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教科書の22ページを開けて下さい。今度は「詩」の勉強です。
最初に出てくる詩は「高見順」という人の作品、「われは草なり」です。じゃ、一体どんな詩なのか、まず読んで。。。っていったって、意味わかんないよねえ。
わかんなくても仕方がないですね。この詩は、普通の言葉で書かれてないものね。
いま、私がしゃべっているような口調を口語といいます。それに対して「われは草なり」は、文語という形式で書かれています。おまけに七・五調。七音・五音の繰り返しです。
「文語」とは・・・って説明するのがちょっと難しい。まぁ、100年ほど前まで手紙とか改まった文章の世界では頻繁に使われていた形式・・・と思って下さい。
作者の高見さんはそんな昔の人ではありません。ただ少し改まった気持ちで、この詩を書きたかったんだと思います。だから、文語という格式張った形でこの詩を書いたんだと思うのね。
「われは草なり」は、口語に直すと、「私は草です」という意味です。「伸びんとす」っていうのは、おもしろいよね、なんか、メキシコのタコスみたいで、・・・こういう名前の人、南の方の国にはいるかもしれない。
ただ、この詩の場合は、勿論人の名前じゃありません。「伸びようとする」という意味です。最後の方に出てくる「生きんとす」は「生きようとしている」という意味です。 |
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しかし、なんでこんな百年も前の形を勉強しくチャいけないのかなあ・・・と、わたしもそう思います。
ただ、こういうものを知っておくと、おもいもかけず役にたつこともあります。いつ、どこで・・・とはいえないけど、いつかきっとね。
ここでは一字一句解説している時間がないので、大体の意味だけ言っておきますね。
「私は草のようなものだ。草である自分に満足している。草として生きることは、とても楽しい」。大体そういう内容です。
で、言葉の意味より、ここでは、日本語の言葉のリズムを楽しむようにしましょう。
じゃ、どういうふうに楽しむか。
この重々しい詩を使って少し遊びましょう。本当は「詩」はもっと自由なものです。「詩」ってさぁ、みんな、歌になっちゃうんだよ・・・って言ったらびっくりする? でも、みんなの好きな歌には歌詞があるでしょ。あれも使っている漢字は違うけど「詩」の一種なのね。だから、「どうも詩は気分が暗くなって、わかんなくて苦手だなぁ」と思っているとしたら、それは間違いです。歌にしたら、どんな詩も分かりやすく親しみやすく楽しくなります。
じゃ、どうやって歌にするか。それは勝手にメロディーをつけちゃいます。ちょっとやってみようか。
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・・・という感じ。(テープではここででたらめな歌を歌っています)。
ね、歌にすると、意味がわかんなくてもなんか楽しいじゃないですか。すべての「詩」は「歌」になる。そう思ったら、「詩」の別の楽しみ方が拡がるような気がします。
それでは教科書25ページを開きましょう。今月はもうひとつ文語調で歌われている「詩」が載っています。
これも同じ調子です。意味は分からなくてもいいので、なんかヘンとおもいながらでも、調子に気をつけて読んでください。
ああ、うみつばめ、うみつばめ・・・・。
詩は言葉のリズムです。意味よりオンの響きを楽しんでください。
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