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僕がシアトルのシェアハウスで暮らし始めて一年。女性ルームメイトの一人が、近所の狭いけど安いアパートメントが空いたのでそちらに越し、新たに女子学生が越してきました。前夜、大家が「彼女、動物好きのダンス科の学生なんだって」と教えてくれたのですが、僕は夜食のたぬきうどん作りに熱中していて軽く聞き流してました。僕が夜食を作ってるとなぜかやって来るルームメイトPattyの友達Sarah(♀)に「はいよっ」と出し、「Patty帰ってこないねぇ…」などと言いながらズルズルうどんすすってました。Sarahがうどん食べながら「動物の○▲※…」と言ったのですが、「○▲※」が聞き取れなかったので、「○▲※ってなぁに?」と聞いたら「□※△>☆!なのよ」と余計わからない単語を出したので、美しいSarahの横顔を盗み見ながら黙ってうどんを食べ続けました。
次の日、僕が学校から帰ると新しいルームメイトがいました。自己紹介しあって、基本的なタブーの確認。これは、調理器具を共用できないのでヴェジタリアンであるか否か、等々。「何か○▲※あるの?」と聞かれたので、「○▲※ってなぁに?」と聞くと、辞書を持ってきて「これよ」と言うのでよーく綴りを見てみると、『アレルギー』でした。
僕は子供の頃、ホコリ・花粉・生卵・魚・猫アレルギーでした。いずれも吸ったり触れたり摂ったりすると鼻ダラダラの全身ジンマシンでひどいことになったものですが、大人になるにつれほとんど治りました。心配なのは、体がひどく疲れている時は何かの拍子にどっと発作が起こることで、ちょうどこの時期は学期の終わりとプライベートなゴタゴタが重なり心身共に疲れてました。
彼女に「特別ないけど」と答えると、ちょうどその時階下(女性の居住区)から「ニャーオ」と猫の鳴き声が聞こえました。彼女が「おいでー」と言うと二匹の猫がのっそり階段を上がってきてキッチンへ。一匹はトラ、もう一匹は黒でした。黒の方は飼い主の彼女以外の人間を一切認めず、5m以内に僕が入るとすっ飛んで逃げました。以後僕の帰国まで半年間、触ったことはおろか5m以内に接近できたこともなし。一方、トラの方は恐る恐る、という感じで僕に接近し、差し出した僕の手の匂いを嗅ぎ、ナーオとご挨拶。僕は正直に彼女に「僕、猫アレルギーだけど、この子ならOKかもしれない」と言いました。彼女は「この子もあなたはOKみたい。普通、嫌いな人だと黒ちゃんみたいにすっ飛んで逃げるから」と言います。猫には好かれる僕ですが、アレルギーの発症が心配でしばらく様子を見ることにしました。トラ毛の名前はSuki。「日本語の『好き』と同じサウンドだよ」と言うと、彼女は「本当に?」と驚いていました。
しばらくは、Sukiは僕や他のルームメイトの姿を認めるとナーオと挨拶するものの、遠巻きにして眺めるだけで、なれなれしい素振りを見せませんでした。そもそも上階のキッチンに上がってくることも少なく、階下の彼女の部屋で過ごすことがほとんどでした。ところが季節は秋から冬に移る頃、階下は極端に日当たりが悪く、Sukiは日だまりを求めてリビングをウロウロするようになりました。まず最初に彼女の定位置になったのは、玄関脇のBrentしか使わないソファ。Brentがソファに座ると「来たのか」という顔してのっそりSukiが退散、Brentが部屋から出てソファにSukiがいるのを見ると遠慮して部屋に戻ってましたが、そのうちSukiがソファを一日占領するようになりました。
そのうち、僕が学校から帰ってリビングのテーブルでコーヒー飲みながら宿題や予習してると足元の日だまりでゴロゴロいってます。僕がキッチンで食事の準備を始めるとトコトコ階下へ。
冬休みが始まり、僕がリビングで過ごす時間が長くなると、一日Sukiと過ごすことが多くなりました。と、いっても足元に来る彼女を軽く撫でたり遊具(棒の先にフワフワがついたモノ)にじゃれる彼女と遊ぶだけでしたが。僕がテーブルで書き物したり食事をしている間は、Sukiは隣の椅子の座面に鎮座してました。
不思議なことに、僕のアレルギーの発作は一度も起こらず、Sukiに触っても大丈夫なようでした。ただし、抜けた毛を吸い込むとひどい喘息になる可能性もあるので、僕の部屋に入ろうとしたら「ダメッ!」と言い、人が食事をしている時もテーブルに上がることを禁止しました。猫は言うことを聞かない、といいますが、Sukiは一度言えばわかるようで、人差し指を立てて「ノウ!」と言えば以後一度も同じ事をしませんでした。
他のルームメイトに「Sukiいいよな」と言うと「?」という顔をされたので話を聞くと、他のルームメイトにはさほど興味を示さず、呼んでもフイっといなくなることがほとんどのようでした。僕が呼ぶとタターっと駆けてきてしゃがんだ僕の足に尻尾をすりつけ、僕がダイニングテーブルに座ると「そっち行っていい?」という顔で僕を見上げるので、太股を指さすとのっそり乗ってきます。Sukiの重さを感じながら本読んだりコーヒー飲むのは至福の喜びでした。
ある日、僕が日だまりのソファに寝ころんで本読んでると、Sukiがやってきて「そこ行っていい?」のご挨拶。OKすると僕のお腹の上に乗ってきました。そこに飼い主がやってきてHi!と言い、僕の腹の上にいるSukiを発見して、ひと言、「Suki、あなたは○○(僕の本名)の子になっちゃったのねぇ…」と、しみじみ言いました。
この頃になると、僕が出かけようとすると玄関ドアの前に先回りして「行くの?」という顔をするし、僕が階下の洗濯室に行くと駆け下りてきて一部始終をじっと見ているし、玄関前で煙草吸ってると「出してよー!」と室内で大騒ぎしてるし、完全に飼い主を忘れてしまったようでした。エサも僕があげてましたし、寝る時以外はほとんどの時間を一緒に過ごしていたことと、よほど僕たちは相性が良かったのでしょうね。勉強していると、邪魔しにきました。僕が広げた教科書やノートの上に寝そべってあくびをしているSukiは可愛かったなぁ…。ノートをどかしてもそのまま寝ていることもありました。リビングのテーブルの僕の部屋の前の角、そこが彼女の第二の定位置になりました。
僕の帰国が決まり、各種手続きやパーティなどで出かけることが多くなり、僕がいなくなるのがわかったようにSukiはそれまで以上に僕に密着するようになりました。
別項の「シアトル通信」を書いてくれているHARUNI(♀)が僕の家に来た時、Sukiは少し不機嫌なようでした。僕は部屋でHARUNIと話をしながら膝の上にSukiを乗せていましたが居心地が悪いようで、リビングの方へ行ってしまいました。
HARUNIを送って家に戻り、リビングで過去のルームメイトに手紙を書いていると、Sukiが音もなくテーブルに上がり、手紙を書く僕の手元に近づき、いきなり僕の手を噛んで逃げていきました。「嫉妬」なんでしょうね。
日本に送る荷物を入れるダンボールをもらい、リビングに置いておいたらSukiが入り込んで、どうやっても出ないこともありました。彼女なりに邪魔してたんでしょうね。
帰国前日、Sukiはずっと僕につきまとって、片時も僕から離れようとしませんでした。僕が最後の夜を満喫するため出かけようとするとSukiは玄関ドアの前から動かず、僕がドアをあけて足を踏み出そうとすると僕の足をガシッと両前足でつかんで離しません。僕はそっと跪いて、「Suki、僕は約束があって、次のバスに乗らないと友達を待たせることになる、君ともっと遊びたいけど無理なんだ」とささやきました。Sukiはひと声鳴いてしぶしぶといった感じでキッチンの奥へ行きました。
ジャズのライブを見て家に帰ると、Sukiの姿はリビングにありませんでした。部屋に入ろうとして、ふと下を見るとドアの下部に無数のひっかき傷がありました。
帰国当日、予約済みのタクシーを待っている間、リビングに集まったルームメイトたちと握手したりハグしあって、階下に向かって「Suki!」と呼んでも彼女は上がってきませんでした。階下に降りて見てみると、どこに隠れているのか彼女はどこにもいませんでした。
帰国して1週間。電子メールを見ると飼い主の彼女からメールが入ってました。
意訳すると、「Sukiがずっとあなたの部屋の前にいる。早く戻ってきてよね」という胸を締め付けられるような内容でした。

彼女の定位置で眠るSuki
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