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安宿もいいもんだ

 このコラムの第一話は「住まい」でした。
 そこでチラッと触れましたが、シアトルに着いた第一夜の宿はモーターインで過ごしました。それは、出発前にバックパッカーズ・ホテルを予約する際に、チェックイン日を間違えたために、まずその夜の宿がないことに気づいて、そして空港でダウンタウンへの行き方がわからずボーゼンとしていました。

 仕方なく、居住者レベルでは「高いなぁ」というチケットを買ってグレイハウンドのバスに乗り、そこがどこなんだかわからないままビルがいっぱい建っているからダウンタウンだと思ってバスを降り、道ゆく人に安宿を訪ねる語学力も度胸もなく、ただボーゼンと街角に立っていたら、なんだか英語だかスペイン語だかわからない言葉を発する運転手のイエローキャブに拾われて、そいつが降ろしてくれたのが、Commodore Motor Innという薄汚れた看板がかかった建物でした。

 1年半過ごした後によく考えると、そこは夜は人気がなくなるけれども、そこそこ安全で静かなダウンタウンのはずれの一角で、デリもレストランもあるけっこういいエリアでしたが、右も左も上も下も英語もなーんにもわからないシアトル一日目の僕には、ただの閑散とした寂しい場所としか思えなかったのです。

 ボッタクリだと思っていたタクシーの運ちゃんも僕が脂汗流して「どこ連れていかれちゃうんだろ」という顔をバックミラーで見ていたようで、トランクから僕のスーツケースを下ろしてくれながら、「チップ込みで6ドルでいいよ(と、言ったらしい)」と言い、メーターは5ドル強だったのに、ほとんどチップを取らずに10ドル札を出した僕に4ドル返してくれ、「グッドホテル、グッドホテル、チープ、チープ」とその建物がホテルであることを教えてくれました。

 ぐったりしたままスーツケースと重いショルダーバッグを引きずってロビーに入ると、フロントにはデップリした白人男性が手元の書類に何か書き込んでいて、チラッと僕を見て小さく低く「Hi」と言っただけで、再び書類に目を落としました。
 僕は日本語で「あの…」と言ったきり何も言えなくなり、少したってからかろうじて「今晩泊マリタイ、金ナイ」と言うと、そのフロント係は僕の全身をまじまじと見て、「45ドル、バスとトイレはシェア」とボソッと言いました。僕はシェアの意味がわからなかったので「う〜ん、と…」と言うと、ディスカウトを要求されたと勘違いされて、「43ドル、OK?」と言ってくれたので、とにかく早くシャワーでも浴びて横になりたかったので、「OK」と答えました。

 カギをもらってエレベータに乗り、「たしか406と言ってたよな」と思いつつ指定された部屋のドアの前に立つと、ドアには「406・407」と書いてあります。なんだかよくわからないけれど、カギを開けて中に入ると、正面と左右に一つずつ計3つのドアがあり、左のドアに「406」、右のドアには「407」と書いてあったので、「正面は何かな?」と開けてみるとそこはバスとトイレでした。
 「シェアって、バストイレが共同って意味か」と言いながら、自分の部屋に入りました。

 僕の部屋はシングルということでしたが、8畳ほどのガランとした意外に広い部屋で、うろ覚えだけどこんな感じ。

 とにかく今夜の宿が出来た安心感からか、長旅の疲れが出たのか、急激に気分が悪くなり、ジーンズを脱ぐとそのまま眠ってしまいました。

 目が覚めると夕方でした。ベッドはダブルより大きく、幅も長さも僕には大き過ぎましたが、部屋の中にはベッドとチェストとテレビだけというシンプルなもので、共同とはいえバスがあるのはうれしいものでした。
 さっそくシャワーを浴びようとバスルームに入ると、タオルがないことに気づき、仕方なくまた部屋に戻って、タオルを持って暖かいシャワーを浴びて、ひと安心。安心したら、空腹を感じたので、フロントのデップリおじさんに聞いたデリ(デリカテッセン=総菜屋)でスープとパンを買って夕食にし、まだ20時でしたが寝ました。 

 翌日、予約してあったバックパッカーズ・ホテルに向かおうと思いましたが、行き方がわからず、デップリおじさんにバスの乗り継ぎを聞いて、なんとか到着。
 
 日本でやりとりしたFAXを提示して、デポジットがわりのクレジットカードを提示して、「そこだよ」と言われた部屋に入ると、右イラストのように、二段ベッドが3つある部屋でした。僕は個室を予約したはずなので、フロントのニィちゃんに「違ウ、アナタ間違ッテル」と言うと、僕の渡したFAXを再度見て、「おぉ、すまん、そっちだ」と言われた部屋は6畳ほどの個室でした。でも二段ベッド。

 このバックパッカーズ・ホテルは、僕が行くべき学校から徒歩2分、シアトルの第二の中心・ブロードウェイのど真ん中にある、その名のとおり、バックパッカーが泊まる安宿です。
 トイレ・シャワーは共同、朝食は出ますが、食べ飲み放題のパン・コーヒー・紅茶・牛乳・ジャムやピーナツクリームを食堂に放り出してあるだけなので、自分でパン焼いてコーヒーを淹れなくちゃいけません。近所にはハンバーガーショップやレストラン、デリがありますから、パンとジャムに飽きたら買いにいけばいいわけです。コイン式の洗濯機も裏手にありますし、長期滞在にはディスカウント・レートもありますから、貧乏旅行者にはいいですよ。

 僕が約一年半定住したシェアハウスを見つけるまでの7日間をここで過ごしましたが、とても楽しかったですね。アメリカ人のみならず、世界中(ヨーロッパ人が多かった)から、互いにハローとグッドモーニング以外は言葉は通じないけれど、煙草をあげたり朝食に買ってきたスクランブルエッグをもらったりで交流。
 僕がチェックインした翌日に、アメリカをバイクで横断する日本人の青年がチェックインしてきて、彼がバイクを買ったりルートの下調べをする1週間、夜はずっと一緒に過ごしました。発音は心許ないけれど、ボキャブラリー(単語の数)が異常に豊富なので、「どこで勉強したの?」と聞いたら、「言いたかないんですけど、東大出ました」と。東大入るために英和辞書の最初から最後までの単語全部暗記したので、およそ2万語は完全に覚えているけど、生きた英語じゃないから、英語うまくなりますかねぇ…と言ってました。単語100個の僕とはスタートラインから違うので、愕然。

 ほとんどの宿泊客が2泊〜3泊の短期滞在ですから、「こんちわ、さよなら」が毎日繰り返されますが、1週間毎朝「安いアパートメントかシェアハウス知らないか?」とたずねていた僕はスタッフと顔見知りになりました。家が決まってからも、学校帰りにフラッとこのホテルに立ち寄って、「コーヒーもらうよー」と言って勝手に食堂のコーヒー飲んだり、パン食べたりしてました。泥棒だって、それ(笑)。
 後日、シアトル雑記4で紹介したK子事件の際、行き先のなくなった彼女のために、ここに飛び込んで、「予約してないが、今晩若い娘を泊めてやってくれ」と頼み込んだことがありました。顔見知りのスタッフが快く引き受けてくれて、同室になるはずの女性客に引き合わせてくれたり、食堂や洗濯機などの施設を詳しく案内してましたが、僕の時にはそういうサービスがなかったので「おい、僕には冷たかったじゃないか」と言うと、エヘヘヘと笑ってました。

 僕の暮らしが安定しだした頃、日本から家族・友人・知人がシアトルにやってくるようになり、お金に余裕のある方々には安全な高級ホテルを日本の旅行会社で手配するようにサジェストしましたが、「ちょっとホテル代にはお金をかけたくない」という方々には迷わず僕がシアトル初夜を過ごしたコモドア・モーター・インをお勧めしました。もちろん、共同バスの部屋じゃなくて、少しランクの高い、それでも1泊60ドル前後の部屋を僕が手配してました。コモドアに行くと、あのデップリのおじさんがチラッと僕を見て、「またお前か」という顔をしますが、構わずに「日本カラ人来ル、2人で3泊、頼ム頼ム」とメチャクチャな英語で頼んでました。「電話でいいんだよ」と言ってくれますが、電話でスラスラ話すほど英語が上達していなかったし、何よりコモドアというボロホテルを見に行くのが好きだったので、毎回訪問して予約してました。

 彼の地を離れてはや6年。たぶん、どちらの宿もひっそり営業しているでしょうが、再びシアトルに行くことが出来たらぜひおじゃましてみたいものです。
 


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