
翌朝最初に目を覚ましたのは英子だった。「ん〜っ」とのびをすると部屋にまきと愛美が寝ていて昨日のことは夢でなかったんだと思い出しほほえんだ。その気配に愛美も起きた。愛美はまきの寝顔を見て
「変な顔」
と言った。英子はそれを聞いてくすくすと笑う。愛美がまきのほっぺ指でつんつんするとまきは「んあっ」と言って寝返りを打つ。
「おもしろ〜い」
という愛美に英子は
「赤松先輩、あんまりいたずらしないほうが…」
「マジックペンで顔に落書きしちゃおうか」
「だめですよぉ」
と悪事の相談をしているとまきが起きた。愛美は
「志村先輩、おはようございます」
としれっとあいさつする。英子も
「おはようございます」
とあいさつするがまきは
「誰の顔に落書きするんですって?!」
と言いしっかり聞かれていた。
「今日もいい天気ね」
「そうですね」
「愛美、今日はどうしようか?」
「えっ」
「朝ご飯食べたら帰る?」
「うーん」
「えーっ、先輩たち帰っちゃうんですかぁ」
と英子が少し目を潤ませて尋ねる。そんな英子と目が合ったまきは帰ることができなくなったので
「天気もいいし3人でどっかに行こうか」
とまきが言うと英子は
「えっ?!」
と絶句した。英子は明日香の逮捕以来一度も家から外に出ていないので
「あっ、あの。あたしずっと外に出たことないし…」
口ごもる英子にまきは
「だめだよ。たまには太陽の光を浴びなくちゃ」
「もやしみたいになっちゃうよ」
「でもぉ…」
「英子ちゃんが行かないんならあたしは愛美と二人でどっか行くよ」
「たまには先輩と二人というのもいいですね。どこに行きましょうか?」
と嬉しそうに言う愛美を見てまきを引き止めなくてはいけないと思った英子は
「あたし、服とか全然ないし…」
と言い訳する。それを聞いたまきは
「そういう事なら心配ないわよ。お姉さん達がスタイリストしてあげるから」
「そうそう、英子ちゃんがどんな服を持っているのか見せてね」
と英子は押し切られ出かけることになった。
まきと愛美は英子が止める間も与えず英子のワードローブを出し始めた。たんすからあれこれ取り出しては床に置いていく。
「志村先輩、このスカートかわいーっ」
「愛美見て。こっちのTシャツもいいわよ」
「志村先輩、本当だぁ」
「このキュロットいいかもぉ」
「このデニムミニスカートは英子ちゃんに似合うだろうなぁ」
「このタンクトップもインナーに着るのにいいわね」
「このノースリのタートルネックセーターもいいわぁ」
「愛美、このハイソックスもなかなかよ」
「あーっ!、このニットワンピース超ラブリー!」
「こっちのジャンパースカートよくない?」
と二人のスタイリストはわいわいと英子のワードローブを出してゆくので英子は自分の内面を見られているかのようで恥ずかしかった。
「よしっ、これで完璧!」
「英子ちゃんにお似合いね」
と二人が口々に言って選んだのは白地に水玉のTシャツの上に黄色いブラウスを羽織り、花柄の膝下のスカート、ピンクのハイソックスという中学1年生らしいかわいらしいスタイルだった。英子はあまりおしゃれな方ではなかったのでこんなコーディネートは初めてでなんか恥ずかしかった。さっそく二人は英子に着替えさせると英子のまわりからしげしげと見て
「英子ちゃんかわいいよ」
「これならばっちりよ。英子ちゃん男子にもてもてね」
「そんな、やめて下さい」
「他校の男子にナンパされるかもね」
「そしたらついて行くよね」
「その時はあたしたち黙って消えるから」
うぶな英子は真っ赤になって黙ってうつむいた。
朝食の席にいつもは地味な格好をしている英子がおしゃれな格好をして食卓に降りてきたので両親は驚いていた。母親の明子は
「まぁ、英子ちゃん今日はずいぶんとおしゃれしたのね」
「あのっ、これは先輩たちが選んだので…」
「そう、まきちゃん、愛美ちゃんこれからも英子にいろいろとおしゃれについて教えてあげてね」
と上機嫌だ。今朝のまきは水色のちびTシャツにデニムミニスカート、ルーズソックス、愛美は黄緑色のポロシャツにデニムミニスカート、ルーズソックスの今時の女子中学生らしい服装だ。まきの方が愛美より7cmスカート丈が短い。まきは明子に
「あのう、お母さん、今日英子ちゃんと3人で自然動物園に行こうって話したんですけれどいいですか?」
「いいわねぇ、英子。自然動物園だって。いってらっしゃいな。お母さんがお弁当作ってあげるから」
「いえっ、その先輩たちが決めたことで…」
という英子の返事も聞かず台所に明子は入りお弁当を作るべく冷蔵庫をがさごそと物色しだした。そしてジャージャーと何かを炒める音が聞こえてくる。
「お母さんもOKってことだから楽しく動物園に行こうね」
とまきは英子にほほ笑みかけた。英子はまだ出かけることに抵抗があるようだ。
3人は近所のバス停で葛西臨海公園駅行きのバスを待っていた。1か月以上家に引きこもっていた英子は久しぶりに外出することを近所の人に見られたら何か言われるのではないかという不安が強かったのでうつむき加減で無口であった。英子はダークゾーンに包まれてバス停のそばを誰かが通るたびにびくびくとしていた。しかし幸いなことに日曜の早朝ゆえ知っている人には会わなかった。時間通りにやってきたバスは空いていて3人はすわることができた。英子は2人の先輩に押し切られての不本意な外出なのでバスの中ではあまりしゃべらずに車窓をぼんやりと見ていた。
「英子ちゃんは自然動物園に行ったことあるの?」
「小学2年生のときに両親と行きました」
「じゃあ久しぶりなのね。あたしは小学4年生の時以来かな。愛美は?」
「あたしも小学2年生の時以来です」
「自然動物園なんてこんな時でもなきゃ行かないよね」
「そうですね。今回先輩が『行こう』って言わなかったらいつ行くかってところですね」
まきと愛美がおしゃべりしていると
「次は宇喜田。江戸川区立自然動物園はこちらが便利です…」
と言うテープが流れたのでまきがピンポンとボタンを押し
「次止まります」
とテープが流れた。3人は宇喜田バス停で降りる。江戸川区立自然動物園は1分とかからない行船公園の中にある。南門から自然動物園に入るが入場無料なのでとくにチケットを買ったりすることはなく自由に見学できる。南門のそばにリスザルの檻がありちょこまか動き回るリスザルを見て英子は
「わぁ〜かわいい〜」
と言い、愛美も
「ほんとだぁ。先輩、リスザルだって。こっちを見てる」
「みてみて英子ちゃん。あそこの枝に止まっているリスザルは背中に赤ちゃんをおんぶしてるよ」
「い〜な〜、かわいーです」
と英子は目を輝かせて見ていた。隣の檻はフクロウで英子は
「先輩、ハリーポッターみたいです」
「ハリーポッターのフクロウは白かったよね」
「ヘドウィグ!(【注】ハリーポッターのフクロウの名前)」
と愛美が呼ぶけれどフクロウは見向きもしなかった。九官鳥が3人に
「バイバイ」
と話しかけるのを聞きながら3人はレッサーパンダの前に来た。まきが
「あっ! ラスカルだっ!」
と叫ぶ。愛美が
「先輩ちがうんですけど…」
「これアライグマじゃないの?!」
と言いながらレッサーパンダと書いてあるのを見てまきは唖然とした。2人のやり取りを聞きながら英子はくすくすと笑いをこらえている。ハナジロハナグマが暑さにうだって日陰で昼寝をしクモザルがロープを伝うの横目に見て3人はハイイロリスの檻に来た。愛美がチョロチョロするハイイロリスを見て
「先輩、英子ちゃん。こっち向いたよぉ」
とはしゃいでいる。プレーリードックの所に行くと英子がプレーリードックが穴を掘っている様子を見て
「かわいーっ」
と言いながらその様子をじっと見ている。まきは
「穴掘っているよぉ」
愛美も
「あれ一匹ほしいなぁ」
と口々にプレーリードックをかわいがる。その奥のベネットワラビーは小型のカンガルーで日陰に寝そべりお休み中であった。
魚類・爬虫類などが展示されている一角ではまきが木の枝にへばりつくグリーンイグアナを見て
「キモイ!」
といい、カミツキガメのケースに
「※キケンなので指を入れないで下さい」
と書いてあるのを愛美が発見し
「先輩、これにかみつかれたら痛いのかなぁ?」
「試してみたら」
と話していると飼育係のおじさんが通りかかり
「カミツキガメはベニヤ板を食い千切るくらい噛む力が強いから指なんか簡単に食い千切られちゃうよ」
と言われ3人はゾッとした。水槽に太いうなぎが展示されていてそれが管の中に入っている。まきはそれを見て
「これがウナギの寝床ってやつかぁ。初めて見るなぁ」
と一人で感心しているのを見て愛美は
「先輩それって…」
英子はくすくすと笑っている。動物園を見て回る英子は本当に楽しそうで部屋でよどんでいた英子とは別人のようだった。まきと愛美は無理やりにでも連れ出してよかったと思った。ワタボウシパンシェ(ワタボウシタマリン)とシロガオマーモセットという小形の猿を見てその隣にクサガメが折り重なるようにたくさんいる。まきが
「『親亀こけたらみんなこけた』ってこのことなのねぇ」
と変な事で感心していた。オタリアのプールに3人が行くと涼しそうにオタリアが泳いでいる。英子が
「あっ、先輩アザラシです」
と言うがアシカ目と書いてあるのでオタリアはアシカの仲間らしい。愛美が
「いいなぁ。あたしも泳ぎたい」
といったのでまきが軽く愛美の背中を押すと
「いやっ、先輩何するんですか」
「『泳ぎたい』って言うから…」
それを見て英子はくすくすと笑う。オタリアが水面から顔を出し野太い声で吠えたので3人はびっくりした。愛美が
「ほら先輩がくだらないことをするから怒ってますよ」
「愛美が『いやっ』って吠えたからよ」
3人は隣のケナガクモザルを見る。ケナガクモザルがしっぽを器用に木の枝に巻き付けて綱渡りをする様子を見て英子が
「すごいですね。よく落ちないなぁ」
「愛美だったらまっさかさまね」
「あたしそんなドジじゃないですよ」
「それより英子ちゃん、愛美、おなか空かない?」
「はい」
「そうですね。そろそろお昼にしまょうか」
と3人はケナガクモザルとオタリアの見えるテーブルに座り英子がリュックサックからは親の明子が作ったお弁当と冷たい麦茶の入った水筒を出した。上はぶどう棚になっているのでここは陽射しが遮られている。まきはさっそく英子が紙コップに注いだ麦茶を一口飲み
「あ〜おいしい〜」
と酔っ払いの親父のような事を言い愛美が
「先輩、おやじ入ってますよ」
とたしなめる。英子が
「先輩どうぞ遠慮なさらずにたくさん食べて下さい」
と言って広げたお弁当はおにぎり(サケ、おかか、タラコ)、鶏の唐揚げ、卵焼き、タコに切ったウィンナー、ミートボールがたくさん入っていた。どう見てもダイエットに気を遣う女子中学生が3人で食べるにしては多かった。
「うわぁ〜、おいしそう」
「いっただきま〜す」
とまきと愛美は口々に言いおにぎりをほおばりお弁当を食べ始める。
「英子ちゃんのお母さんは料理うまいよね」
「本当にそうですねぇ」
「先輩、母がたくさん作ってくれましたからどんどん食べてくださいね」
と英子は嬉しそうな顔をする。愛美が
「あたしダイエット中なんだけど…」
「この際だから明日からにしたら」
とまきが言うと3人は目を見合わせて笑った。
頭上のぶどう棚から不意にぶどうの茎の枯れたのが愛美のむき出しになっている左腕の上に落ちた。
「いゃぁ〜!」
と言って愛美は鮭のおにぎりを持ったまま飛び上がりイスをひっくり返して3m走って逃げた。まきと英子は愛美に何が起こったのかわからず何事かと呆然と見ている。愛美は泣きそうな顔で
「上からぶどうの茎が落ちてきたんですぅ。虫かと思ったからびっくりしたぁ」
と言う。2人は上を見てなるほどなと思った後笑い転げ、まきが
「それでもおにぎりを放さなかったのは愛美えらいよ」
「えっ」
と愛美は我にかえり右手にしっかりと握りしめた鮭のおにぎりを見る。英子もくすくす笑いをこらえながら
「一体先輩がどうしちゃったのかと思いましたよ。急に大きな声を出して走って行くんですもの」
「英子ちゃん、ときどき愛美はこんな風に気が変になるから気をつけてね」
「先輩、ひっどぉ〜い」
と3人は大笑いした。
13:15を回りそのそばにある『ふれあいコーナー』がオープンした。愛美が
「先輩、ふれあいコーナーがオープンしました。行ってみましょうよ」
と言うので
「じゃあお弁当片付けましょう」
と言い英子が片付け始める。あれだけたくさんあったお弁当は3人でほとんど平らげてしまった。もっとも英子は食が細かったのでまきと愛美でほとんど食べたというのが実情だろう。
ふれあいコーナーとは時間を区切りウサギやモルモット、鶏、チャボを抱いたり、ヤギやヒツジに自由にさわれるコーナーで子供達に人気が高い。3人は柵の中に入るとヤギが寄ってきたので英子が
「やっ、怖い」
と言う。英子の家では子供の頃から動物を飼ったことがないので実際に動物に触れるのは初めてなのだ。
「英子ちゃん、おとなしい子だから大丈夫だよ」
とまきが声を掛ける。愛美もヒツジの背中をなでさすりながら
「さわってごらんよ。ウール100%だよ」
と言う。英子はそれを聞いてくすっと笑う。
「大きいのが怖いのならそこにいるウサギとモルモットを抱っこしたら」
とまきに言われたので英子はコーナー中央の木箱の中にいるウサギに手を伸ばしおなかに恐るおそる触れる。ウサギは不意に英子に触られたので嫌がって逃げる。英子もびっくりして
「きゃっ」
と言って手をひっ込める。愛美が笑いながら
「いきなり抱っこが無理なら背中をなでるところからやってごらん」
と言うので英子は角にいるモルモットに手を伸ばす。このモルモットはおとなしい子なので英子に従順になでられている。そばにいる幼児がうれしそうにウサギを抱えているのを見て英子もまねしてみる。この子は逃げずに抱っこできた。赤ん坊をあやすように英子は背中をなでなでしてやるとモルモットは気持ちよさそうに目を細めた。まきが
「英子ちゃん抱っこできたね。かわいいでしょ」
「はい、うちでも飼いたくなっちゃいますね」
ヤギが英子の左に顔を出した。
「英子ちゃん、ヤギをさわってごらん。以外と毛がごわごわしているよ」
「本当ですか」
と英子がヤギの頭をなでるとまきの言うとおり毛がごわごわしている。英子はモルモットを木箱の中に返すと立上がりヒツジに近寄っていった。ヒツジの背中に手を触れると暖かい。これがウールになるのかぁと思った。まきと愛美は足元をチョロチョロする鶏、チャボを抱こうとするけれどなかなかつかまえられずに
「あ〜ん、トリさん待ってぇ〜」
と追いかけ回している。愛美はついに
「トリさんつ〜かまえたぁ」
と鶏を抱き上げた。まきもチャボを抱っこしていた。
3人は一通り動物たちとたわむれるとふれあいコーナーを出た。動物を触った後は手を洗うように書いてあるので3人は石鹸を着けてゴシゴシとよく洗った。柵越しにヤギが遊んで欲しそうな顔をして3人を見ている。3人はケナガクモザルの隣にいるフンボルトペンギンを見た。プールをすいすい泳いでいる様子や何をするともなく陸の上に呆然と立っている様子に英子は
「かわい〜〜」
と目を輝かせて見ている。愛美は
「ペンギンにとって日本の夏は暑いんだろうねぇ」
「そりゃ南極生れだからねぇ」
とまきが答える。
一通り動物園を見終えたのでオタリアの餌やりの時間まで3人は一度自然動物園を出て隣接する行船公園の日本庭園を散策することにした。鯉のいる大きな池のある日本庭園で英子と愛美は
「こういう所も落ち着いていいですね」
「砂利に筋をつけてあるのが和風ですよね」
と言うのに対してまきが
「やっぱあたしたち日本人よねぇ〜」
と感想を述べる。すかさず愛美が
「先輩おばんくさっ」
と突っ込みを入れる。
「こらっ! 愛美!」
と言うまきを見て英子はくすくすと忍び笑いをしている。
「あの鯉一匹いくらするのかな?」
とまきが言う。愛美が
「まさか先輩、夜中に釣り上げて食べる気じゃ…」
「あたしはそこまで食い意地張ってないわよ」
「でも鯉っておいしいらしいですね」
と英子がとどめを刺す。まきと愛美は顔を見合わせた。3人はあずまやの前を通り池に沿って回る。滝のそばに飛び石があり愛美が
「先輩、英子ちゃん行くよぉ〜」
と一人でピョンピョン渡っていく。英子も
「先輩待って下さいよぉ〜」
とはしゃいだ様子でついて行く。まきは英子が元気になってよかったなぁと思った。
木陰の小径を散策しているとそろそろオタリアへの餌やりの時間が近付いてきたので3人は再び自然動物園に戻った。オタリアのプールのそばには餌やりを見ようとする人達が待っていた。14:45になると場内に放送が流れ飼育員のお姉さんがバケツを持ってバルコニーに現れた。そしてバケツの中に入っている生のアジをオタリアに向けて1匹づつ放り投げる。オタリアたちは口を開けてジャンピングキャッチを見せるが、なかには2匹でクロスプレイとなり他のオタリアの前に滑り込んで横取りするシーンも見られる。陸に上がってアジを待つオタリアもおりなかなかの知能犯のようだ。オタリアが水上でアジをキャッチしようとするたびに激しい水しぶきが飛ぶ。それが英子にかかり
「きゃっ」
と言って避けようとする。愛美が
「ナイスキャッチ」
と言うと英子が
「すごーい。ほかの子のエサを横取りしちゃった」
まきが
「愛美といっしょで食い意地が張っているから」
「食い意地が張っているのは先輩でしょぉ」
と言うと3人は笑った。
オタリアへの餌やりが終り英子にはしゃぎ疲れた様子が見えたのでまきは
「一通り見たからそろそろ帰ろうか」
と言って南門に向かった。愛美と英子にも異存はなくそれについていく。1か月以上家に引きこもっていた英子は以前よりも体力が落ちていた。英子は
「志村先輩、今日はとっても楽しかったです」
とぺこりと頭を下げた。
「来てよかったわぁ」
「先輩、あたしも楽しかったです」
宇喜田バス停に着き。まきが愛美にバスの時刻を尋ねる。
「次のバスは?」
「17分です」
「あと13分か。バスってどうでもいい時は走っているのに乗る時に限って来ないよねぇ」
「マーフィーの法則ってやつですか?」
「そうそう。書類は捨てた翌日に必要になる、とか」
と二人が盛り上がる横で英子はまた大あくびをした。愛美が
「英子ちゃん眠いの?」
「今日は英子ちゃん大はしゃぎだったもんねぇ」
とまきは母親のような目で英子を見た。英子は恐縮し
「先輩すいません」
とあやまる。愛美が
「別に気にすることないよ」
「そうそう」
とまきが言うとバスが来た。3人はそれぞれ料金箱に小銭を入れて一番後ろの席に並んですわった。バスが走るとすぐに英子は舟をこいで寝てしまった。愛美が小さな声でまきに
「英子ちゃん寝ちゃいました」
「久しぶりに外に出てはしゃぎ回ったから疲れたんでしょ」
「降りるときも起きなかったらどうしましょ?」
「その時は愛美がおぶって」
「えーっ!」
愛美がボタンを押しバスが英子の家の最寄りの停留所に着く。まきが
「英子ちゃん、着いたよーっ、起きて」
と揺すると英子は半分だけ目を開きなんだかわからない様子でまきに従ってバスを降りた。かなり英子は眠そうで前後不覚といった様子なので愛美が3人分の荷物を持ちまきが英子の肩を抱くようにして二見家へ連れていく。
二見家着くと明子が出て
「まぁ、まきちゃん。電話くれたらバス停まで迎えに行ったのに」
となかば眠りこける英子を見て驚いた。まきは英子を明子に引き渡し明子は英子を2階の部屋に連れて行きベッドに寝かせた。まきと愛美は居間に通された。明子は2人に冷たいジュースとお菓子を出し
「今日は英子を動物園に連れていってくれてありがとう。かなりくたびれたようだけどあんなに楽しそうに英子を久しぶりに見たわ」
「今日は大はしゃぎして疲れたようです」
「別人のように『きゃーきゃー』言ってましたからね」
「うん」
「英子ちゃんどうしてます?」
「ベッドに入るとそのまま寝ちゃったわ」
「そうですか」
「じつは今までお母さんに隠していた事があります」
「えっ」
というまきの告白に昭子は驚き愛美は何の事かとまきを見た。
「英子ちゃんの不登校のわけです」
「まきちゃん何か知っているの?」
「はい」
「先輩…」
まきは明子に英子が吹奏楽部に入りたくてガリベン法でそれをかなえられず、学問所に入れられた山村明日香が個人的に英子にフルートを教えていたこと。明日香が学問所に入れられたのは自分がフルートを吹きたいなんて言ったからだと思っていること。それと教育Gメンのの影におびえ外出できなくなったことを話した。
明子はそれを聞いて
「うーん、英子ちゃん辛かったでしょうに…」
としか言えなかった。そして
「よく話してくれたわね。ありがとう。今までなんで英子が学校に行かなくなったのかだけがわからなかったの。そんな事があったのねぇ」
「この事はお母さんは何も知らないことにして下さいね。英子ちゃんはお母さんに心配かけたくなくて一人で抱え込んでいたのですから」
「わかったわ。これからも英子のこと面倒見てあげてね」
「はい。じゃああたしたちこれで帰ります」
とまきが席を立つのに愛美もつづく。
「今日は本当にありがとうね。これが英子が立ち直るきっかけになればいいけど」
「お母さん、黙って英子ちゃんを見守ってあげましょう。余計な手は出さないほうがいいと思います」
「今日の英子ちゃんを見ている限り大丈夫ですよ。動物を見て『かわい〜』って言えるくらいですから」
と2人の女子中学生に意見され明子はこの2人を感心した目で見た。2人が英子の部屋に荷物を取りに行くと英子はくーくー寝息を立てて眠っていた。それは安らかな寝顔であった。
自転車を並べて2人が帰る。あたりは薄暗くなってきている。愛美が
「先輩、英子ちゃん楽しんでくれてよかったですね」
「そうね、ときどき英子ちゃん引っ張り出してどっか行こうか」
「いいですねぇ。今度どこ行きましょうか」
「遊園地なんてどうですか?」
「この暑いのに並ぶのは英子ちゃんに耐えられるかなぁ?」
「どっか旅行に行きたいですよね」
「中学生だけでは無理に決まっているでしょ」
「そっかぁ」
「英子ちゃんって磨けば愛美よりかわいいと思うのよ。だからお洋服を買いに行こうか」
「あたしの方が英子ちゃんよりきれいですよぉ」
と愛美が言うと2人は笑った。そして曲がり角で二人はそれぞれの家の方へと別れた。
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