
2009年4月20日の放課後。松江第八中学校の職員室に元吹奏楽部の3年1組の山村明日香が職員室に数学の木村先生を訪ねてきた。
「先生、すいません。数学のワークのここがわかんないんですけど…」
木村は明日香が質問に来るなんて雨でも降らなければいいがと思いつつ明日香のわからないところを懇切に教えてやった。
「先生ありがとうございました」
と明日香は職員室を出ていくがその際鍵を掛けてあるところから音楽室と音楽準備室の鍵をチョロまかしスカートのポケットに入れていた。そしてそのまま大急ぎで靴を履き替えて校外に出て近所の金物屋に行って合鍵を作ってもらった。そして元の鍵を松江第八中学校に戻り昇降口で待っていた2年2組 赤松愛美に渡す。その日が日直の愛美は学級日誌を持って職員室に行き担任に提出した後明日香が盗みだした鍵を元の位置に戻した。二人による一連の犯行に先生方は誰も気が付かなかった。
一方明日香は音楽準備室へ合鍵で侵入し、明日香愛用のを含むフルートと譜面台2組を盗みだし学校指定のMATSUE8と書いてあるスポーツバッグに入れて元通り音楽準備室に鍵を掛けて一目散に昇降口へ向かった。フルートは小さいから容易に盗み出すことができるがこれがチューバやコントラバスではそうもいかない。昇降口で落ち合った愛美は明日香に
「先輩、すべてOKです」
「わかったわ」
とだけ言葉を交わして松江第八中学校を出た。二人はそのまま明日香の家に向かう。松江第八中学校の近所は都営住宅ばかりだが15分も歩くと一戸建ての住宅もあるのだ。明日香の両親は共働きで遅くまで帰ってこないからそれまでは一人娘の明日香一人なのだ。明日香は早速戦利品を取り出した。
「これが明日香愛用のフルートと譜面台。こっちが卒業した宮元先輩が使っていたフルートと譜面台よ」
「先輩、やりましたね」
「愛美ちゃんありがとう。ごめんね、泥棒の片棒担がせちゃって」
「いえ、音楽準備室なんて吹奏楽部がなくなったから誰も入らないでしょうから当分バレないと思います。で、先輩、一体これで何をするんですか?」
「この前音楽室にきた二見英子って1年生覚えてる?」
「あの三つ編みの1年生?!」
「そう、あの子に個人的にフルート教えてあげようかと思って」
「それってまずくないですか?! ガリベン法違反ですよ!」
「吹奏楽部じゃなく個人的に教えるだけだから大丈夫よ」
「はるかは知っているんですか?」
「あの子は気が弱いからだめよ。愛美も黙っていてね」
「言うわけないじゃないですか。私も片棒担がされてるんですから」
「ごめんね。巻き込んで」
「私は先輩がガリベン法違反で逮捕されても何も知らないことにしますからね」
「愛美を売るようなことはしないから安心して」
翌日放課後。1年2組の教室前に学活が終わってきた山村明日香がいた。1年2組の学活が終り出てきた二見英子をつかまえて
「二見さん、ちょっといい?」
3年生にそう言われて「嫌です」と言える中学1年生はそういないだろう。不意に3年生に声を掛けられて英子は緊張気味に
「はい、なんですか?」
「今日ちよっと放課後つきあえる?」
上級生に呼び出しを食らっている英子をクラスメイトたちが心配そうな顔で見ている。
「はぁ、いいですけど」
「それじゃ私と帰ろう」
と他の1年生が何事かと見つめる中明日香は英子の手を取って昇降口に向かう。明日香は全くしゃべらずに英子の手を引いているから英子は困惑しながら明日香にされるがままについていく。昇降口で靴を履き替えて校外に出た。今年から部活がなくなり生徒たちに縦のつながりがなくなったので姉妹でもないのに1年生と3年生が手を取り合って下校するというのは極めて珍しい光景であった。学校から10分は歩いて他に松江第八中学校の生徒の姿もなくなったのを確認して明日香は口を開いた。
「英子ちゃんは確か吹奏楽部に入りたかったのよね」
「はい」
「あたし元吹奏楽部なの」
「そうなんですか」
と英子は安心した。少なくともヤキを入れられるのではないらしい。
「世が世ならフルートパートリーダーなんだよ」
と言われフルート志望の英子は目を輝かせ
「うわぁ、そうなんですかぁ。すご〜い」
と言う。明日香は
「詳しくは誰が聞いているかわかんないからウチに着いたらね」
と言って家に急いだ。
明日香の家に着く。明日香は二階の部屋に英子を招き入れる。明日香は押し入れから松江第八中学校の音楽準備室からチョロまかしたフルートを取り出して
「英子ちゃん、フルートやってみない?」
「これどうしたんですか?」
「学校の音楽準備室から盗んできたの」
「それっていいんですか?」
「よくないわよ。だって泥棒だもん」
「個人的に英子ちゃんにフルート教えてあげようかなぁって思って」
「うわぁ、やりたいですぅ」
「でも、これはガリベン法違反になるから運が悪けりゃ学問所送りよ」
「えっ」
英子もこれには少し引いた。学問所に入れられたらそれこそ何年も出てこれないという噂だからだ。
「英子ちゃんがやらないなら明日こっそりと学校の音楽準備室に楽器は返しておくから今の話は聞かなかった事にしてね」
と言われて英子は小学生の頃からの夢のフルートを吹きたいと思い
「あたしやります」
と答えた。
明日香は英子にまず楽器の出し方・しまい方から教えた。そして手入れの仕方や息の吹き方指の使い方を教える。英子はなかなか覚えがいい方で短期間に明日香から多くのことを吸収した。幼い頃から英子はピアノを習っていて楽譜が読めたこともあり5月下旬には簡単な曲は演奏できるまでになっていた。吹奏楽部があったら英子をデビューさせるのになぁと明日香は思った。英子も明日香からフルートを教わるのが楽しみになり毎日のようにこっそりと明日香の家にきてフルートを吹いた。明日香と英子は校内では互いに知らないふりをして決してしゃべったりしないようにしていた。1年生と3年生が一緒に行動していればそれだけで不自然に写るからだ。英子は明日香と同じ方向なので一度自宅に寄って着替えてから誰にも見られないようにそっと明日香の家に来ていた。明日香はまるで愛人の家にこっそり通っているみたいねと笑った。明日香はフルートを吹くときは窓とカーテンを閉めて音が漏れないようにして吹いていた。しかし普通の家だけにどうしても音は漏れた。
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