小説の部屋

学問所の少女たち


2004/7/28 脱稿    

学問所の少女たち

   

その12

第12章 明日香の復帰

 10月7日、明日香は約4か月ぶりに松江第八中学校のセーラー服を着た。明日香は学問所でひと夏を過ごしてしまったので今年は夏服を着る機会がなかった。あーあ、中学生最後の夏に夏服を着たかったなぁと明日香は思った。松江第八中学校に登校すると他の生徒たちは学問所帰りの明日香を遠巻きに見てはひそひそ話し明日香と目が合うと気まずそうに目をそらす。松江第八中学校の父兄の一部に学問所帰りの子と付き合うと高校入試で不利な扱いを受けるというデマが流れているためだ。志村まきと赤松愛美の2人以外元吹奏楽部員も明日香に近寄りもしないし廊下で会っても目を伏せ足早に通り過ぎて行く。元吹奏楽部というだけで言われなき迫害を受けてきたからそれも当然のなりゆきだろう。特に教育Gメンの取り調べで恐ろしい思いをしている中野はるかは廊下で明日香と出くわすと明日香が一言わびようとしたのに「いやっ!」と言って逃げる始末だ。
 3年1組の教室に担任に付き添われて山村明日香が姿を現す。明日香が教室に復帰した事に困惑しているクラスメイトの視線は冷ややかだ。一部の女子生徒は明日香に聞こえよがしに
「あーあ、なんで学問所帰りの子と同じクラスなのよ。信じらんないーっ」
「高校入試で内申が不利になったらどうしよう」
「あの子をどっか別の学校に転校させてくんないかなぁ」
と明日香を非難した。まったくと言っていいほど教室には明日香を歓迎する空気はなかった。明日香が教育Gメンに逮捕されたとき
「あのクラスから学問所送りが出たんだって」
と全校の噂の的になり3年1組のクラスメイトたちは明日香の共犯みたいな言われ方をされ肩身の狭い思いをしてきたのだ。その明日香が忘れた頃になって3年1組に戻ってきたのだからたまらない。これから中学3年生たちは高校受験モードに入ろうとしていた矢先に明日香の復帰で動揺するクラスメイトたちに誰一人として明日香に話しかけるものはいなかった。なまじ明日香と話して仲間だと思われたくないからだ。
 3年3組の女子生徒に高岡祐子と藤井文花という2人組がいた。この2人はかなり意地悪なグループで以前から気の弱い女子生徒を陰でいじめていた。この2人が学問所帰りの明日香を放っておくはずもなく、祐子が廊下の角に隠れ休み時間にトイレに向かう明日香の通るタイミングに合わせ文花の合図で祐子が足を出し明日香の足をひっ掛ける。明日香は不意を突かれ無防備なままバランスを崩して廊下に転んでしまった。それに気付かぬ振りをして廊下の角からたまたま通り掛かったような顔をして出てきた祐子が明日香の腹に蹴りをいれる。明日香は「ぐぇっ」と言って腹を押さえうめいた。そして明日香の存在に今初めて気が付いたかのような声で
「あら山村さん、そんなところにはいつくばっているから気が付きませんでしたわ。いつの間にか学問所からお帰りでしたのね」
文花も明日香のそばに来て
「山村さんはさぞや学問所で勉学に励まれたんでしょうね。だからやる事が変わってらっしゃるわ」
「今度ぜひ勉強を教えていただきたいものですわ」
「学問所仕込みの」
と2人でさんざん嫌味を言う。この手の嫌がらせには学問所で慣れているとはいえ明日香は腹が立った。しかしここで明日香が手を出して反撃したらこの2人は嵩に掛かって明日香を攻撃しますます校内での立場が悪くなるから明日香はぐっとこらえた。何か言い返したらそれこそ校内に何を言い触らされるかわかったものではない。騒ぎを聞きつけて3年2組の教室から出てきた志村まきが割って入った。
「ちょっとあんたら、やめなさいよ」
「何よ、あんたには関係ないでしょ」
「そーよ、くちばし突っ込まないでよ。吹奏楽部つながりであんたも共犯?」
「明日香大丈夫?! こいつらに何されたの?」
とまきは心配そうに明日香を抱き起こす。
「あたしたちは何もしていないわよ。山村さんと『学問所仕込みの勉強を教えていただきたいわ』と話していただけよ」
「そうよ、そうよ」
悪びれる様子もない2人をまきはきっとにらみ付けた。しかしまきもここで騒ぎを大きくするのは明日香に不利だと見て取り
「明日香大丈夫?! さぁ立って」
とまきは明日香を立たせる。
「保健室行こう」
とまきは明日香を中学3年生の廊下から連れ出して明日香に肩を貸しながら階段を下り保健室に行った。明日香は消え入りそうな声で
「まき、あたしにかまってくれなくていいんだよ。まきまでハブられちゃうよ」
「あたしと明日香は吹奏楽部の仲間でしょ。あたしは正しいことをしているだけ」
とまきはきっぱりと言う。明日香はうれしくて「まきっ」と言いながらまきの胸に顔を埋めてわんわん泣いた。

 その日明日香は終礼まで保健室で過ごすと教室にカバンを置いたまま一人で黙って下校した。まきと一緒に帰ればまきまで周りの生徒たちに何か言われてしまうと心配したからだ。校門を出て少し歩いたところで45歳くらいの男が明日香に近付いてくる。明日香は教育Gメンか?!と身構える。
「山村明日香さん?」
と男は声をかけてきた。明日香は緊張した面持ちで
「はい」
と答える。
「週刊レイアの吉田と言います」
と男は明日香の手に名刺を渡した。明日香は教育Gメンではなかったので拍子抜けして
「はぁ?」
と答えた。週刊レイアは大人の男性が読む雑誌であることは明日香も知っていた。吉田は明日香を喫茶店に誘った。明日香は制服姿ということもあり松江第八中学校の関係者に見られると厄介なことになるから松江第八中学校からかなり離れた船堀駅前ビルの地下にある喫茶店に入った。吉田はホットコーヒー、明日香はクリームソーダを注文した。吉田は
「週刊レイアでは改正学校教育法に反対する連載特集を担当しています」
とこれまでに週刊レイアがやってきた改正学校教育法反対の連載特集を週刊レイアのバックナンバーを明日香に見せて説明した。週刊レイアは改正学校教育法を美化する人々の意見を一つづつ反論し、改正学校教育法が教育現場にいかなる悪影響を与えているかなどについて記事を出していた。週刊レイアは新日本学習塾連合会と文部科学大臣の陰のつながりについてもつかんでおり、明日香はこいつらのせいで学問所であんな酷い目に合わされたのかと無性に腹が立ってきた。吉田は
「学問所こと教育少年院の実態をあばくため学問所を卒業してきた生徒に匿名OKという条件でインタビューをして手記を書いてもらおうと何人かに当たったんだけれど皆断られてしまいました。山村さん、協力していただけませんか。あなたのプライバシーは守ります」
「えぇっ、でもぉ」
「改正学校教育法はどう考えてもおかしいし、日本のためにはならない。だから一刻も早く撤廃したいんです」
と言う吉田の表情に真剣なものを感じた明日香は今こそ学問所に閉じ込められた学生たちを解放するために戦おうと思ったので吉田に
「いいわ、実名で学校名も出して書きましょう」
と引き受けた。

 翌日から明日香は学校を休んで週刊レイアに載せる手記を自室にこもって書いていた。学校に行かない明日香を両親は心配し
「明日香ちゃん、学校で『学問所帰り』といじめられているんだって」
「そうだけどいじめは学問所でなれっこになったわ」
「だけど…。『学問所帰りの子と付き合うと高校入試で不利な扱いを受ける』みたいな事を言われているって聞いたから…」
「だいじょうぶ、家でやりたいことがあるから休んでいるだけ。心配ないから」
「そう、それならいいんだけど…」
と説得した。明日香の母は学問所帰りの娘を心配そうに見ていたけれど明日香の部屋から出ていった。それから明日香は原稿用紙にペンを走らせた。
 松江第八中学校に登校しない明日香を志村まきと赤松愛美は心配して放課後制服のまま見舞いに来てくれた。まきは明日香が教室に残したカバンを持ってきてくれた。
「どうしたの明日香、学校来ないから心配したよ。昨日も一人で黙って帰っちゃうし。」
「そうですよ、山村先輩が来ないからあたしももう先輩が学校来ないんじゃないかと心配しちゃいました」
「高岡と藤井が『明日香は学問所帰りで勉強ができるからこんな学校にはもう来ない』とかいろいろデマを流して歩いていてあたしガツンとし言ってやったわ」
「あの2人2年生の廊下にまで来てデマ流すんですよ。3年生じゃなかったら殴ってますね」
「やっぱ高岡と藤井が原因?」
「違うわ。あの手の嫌がらせは学問所でなれっこになったわ。学問所ではリンチは公然と認められていたから試験で悪い成績を取ると同じ雑居房の生徒からはがいじめにされてビンタや膝蹴りされることがよくあったわ」
と明日香は2人に学問所での生活について語った。2人は沈痛な面持ちでそれを黙って聞いていた。2人の予想以上に明日香は学問所でひどい目にあわされていたのだ。何と言っていいのかわからず気まずい沈黙が流れた。
「2人とも来てくれてありがとう。あたしは元気だから心配しないで。家で教科書を読んで遅れた分を自習していたの」
と明日香は週刊レイアに載せる手記のことについては2人に話さなかった。
「それを聞いて安心したわ。わからないことがあったらあたしにも聞いてね」
「志村先輩わかるんですか?」
「それどういう意味よ」
と3人は笑った。
「今やりかけていることが終わったら3人で遊びに行こうね」
と明日香は言った。まきと愛美の2人は明日香が元気そうなのでひとまず安心ししばらくの間おしゃべりを楽しんで帰っていった。

 翌週号の週刊レイアの中吊り公告に「恐怖の学問所から奇跡の生還! そこは生き地獄だった」という見出しで明日香の手記が載る旨公表された。マスコミ各社もこれがいかなる記事かとワイドショーなどでも話題になった。世間一般では学問所に入れられると勉強ができるいい子になって帰ってくるというイメージがあったので今までに誰も学問所の実態に関心を持っていなかった。しかしその実態は教育施設ではないらしい?ということなので大きな反響を呼んだ。

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