2001-01-17   白井純一郎のお宝文書館・第3号文書

日本共産党中央委員会出版局パンフレット
「生協運動 その原点と今日」
(1991・10・26発行、定価225円)
 

  内容紹介

  正しかった共産党

  過去のあつれきで聞く耳持たぬ生協幹部

  集権と分権、優柔不断と果断
 








 
内容紹介
 1991年10月に発売されたこのパンフレットは、もともと「赤旗・評論特集版」という党内的色彩の強い紙面に発表された3本の論評を、まとめたものである。つまり生協末端の組合員向けというよりは、生協幹部である自党員に向けた書であるといってよいだろう。

 3本とは次の通り。

1 生協運動---その原点と今日 (高木一郎) *たぶん筆名であろう。
2 ヨーロッパ生協の危機と日本の生協運動 (高木一郎)
3 コメ自由化問題と日生協の「コメ・食糧問題専門委員会」答申 (真島良孝・農民連事務局次長)

 価格の安いパンフレットなので、関心ある向きは今からでも是非共産党系の書店に走って買い求めていただきたい。なぜなら、この評論の内容は、古くてピンボケどころか、全く正論が書かれているからである。
 たとえば第一論文「生協運動---その原点と今日」の章題と見出しだけでもここに並べてみる。
 
1.生協運動の原点と到達点がおしえるもの
  「平和がなによりの前提だ」
  生活破壊の政治を変えよう
2.最近の活動でみすごせないこと
  はずされた核兵器廃絶など「三つの願い」
  アメリカの要求をのみ、大店法撤廃容認の発言
  天皇問題での「レセプション自粛」
3.組合員を主人公にした民主的運営を
4.強まる日米独占資本の流通支配と日生協の対応--コモ・ジャパン路線の背景
  大店法規制緩和を事実上認める日生協
5.生協活動の原点---「平和でよりよい生活」をめざす運動
6.生協運動を変質させる重大な危険が
  大型店舗化はなにをもたらすか
  共同購入を軽視し、班活動を弱体化する。
7.コモ・ジャパンは日生協の自己否定
 
 知る人ぞ知ることだが、この時期の生協幹部はバブルに乗り遅れるな!とばかり、店舗を大規模化することにばく進していた。1990年11月29日、コモ・ジャパン(=全国生協店舗近代化機構)という「生協の合衆国(内部用語)」が作られた。ちなみに参加生協は、(札幌)市民生協、みやぎ、さいたま、都民生協、かながわ、ちば、京都、名古屋勤労者、大阪いずみ、こうべ、福岡エフコープ、の11大生協であった。私はこのうちの一つに前年までいた(^^; 

 この時期は、生協が財テク(死語)・「信用事業」すなわち金融までやることが真面目に語られた時期でもある。そしてほとんどのバブル計画は、単協の内部でも決定に際し「理事会専決事項」とされ、末端組合員や職員の憂慮なぞ何処吹く風で、生協最高幹部たちのゴルフ通い、料亭政治、そこでの接待による出店交渉など、悪夢の歴史が始まったのである。

 そして、この大店舗化路線はどうなったか? 勝てば官軍、賢明なる幹部のご指導宜しきを得て、大成功だったか? 残念ながら朝日新聞社説にあるとおり、そのほとんどは景気の低落によってのみならず、腐敗、粉飾決算、私物化など、禍根を残して潰えてしまい、コモ・ジャパンはひっそり解散した。無店舗型の「生活クラブ」はいまだに体力を残しているが、大店舗型の生協が大きな危機に瀕するいま、共産党のこの指摘は、全くもって正鵠を得ていたのだ。 
正しかった共産党
 私はこのパンフレットが出たときは生協を一度辞めていたが、赤旗の広告を見ていたので、買い求めて一読し、共産党正しいじゃんか!と興奮した。

 いや、もともと、どちらかというと私は日本共産党支持者である。総体としてみれば他党よりはマシなこと言うし、共産党員でも末端やドブ板では、まともな人が多い。大企業の少数派としていぢめられながら労働者の権利擁護に挺身する党員などは偉いし、国忠君のような筋を通すヤツもいるわけだ。

 ただ一方、共産党は、自党員であれば拉致監禁してでも上層部に絶対服従させる、さもなければ機関紙を使いさんざん人身攻撃したうえで除名する、---こういう側面も、無いとは言えなかった。では、なぜこの生協パンフはひっそりと発行され、以前見られたようなエグい人身攻撃は影をひそめ、なおかつバブルに邁進するおおかたの当事者・生協幹部党員に黙視されたのだろうか?

 実はその伏線は、80年代の「誤爆」にあったのである。
過去のあつれきで聞く耳もたぬ生協幹部
 原水爆禁止世界大会という行事が、毎年8月に広島と長崎で催される。世界の反核平和団体は言うまでもなく、共産党や旧社会党、各労働組合も多く参加する国民的行事である。生協も、内部の労組だけでなく、生協本体からトレードマークの虹の旗をもって、参加する。また、広島までは「平和行進」といって、各団体の旗をもってデモ状の行進が行われる。若手の労組書記や生協職員だと、「通し行進者」という全線歩きの苦行(?)を任命されることがある。

 さてこの原水禁大会だが、長いこと共産党を含む「原水協」と旧社会党や旧総評などでつくる「原水禁」とで覇を争っていた。その原水協で、80年代に問題が起きた。

 発端は、平和行進の際の団体旗をみんな自粛しようという原水禁側の提案だった。事の当否はともかく、その提案を受け止め、自主的に考えようとした原水協幹部や日本平和委員会の幹部党員が、宮本顕治氏の逆鱗に触れ、強権的に解任された。
 そのプロセスは、宮地健一氏のサイトで詳述されている。また、既成政党と一線を画し独自の反戦運動をしていた小田実(おだ・まこと)氏に対しての批判態度が生ぬるいとして、「民主主義文学同盟」幹部党員も前後してパージされた。その経緯は「葦牙」サイトに詳しい。

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 話を原水禁大会に戻そう。平和行進の参加団体の一つ、日生協は、この団体旗問題の軋轢に対し、一歩退き、あるときは調停者の役割を果たし、またあるときは平和行進と原水禁大会からの撤退も示唆し、単協によっては実際にそうした。有り体にいえば、多くの生協内共産党員が、平和運動へのミヤケン式なりふりかまわぬ介入に対して、静かに抗議したのである。この時期一介の共同購入担当者だった無党派の私は、脳天気に仕事していたが、時折常務理事などから「共産党のやつらめ.......」と愚痴を聞かされたものである。本人も党員のくせに(笑)。

 共産党中央は、さすがに生協内の人事にまで介入はできなかった。平和委員会などの純運動団体ではなく、生協は主に事業団体であるし、巨大化する生協の中で、共産党の影響力は当然低下していたからである。しかし、この時の軋轢がもとで、91年の『生協運動---その原点と今日』は、生協幹部党員に顧みられることが少なかったのである。このパンフレットの不幸な生い立ちは、そこにある。

 もちろん、軋轢自体はどんな時だって存在する。例えば、札幌の市民生協を率いていた河村征治氏は、北大生協出身で地域に協同組合を持ち込んだ、典型的な生協人である。彼は、共産党が生協の事業活動におけるリアリズムを理解せずに、政治的に引き回そうとすることに耐えきれず、早くに離党したことを述べている。
 私は、河村氏のこうした公然たる物言いには、好感をもった。軋轢があるならあるで、皆の前で語ること。葛藤をそのまま示し、陰湿化させず、解決の道も公然と模索すること。実は私は、これらは新世紀の協同組合にとって、欠くべからざる資質と考える。

 思い起こせば、スターリン式「社会主義リアリズム芸術」の骨法は「無葛藤理論」というものであった。いまは、時代が異なる。一枚岩です、内部は無葛藤です、そのように繕ってかえって軋轢を陰湿化することは、事業活動を悪化させるだけでなく、「キショイ」といって引かれる時代になったのである。
 
 だから、生協幹部党員と日本共産党中央とのこのねじれには、正しく光が当てられ、見直す時期が来るであろう。もっとも、なしくずしの和解が待っているだけのような気がするが。

 しかし、敢えて共産党幹部に警告したい。このサイトで主に話題にしている「労働者協同組合」幹部も、同様な屈折を持っていると聞く。しかしながら、彼らは路線上の行き違い云々を飛び越えて、犯罪行為に踏み入ったのであり、共産党が国忠君らの頭越しに彼らと「手打ち」するようなことがあったら、それは貴党の崩壊する時である、と。
集権と分権、優柔不断と果断
 誰でも、自分の利害がからんでいないことに対しては勝手なことを言えるものである。共産党だって、献金を受けていないゼネコンや大銀行を優遇する政治を批判することは、いくらだってやっている(また、それは正論である)。
 しかし、ほんとうに鼎の軽重が問われるのは、自党員も幹部として少なからず抱え、上納もあるようないわば身内業界に対しての発言であろう。原水協問題に示されるように、共産党すなわち宮本顕治氏が行った1980年代の「身内への介入」は誤爆が多かった。躊躇せず、果断な誤爆を行い、党員の政治生命・社会的生命を抹殺した例は他にも、党大会でビラ撒きをした東大院生党員・伊里一智氏への常軌を逸した集中攻撃や、そこから波及して、伊里氏の著作を出版した「日中出版」柳瀬社長への「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式な攻撃、などがある。

 ひるがえって、不破・志位両氏が率いる世紀末2000年の共産党は、国鉄労組に対する見解を発表するまでに異様に長期間かかり、また、自党都議会議員の交通違反もみ消しや元大幹部・市川正一氏を不倫容疑で除名したことを、それぞれマスコミにつつかれるまで党員に隠すなど、優柔不断さが目についた。また、いずみ生協の幹部党員による悪行に対して、共産党が99年、それなりにしっかりした見解を出したのは勇気ある職員勝利の仮処分決定が出るわずか4日前である。

 果断な誤爆から、優柔不断な沈黙へ。
 自己絶対的で硬骨なわからず屋から、意味深に笑っている「スマイリング・コミュニスト」へ。  政治のリアリズム押しつけから、事業のリアリズムとの結託へ。

 ---確かに共産党は様変わりした。その端境期にあって、この『生協運動---その原点と今日』は果断に正鵠を得た、希有な文書である。

 もっとも、私は一歩進んで、超凝縮型中央集権的エトスをもつ共産党が、分権的・自由分散的であるべき協同組合運動の行く手を指し示すなど、一つの皮肉な戯画でしかないと思うことも多い。しかし、このパンフレットは歴史的文書としてだけでなく、協同組合の蹉跌と再生を模索するうえでは、お蔵入りにしてしまってはあまりに惜しいのである。まだ残部はあると思う。

 諸兄よ、プレミアが付く前に買い求めておこう。
 

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