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ご近所の名所

僕の住んでいた家は、レーニエ・アヴェニューとマサチューセッツ通りのそば、といえば現地に詳しい方にはわかりやすいと思います。とても静かな丘の上で、通りの向かいにはレンガ作りの廃校と広い芝のグランドが広がっていました。家の裏手にはドッグ・ラン(犬のための公園)があり、その向こうに28thアヴェニュー、その向こうには巨大なワシントン湖がありました。
家を出て、遊歩道を5分ほど歩くと28thアヴェニュー、そこを渡ると長さ400mほどのトンネルがあります。壁には壁画…といっても小中学生が「僕たちの未来」とか「地球環境を守ろう」というメッセージを込めた絵…を描いてます。ここはサイクリングコースの一部でもありますから、突如「シャーッ」と自転車が通り過ぎたりします。
そして、トンネルを抜けると、そこは雪国…じゃなくて、青々とした水をたたえたワシントン湖が眼前に広がります。
キツいスロープを登ると一応素っ気なく展望台になってますが、ただ柵があるだけですけどね(笑)。そこから見える風景は素晴らしく、遠く対岸のベルヴューの街が見え、右手には世にも不思議な「浮き橋」が見えます。
様々な理由から、ワシントン湖を渡る橋を高架橋にせず、水面に浮かぶ橋が建設されたのは1960年代後半です。北にEvergreen Point Bridge、南にMercer Island Bridgeがあって、僕の家から近かったのは南の橋です。
「本当に浮かんでるの?」と思うのでしょうが、浮かんでます。歩道がありますから歩いてみるとフワフワ(歩いた振動で揺れるほどヤワじゃないですけど)してますし、MTBで対岸のマーサー・アイランドまで行ったことがありますが、橋の南側は静かな湖面なのに北側は白波立って大荒れなんてこともあります。水面に橋が浮かんで密着してるからですね。いや、本当に浮かんでるんですよ。

正確には「近所」じゃありませんが、自転車で30分ほどのキャピタル・ヒルにはブルース・リーのお墓があります。美しい芝生の公園になっていて、我が国のように陰々滅々した雰囲気はありません。入口からずっと奥まで車で行くことができ、シアトルを愛したブルース・リーと若くして不慮の死を遂げた息子ブランドン・リーのお墓がワシントン湖を望む高台に並んでいます。ごくまれに静かな墓前にお線香の煙がたなびきますが、仏式でいいのかキリスト教式で拝めばいいのか、迷うところです。
同じく、キャピタル・ヒルの南側入口あたりに、ギターもってのけぞっているジミ・ヘンドリクスの銅像があります。誰も注意を払わないのは、足元に数々のダンス・ステップを記したフット・プリントがあるからかもしれません。ジミの住んでいた外壁真っ赤の、通称「レッドハウス」はシアトル郊外にあるようですが、僕の周囲に行ったことのある人はいません。

観光名所ではありませんが、僕の家の裏手を走る28thアヴェニューのさらに上の30thアヴェニューを南下すると、マウント・ベーカーという街に至ります。ここは「シアトルの田園調布」と僕が勝手に呼んでいたように、瀟洒なお屋敷が並ぶ一画です。僕の住んだ街もその昔はけっこう高級住宅街だったようですし、学校のあるキャピタル・ヒルも昔は高級住宅街でした。マウント・ベーカーはとても美しいデザインの家が建ち並んでいますが、夜はシーンとしていてちょっと怖いですね。

一番の名所は、僕の家の前にある廃校ですね。レンガ作りの美しいクラシカルなデザインで、夕暮れの中にスクッと立つ姿は畏怖心さえ覚えるほどでしたね。崩壊の危険があるとかで立ち入りそのものが禁止されていましたが、予算さえ付けば保存工事が始まるといいつつ、僕のいた1年半は何もしてなかったですね。なんでもすぐに壊しちゃうどこかの国とは違いました。

自転車に乗って西に走ると、レーニエ・アヴェニューがあります。それを越えて急坂をあえぎつつ上りきると、そこはビーコン・ヒルの街です。前評判では「怖い」ということからずっと行くのを避けていたのですが、ルームメイトのRに誘われてゴスペル聴きにビーコン・ヒルにある教会へ行ったのです。Rもアフリカン・アメリカン(黒人)でしたし、その教会に集まった人々も有色人種ばかりでした。ゴスペルという音楽は「黒人霊歌」あるいは、「米国南部発祥の黒人宗教音楽」と訳せばいいのでしょうね。とてもパワフルで素晴らしいものでした。なんだかわからないけどその音楽に身を浸しているだけで涙が流れて仕方がありませんでした。
たしかにその街の治安はあまり良くありませんでしたが、一度受け入れて貰えると暖かい雰囲気がありました。
日本に帰ることを決めて、学校も辞めて、I-20という書式なしで滞在できるギリギリまでシアトルの街で過ごしましたが、ちょうどその頃セイフィコ・フィールドが完成し、キングドームが壊されると聞きました。どうしても両方が存在する間に写真を撮りたくて撮影場所を探していると、近所の友達(アメリカ人)が「ビーコン・ヒルから撮れると思うわよ」と教えてくれました。
帰国前々日の朝、カメラ持って歩いてビーコン・ヒルに向かいました。偶然、教会で隣り合った男性と会い、「お前何してるんだ?」と言われたので、二つの球場の写真を撮りに来たと告げると、絶好のポジションにある個人宅に話をつけてくれて、そこの庭から撮影できるようにしてくれました。
写真…撮りましたが、一年半雨に打たれ続けたレンズが悲鳴を上げて、シャッター機構にもエラーが出て、まともに撮れたのは1枚だけでした。その一枚はほんの少しブレていて、発表できるクォリティはありません。

僕の思い出す「名所」は以上ですが、人の数だけ「名所」はあると思います。単なる観光名所じゃなく、思い出の中の「名所」は。



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