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アドルフ・ヴェルフリ (Adolf Wolfli)
ボーヴィル(瑞)1864年生 − ベルン(瑞)1930年没

【略歴】
1864年
    
1870年
1872年
1873年
1874年
    
1880年
1881年
1883年
1889年
1890年
    
1895年
    
1899年
1907年
1908-12
1912-16
    
1917-22
1919年
1921年
1924-28
    
1929-30
1930

 

 

 

     
 2月29日、ベルン郡のエメンタールのボーヴィルにて父ヤコブ、母アンナの7人の子供の末子として生まれる。同年ベルンに引越し。父ヤコブはアルコール中毒で暴力を振るう石工。極貧状態で育つ。
 小学校に入学。この頃父親が家族を捨てる。母親は洗濯女をして働く。
 生地エンメンタールのコミュニティの財政的援助を受けるが母親と息子は別々の農家に預けられる。 
 母アンナ死亡。
 小学校卒業。成績は優秀だった。
 卒業後は農家の下男としてシャンガウ地方の農村を点々とする。
 奉公先の隣家の娘に恋心を抱くが、娘の両親に仲を引き裂かれる。
 兵役につく。
 除隊後は搾乳夫や農夫、日雇い労働をして生活する。
 最初の神経症の徴候があらわれる。入院を繰り返し、極貧にあえぐ。
 14歳の少女への性的暴行未遂容疑に続いて、7歳の少女への強姦未遂により懲役2年の判決が言い渡されベルン州の聖ヨハンセン刑務所に服役。
 3歳半の幼女に対する暴行未遂で再逮捕。 責任能力の試験のためベルン郊外のヴァルダウ精神病院に移送され、精神分裂病と診断される。
自発的に色鉛筆によるドローイングをはじめる。
ヴァルター・モルゲンターラー、インターンとしてベルン市郊外のヴァルダウ精神病院に勤務開始。
2615頁、761枚の挿絵からなる空想的自伝旅行記『揺りかごから墓場まで』を執筆。
7冊からなる「地理学及び代数学の書」執筆、聖アドルフのジャイアントクリエイション創立。
1916年以来、自分の作品に聖アドルフ二世のサインを行うようになる。
 『歌と舞踏の書』6冊 ベルリン・ダダやマックス・エルンストに先駆けてコラージュの技法を使用。
モルゲンターラーがヴァルダウ精神病院を去り、マリエ・ヴォン・リエズがヴェルフリの新しい主治医となる。
モルゲンターラーの『芸術家としての精神病者』が出版される。
ダンスとマーチのあるアルバムブック4書を含む8冊の本を執筆。
20年代後半から元型的な幾何学的図形が増加する。
16冊8404頁にも渡る『葬送行進曲』の執筆(未完)
11月6日ガンにより死去。

参考文献:
ベルン美術館のパンフレット
種村李弘『愚者の機械学』聖アドルフ2世の王国建設

 ヴェルフリについてもっと知りたい方は、以下の書籍をお求めください。

 『アドルフ・ヴェルフリ』 小出 由紀子(著)

"The Art of Adolf Wolfli: St. Adolf-Giant-Creation" Elka Spoerri(著)

"Adolf Wolfli: Draftsman, Writer, Poet, Composer (Cornell Studies)" Adolf Wolfli (著)

"Madness and Art: The Life and Works of Adolf Wolfli " Walter Morgenthaler(著)


 




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