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5 月30日(日) 昨日、仕事中にある建物を探している最中ふと前方を見ると、短いスカートの若い女性が歩道のパイプイスに看板を持って車道の方に向いて座っていた。通り過ぎながら看板を見ると新築マンションの宣伝で、彼女は少し哀しいようなふてくされたような横顔をして西日を全身に浴びていた。彼女の太ももにひかれて背後の販売センターに入ってゆく男・マサオ(仮名29才既婚、妻ミチコ)を狙うマンション販売業者のあざとい戦略かな?というのが推測1。販売センター職員・吉野加奈子(仮名24才独身)は朝寝坊をし制服に着替える間もなく、所長の浅野忠正(仮名47才、バツ1)に「お前、遅刻の罰に、朝から晩まで看板持ってセンター前に座ってろ!」と言われた、が推測2。たまにガソリンスタンド前や中古車販売店前でチェッカーフラッグ振ってる人がいるが、あれに何の意味があるか僕にはわからず、体罰としか思えない。今回の看板持ちの女性の場合、若い女性の足にひかれてマンション買う人はいないと思うし、遅刻の罰なら給料減らせばいい話だし(どっちも推測だけど)、そもそも看板は台座に据えておけばそれでいいんじゃないかなぁ…と思うな。「賃貸アパート借りると藤原紀香がついてくる」、っていうCMがあるけど、藤原紀香はいらないから、黒木瞳がついてくる分譲マンションはないだろうか(笑)。
5 月28日(金) 雑誌などの読者アンケートというものが好きで、比較的几帳面に答えるようにしている。運が良ければ何らかの賞品が当たるが、過去にジッポーのライター・腕時計・カメラストラップ・キッチンタイマー・スキレット(鋳物のフライパン)・トートバッグ・Tシャツ多数等々を当てたことがある。はるか昔に隔月刊のヨット雑誌が創刊されて、僕は創刊号でジッポーのライターをいただき、2号でディンギー(僕は先輩と共同で小さなヨット=ディンギーを持っていた)のパーツをいただいたと同時に、編集部から「取材させてもらえませんか?」と電話までいただいて親しくなった。読者プレゼントとは別にステッカーや小物は応募しなくてもいただけるようになり、6号が出たちょうど同じ頃に僕の仕事が忙しくなって僕はヨット遊びをやめたけれど、雑誌も休刊になって少し哀しかった…。それなりに愛読している雑誌が多いから、毎月毎月アンケートに答えてると、「あれ、この人毎月見るな」と思ってもらえるのだろう。先日は菜園雑誌のアンケートに答えて手ぬぐいをいただき、通販のアンケートに答えてすっかり忘れていたら、なんとも可愛い星形のキッチンタイマーが送られてきた。とても恥ずかしいが、とても重宝している(笑)。みなさんアンケート好き?
5 月26日(水) 再び鎌倉へ。山の中を走り回って、旧皇族の家を探し当て、パチリと一枚。庭
は開放されているが、年に数回建物内も見学できる。鎌倉市の庭師さんたちが植栽の手入れ
をしていて、話かけると気軽に答えてくれた。若い人もいたので、造園業の方々と思ったら市役
所の職員らしかった。建物はかなり古くて、皇族とはいえ住まいは質素だったのだな、と思っ
た。周囲は人家も少なく昼でも静かな環境で、きれいな川がさらさら流れていた。いちおう観光
ルートには入っているらしいが、訪れる人も少なくボーッするには良い場所でしたよ。 |
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5 月25日(火) かねてからずっと欲しかった「WATARIDORI」という映画のDVDをついに購入。「どうやってこの映像を記録したの?」と思うような絵柄の連続で、素直にスゴいなぁ…と感嘆しきりの二時間だった。カメラにぶつかりそうな所を鳥がガァガァ飛んでるんだから、鳥嫌いの人はまさに鳥肌モンだろうけど(笑)。特典DVDで撮影裏話を見てさらに感嘆。僕はドキュメンタリー映画が好きで、特に自然科学モノや「ビルが建つまで」とか「炭坑の閉山まで」とかいうのも好きだが、今はそういう記録映画というの当然どこにも売っておらず、映画館でもやっていない。続いてラスト・サムライも見たが、滅び行くサムライ魂に憑かれてしまった男たちの美しいこと。このような美しい心根が現代の日本に残っていないのが返す返すも残念で、やせ我慢でも「男は美しくオノレの信念のままに」という一点が見事に描かれてて、なんだか悔しいようなうれしいような。少々アメリカナイズされた友人の「これ、なに時代の話?」という質問に、「明治初期で、モチーフは西郷の乱だろうな」と答えると、「その頃武士とアメ人が日本にいたの?」と返されて、ズッコケてしまった(笑)。そのへん(歴史も日本人の精神というものも)は、司馬遼太郎の「飛ぶが如く」に詳しいので、興味がある方はぜひ一読を。
5 月23日(日) 以前も書いたが、この日記のことを。以前は毎日更新で、毎日パソコンの前でウンウン言っていたが、書きたい時に書くスタイルに切り替えても中2日(今月は特別がんばって2日連続や一日おきが数回、今日も2日連続だ)で几帳面に書き続けてきた。最近は思い出したことやその日に考えたことを書くから、日記というよりショートエッセイに近い。毎日何か面白いことを見聞きするわけでもないが、生きている以上毎日何か出来事があるはずで、試みにノートに「本当の意味の日記」をつけてみたら、「5月○日、ギンザ、仕事、眠い」とか「5月○日、ギンザ、雨、寒い」という、家と会社の往復だけでエポックになる出来事がまるでない毎日だった。ツマラナイ人生ダナ。友人と会えばそれなりに面白い話もするが、このHPにおいでいただく方にはなんだかわからないバカ話ばかりだから、とても日記には書けないし、毎日ディスプレイの前で「アハハハ」と笑わせてくれる方の日記を読むと、そういう個人的出来事も普遍的笑い話にできて、心底スゴいなぁ…と思う。で、今日書きたいことは、今では数少ない毎日更新の最後の砦mamikさんにはがんばっていただきたい、ということで(笑)。
5 月22日(土) 僕はいつも通勤電車で優先席の前に立って本を読んでいる。そこはボックス席で、わずか4席が2つ向かい合っていて、僕の前の席には優先されない若い女性が3人と老女が一人座っていた。立っている僕の右隣に紅毛碧眼の青年が英字新聞を読んでいて、走り出してすぐにガラスに書いてある文字が気になったようで、突然目の前の老女に「スイマセン、アレ何ト書イテアルノデスカ?」と聞いた。老女は素直に「優先席付近では携帯電話の電源をお切りください、って書いてあるの。意味はわかりますか?」と大きな声でハッキリ言った。その途端、若い女性3人は今までカチカチいじっていた携帯電話をサッとカバンにしまったので、僕は「ウフッ」と笑ってしまった。老女に向かって再度青年は「優先席ッテ何デスカ?」と聞き、老女が「体が不自由な人が座る席なの」と明るく答えたら、若い女性2人は即座にタヌキ寝入りをし、1人は腰を浮かせていた(笑)。青年も老女もイヤミでも何でもなく素直に受け答えしていたが、それに反応するマヌケな若い女性3人の対応がおかしくて、会社に着いてすぐに同僚Gに話してしまった。優先席は「優先されるべき人」が座る席で、優先されない人は携帯電話の電源を切ってさっさと立ち去りましょう(笑)。
5 月20日(木) 「鎌倉にある切り通し」っていうのはこれ。昨日の日記が唐突だっ
たので写真を掲載しておくが、なんでもない住宅街を抜けると、突如「山」っていう雰
囲気になり、すぐ手前で車は通行止めになり、砂利道を上るとこのような壮観な眺め
となる。切り通しを過ぎるとすぐに新しい住宅を建てていた。そこに住む人々はこの
巨大な穴ぼこを毎日眺めて何を思うのだろうか。1週間もすると何も思わなくなるの
だろうな。鎌倉駅からはバスで途中まで行き、その後徒歩になるが、暑くなる前に
行ってみてください。
※この切り通しの山の向こうには、旧皇族の屋敷跡があって、そちらも美しいもので
す。 |
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5 月19日(水) 鎌倉によくある「切り通し」は、どうやって人力で大きな穴ぼこを開けたり岩山を崩して道を通したのか不思議に思うものがあり、車が一台なんとか通れる大きさなのだが、きっと大勢の人々が小さな手道具でコツコツ長い時間をかけて開けたのだろう。熊本城をはじめいくつかの城に行って思うのは、「この巨大な石垣をどうやって切り出して運んで積み上げたのかな?」ということで、そこは昔の人が知恵を絞って大人数の力を合わせて成し遂げたことらしい。海外に目を向ければ、エジプトのピラミッドやギリシャの神殿、インカの遺跡都市「マチュピチュ」など、現在の重機をもってしても建設にはかなりの困難を伴いそうな巨大な建造物がある。マチュピチュなどは、信じられない高地の山ひだに点々と石積みの構造物が城塞都市を構成している。もっと大きなものはナスカの地上絵で、死ぬまでに一度は空から眺めてみたい。飛行機嫌いだけど。こういうスケールの大きな構造物は、時の権力者が自分の権威を後世に残すものとして作るんだろうが、さて、現代の我が国の建築物が100年たった時(100年後に残れば、だけど)後世の人々はなんと思うだろうか。オモチャ?なんて言われちゃうんだろうな。
5 月16日(日) 僕が子供の頃、東京とはいえども近所の農家のおばあさんが「こんちわー小松菜いかがですかー?」と直接売りに来ていた。今でいう産直だ。産直といえば、千葉から「柏のおばさん」と呼ばれる、巨大な背負子を背負った女性が定期的に僕の家にやってくることもあって、僕は近所に「おばさん来たよー」と触れ回っていた。落花生や加工食品は美味しいうえに安かったので、おおむね十数軒の奥さん方が我が家の玄関先に広げた商品を物色して、およそ30分ほどで売り切れることもしばしばだった。客集めに協力した僕には「坊やピーナツ味噌好きだろ?これはあげるからね」と母が買ったものと別におまけをくれたりした。僕の街には豆腐屋さんも魚屋さんも八百屋さんも振り売りに来て、魚屋さんに着いていって迷子になったこともあった。魚嫌いなのにね(笑)。今はヤクルトおネェさんを見かけると「ジョアのレモンちょうだい」と言って買うが、おネェさんじゃなくてオバさんでも買う。最近玄米パンの移動販売を見かけないが、まだ存続しているのだろうか。
5 月14日(金) 他の菜園家にそう言うと「へぇー?」と言われるが、僕は「葉モノ」を育てるのが苦手で、たぶん相性と手順の問題だと思うが、ほうれん草やチンゲンサイがうまく育てられない。今年はシソのリベンジと新たにサラダ菜の種をまいたが、どちらも少ししか発芽せず、仕方ないので、一番簡単といわれる小松菜をまくか検討中。小松菜ができてもここ数年小松菜なんて食べたことがないし、いっぺんに収穫しても食べきれないから、葉モノはやめようとも思っている。葉モノは実モノに比べると収穫の喜びが少なく、それはただ葉が大きくなるだけで色も形も変化がないからだろう。これも苦手だが、トマトのように花が咲いて小さな実ができて赤く色づくプロセスがあって、鳥にも食われず腐らず無事完熟すると「やったなぁ…」と充実感を味わえる。子供の頃、僕の飼ったセキセイイインコは卵からかえって赤ムケの状態から羽が生えて、毎日毎日マメに世話するうちに僕を「親分」と認識するようになり、僕の言うことを理解するようになった時はうれしかった。今年もたくさんの野菜を育てているが、梅雨明け前後にはいくつかの収穫があるだろうし、盛夏の頃にはごっそり野菜が採れて「やったなぁ…」と思いたい。皆さんは何で充実感を味わうのだろう。
5 月11日(火) 三浦半島の先端、三崎という街に出かけ、車が一台やっと通過できるクネクネした路地をゆっくり歩いて「路地の向こうに海」という写真を撮った。なかでも一番良いロケーションはマグロ料理で有名な割烹の前から見た海だったが、人の気配を感じさせない写真にしたかったために、人が通り過ぎるのをじっと待った。「よしっ!」と思ってシャッターを切ると車が写ったり、ビラ配りのおネェちゃんが急にフレームに入ってきたりで、待つこと15分。その間ずっと割烹のおばちゃんは僕の背中に向かって「いらっしゃいませー」と言い続けていた(笑)。最近写真については不調で、あまり熱心に写真を撮っているとは思えない。海の写真を撮りに来たのに、この日撮ったのは16枚だけで、帰宅してから撮った野菜の写真が28枚…、シャッター数が多ければいいというものじゃないが。海の写真は数枚撮れば十分で、あとはじっと眺めていることが多い。海そのものも眺めるが、釣りしている老人を見たり、操船がヘタなヨットを見たり、跳ねる魚を見たりする。さかな直売センターの柱の陰で絡みついてるバカ・カップルがいて、図体はマグロ並だが、知能指数はオキアミ以下だと思った。こういう若者がわぁわぁ集合しているところにクジラが来て、一気に飲み込んでくれないかなぁ…。
5 月 8日(土) 基本的にフランクで誰にでも話かける僕だが、なぜか食べ物屋で「なじみの店」というのが少ない。たぶん店の人は僕を知っているんだろうが、僕は注文だけすると本に集中しているし、食後はこの日記をはじめとしてノートに思いついたことをカリカリ書き続けているから、話しかけられることもない。滞米中は、どんな店に入っても「ハイ!調子はどう?」とか「寒いわねぇ」と注文前に店員さんに話しかけられるのが当たり前で、帰国後もその調子でカフェや立ち食いそば屋に入ったら僕から「こんちわ、寒いね」とか「風邪ひいてない?」と店員さんに話しかけていたのだが、店員さんが「はぁ…」とか「あわわ」という反応しかしないのでやめた。どうも我が国の働く若い人は生真面目(そこが好きなんだけど)なほどマニュアルに忠実で、マニュアルにないことには臨機応変に対応できないから、面白くない。たまに、よく行くカフェのバイト君が遠くから「ちわーっす!」と言ってくれるが僕が食事中や読書中はけして邪魔しないから控えめで好印象。アメリカのバイトたちは機関銃のように私語しながら客の応対もし、客にも話しかけたりするからせわしなくて騒がしいが、マニュアルを越えたところで人間臭くてフレンドリーだから、その一点のみは好ましかった。日米ちょうど半分ずつでいいんだけどな。
5 月 6日(木) 今はスペシャルでしか放映しない「たけしの平成教育委員会」という番組が好きで、昨晩放映されたものも貪るように見た。僕の得意科目は国語でほぼ9割の正解率を誇るが、算数はまるでダメだ。単純な計算は強いが、「多角形の面積を求めよ」という問題が出ると寒気がするし、そもそも考えたくもないので算数のパートは見ないようにする。この番組の出題は、有名私立中学等の入試問題が出るが、これらの問題が多く出たら僕はどこの学校にも入れなかった(笑)。番組には各種有名人が登場したが、アイドルやお笑いの人が不正解だと「やっぱりな」と思い、議員や学者が正解すると「あたりまえだろ」と思う。反面、アイドルが算数などの難しい問題に正解すると「スゲー」と思うが、若い分だけ卒業から間がないから、当たり前といえば当たり前なのだな。僕は比較的「暗号解読」みたいなものが好きで、一定の法則をじっと考えるのが楽しい。社会や日本史も得意分野だが、番組ではひどくひねった問題が多く、楽し苦しい数時間になる。学校の勉強は国語と音楽を除きすべて嫌いだった。「社会に出て役立つ」と言われて小中高12年間じっと忍んできたが、社会に出てみて一番役だったのは学校では習わなかった珠算であった。ここで数人が「英語は?」と思っただろうが、中高通じて英語の授業中は、いつか行くであろう遙か遠いアメリカの大地や、「インディアンはウソつかないのかな?」ということを思うだけで、英単語や文法のことを考えたこともなく、点数は散々だったために、はるか後年に苦労することになる(笑)。
5 月 5日(水) テレビで「ハイソ(たぶんHigh societyの略)な奥様」、というのを特集していて、そこに出てくる奥様方は、日焼けを防ぐ大きなサンバイザーをかぶり、自転車に乗ったり乳母車を押していた。へぇ、ハイ・ソサエティなのに集合住宅に住んで、自転車に乗って、自ら乳母車を押して、サンバイザーなんて無粋なものかぶるんだぁ…と思って見ていたが、テレビ制作者がそう言うならそうなんだろう。話は変わるが、最近気づいたのだが、キャスターと取っ手のついた中型の旅行カバンを引きずって歩く女性をよく見かけるようになり、旅行行く(行った)人が多いんだなぁ、さすがに連休近いからなぁ…と思っていたら、ほとんどが旅行帰りじゃなくて、あれを日常使いにしているのだった。地下鉄の通路や路上でもあれがガラガラガラと大きな音立てて来ると何事かと思うし、なにより僕は「大流行=集団発狂」と見るし、あれは電車内でも路上でも場所取るんだよなぁ。まぁ、便利なのはわかるけど、オシャレじゃないよね。集合住宅に住むハイソサエティやら、ただの買い物や通勤に旅行カバン持ち出す人々っていうのも面白い国だなぁ…とヒマ持て余して久しぶりにシニカルに考える連休最終日の夜。
5 月 4日(火) で、友人は「やっぱ地元が落ちつくっぺ」と言って大混雑の横浜から去ったので、連休4日目の今日は菜園の土を買いにガーデンセンターに行き、大風の中顔見知りの店員さんと野菜の話をしていたら、客の若奥さんに見事に店員と間違われて「苦瓜って難しいですか?」と聞かれてしまった。去年も同じことがあって、僕に群がったのは妙齢(高齢?)の女性だったが、今年は若い女性が多くてうれしかった(笑)。僕はオレンジ色のポロシャツにジーンズ姿で、店員さんは黄色のポロシャツにグリーンのエプロンしてるんだが、近くに来る客はみな僕の方を見て、「あの…」と言うのだ。何か「菜園オーラ」のようなものを出してしまったのだろうか。土を買って屋外レジに向かうと、アルバイトさんが精算・梱包作業に追われていたが、左腕に包帯をし僕に背中を向けている若いアルバイト女性がほぼ半ケツ状態で、背中も全開だった。僕を担当した顔見知りの女性レジ係さんに「あのヒト…」と指さすと、「あぁ、いつもです!」と元気良く答えられたので、「女性は腰を冷やすと大人になって困るよ、と言ってあげてね」と伝言を頼んだ。精算が終わって振り返ると、なぜか僕の後ろには中年男性ばかりが並んでいた(笑)。オジサンたちは実物の花も好きで、娘という名の華も好きなのだな。友人に見せてやりたい風景だったが地元に帰ってしまったので、見たかったっぺ?とメールしてあげたが、「田舎モンを馬鹿にしちゃダメだっぺー」と返信が来た(笑)。
※僕は排他主義でもなく、人を人種・国籍・居住地等々で差別することは一切なく、あくまで冗談ですからね。
5 月 3日(月) 「混む時期に混む場所に行かない」と力強く書いたものの、友人の誘いで力弱く「みなとみらい」というハリボテ街に行ってきた。予想どおり阿鼻叫喚の人混みで、人混み嫌いの僕は「もーお前ら水戸やら土浦やら日立(僕は深い訳あって一部茨城県人が嫌い)からわざわざ横浜に来るなよなぁ」と、完全に言いがかりだけどずっと悪態ついていた。施設側もこの時とばかり通路をふさいでまでワゴンセールやら実演販売を行っていて、アタシャどこを歩けばいいの状態だった。フードコートに行くと、ラーメン・ステーキ・丼の各店は大行列だったが、僕の目指したタイ料理店は空席があり、「相席拒否」と顔に書いて力強く鶏肉辛炒めご飯目玉焼き乗せを食べながら、友人の食べていたレッド・カレーにもちょかいを出し、食後すぐにカフェ・クロワッサンという店に行った。そこに入った時は比較的空いていたが次第に混み始め、僕は四人がけの席に座っていたのだが横にずれてもうひと組座れるようにすると、すぐに若いカップルが「こちらいいですか?」と言って席についた。話を聞くでもなく聞いてみると、どうやら連休を利用して九州から横浜に来た人々らしかった。どこの店に行っても行列で食事の値段も高いから仕方なくクロワッサンとコーヒーで昼食を済ませ、夜は中華街に行って食事してお土産買って明日は赤レンガ倉庫行ってラーメン博物館もカレーミュージアムも山下公園もマリンタワーも行きたいしウンヌン…。女性の声が比較的大きく、以上の話は僕の周囲3メートルくらいの人々が全員聞き取れたと思う(笑)。でも、以上の場所は全部大混雑だと思うがなぁ…。
※僕は排他主義でもなく、人を人種・国籍・居住地等々で差別することは一切なく、あくまで冗談ですからね。
5 月 1日(土) 連休初日は洗濯で明け、午前中に和室の片づけの前段として、要不要の仕分けをしてから、鎌倉の秘密の(誰でも知ってるけど)原っぱに行った。鎌倉市の素晴らしさは、少しでも歴史的価値があるか景観が良いかありのままの自然が開発で荒れる要素があると、即座にひと山買い取って放置すること。我がヨコハマ市をはじめ他の市町村なら即座に人を集める下らない仕掛けを作って負債を抱え込むのが通例。普通は「開発しないともったいない」とおもうのだろうが、この街の人々は「この景色を壊しちゃもったいない」と思うのだろう。鎌倉の街を原チャリで走っていると、住宅街が途切れた先に、突如クレソンや芹が生えホタルが棲む清流が現れたり、戦前からそのままと思われる板塀や石垣がそのままにある。僕は人の集まる観光名所を避けて、今日一日こういう静かな場所や路地をウロウロしていた。ただし、人が集まらないということは徒歩で容易に接近できないということで、僕のようにバイクで動き回るか、バスやタクシーを駆使して動かなければいけないということになる。なにせこの街は車がやっとすれちがえる程度の狭い道が多いうえ、地図なしで不用意に路地に入ると一生出られないほど複雑に道が入り組んでいるから、僕は1/1500の地図をたくさんコピーしてから出かけるのだ。鎌倉の秘密の場所に行きたい方は、ぜひ僕までご一報ください。
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