改正学校教育法が成立した翌日、東京都の江戸川区立松江第八中学校の吹奏楽部員たちはテレビや新聞の報道を聞いて音楽室に集まったものの楽器を音楽準備室から出すことも忘れて改正学校教育法について話していた。松江第八中学校は東京都江戸川区に位置し都営新宿線の船堀駅から20分ほど歩いたところの都営住宅のそばにある中学校で生徒はそこの子女が多い。校舎の4階からは高架を走る都営新宿線の黄緑色の帯の電車が遠望できる。松江第八中学校は都営住宅に囲まれているというロケーションから窓が開けられないので音楽室にだけ冷房があり吹奏楽部員たちは真夏でも快適な環境で吹奏楽コンクールの練習に打ち込め他の生徒たちからうらやましがられていた。松江第八中学校吹奏楽部はコンクールで都大会に8年前出たのが最高という吹奏楽部であったが現在の部員たちは和気あいあいと吹奏楽を楽しんでいた。
「要するにあたしたちは来年4月から吹奏楽をしちゃいけないというわけ?!」
「えーっ! なんでぇ?!」
「あたしちゃんと親との約束で勉強だってしてるのに」
「部活にうつつを抜かして子供が勉強しないと役人は思っているのでしょ?!」
「要するに高校野球みたいにテレビで全国中継されて国民の認知の高い部活でなくちゃいけないってことね」
「吹奏楽コンクールは全国大会でもテレビ中継ないもんね」
「それってひどくいない?! 差別だよ」
「なんとかならないわけ」
「どうしようもないわよ」
「吹奏楽部の何がいけないの」
「松江第八中学校がコンクール全国大会で金賞をとって江戸川区長を『がびーん』と言わせてやっていたら状況変わっていたかもね」
「毎年地区大会銅賞じゃ無理よね」
「区長は『ふん』とも言わないわね」
「吹奏楽部がなくなるんならあたし来年から学校に来ない」
「出席日数少ないと高校受験で不利になるよ」
「それはちょっと…」
「それよりも教育Gメンが捕まえにきて学問所に連れていかれるよ」
「学問所に連れていかれるとどうなるわけ?」
「人格が変わるくらい無理やり勉強させられるって噂だよ」
「うそっ」
「あたしも聞いた。難しい試験に合格できないとシャバに出られないんだって」
「まきの学力じゃ一生出られないわね」
「あたし高校生になっても吹奏楽を続けたかったなぁ」
それまで会話に参加していなかった中野はるかがぽつりと言うと音楽室は水を打ったように静まり返った。そしてはるかは静かに涙を流していたがしまいには「うわーん」と声を上げて大泣きした。それにつられて泣き虫の高橋久美子も泣きだし音楽室は女子生徒の号泣に包まれた。それを尻目に吹奏楽部きってのニヒルな男子中村貴志は
「まっ、俺は『吹奏楽部命』ってわけでもなく、来年で松江第八中学校を卒業だからどーでもいいけどな」
とつぶやいて女子生徒の白い目を浴びた。ひとしきり女子生徒たちが大泣きした後志村まきは
「来年3月の松江第八中学校吹奏楽部最後の定期演奏会を成功させましょう」
と言ったのが精一杯であった。