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Haruni Masugoh's
変わらないことの嬉しさ、苦しさ

今年の2月にシアトルへ行ってきた。
雨の匂い、緑の豊かさ、人々の大らかさ…
約1年ぶりの渡米だったけど、『変わらないこと』の嬉しさを感じた。

住んでいた頃のように、ワシントン湖が見渡せる丘の上の家で、
91歳になった家主のおばあちゃんとおしゃべり。
CDから流れる「テネシー・ワルツ」を少女時代を思い出して心を込めて口ずさんでいる。
お次は、「ケ・セラ・セラ」をア・カペラで。
「Que sera sera〜 Whatever will be, will be〜」
この唄を口ずさみながら、どうにかなるさって自分を励ましている。
最後にアメリカの国歌「Star-Spangled Banner」を誇らしげに歌う。
あれ?次の歌詞何だったかな、なんて言いながら最後まで歌い続ける。

住んでいた頃のように、朝、キッチンでコーヒーメーカーに
やかん大の大きさくらいある缶に入っているコーヒー粉を
スプーン3杯入れ、水をたっぷり入れてスイッチ・オン。
水がすばやくお湯になり、フィルターを通って香ばしいコーヒー色に。
そんな過程を楽しみながら出来たコーヒーをお気に入りの
黄色いカップに入れる。
朝の陽が気持ちよく差し込んでくるキッチン・テーブルで
地元の新聞「SEATTLE P-I」を読みながらリラックス。

住んでいた頃のように、私の大好きなカフェ
「UPTOWN ESPRESSO」へ行き、ハート型のフォームの
カフェ・ラテをトール・サイズで注文。レジの前のかごに
おつりのクオーターをチップとして入れる。
深いチェアに腰かけ、ゆっくりとダウン・タウンの様子を眺める。

私にとってシアトルは、そんな『至福のとき』がたくさんある。

住んでいた頃のように、終点の住宅街からバスに乗り、
30分コトコト揺られてダウンタウンへ行く。
街に近づくにつれ、アフリカ系、ベトナム系、中国系、
様々な人種の人たちがバスに乗り込み、
車内がにぎやかになってくる。
アメリカは、人種のるつぼ。
みんな同じではなく、みんな違って当たりまえ。だから、心地がいい。
ダウンタウンの始点、インターナショナル・ディストリクトでは、
薬草や野菜、乾物などの混ざった匂いがする。

住んでいた頃のように、火曜の夜には「バーガーキング」へ行き、
ワッパー(上質ビーフ、レタスとマヨネーズの組み合わせがおいしいハンバーガー)、
フレンチ・フライ(フライド・ポテトのこと、塩がほどよく効いていてカリカリ)、
トロピカーナ(100%オレンジジュース)を注文。
店長の黒人のおじちゃんが
「I haven't seen you for a long time. How have you been?(ひさしぶりだな、元気にしていたか?)」
と言った。
私のことを覚えていてくれたんだ。
再会の肩を抱き喜んでくれ、フレンチフライを1つおまけしてくれた。
フレンドリーさや活気も健在だ。
やっぱり私はこの街がとても心地がいい。

そんな大好きな変わらないものにたくさん触れて、
元気をもらい帰国した。
シアトルの街や人々は変わらない。
だから嬉しい。
私のココロもあのときのまんまだ。
のびのびと大らかで…
だから苦しい。
帰国してからの1年、それまでの暮らしの環境や、
考えかたや、仕事のギャップに苦しみ、いわゆる
逆カルチャーショックをたくさん味わった。
そんなとき、シアトルでの暮らしが夢物語のように感じられた。
でももうあの頃には戻れないのだから、
逆に思い出さないようにしていた。
アメリカにいたときの自分を封印していた。

でも、よく考えてみれば、最初からアメリカ暮らしが心地良かった訳ではない。
ネィティブ同士の会話は早すぎてついていけずにわかったふりをしていたり、
治安が悪く、夜9時以降に女1人で夜道を歩くのはもっての他だったし、
シャワーは2,3日に1度しか使わせてもらえなかったし、
ビザの関係で仕事の制限が厳しかったし…

それでも、自分にとっては水の合う『何か』があの地にはあった。
今は日本で生活をし、外国人としての不便さは解消された。
食事も栄養価が高く美味しいし、
お店が遅くまで空いていて至るところにあって便利だし。
でも『何か』はここには感じられない。

帰国して2年めに入ったことだし、
その『何か』を外から求めるのではなく、
自分の中から創り出していきたい、
いや、そうしていこうと思う。

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