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ある日、「わいうえを」の「を」の字がさめざめと泣きました。
「ああ、私はなんという寂しい生き方なんだろう」。
そこへやってきたのは「あいうえお」の「お」の字でした。
「おいおい、わいうえを『を』の字さん、どうしてそんなに悲しがっているのですか」
「ああ、あいうえおの『お』の字さん、あんたにはわたしの悲しみなどわからないだろう」と、またオイオイ泣きました。
「いいから訳を話してごらん」。やさしくあいうえおの「お」の字が言いました。
「わたしは『わいうえおを』の『を』の字なんです。
私はちゃんとした立派な『を』の字なのに、ほかの字のように一人前に扱われたことがないのです。いつも私の前には、ほかの言葉がくっついているのです。
これは寂しいことです。わたしが『わいうえを』の『を』の字である限り、私は誰かのお尻にひっついていなければならないのです。これが寂しくて、何が寂しいことがあるものですか。
私は立派な『を』の字として、みんなに認めてもらいたいのです」
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あいうえおの「お」の字は考えました。
「を」の字の気持ちも分かります。たしかに「わいうえを」の「を」の字は、いつも何かの言葉にひっついて使われ、『を』とだけ書かれることはないのです。
「ごはんを食べた」、「べんきょうをした」、「うたをうたった」・・・。わいうえをの「を」の字は、「を」の字だけとれば、意味がない文字なのでした。
「あいうえおの『お』の字さん、あなたは私と同じような発音なのに、大事な文字として扱われている。
おとうさんの『お』、おにごっこの『お』、おにぎりの『お』、文字として先頭に立つことが多いじゃないですか。それに比べて私はどうです。別に足が遅いわけでもないのに、いつもびりっけつです。」
わいおえをの「を」の字は、またさめざめと泣きました。
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あいうえおの「お」の字が言いました。
「『わいうえを』の『を』の字さん、考えてみれば、私はあなたがうらやましい。あなたほどの大切な文字はいない」
「からかうんですか、あなたは」
「からかっちゃいませんよ。私は心底あなたがうらやましい。
だって、そうじゃないですか。あなたがいてこそ、いろんな言葉をつなげることが出来るのです。あなたは言葉と言葉をつなぐ大事な接着剤です。あなたがいなければ、ほかのどんな言葉もつながりようがない。ただの言葉でしかない。
それに『わいうえを』の『を』の字さん、あなたはいつも前後を仲間に挟まれて過ごしている。ひとりぼっちじゃありません。あなたがいるところ、そこには言葉がある。なんて大切な役目をなさっているんでしょう。私は心底、あなたがうらやましい。
ただね、あまりにも大切で、いつもみんなに使われているものだから、つい、あなたの大切さを忘れてしまうことがある。
『わいうえを』の『を』の字さん、実はあなたはひとりぼっちじゃありません。あんたのように、言葉をつなぐ役割をしている文字は、まだほかにもあるんです」
「え、それは本当ですか?」
「本当です。どうでしょう、私が紹介状を書きますから、ちょっとその文字を訪ねてみたら」
「いやあ、それはいいことを聞きました。是非訪ねていきましょう」
こうして『わいうえを』の『を』の字は旅に出たのでした。
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「そうかあ、私は大切な役割を持っているのか。言葉をつなぐ接着剤か。こうなったらなんでもつなげてやる。『勉強をした』、『お弁当を食べた』、『会社を行った』、アレ、ちょっとへんだな。『河を泳いだ』、ウン、これは大丈夫だ。『河を出かけた』、あれ、またへんなことになったぞ」
ぶつぶつ独り言を言いながら、『わいうえを』の『を』は旅を続けました。
「『旅をする』、うん、これは私の役目だ。『旅を出る』、アレ、またへんだぞ。どうも、なにがなんでも『を』の字でつなげようというわけにはいかないようだなあ」
「そうとも、何でもつなげられると思ったら大間違いさ」
「を」の字に声をかける文字がありました。みると、それは『はひふへほ』の『へ』の字さんでした。口は『へ』の字に曲がり、みるからに『へそまがり』に見えます。
「これはこれは『はひふへほ』の『へ』の字さん、ごきげんよう」
「おっと、間違えたら困るよ。俺は『はひふへほ』の『へ』の字・・じゃあない」
「え、でもどうみても、その口の曲がりようといい、そのシンプルなお姿といい、どこからみても『はひふへほ』の『へ』の字さん」
「違うね。あんたの言っている『へ』の字は俺のことじゃない。そりゃあきっと俺の兄貴のことだ」
「え、兄貴のこと?」
「部屋の『へ』、変なやつの『へ』、へっぴりごしの『へ』、それは俺の兄貴のことさ」
「それじゃあいったい、あなたはどこの『へ』さんで」
「おれはな、姿形はどこから見ても『へ』だが、兄貴の『へ』とは違うんだ。言葉をつなぐ大事な役目をする大切な『へ』、『へ』と書いて『え』と読むのさ」
「言葉をつなぐ役目だって!、そりゃひょっとすると、『あいうえお』の『お』の字さんが私に紹介してくれるという・・・・・」
「そうそう、そういやあ自分の役目もわからない情けないやつが訪ねてくるから、ちょっと面倒を見てくれとか、『あいうえお』の『お』の字から電話があったっけ」
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「それです、それ。その情けないやつというのは私のことです」
「わいうえを」の「を」の字は感激して、『へ』の字の手を握りました。
「全くおまえは情けないやつだ。通りすがりに聞いて見りゃあ、なんだ、『旅をでる』だと?、そんな日本語があるもんか。それはこの『へ』の字様の出番だぜ。『旅へ出る』だ。おぼえとけ」
「ああ、それでわかりました。じゃあ、ひょっとして『会社を行った』というのも・・・」
「そうともさ、そいつも俺の役目だ。『会社へ行った』。『へ』の字と書いて『え』と読む。俺だけが出来る芸当だ。」 『へ』の字は胸を張りました。
「言葉をつなげる大切な役目はおまえだけの仕事じゃない。それに、いつも人様のお尻にくっついてるなんて、泣き言はいわねえ。俺はこの仕事に誇りを持ってるんだ。『部屋へはいる』、『駅へ迎えに行く』、『母へ手紙を出す』、『玄関へ出る』、みんな俺の仕事だ。兄貴の『へ』と一緒にしたら承知しねえぞ」
『わいうえを』の『を』は感激していました。「そうだ、仕事には誇りを持たなきゃいけない。わたしにかけていたのは、きっとそれなんだ」
『はひふへほ』の『へ』の字の弟で、『え』と読むこのへんなやつは、でも実は根は優しい男なのでした。
「いいことを教えてやろう。隣村にはおまえの会いたいと思っている人がいるはずだ。訪ねてみな。きっともうお節介の『お』の字が電話しているだろうがな」 |
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隣村に着くと、わいうえをの『を』はびっくりしました。村の入り口に「歓迎、わいうえをの『を』の字様」と幟が立っていたのでした。
「を」の字の姿を見つけると、一目散に駆け寄ってくる男がいました。男は『を』の字の手を取って言いました。
「お待ち申しておりました。あなたの仕事にはいつも感心しておりました。私はこの村の村長です。『はひふへほ』の『は』と申しますが、呼び名は『わ』と申します。『は』と書いて『わ』です。お間違いのないように」
その夜は、大歓迎の宴が開かれました。村長が『を』の字の接待役です。
「この村には、あなたの親戚がいっぱいおります。みな、言葉をつなぐ役目に誇りを持っている文字たちです。たとえば、あそこで『がー、がー』ラッパを吹いておりますのが、『が』に字でございます。『わたしが』『にわが』などの『が』ですな。
それにあちらで『にーにー』ハモニカを吹いておりますのが『に』の字でございます。『あちらにどうぞ、こちらにどうぞ』の『に』ですな。みな、私の遠縁に当たるもので、私は村長の『わ』でございます。『は』と書いて『わ』と申します」
宴は楽しい物でしたが、この村長の口癖には『を』の字も困りました。なにかというと、「わたしは村長です、『は』と書いて『わ』と申します」と繰り返します。
でも『を』の字にも思い当たることなのでした。言葉をつなぐ役割を持つ文字は、いつもその役割を口にしていないと、どこかの誰かが使いかたを間違うのではないかと、それを恐れているからなのでした。
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