|
僕は、幸い1年半に及ぶ滞在中一度も事件の当事者になることもなく、病気も怪我もせず過ごすことができましたが、僕が目にした大小事件を書いてみます。
一番怖かった事件は、3回目のクラスが終わった時に起こりました。
学期末の慌ただしい雰囲気の中、僕はSounth Annex=南別館で学期末のテスト結果を先生からもらい、次の学期の手続きのためにクラス時間と先生を調べていました。僕は先生はどうでもよくて、朝一番から始まり、昼過ぎには終わるスケジュールを選び、書類を提出しようとロビーからカウンターに入ったその瞬間、上の階からドタドタいう足音が聞こえ、奥からスタッフのMがすごい勢いで僕の腕をつかんでGo out! go, go, go!と叫んで僕をロビーから外に出しました。僕と一緒に外に出た学生と「なんだろ?」と言ってると、カレッジの警備員2名が本館から到着。1〜2分するとパトカー3台も到着、にわかに「重犯罪」という雰囲気になってきました。
警察官が建物前にたむろする僕たちを20mほど排除しパトカー2台を建物前に駐車、そして警備員が建物から飛び出すと同時に、何か叫びながら一人の男が何か叫びながら飛び出してきました。遠目でよく見えませんでしたが、左手にカバン、右手にナイフ…。三方から警官がペッパー・スプレー(唐辛子を主成分にした目つぶしスプレー)を浴びせながらパトカー2台の間に男を追い込んでいくと同時にパトカー2台がそろそろ接近、男がパトカーの間に入り込んだ瞬間、パトカーが男を「ゴン」と挟んで、警官が警棒でナイフをたたき落とし、手錠かけてジ・エンド。
男は台湾からの学生で授業態度が悪く、酒飲んで出席したり連絡もなく休んだり遅刻も多かったとのこと。そのくせ先生から落第を告げられると逆上し持っていたナイフで先生を脅したために、先生が一瞬のすきをついて男を廊下に出し教室に籠城。異変を察知した他のスタッフが警察を呼んだのでした。男は、この日カバンに大量の酒と巨大なナイフを二本忍ばせて登校したようですが、何考えてたんだか…。結局、逮捕・裁判の後、国外退去処分になったそうです。名前も顔も知っていたやつなので、「なんでまた…」という気持ちでしたね。また、Mが僕を外に出してくれなかったら危ないところでした。
コワい思いはしょっちゅうでした。暖かいうちは自転車で学校まで30分ほどかけて通っていましたが、メインの通りは高低が大きく車の往来も多かったので、僕は裏道を選びました。途中、Jackson Communityという住宅街を通るのですが、ここは低所得者向けに開発された所で、結果的に有色人種やアブない人々が集まる場所です。僕は彼らに何の偏見も持ちませんが、子供は「あ、日本人だぁー!」(笑)と言って追ってくることが多かったですね。僕の名前は「日本人」じゃないんですけどね(笑)。そういうこともあったし、季節が冬になると寒いし毎日絶えず雨降ってるので、バスに切り替えました。
夜のバスは怖かった。バス車中はまだいいんですが、バス降りて家まで行くのが怖かったですね。日本と違って暗くなるとほとんど歩いてる人がいなくなりますし、「人がいなくて安心」じゃなくて、「人の姿がないのは、どこかに潜んでると思え」というのが外国の、特にアメリカの中都市の掟ではないかと思います。僕は出来る限り夜のバスに乗らないようにしていましたし、やむなく遅くなった場合は走るようにバス停から家に帰りました。
バス停は、日本のように看板だけのものと、前面が開いたガラス張りの小屋状のものがありました。僕が毎週買い物に行っていたスーパーの前のバス停は後者で、たまにホームレスがたむろしてました。シアトルのホームレスはパワフルですから、「金くれ、煙草くれ、食い物くれ」とズンズン迫ってきます。僕はごくまれに煙草や食べかけの菓子をあげたり、ポケットの小銭をあげたりしてましたが、その日は友達が来るというのでビールを買ってバス停に戻りました。静かで寒い日曜の昼のことです。
バス停前には6〜7人の人がバス停を背にして立っていて、「なんでバス停の中に入らないんだろ?」と思いながら中を見ると巨大なホームレス、しかもネィティブ(いわゆるイ○ディアン)がいて、正確な訳文を書くのもはばかられるほど汚い言葉で何か叫んでいます。その頃僕は良い言葉と汚い言葉を聞き分けられるようになっていましたから、彼が何言ってるかもわかっていました。そして、彼は僕の姿に気づくと、「おい、日本人手に何持ってるんだ、酒もってるんだろ、俺にくれ」と言ったので、僕は何も聞こえないふりして歩き出したところ、その巨大なホームレスはヨロヨロ僕を追いかけてきたのです!
そこは健康で元気な僕でしたから、あっというまにそいつを振り切って逃げましたが、危なかった。妙な雰囲気のバス停の中を覗くような真似するもんじゃないってことです。また、ネィティブは基本的にいいやつが多いのですが、中には酒に酔うとどうしようもない人が多いのも事実ですから、酔ってるネィティブにはご注意を。
日本に帰ってきたら、この国も相当危ないことになってましたが、シアトルに比べれば屁のようなものです。しかし、たった1年半で身に付いた危機管理術というのですか、それは相当なもので、後ろから走ってくる人がいたら振り返って確認し、信号待ちの交差点では車道に出過ぎないようにしたり、人気のない夜道では舗道の真ん中を歩くようにしたり。僕はかなり妙な人物のようですが、そうでもしないとシアトル並に危ないこの国では無事でいられないと思っています。 |