリアンガイド』の参考文献の一つ。摂政時代からヴィクトリア時代に掛けてのイギリスの生活風景を紹介しています。
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「完全な婦人」であることは、一切の仕事をしないこと、したがって有閑・消費生活を誇示することである。そこで、働く貴族たちは、代役によって正統の貴族階級の生活ムードを体験するという構図が成り立つわけだ。クリノリンは、そのような代役を代表するファッション様式であったのである。すなわち、実用性から遠ざかれば遠ざかるほど、労働との縁が薄くなり、疑似貴族階級気分を満足させることができたのである。その点で、クリノリンは、ダンディ・スタイルと通底するところがあった。流行としての蔓延の仕方も同様――ダンディ・スタイルが相次ぐ模倣によって、単なる流行現象としての意味しかもなたくなったのと同様、クリノリンも客間の令夫人、令嬢から料理女、召使、呼び売り商人の女房族に至るまで広がった。『パンチ』一八六四年三月二十六日号に描かれたジョン・リーチの風刺画は、こういったクリノリンのヴァルガライゼーション(通俗化)のありようをよく表している。キャプションには、
因果関係
お手伝い「カップもお皿もじゃまだわ、ほんとに。いつもクリノリンにぶつかってばかりなんだから。」
とある。(『T リージェンシー・ロンドンの光と影』の『2 ダンディズムからクリノリンの時代へ』の中の『5 クリノリンの時代へ』より)
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流行に気を取られていて仕事にならないメイドさんでありました。
J・P・ブラウン/著、松村昌家/訳『十九世紀イギリスの小説と社会事情』英宝社
十九世紀のイギリス小説家達の作品を、彼等がかくも深い関心を向けた社会の動きや、社会生活、或いは家庭生活の実状と絡めて、小説の理解を深める事を試みた書籍。
著者はアメリカ人で、アメリカの大学生達がイギリス小説に接する時に出くわす諸々の疑問に答える為に書かれたものだそうです。日本人の手による十九世紀イギリス小説の解説本とは又ひと味違った紹介で参考になります。メイドさんに付いては第一章に少しだけ触れられているのみです。
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ヴィクトリア時代におけるジェントルマンの生活には、今日の金にしてざっと年間二十万ドル相当額が必要であった。ジェントルマンであることは、働く必要がないこと、紳士としての身なりを整えること、そして少なくとも社交界を受け入れ、かつ社交界に出入りするのに十分なだけの召使い(すなわち料理人、女中、雑役婦、近侍)を雇うことを意味する。衣服代と召使いに払う賃金は、今日とは全く異なっていた。織物産業が技術に委ねられるまでは、上等の服地は手織りで、目をむくほど高価であった。ディケンズの『大いなる遺産』で、ピップが紳士になるための支度金として最初に受け取ったのは、衣服を買うための二十ギニーであった。このことは、いかなる統計表にもまして、衣服が紳士の役割にとって絶対に必要であったことと、そしてそれがいかに高価であったかを示してくれている。一ギニーは一ポンドを少し上まわる額であった。衣服題としての二十ギニー――これはたまたまピップの遺産相続に関連して示された、数少ない具体的な金額の一つなのだが――は、今日でいえば四千ドルを上まわる。弁護士からこの額を見せられたとき、労働者階級のピップの代理父ジョーは、今にも気絶しそうになる。というのも彼にとってこの金額は、鍛冶屋仕事から得る年間収入の約半分に相当するものであったからである。
上等の衣服代とは対照的に、召使いたちの賃金は微々たるものであった。人間の労働のほうが、馬の労働よりも安あがりであった。少なくとも一万人もの女中志望の女たちが、常時「勤め口」を探していたロンドンでは、部屋と食事を含めて六ポンドないし十ポンドが、雑役婦に対する年俸の通り相場であった。上のクラスの女中になると、年俸十二ポンドから十五ポンドしか支払われなかった。それはおそらく着物のお古を授かるという役得があったからである。料理人の年俸の稼ぎは十四ポンドから二十ポンド、そして従僕は十五ポンドから二十ポンドであった。とびきり金持の家になると、専属のシェフ、執事、家令、家政婦に支払われる俸給も多くなり、普通年額四十ポンドないし五十ポンドあたりから出発していた。典型的な上流階級の家族には、一番基礎的な働き手(料理人、女中、雑役婦)から、かなり贅沢な使用人(近侍、従者、執事)に至るまでの数々の召使いたちを擁しているのが普通であった。今あげた金額を今日のドルに換算すると、最低賃金の六ポンドは僅か一千二百ドル、そして最高の五十ポンドはおよそ一万ドルに相当するのだが、大多数の召使いたちの賃金は低辺に固まっていた。(『第一章 階級と金』より)
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一八二四年に刊行された生活費に関する資料によると、年収四百ポンドの家庭なら、二人の女中、一頭の馬、一人の馬丁を雇うことができた。七百ポンドなら、一人の男の召使い、三人の女中、二頭の馬を置くことができた。年収が一千ポンドにもなると、その家庭は三人の家政婦、一人ずつの御者と従僕、四輪軽馬車ないしは四頭立て大型馬車、二頭立て四輪馬車などのほかに、さらに二頭の馬がもてるようになる。年収五千ポンドの家庭には実に、「十三人の男の召使いに九人の女の召使い、十頭の馬、四頭立て大型に二頭立て二輪馬車、軽二輪馬車に遊覧馬か一頭立て二輪馬車」がそろうほどであった。G.M.Young,ed. Early Victorian England 1830−1865(Lobdon, 1934),Vol.1, pp.104−105 参照。
ところで裕福な家庭における召使いたちの役目は、どのようなものであったのか。もちろん便利な機械が導入される以前の話であるから、特に大家族の家ともなると、多くの台所要員や五、六人もの洗濯女が必要であった。一八六〇年代までは、ほとんどの家庭にミシンが使われていなかったから、縫物専従の女中が、少なく一人はいなければならなかった。ローソクの火や暖炉係りの従僕も一人は必要であった。従僕が一人以上の家庭では、ふり当てられる仕事もさまざまであった。婦人たちが町へ出かけるときのお供をする者、一家が教会へ礼拝に行くときに祈祷書をもち運ぶ者、交通の混雑時に馬車馬をさばく者、というふうに。大金持の家庭では、レイディとジェントルマンの一人ひとりがそれぞれに、付添いの小間使い、もしくは従僕をもっていた。(『注』の『第一章 階級と金』の中の『9』より)
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十九世紀のイギリスに於いて、使用人という存在がいかに重要であり、かつ大変であったのかが伺える紹介文です。
第八十六回(2006.01.01現在)
大平健『貧困の精神病理 ペルー社会とマチスタ』岩波書店(同時代ライブラリー)
ペルーの首都リマ、その巨大な貧民街で一年間働いた精神科医が診たものは何か。男性中心主義(マチスモ)と聖母(母性)崇拝の伝統に縛られた独自の精神構造。本書は、それが貧困層のみならず中産階層にも見られる貧困感・精神病理の根にある事を解明する。患者の心理を社会の在り方との関連で捉える独自の手法は、現代日本の『豊かさ』の精神病理を解く鍵を提供する。
南米ペルーに於ける社会とそこに根付く文化、そしてそこから生み出される精神病理を語った書籍。貧富の差が激しく、あらゆる所で贈賄が行われているなどの腐敗も多い社会で、どの様な精神病理が見られるのかを、現地で働いていた経験から語っています。
裕福な階層では、下層の貧しい女性をメイドさんとして雇っているそうです。そこから生み出される精神病理や問題も取り上げています。一寸長くなりますが、その部分を引用します。
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コステラ・ゴメス夫人の性格と生活についても、少し述べておかなければならない。彼女は、“聖母型”の女らしく、過剰な母性性の対象となる「自分の子」との共生的な生活を望んでいたが、「母親として」充分なことをするために息子を私立学校へ通わせ、その学費捻出のために自分は家庭から出て勤めに行くはめになる。これは〈近代化志向群〉の“聖母”型の女に共通のジレンマである。このジレンマから神経衰弱状態に陥る者も多い。また、自分の代わりに「母」としての役割を果し「自分の子」を奪うことになる女中に対する彼女達の敵意も根深く、しばしばこういう女主人に仕える女中は酷い扱いを受けることになる。
ところで、女中の存在は子供達に大きな影響を与える。中産階層では主婦はアマ・デ・カーサと呼ばれるが、子守女中の方は単にアマと呼ばれ、まぎらわしい。上流社会となると更によく似ていて、母がママなら子守女中はママとアクセントが移動するにすぎない。子供達にとって、自分の世話をしてくれる女中はもうひとりの「母」である。
女中は必ず無産階層の出身者であるから、中産階層では異なったサブ・カルチャーをもつもうひとりの「母」が子供を育てることになる。上流社会ではこういった事態が生じるのを嫌って、女中を幼いうちから雇い入れ、主婦がしつけて自分の家に合うように作り上げてゆくといったことをするが、無論、中産階層にはそのような手間を掛ける余裕はないから、ことに〈近代化志向群〉の人々は「無教育な女中に子供を委ねる」ことを心配しつつ、そうするのだ。たしかに、子供達は女中から力の強い者が正しいといった価値を学ぶ。しかし、それと同時に、現に女中がその家で占める劣等な立場は子供にも認識されるから、子供達が女中の価値観をそのまま受け入れるわけではない。
当人達に気づかれはしないが、むしろ、重要なのは、女中と子供との情緒的関係の方である。女中の性格構造は、まさに、もうひとりの「母」のそれとして、子供の性格形成にほどんど決定的な影響を与える。例えば、何人かの兄弟姉妹がおのおの異なった性格をもつ時、その性格構造の相異が、各人を実際に育てた何人かの女中の性格の違いに基づいていると明白に見てとれることがある。一般には、女中が“聖母”であるのは、彼女に育てられる子供にとってはよいことである場合が多い。女中にとって子供は、あくまでも「自分の子」ではなく主人の子であるから適当に距離のある存在であり、過剰な母性愛の対象としては物足りないだけに、子供は程々の母性的な愛を女中から得ることができるからだ。ただ、その場合でも問題なのは、ひとりの子供が育ってゆく過程で、女中が次々と代わってゆくことが多いことである。子供はさまざまなタイプの「母」と情緒的関係を結んでは解消することになる。ひとりの「母」の性格矛盾に決定的に巻きこまれることがない反面、「母」との関係が安定しないため子供は混乱に陥りやすい。(『V 階層と貧困』の『第七章 中産階層の諸相』の中の『(2)アンヘルとコステラ』より)
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メイドさんとの関係を心理学的に論じている、珍しい例です。
川北稔+指昭博/編『周縁からのまなざし もうひとつのイギリス近代』山川出版社
近代イギリスの多様なアイデンティティの併存・重層性と帝国の社会史を論じた、イギリス都市生活研究会の三冊目の論集。
通常の近代イギリス史では語られない移民やカトリック信徒、アイルランド貴族、ネイボッブなど『イギリス社会からはみ出した者達』を紹介した書籍。ちょっと斬新なテーマを主体に、十六世紀から二十世紀初頭までのイギリスを論じています。植民地に移住するガヴァネスなど、当時の女性が置かれた立場がよく分かります。
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子どもの委託希望者も急激に増加し、出身者の将来の障害となることを避けるために、協会名を「少年浮浪抑止協会」から「児童友援協会」へと改称した一八三四年には、本国と植民地の双方よりかねてから強い要請があった女子の受容も開始した。非行少女の扱いは、男子以上に刑務所や感化院の管理者の悩みの種であった。女子の非行が男子と違い、性的逸脱との関連で論じられがちなのは、今も昔も変わらない。そのため従来施設における女子の感化活動は男子以上に厳格な道徳指導に偏重し、それがかえって集団脱走や暴動などの問題行動を招く原因になっていた。しかし児童友援協会は、少女たちに貞節の倫理のみを押しつけることはなかった。チズウィックの少女施設「ロイヤル・ヴィクトリア・アサイラム」で義務づけられた作業は、料理や掃除、ベッドメイクに洗濯、裁縫といったおきまりの家事労働ではあったが、協会のオリジナリティは、それを施設の賄いや男子の身のまわりの世話ではなく、彼女ら自身の将来のための職業訓練と位置づけ、目的意識をもたせたことにあった。これらの家事労働訓練は、幸せな結婚やお屋敷奉公にあこがれる貧しい少女たちばかりではなく、雇用主の側でもおおいに好評を博した。イギリス中流階級風の優雅な生活様式を求めつつも、それに書かせない家事奉公人の不足に頭を痛めていた植民地では、彼女たちは男子以上に歓迎されたのである。(『第W部 希望の土地としての植民地へ 吐きだされた人びと』の森本真美『1 聖書と鋤 児童友援協会のケープ非行少年移民』の中の『喜望峰ケープ移民』より)
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最後に少し長いが、さきにも言及したアニー・デイヴィスの手紙を引用する。彼女のルーウィン宛書簡は四通残っているが、以下の手紙は一八六四年にシドニーから出されたものである。
イギリスにいたころ、私の給料はガヴァネスの相場の三分の一から四分の一程度でした。(つい見栄をはって半分と言いそうになりましたが)。オーストラリアにやってきてからの私は、家事使用人になるのも厭わないつもりです。こちらでは女中の収入が二五から三〇ポンド、腕のよいコックの収入が三五から四〇ポンドです。かりにも名目上、子守りよりは少しましなガヴァネスと呼ばれる若い女性が、たかが年に一〇ポンドばかりのお金のために苦労すると思うと情けなくなりますが、二〇ポンドといえば大金です。私はウェールズで立派な教育を受けた女性がこの程度の給料しかもらえない例をみてきましたし、いまでもその状態は変わっていないでしょう。召使いになろうというガヴァネスには、当然のことながら常識や謙虚な態度が必要とされますが、そんなことに代えられない幸福に恵まれることでしょう。(給料はさておき)こちらでは家事使用人は、本国よりはずっと大切にされていて、自由も独立もあるのです。本国でこつこつと働いている女性たちに私の声が届くものなら、「多少なりとも家事を修得することに目を向け、成功を確信して、こちらに来てチャンスをつかみなさい」と言いたいです。(『第W部 希望の土地としての植民地へ 吐きだされた人びと』の河村貞枝『2 移住するガヴァネス 中流階級女性と移民』の中の『移住後の状況――ガヴァネスの便りから』より)
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メイドさんの需要は植民地でも一緒であるにも関わらず、その供給元を見つける事に苦心していた様が伺えます。
リチャード・コーソン/著、梅田晴夫/訳『メガネの文化史 ファッションとデザイン』八坂書房
六世紀以上にも渡る眼鏡の歴史を、豊富な図版を交えて紹介した書籍。
『エマ ヴィクトリアンガイド』の参考文献の一つ。眼鏡を初めとした『視覚を補助する器具』に関する歴史を世紀別にまとめています。つるの付いた眼鏡が発明されたのは十八世紀頃、大量生産品そのものは十七世紀頃から登場していたものの、度の合ったものを購入するのは客自身の責任とされていた事、一般庶民にも購入出来る程の廉価なものは十九世紀末に安い素材で出来たものが発明されてからなど、眼鏡に関する細かな情報を知る事が出来ます。
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