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Haruni Masugoh's
通勤バスのなかで


ここシアトルでは、車がない人たちの交通手段はもっぱらバスである。ダウンタウンの地下では、地下鉄ではなく地下バス(しかも無料)が走っているくらいバスは市民の生活に密着している。シアトル在住2年8ヶ月の私も学生時代から社会人の今も変わらず週6日はバスを利用している。こうも頻繁に乗り続けていると、自分の生活の一部として愛着が湧くのを通り越して、最近ではバスの中で無心になる。バスの中での大声を張り上げてのけんかやアジア人女性をターゲットに目をぎらぎらさせた男性たちの視線なんて日常茶飯事なんだけど、バスの中でメディテーション(管理人注:Meditation=瞑想・熟考)が出来てしまうほど落ち着いている。慣れとはこわいものだ。シアトルに来たばかりの頃、様々な人種が交じり合っているバスの中の光景に戸惑っていたのが懐かしい。

ところで、日本では電車やバスの中でお化粧をしている人たちはどのくらいいるのだろうか?私はシアトルで2年半以上バスに乗り続けていながら一度も見たことがなかった。そして化粧をしている姿を人に見られることに抵抗があったので私自身もしたことがなかった。つい最近までは。
ある日、朝の通勤ラッシュ時の最中で、やっと空席を見つけて座ったら、隣にいた目鼻立ちがはっきりしたメキシコ系の彼女が左手に手鏡を持ち、右指と甲を小刻みに動かしながらせっせと内職をしていた。窓から差し込んでくる光が彼女の持っている手鏡を反射してバスの中に細く長い光を作り、手鏡が動くたびにその光が車内を踊る。そんなことなんて一切気に留めずに、眉毛ブロー、アイライナー、マスカラ、そしてファンデーションで絶え間なく“顔”を仕上げてゆく。そんな過敏な動きをしているのに、他の乗客は全然気にしていないようだ。

そんな勇ましい彼女を見て勇気が出た私は、その翌日からすっぴんでいつもより一本早い時間のバスに飛び乗り、車内でせっせと化粧にはげむようになった。車内で偶然彼女とまた隣り合わせになり、並んでせっせと化粧をした日もあった。その翌日も同じ時間のバスに乗り、空席を探して前のドアから後ろのほうに歩いていたら、後ろの座席でせっせと化粧をしている彼女の姿を発見した。思わず自分の顔がにやけていくのがわかった。ほぼ同じ瞬間に彼女も化粧の手を一旦止め、私に気付いた。黒目が大きいそのまるく潤んだ目で私のほうを見つめながら、にやりとペコちゃんの口で笑った。1秒間にやけあっていた。

こちらでは、相棒のことを愛称で「バディ」とよぶが、「バスの中の化粧つながりのバディ」と彼女のことを私の中だけで勝手に呼んでいる。


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