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小説の部屋

学問所の少女たち


2004/7/7 製作中    

学問所の少女たち

   

その6

第6章 明日香逮捕さる

 2009年5月30日の放課後。明日香と英子は楽しいフルートレッスンを終えた。
「それでは先輩、失礼しまーす」
と英子は家の周りで誰も見ていないことを確かめて明日香の家を出て自宅へ歩いて行った。明日香の家から700mばかり離れたところで英子はスーツ姿の男達が乗った黒塗りの乗用車とすれちがったが英子は全くその車を気に留めなかった。その男達は教育Gメンで明日香の近所の家から元吹奏楽部の山村明日香が家でフルートを吹いているようだ、という通報をうけて明日香を逮捕しにきたのだ。男達は無言で明日香の家の正面と裏口に周り、一人がチャイムを鳴らした。英子が忘れ物でもして戻ってきたのかと思って
「はーい」
とインターホンに出た明日香に教育Gメンは
「こんばんは、宅配便です」
と言って明日香にドアを開けさせた。しかし印鑑を持ってドアを開けた明日香は宅配便の配達員にしては不自然なスーツ姿の目付きの鋭い男達が玄関前に立っていたので本能的に危険を感じてドアを閉めようとしたけれども男はそれを阻止してドアをこじあけ玄関に入ってきた。
「いやっ」
と言って家の奥に逃げようとした明日香のパーカーのフードを男はひっつかむと後ろに引っ張った。明日香は喉がしまって
「ぐえっ」
と言って後ろに倒れる。そこをすかさず男は明日香に馬乗りになって身動きできないようにした。
「教育Gメンだ。山村明日香、改正学校教育法違反容疑で逮捕する」
と言って明日香の手首にガチャリと手錠をかけた。突然の逮捕に明日香は呆然とした。英子は無事家に帰れたのだろうか? それだけが気がかりであった。教育Gメンたちが山村家を家捜しすると明日香の部屋の押し入れの中から江戸川区立松江第八中学校と書かれたフルートと譜面台各2つがすぐに出てきた。明日香が隠れてフルートを吹いていた証拠が見つかったので
「フルートがありました」
「近所から通報があった通りだな。他に何かないか探せ」
「班長、こんなものが引き出しにありました」
明日香の机の引き出しの中から音楽室と音楽準備室と書かれた合鍵が出てきて明日香の楽器窃盗容疑が強まった。
「君は中学3年生にもなって改正学校教育法を知らんのかね。そんなに吹奏楽部がやりたかったら学問所でせいぜい楽しむんだな。連行しろ」
と教育Gメンのリーダーが命じ明日香は引き立てられた。明日香は
「痛い、何するんですか。乱暴しないで」
とわめきながら黒塗りの乗用車に押し込まれた。この騒ぎを近所の住民はカーテンの影から恐る恐る見ていたが関わりになるのを恐れて誰も明日香に救いの手をさしのべなかった。その中には明日香を通報した女も含まれていた。

 明日香は最寄りの小松川警察署に連行されていった。小松川警察署では主に松江第八中学校からのフルートと譜面台を盗んだ容疑で取り調べを受けた。フルートと譜面台が2つづつあったので共犯者の存在が疑われ
「お前一人でフルートを吹いていたのではないな。誰と吹いていたんだ!」
「私一人で吹いていました。2台目は壊れたときに備えてのスペアです」
「嘘をつけ!同じ元吹奏楽部の中野はるかと二人でフルートを吹いていたんだろ!」
「違います! はるかは無関係です! あたし一人で吹いていたんです」
「まぁいい。本当の事を言わないのなら中野はるか本人に聞いてみるまでだ」
「やめて! はるかは本当に関係ないの」
「その供述が本当かどうかは中野はるかを取り調べて裏を取る必要があるな」
「私が『一人でやった』と言っているんだから間違いないです。はるかを巻き込まないで!」
「明日の朝中野はるかを連行して取り調べる。おまえがどんなにかばったところで中野はるかがクロならばすぐにわかることだ。我々はどんな些細な悪事も見逃さない」
「だったらはるかは大丈夫よ。だってこの事にまったく関係ないんだもん」
「だとしたらとんだ災難だな。悪い先輩を持ったばっかりに自分まで疑われ連行されて。中野はるかに同情するよ。中野はるかが厳しい取り調べに耐えられればいいんだけれどね」
「それはどういう事ですか?! はるかに乱暴しないで」
「それはお前次第だな。『中野はるかと二人で楽しくフルートを吹いていました』と素直に自供すれば中野はるかは簡単な取り調べで済む」
「はるかは無関係なんだからそんな事言う訳ないでしょう! それじゃあはるかまで学問所に入れられちゃうじゃない」
「お前の共犯だから当然だろ」
「だから、はるかは無関係なんです! 信じて下さい」
「今夜の取り調べはこれで終わる。一晩じっくりと考えるんだな。明日は楽しいバスツアーだからよく寝ておけ」
と言うと教育Gメンは明日香を留置所に押し込んで出ていった。明日の朝、明日香は山梨県都留市の山奥にある女子学問所へ移送されることが決まったのだ。明日香ははるかまで巻き込んでしまって申し訳ないと思って涙を流した。松江第八中学校の近くの金物屋で明日香が合鍵を作りにきていたことも判明している。また音楽準備室から明日香の真新しい指紋も検出され明日香のフルート窃盗容疑は動かし難かった。

*****

 明日香の共犯として教育Gメンに元吹奏楽部で明日香と同じフルートパートの中野はるかが疑われた。翌朝、教育Gメンが江戸川区立松江第八中学校に車で乗り付けた。校長がおそるおそる教育Gメンを先導して2年1組の教室に案内した。松江第八中学校の各クラスでは朝の学活をやっていて担任が3年生の山村明日香が昨夜改正学校教育法違反で教育Gメンに逮捕された事を生徒たちに話していた。不意にがらがらっと教室の扉が開けられて校長と目付きの悪いスーツ姿の男性教育Gメンが3人立っていた。教育Gメンは
「中野はるかはいるか」
とドスのきいた声で言うとクラスの視線が一斉に中野はるかに突き刺さった。それははるかが手を挙げたのと同じ位雄弁にはるかの存在を物語っていた。教育Gメンははるかに歩み寄り
「お前が中野はるかか」
と言う。はるかは緊張した顔でこくりとうなづいた。
「教育Gメンだ。お前を山村明日香の改正学校教育法違反の共犯容疑で取り調べる。署まで一緒に来い」
「いやっ!」
と言うのがはるかには精一杯だった。2年1組の担任とクラスメイトは教育Gメンが教室に入ってきたので物音一つ立てられずに恐怖で固まっていた。ウチのクラスの中野はるかまで教育Gメンに逮捕されるとは! 2年1組の生徒は目を伏せ、自分もとばっちりをうけないように身を固くしていた。教育Gメン二人がはるかの席に来て両腕を取ってはるかを立たせるとはるかは
「やっ、やめてください。あたし何もしていません」
と震える声で言う。
「お前がシロかクロかは署で取り調べてから決める。松江第八中学校でフルートを吹くのは今では山村明日香とお前だけなんだ。そして山村明日香の家からは2本のフルートが出てきた。お前がもう1本を吹いていたとしてもおかしくあるまい」
「あっ、あたしは2年生になってからフルートに触ったこともないです」
「それも署で調べる」
と言い教育Gメンたちは中学生たちの手前はるかに手錠こそかけなかったけれどはるかの両腕をとり2年1組の教室から引きずり出すように有無を言わせず連れ出してゆく。はるかは
「たすけて」
と蚊の鳴くような声で言うけれど校長・担任、クラスメイトの誰もはるかを助けようとはしなかった。教育Gメンに歯向かって教員としてのキャリアに傷がついたり、学問所に送られたりしてまではるかを助けたいとは誰も思わなかった。むしろはるかがシロかクロか以前に同じクラスに教育Gメンに目をつけられるような生徒がいること自体が迷惑であった。はるかは屈強なる男二人に両腕を取られてなすすべもなく連行される。はるかは恐怖のあまり足がもつれて転びそうになるが両腕をつかんでいる教育Gメンははるかに転ぶことも許さない。はるかの顔は真っ青を通り越して血の気が引いて真っ白になっていて泣き虫のはるかは泣く事も忘れていた。泣く子も黙るとはまさに教育Gメンのことを言うのだろう。はるかは上履きのまま教育Gメンの車に押し込まれた。教育Gメンの手を振りほどいて逃走するにははるかは非力すぎた。
 隣の2年2組や3組の教室にもその気配は伝わっており教室のドアを閉め切ってはいるものの2年1組の様子に神経をとがらせていた。2年2組や3組にも元吹奏楽部の生徒がいる。だからその生徒を連行するためいつ教育Gメンがドアを開けて入って来ないとも限らないのだ。元吹奏楽部の生徒を非難の目で見る者もいた。しかし教育Gメンははるか一人だけを連行していって、教育Gメンの車が松江第八中学校を出ていったのが校舎の窓から確認できたので松江第八中学校の生徒・教職員たちは安堵のため息を付いた。

 隣の2年2組の元吹奏楽部の赤松愛美と新谷明美はその様子を固唾を飲んで見守っていた。教育Gメンが去った後
「愛美、はるかまで教育Gメンにつかまっちゃったよぉ。松江八中吹奏楽部は教育Gメンに目を付けられちゃったのかなぁ」
「そんなことないわよ」
「でも二人目よぉ」
「気の弱いはるかが明日香の片棒担ぐわけ無いじゃない。すぐに釈放されるわよ」
「そうかなぁ、次はあたしが逮捕されるような気がして怖いの」
「明美、何かやったの」
「何もしていないわよぉ」
「じゃあ堂々としていなさい。こそこそしてるとかえって疑われるわよ」
「うん」
 男子たちは教育Gメンが去っていろいろとはるかの噂をした。
「あの気が弱そうな中野がガリベン法違反とはな」
「あいつそんなに吹奏楽が好きだったんだね」
「でも教育Gメンが見回っているのに吹奏楽するかね普通」
「そこがあいつらしいんだよ」
「なんか中野に好意的じゃない?」
「ほれてる?!」
「ちっ、ちげぇーよ。一般論として…」
「いとしのはるかちゃんは今は捕らわれの身かぁ」
「だからほれてないって言ってるだろ」
「うちの学校完全に教育Gメンに目ぇつけられてるよな」
「おれもそう思う」
「教育Gメンに尾行されてないか確かめながら帰った方がいいな」
「そうだな」
先生方が生徒たちを教室に入れて授業を再開させた。だけと2年生たちは教育Gメンがはるかを連行する様子を目の当たりにして浮き足立って授業どころではなかった。

*****

 はるかは教育Gメンに車に押し込まれて小松川警察所に連れて行かれた。すでに明日香は山梨県都留市の山奥にある女子学問所へ移送されていたのではるかと会うことはなかった。そして取り調べ室に入れられ人相の悪い教育Gメンの男達に取り囲まれて長時間取り調べられた。
「お前が山村明日香の共犯だな」
と脅された。元来泣き虫で気の弱いはるかは
「違います。あたしは何もしていません」
と言いながらびーびー泣いた。
「山村明日香の部屋からフルートと譜面台が2つづつ見つかっているんだよ。つまり誰かが一緒に吹いていたって事になる。江戸川区立松江第八中学校でフルートを吹けるは山村明日香とお前しかいないんだよ。素直に『私が共犯です』って言えよ」
「だからあたしは明日香先輩がフルート吹いていたなんて知らなかったんです。本当です。信じて下さい」
「おとなしく白状しないとお前を学問所送りにするぞ」
とはるかを脅す。
「吹奏楽部は3月でやめました。だから最近はフルートに触りもしてません。本当です。信じて下さい」
「でも4月からこっそりやっていたんだろ」
「そんなことしてません」
「学問所はおそろしいところだぞ。素直に白状すれば許してやる」
「あたし明日香先輩となんて2年生になってから話したこともないですぅ」
と泣きながら語った。はるかは何も知らないのでどんなに追及されても何も言えなかった。教育Gメンが校内を聞き込みして回ったところ吹奏楽部解散後中野はるかは山村明日香との接触がまったくといっていいほどないことが明らかになった。また、山村明日香の家の近所で中野はるかを見たと言う証言もなくどう見てもはるかはシロだった。はるかは一晩警察に留め置かれた後釈放された。

*****

 一方都立本町高校にも教育Gメンがやってきた。江戸川区立松江第八中学校吹奏楽部のOGで元フルートパートの高校1年生宮元真澄にも捜査の手は伸びてきた。真澄も教室でクラスメイトが見ている目の前で教育Gメンに引きたてられて小松川警察署に連行された。取り調べ室で教育Gメンに
「江戸川区立松江第八中学校吹奏楽部の山村明日香を知っているな?」
「ええ、中学校の後輩です。明日香が何か?」
「山村明日香は松江第八中学校のフルートを盗み出して自宅で隠れて吹いていたのだ」
「えっ?」
「なにが『えっ?』だよ。先輩のお前が山村明日香をそそのかしたんだろ」
「違います」
「違わない。山村明日香の家から押収したフルートはお前さんが中学生時代に愛用していたものだそうだ」
「そんな、言い掛かりです。あの楽器は学校のだから卒業の時返しました。明日香が学校にあったのを盗んだんだのは別に私は関係ないですよ。私はもう松江第八中学校を卒業したんです。なんで中学校の楽器を盗みに行かなくちゃいけないんですか!」
「『吹奏楽部の後輩と楽しくフルート吹いていました』って素直に言いなよ。そうすればこんな取り調べしなくていいんだから」
「あたしは無関係です。明日香とは卒業以来会ったこともないです。学校に帰して下さい」
と真澄は気丈に言い返した。教育Gメンが真澄の周辺を調べて回ったが卒業以来明日香と真澄が会っていた様子が全くなかった。高校生になった真澄は高校の友達としか遊んでおらず、明日香と家も方角が違い明日香の家の周りでの目撃証言もない。教育Gメンが調べて回った結果真澄は卒業以後全く明日香を初めとする松江第八中学校の生徒とは接触していないことが確認された。真澄の供述にも裏付けが取られ中野はるかが共犯の本命と見ていたこともあり真澄はその日遅くに釈放された。
 二見英子は山村明日香とは明日香の指示で校内で接触しないようにしていたうえに吹奏楽部に入っていたわけではなかったので全く捜査の対象外であった。元吹奏楽部顧問の中山先生は明日香の単独犯ということが確定したので停職などのおとがめはなく引き続き松江第八中学校で教鞭を取っていた。松江第八中学校が被害届を出さなかったので明日香は改正学校教育法違反容疑でのみ送検されフルート窃盗は不起訴となった。

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