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Haruni Masugoh's
通勤の電車の中で

 ついに帰ってきた。わが祖国、日本。日本にいたときは、愛国心なんてピンとこなかったけれど、異国の地で暮らす期間が長ければ長くなるほど、日本人であることの意識が逆に強くなるもの。就労ビザが切れたのをきっかけに、ここいらへんでそろそろ日本に戻ろうかと思い、4年以上いたアメリカを潔く去った。So long, America!

 しかし、アメリカと日本お国は違えども、乗り物に乗っている間に感じることは、やっぱり変わらない。
 帰国に際しての大きな心配事の一つに、満員電車に乗る恐怖があった。アメリカの広い土地でのびのびと4年間以上も過ごすと、人人人の人ごみは想像するだけでも息苦しくなる。
 でも、「郷に入りては郷に従え」。都会で生活していくには、すし詰め状態の満員電車にも慣れるしかない。だから、せめて自分にとってその負担が少なくなる方法を考えた。
 私はいつもホームに降り立つと、早歩きでホームの先端部分を目指す。なぜって、そこが電車に乗る醍醐味を一番味わえるところだから。電車の先頭。車掌さんと同じ視線で先の景色が見える。朝の光の差込み具合もちょうどいい。満員電車の中にいる息苦しさを少しでも紛らわそうと、いつも一番前の車両の先端に乗り込む。その日は、乗り込むとすでに先客がいた。30代半ばの一人の男性が手すりをぎゅっと持ち、一定方向に熱い視線を注いでいた。私は負けじと隣に立った。しかし、同じ向きに立っていても見ている矛先は明らかに違うのを一瞬にして感じた。
 電車マニアだ。

 私は、いつもどおり先頭車両からみえる、長く続く線路や、通り過ぎるホームにいる人たち、朝の光が柵から差し込んでいる歩道橋にシルエット状に見える通行人などの「その先の風景」を眺めていた。そのマニアくんの視線は明らかに私より近距離にあった。興味本位でちらっと横を見てみると、視線の先は、電車の中。その熱い視線は、運転している車掌さんに釘付けだった。
 「そんなにアツク見つめないで。私は、通勤電車に乗っている50人以上の命を預かっているんだから。あなたの興味のお相手をしている余裕はないの」(車掌)
 「いいのさ。君がなんと思おうとも。好きになるのは自由のはずさ。君の邪魔はしないよ。僕たちの間には、どうしても超えられないカベがあるからね。それは、運転室と車両をさえぎるカベ。でも、いいのさ。ぼくは、こうしてこの窓から眺めていられるだけで幸せなんだよ。」(マニアくん)
 無視、無心、無関心(車掌)
 なんて自分の中で勝手にシナリオを作ってしまった。

 そして、別の朝、私はいつものように先頭車両の一番前に乗り込んだ。そして、電車が進む方向と同じ体制にスタンバイし、いつものように窓から、運転室を越えて、前の景色を眺めていた。
 電車が発車し次の駅に着くと、いきなり運転手が振り向き、無造作に、勢いよく窓のカーテンを閉めた。もしかして、私の視線が邪魔だった!?
「でも、ちがうの。私はあなたを見つめていたんじゃなくて、ただ景色がみたいだけなのに。」(ハルニ)
「ごちゃごちゃ言うな。もう熱い視線にはうんざりだ。」(車掌)
「あー、この狭い車両の中にすしずめになっている人々を見るのは、うんざり。息ができなくなりそう。朝の光がほしいーっ。」
 と電車に乗ると、窓を眺める癖がついてしまった私には、マニアと誤解されたことよりも、満員電車の中で、外の景色が見られないことのほうがつらかった。

 この特等場所は私のものよ。マニアくんにも、運転手さんにも、負けないわっ。

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