8月半ばの定期試験で明日香のいるJ−6号房は6人全員が合格点を取り食事の量が全量になった。川田和歌子が
「うわぁーっ! ごはんがたくさんあるぅ。うれしーっ」
と言うのを町田晴美が
「その位のことで子供みたいに喜ばないの」
とたしなめるが加藤ちひろが
「今度はいつ全量食べられるかわからないから味わって食べましょ」
と言う。これが晴美を含めたJ−6号房全員の本音であろう。6人は食べることに集中して黙々と食事をした。
6人全員が食べ終わるとちひろは
「あーあ、あたしねむくなっちゃった」
と言って床にごろりと横になる。
「あたしもー」
と和歌子が続く。晴美は
「なによ、あなたたちだらしないわよ。女の子でしょ」
と言うけれど腹がふくれればまぶたがくっつくのは道理でちひろたちをたしなめた晴美も含めてJ−6号房の6人全員が床にゴロ寝をし死んだように半日の間眠り続けた。J−6号房の6人はこのところ空腹であまりよく眠れなかったのだ。
J−6号房の6人が目を覚ますともう夕食の時間に近かった。
「あ〜あ、よく寝た」
と田中由美子が大あくびをした。ちひろが
「やっぱ食事が全量だと体の調子がいいよね」
「あのさぁ」
と明日香が口を開く。晴美が
「何よ」
と剣呑な調子で言う。
「今まで誰がJ−6号房の足を引っ張ったとかでケンカしてきたじゃない。それって不毛だと思うの。誰にも得意・不得意があるわけだしJ−6号房全体の成績を上げる工夫が必要だと思うの。だから今まで各個人が敵みたいにしていたけどお互いに教えっこしてJ−6号房がずっと全量でいられるようにしようよ」
今まで学問所ではずっと各生徒を競わせる事ばかりさせられていたのでJ−6号房の6人が団結して何かをした事など一度もなかった。しかし十分な量の食事を得て人心地ついてよくよく考えれば明日香の言う通りだ。おなかいっぱいに食べられていい思いさえできれば何もJ−6号房の仲間同志で争う必要などない。
「確かに明日香の言う通りよね」
とちひろが言う。
「あたしも賛成」
明日香の意見に賛成するのはしゃくだけどその通りだと思った晴美は
「呉越同舟というわけね」
と素直でない。
6人の協力態勢が整えばそれまでひどい合計点だったJ−6号房の成績が上がるようになった。不得意科目を教え合い協力するようになってからずっとJ−6号房は全量をキープしていたのでJ−6号房は学問所の中で一目置かれる存在になっていた。
「ねぇ明日香、この英文はどう訳すの?」
と何かと明日香に敵対していた晴美もよきパートナーに変わった。
「晴美、これはね…」
明日香も晴美に親切に意味を教える。J−6号房は一つになっていた。ずっといい成績を取っているので模範雑居房としてJ−6号房は労役など一切を免除され学業に専念できる環境になった。J−6号房の6人は
「次の卒業試験で6人いっしょに学問所を卒業しようね」
と誓い合い一層学業にはげんだ。卒業試験は半年に一度なのでこんなところ早く出たいから9月下旬にあるそれにすべてを賭けなくてはならなかった。
9月29日、前期の卒業試験が行われる。会場の大教室に入る折はカンニング防止のため男性の看守がボディチェックと称して女子生徒たちの体を服の上からいやらしい手つきでまさぐり中には泣き出す女子生徒もいた。明日香もその小さな胸と太ももをいやらしく触られてとっても嫌だったけれどここで騒ぎを起こせば試験を受けられなくなるので唇を噛んで耐えた。チャイムと共に試験が始まる。ばさっという問題用紙をめくる音が大教室に響く。学問所からの脱出がかかっているからみんな必死だ。解答を書く音すら聞こえるほど教室は静まり返っていた。大勢の看守が机の合間を見回っている。明日香は問題を見て中学3年生の問題にしてはレベルが高いと感じた。近くにはまったく歯が立たずにため息をついている女子生徒もいる。しかし明日香はJ−6号房のみんなで不得意分野を教えっこしてきたので落ち着いて解けば決して解けない問題ではなかった。明日香たちは午前中に英国社、午後に理数の試験を受ける。午前最後の社会の試験を受けると女子生徒たちはそのまま大教室で支給された弁当で昼食とした。大教室は午前の試験の出来について話し合う女子生徒の声で騒がしかった。
午後の数学の試験が終わると女子生徒たちは自分の雑居房に帰された。結果は明日の夕方発表だと言う。J−6号房に戻った晴美は
「ねぇ、明日香。どうだった?」
「たぶん卒業できると思うよ。晴美は?」
「あたしも大丈夫そう」
「あたしダメかも」
とちひろが深刻そうな顔で言う。
「数学と社会が全然ダメだった」
と由美子が言うのを晴美が
「まだダメと決まったわけじゃないんだから」
と肩を抱いて元気づけるが白々しいばかり。ダメな事は本人が一番よくわかっている。
翌日夕食の後に合格発表が行われる。ここで合格できないとあと半年学問所で過ごさなくてはならないので深刻だ。明日香たちJ−6号房の面々を初めとして女子生徒たちは食事か喉を通らないし何を食べても味がわからない。誰もがこれで学問所とおさらばしたい。食事が済んだ頃看守が生徒たちの前に進み出て
「体育館に卒業試験の合格発表をしたので各自確認するように。合格者は明日卒業式を行い自宅に帰すのでここを出る支度をするように」
と告げる。女子生徒たちはシーンと静まり返って聞いていたが一人の女子生徒が立ち上がったのをきっかけに雪崩を打って合格発表をしている体育館に駆け出した。別に早く行ったところで結果は変わらないのだが自分の合否をみんな一刻も早く知りたかった。女子生徒の中には階段で足を踏み外したり押されて転倒する子もいた。女子生徒たちが体育館に駆け込むと壁に合格者の名前が雑居房ごとに貼ってあった。合格して「やったぁ〜」と言って飛び跳ねて喜ぶ子や不合格でわっと泣き出してしゃがみ込む子、「うそっ!」と絶句して固まってしまい涙を流す子、仲のよいお友達同士抱き合って卒業を喜ぶ子たちなど明暗くっきりと別れた。合格した子が不合格の子をなぐさめようにもなんと言っていいのかわからないし、なぐさめようとしてくれたお友達に
「あんたはこれで卒業できるからそんな事言えるのよ」
とヒステリックにわめき散らす子もいた。高校受験は滑り止めに受けた高校で救われることもあるが学問所の卒業試験にそれはない。不合格はあと半年学問所での生活が続くという厳然たる事実を意味するだけであった。
J−6号房
町田晴美
川田和歌子
山村明日香
と貼ってある掲示板を前に明日香は困惑した。「6人いっしょに学問所を卒業しようね」と誓い合った田中由美子、高橋順子、加藤ちひろの名前が何度見てもない。田中由美子、高橋順子、加藤ちひろの3人は掲示板を前に表情をこわ張らせていた。町田晴美、川田和歌子、山村明日香の3人は手放しで喜ぶこともできず複雑な表情をした。それに気付いたちひろが
「晴美、和歌子、明日香。卒業おめでとう」
と言うが無理して笑顔を作っているのが丸見えでかえって痛々しかった。そんなちひろに明日香は
「ありがとう」
としか言えなかった。
「3人とももっと喜んでいいんだよ。卒業できるんだよ。お家に帰れるんだよ…」
と言うちひろは大粒の涙を流していた。
「あたしたちは次の卒業試験でかならず卒業するから、だから気にしないで」
と言う由美子もまた泣いていた。何と言ってよいのかわからない和歌子はただただ泣くばかりであった。
町田晴美、川田和歌子、山村明日香の3人にとって学問所最後の夜は学問所に残らなければならない田中由美子、高橋順子、加藤ちひろの3人と6人で規則に反して語り明かした。看守も今夜は黙認しているようだ。卒業する町田晴美、川田和歌子、山村明日香の3人は学問所に残らなくてはならない3人にそれぞれルーズリーフに寄せ書きをした。明日香は「ちひろのことは忘れないから半年後外で遊ぼうね」などと書いた。学問所に残る3人からも卒業する3人に寄せ書きを書いた。卒業の朝学問所に入るときに奪われた私物が返還され明日香は学問所の汚い作業着を脱ぎ白いパーカーとデニムミニスカートを身に付けてようやく自分に戻ったような気がした。体育館で所長の長い訓示のあと蛍の光を歌った明日香たち卒業生は学問所の門からシャバに出た。J−6号房の窓から手を振るちひろたちに明日香たちは手を降って別れを惜しんだ。門の前には多くの父兄が出迎えにきており、マスコミの取材もあった。テレビのカメラが卒業生たちを写す。おそらく夕方のニュースで顔にモザイクをかけて流すのだろう。明日香は晴美と和歌子に連絡先を教え
「メールちょうだいね」
「うん、必ずするから」
「約束だよ」
と誓い合い別れた。
「明日香ちゃん」
不意に明日香は懐かしい声に呼ばれてそっちを向くと明日香の母が車で迎えにきていた。明日香は母の姿を見ると駆け寄ってその胸に飛び込み
「お母さん、ごめんねぇ」
と大きな声を上げて泣いた。今までずっとこらえてきたものが一気に緩んだのだ。母も明日香の髪をなでながら
「明日香ちゃんよくがんばったね」
と言った。女子学問所の前で他の親子も同様のシーンをくり広げていた。明日香の母は明日香が落ち着くまで胸で泣かせた。そうした後明日香を車の助手席に乗せなつかしい江戸川区の我が家に帰った。明日香は泣き疲れてずっと寝ていた。