小説の部屋

吹奏楽特殊部隊ラブリー クロー


2003/6/8 脱稿    

吹奏楽特殊部隊ラブリー クロー

                           タリカス   

その1

     

プロローグ


     わぁーーーーーーーーっ

という拍手と歓声がホールに響き渡る。横浜市立N中学校吹奏楽部定期演奏会の最後の曲が終わったのだ。やがて拍手は

     パチン パチン パチン パチン

という不揃いな手拍子になりそれが

     シャン シャン シャン シャン

というアンコールを求める手拍子に収斂(しゅうれん)されていった。それに気をよくした顧問の鈴村先生はタクトを持ってステージにふたたび出て行くと観客はわぁーっと拍手で答える。鈴村先生はワイヤレスマイクで観客に
「本日はご多忙の所を大変多くの方に聴きにきていただき大変ありがとうございました。我が吹奏楽部にとってこの定期演奏会が毎年最大のイベントですので大変に嬉しく思っています。さて、私事ではございますがここでお時間をいただき3/11の卒業式の後も制服姿で毎日登校しこの定期演奏会のために練習してきた3年生たちの吹奏楽部卒業式を行いたいと思います。どうかしばらくの間おつき合い下さい」
と言う。<青春の輝き>が静かに演奏される中 鈴村先生がワイヤレスマイクで
「駒林佐奈美」
と名前を呼ぶとオーボエパートのその生徒は
「はい」
と答えて楽器を置き指揮台に向かう。下手のスタンドマイクでオーボエパートの2年生 小西ゆかりが
「駒林先輩は楽譜も読めず、覚えの悪い私に一生懸命オーボエの事を教えてくれました。この2年間先輩にいろいろと教えていただいた事がつい昨日のように思えます。私は駒林先輩をいつまでも忘れません。高校生になっても吹奏楽部でがんばってください…」
とメッセージを読み上げ、鈴村先生は駒林佐奈美に色紙と花束をわたしがっちりと握手する。客席にいるお友達から
「さなみぃーっ!」
と声が掛かる。もらう方の3年生 佐奈美はもちろん、メッセージを読み上げる後輩 ゆかりも泣いている。駒林佐奈美は色紙と花束をもらうと下手にいる小西ゆかりの所に行き泣きながらゆかりの頭をなでてやる。そしてステージの前に立つ。
パーカッションの羽田佳央理に渡す2年生田沢佳代子はステージに出たときからもう泣いている。それにつられ羽田佳央理も泣いている。佳代子はすすり上げながら羽田佳央理へのメッセージを読み上げている。
「佐藤先ぴゃいはいつもにこにこしていて私は吹奏楽部に入ってからずっと佐藤先ぴゃいのチューバの演奏はしゅごいなぁと感心していまチた。佐藤先ぴゃいは不器用なわたちにも熱心に指導してくだしゃりわたちに吹奏楽の楽ちさょ教えてくれまちた。先ぴゃいが卒業するなんて信じられましぇん。高校生になっても時々N中に遊びにきてくだしゃい」
メッセージを読み上げるチューバの2年生の秋田さおりは涙でろれつが回らなくなってきている。チューバの佐藤佑香は2年生の秋田さおりと抱擁した。
 無理に笑顔を作ってけなげにほほえむ2年生もいたけれど3年生も2年生もみんな泣いている。
 最後の3年生 部長でクラリネットの田村尚美へのメッセージの途中で指揮者の鈴村先生はBGMの演奏を止めた。2年生 土田美幸の読み上げるメッセージとすすり泣きだけがホールに響く。バックで聞いているパーカッションの子も「うっ」と声を上げて泣いている。そして前に並んだ3年生たちは客席に向かい
「ありがとうございました」
と深々と頭を下げた。
 その後3年生を代表して部長の田村尚美が下手のスタンドマイクであいさつする。尚美は背が低くてスタンドマイクに口が届かず背伸びしているのがかわいい。尚美はマイクの向きを変えて口元に合わせた。涙で声が震えている。
「なおみぃーっ」
と客席から女の子の声が飛ぶ。
「本日はN中学校吹奏楽部定期演奏会にご来場ありがとうございました。私が昨年の3月に部長になって以来壁に当たったり、意見が合わなくて部員同士がぶつかったりして嫌な雰囲気になったこともあったけれど(ここで「うっ」とこみ上げてきてしまい尚美は手で顔をおおう。他の部員から「がんばれ!」の声)こんな私についてきてくれた他の3年生や後輩たちのサポートがあったので乗り越えてこられました。いままでみんなありがとう。今日で3年生は引退するけれど後輩たちにはかんばってほしいです」
と泣きながら述べた。会場は割れんばかりの拍手につつまれ2年生の新部長秋田さおりから花束を渡されて尚美は
「さおりちゃーん」
と人目をはばからず大泣きしてしまいさおりはどうしてよいのかわからずおろおろしていた。

第1章 新入生勧誘会議

 「今年は中学1年生30人入れます」

新部長の秋田さおりがそう言うと横浜市立N中学校音楽室に集う吹奏楽部の部員たちは一様にどよめいた。涙、なみだの定期演奏会から数日後のことだ。
「ちょっと、さおり。いくらなんでも30人は無謀じゃない」
クラリネットの新3年生 土田美幸が反論した。
「じゃあ美幸は一体何人入部させればいいというわけ?」
「30人とか人数にこだわるんじゃなく、できるだけたくさん」
「美幸、あんた甘いよ! 具体的な数値目標なくして部員の大量入部はない!」
と、さおりは美幸をにらみ付けながら言い放った。音楽室に火花が散り新2年生たちは二人の新3年生の対立をおびえたように小さくなって見守っていた。
「まぁ、まぁ お二人さん。ここでケンカしていたら入る新入生も入らなくなっちゃうわよ。まず反論する前にさおりの作戦を聞きましょう」
と新3年生の平野渚がその場を収めた。渚はさおりといつもコンビを組んでいる子なので美幸は
「なによ、渚までさおりの肩持つ気」
とまなじりを上げる。
「美幸、渚の意見は正しいわ。まずはさおりの作戦を聞きましょう」
と新3年生の小西ゆかりがいう。この子はさおりと美幸とは中立的な立場の子なので美幸は意見を受け入れた。秋田さおりは
という作戦内容を披露した。それに美幸は
「こんなので30人入るとは到底思えないわ」
とケチをつける。さおりが
「じゃあ今度の練習までに1年生が30人入る勧誘作戦の絵コンテ描いてきてよ」
と美幸に詰め寄ると美幸は「うっ」と詰まった。音楽室の空気が緊迫し他の部員はさおりと美幸が髪の毛引っ張りあって殴りあう姿を想像して息を飲んだ。
「二人ともやめなさい」
とボクシングのレフェリーのように小西ゆかりが二人を引き離した。ゆかりが間に入らなかったら間違いなく二人は殴りあいになっていただろう。
「今日はこれで解散して頭を冷やしましょう」
とゆかりが提案してその日の作戦会議は終わった。
「渚と真澄といずみはちょっと残ってくれる」
とさおりが言うと美幸が
「あら、4人で私に仕返しをする相談でもするのかしら」
「なによ、あんたやるってぇーの」
とつかつかと間合いを詰めようするさおりを渚が後ろからはがいじめにして
「美幸、いい加減にしなさいよ。さおりもあんな子の挑発に乗らないの。美幸、早く帰って」
と言うと美幸は
「はいはい、野蛮な部長さんに殴られないうちに帰りますよ」
と捨てゼリフを残して音楽室から出ていった。さおりは
この女、殺してやるぅ!
と叫び渚にはがいじめにされながら目を血走らせじたばたと暴れた。新2年生たちもとばっちりが及ばないようにこそこそと帰っていったので音楽室には新3年生の秋田さおり、平野渚、宮山真澄、新2年生の牧田いずみの4人が残った。
「なによあの女、チョームカツク! いつかマレットでなぐり殺してやる!」
と怒りまくるさおりをしばらく3人は放置しておいた。
 やがて言いたい放題言ってすっきりとしたさおりが落ち着いて
「みんなごめんねぇ、部長なのにエキサイトしちゃって」
「いえ、先輩。土田先輩が悪いですよ。秋田先輩の提案を頭ごなしに否定して」
とさおりを姉のように慕う牧田いずみが言う、
「そうね、美幸の態度にはあたしも頭にきた。さおりにかわってぶん殴ってやろうかと思ったわ」
と宮山真澄。
「で、さおりのあたしたちへの用事ってなにかしら? 美幸を闇討ちにする相談なら降りるわよ」
と渚が言うと
「うわぁ、おもしろそう。あたし秋田先輩の仇討ちをお手伝いします。うちにお兄ちゃんの金属バットがありますからそれを借りてきますね。暗いところで目立たない黒いパーカーもあるんですよこんな時に役に立つとは思わなかったなぁ」
といずみは幼い顔して恐ろしいことをうれしそうに言った。真澄は
「あたし 参加してもいいわよ。美幸には1年生のときからむかついてたから」
「真澄!」
と渚は真澄をたしなめた。
「だめよ! 暴力沙汰起こしたら吹奏楽部が活動停止になっちゃうわよ。そしたらコンクールも出られなくなるわよ。さおりも変な考え起こさないで」
と渚は過激な方向に突き走る真澄といずみを止めた。さおりは
「誰が『美幸に闇討ちする』って言ったの?」
「だってさっき『この女、殺してやるぅ!』って叫んだじゃない」
「あれは言葉のアヤよ」
「じゃあなんであたしたちを残したのよ」
「実はね、普通の方法では中学1年生30人入れるのは無理だからこの4人で特殊部隊を組んで中学1年生を一本釣りしようと思って」
「一本釣り?」
「どうやって?」
といぶかる3人にさおりはごしょごしょと特殊部隊の作戦内容を伝えた。
「だめよ、そんなの。バレたら活動停止よ」
と渚は引いてしまった。
「だから絶対にバレないようにうまくやればいいのよ。中学1年生がたくさん入らないと吹奏楽部はつぶれるよ。渚、それでもいいの?! 部員をたくさん入れるためにはあらゆる手段が『正当化』されるの。そうよ、これは吹奏楽部を守るための『聖戦』なの」
「でもものにはやり方というものが…」
「甘い! そんなこと言ってたら他の部に中学1年生をごっそり持っていかれるよ! 私は部長として先輩方から吹奏楽部を託された女。だからどんな手を使ってでも中学1年生を吹奏楽部にたくさん入れなくちゃいけないの。渚わかる?!」
とさおりは顔を真っ赤にしてヒットラーやムッソリーニのように激しく演説した。さおりは自分の演説にうっとりと酔っており渚はまた始まったかと頭をかいた。新2年生のいずみは
「秋田先輩、かっこいー」
と目をうるませてうっとりとさおりを見ている。渚は
「だめよ、いずみまでさおりの相手しちゃ」
と止めようとするがいずみは
「あたしも秋田先輩の意見に賛成です。特殊部隊なんてかっこいーじゃないですか」
「さおり、あたしは反対だからね。降りるわよ、鈴村先生に言いつけるからね」
と渚が席を立ち音楽室を去ろうとするとさおりは
「あっそう、そんならあたしは渚がサッカー部の塩山クンにコクってフラれたこと校内に広めておくからね。渚がフリーだってわかったら校内の男子が渚のこと放っておかないわよ」
渚の動きがギクッと止まる。引きつった顔で振り向き
「な、なんでさおりがこの事知っているのよ」
とうわずった声で言う。
「あたしは特殊部隊のリーダーよ。なんでも知っているんだから」
さおりは胸を張って答える。
「本当はなんで知っているんですか?」
といずみが目を輝かせてさおりに聞く
「渚は廊下の角で塩山クンにコクってたでしょ。あの時たまたまあたしは通り掛かって渚の声がするので話しかけようかと思ったら『塩山クン好きです。あたしとつきあって下さい』でしょお。いやーもうどうしていいのかわかんなかったわよぉ」
「……」
「あれっ、渚は鈴村先生のところに行くんでしょ。早く行ってきなよ」
とさおりは勝ち誇ったような顔で言う。
「へぇーっ、平野先輩は塩山先輩が好みだったんですかぁ」
「渚は美形好きだもんね」
といずみと真澄がひそひそと話しているのを聞いて渚はさっきまでの勢いをそがれ真っ赤になってうつむいている。さおりはいじわるな顔で
「どうする?協力してくれれば黙っててあげるけどそれでも鈴村先生のところに行く?」
とさおりが言う。渚は
「わ、わかったわよ。協力すればいいんでしょ。特殊部隊でも秘密戦隊でも入るわよ」
とやけくそな声で言った。
「名前をつけなくちゃいけませんね」
といずみが言う。
「かわいいのがいいわぁ」
と真澄。
「私たちにふさわしいのを」
とさおり。渚はやけくそな態度で黙っている。
「はーい、先輩。『ラブリー キャッツ』なんてどうですか?」
といずみが提案。
「その『ラブリー』というのはいいわね。他は?」
「『フラワー エンゼル』とか」
「『フラワー』はなんか弱そうねぇ。渚は何かないの?」
と振るけれど渚はふて腐れたように黙っている。
「『塩山クン好きです。あたしとつきあって下さい』」
とさおりは渚の口まねをする。
「さおり、やめてよぉ」
「だったらまじめに参加しなさい」
「『タイガー』とか強そうでいいんじゃない」
と泣きそうな顔の渚が言うが
「あたしベイスターズのファンだからダメです」
といずみに反論された。
「『鉤爪』で中学1年生をひっ掛けるという意味で『ラブリー クロー』なんてどうかしら」
と真澄が言う。
「真澄、それいい! 『ラブリー クロー』に決定したいけれどいいかしら」
「いいでーす」
といずみが嬉しそうに言う。
「特殊部隊『ラブリー クロー』かぁ。かっこいいわぁ」
「正義の味方みたいですよねぇ」
「みんな、この部隊の存在は吹奏楽部の他の部員にも絶対秘密よ」
「秘密部隊なわけね」
と真澄が言うといずみが
「吹奏楽部の仲間にも言えない秘密部隊かぁ。映画みたい」
と盛り上がっているそばでさおりたちに秘密を握られた渚だけが浮かない顔をしていた。

第2章 朝の小競り合い

 その翌朝、横浜市立N中学校の2年生昇降口で入学式とクラブ紹介での演奏の練習に登校したさおりと美幸が出くわした。まだクラス発表前なので2年生の昇降口を利用していたのだ。二人の目が合い、バチッと火花が散る。美幸が
「秋田さん、おはようございます。昨夜は闇討ちにお越しになると思ってお待ちしていましたのにおじけづいて来られませんでしたわねぇ」
と周りにいる生徒にも聞こえよがしにわざとらしい丁寧な言葉遣いで言った。
「土田さん、おはようございます。あなたのような方と関わると心が汚れるから行くわけないじゃありませんか。『闇討ち』なんて野蛮ですこと」
とさおりも応戦。
「あら、秋田さんは弱虫の臆病者でこの私とタイマン張る勇気がおありでないから昨日は子分集めてこの私を闇討ちする相談をなさっていたではないですか」
さおりは反論したかったけれどラブリー クローの事を話すわけにはいかないからぐっとこらえた。それを見た美幸は嵩に掛かって挑発してくる。
「ほら、図星だから秋田さんは何も言えなくなってますわぁ」
「あなたを倒すのに他の人の力がいるですって、土田さん笑わせないで下さいな。あなたを倒すことなんて余裕ですわ。ただここはひとつ大人になってまともに相手にしていないだけですの」
「ならここで今、大人の勝負なさいますか」
「望むところですわ」
と二人の間に殺気がほとばしる。ガンの静かな飛ばし合い。どちらかが先に動いたらどちらかが息絶えるまでの取っ組み合いの大ゲンカになることだろう。クラブ活動で登校してきた他の新3年生たちも遠巻きにさおりと美幸のにらみ合いを怖々見守っている。

「俺、絶対秋田が勝つと思うな」
「いや、土田のほうが強そうだよ」
「そうだよなぁ、土田って美人の割りには気が強そうだし」
「いや、秋田のほうがかわいいよ」
「やっぱ土田でしょ。秋田は野蛮なところあるけれど土田は優雅だよなぁ」
「一見お嬢様風の土田のほうが鋭い牙を持ってそうじゃん」
「でも土田ってインケンそうだよな」
「うんうん、美しいバラにはトゲがあるっていうしな」
「土田のトゲにさされてみたい」
「じゃあコクれば。ずたずたにされるぜ」
「うっ」
「かわりに俺が土田に伝えてやろうか」
「やめろよぉ」
「でも俺、秋田好きだなぁ」
「でも秋田って吹奏楽部長だろ。部長って一番強いんじゃないの?」
「子分みたいな女子を連れてよく歩いているしな」
「あっ知ってる。牧田っていう1つ下の学年の子にパシリさせてる」
「マジかよ。信じられないな」
「他にも同じ学年の女子2人連れているよな」
「そいつらも子分なのか」
「そうらしい」
「もしかして秋田ってスケ番?」
「表の顔は吹奏楽部長だけど裏では何をやっているかわからないぞ」
「こえーなー」
「俺、近寄らないでおこう」
「うーん秋田の見方が変わったなぁ」
「このケンカの原因って何?」
「なんでも秋田が土田の男に手を出したってぇのが発端らしいぞ」
「つまり三角関係か」
「そういう事」
「その男って誰だ」
「他校生らしいのでよくわからん」
「そうなんだ。秋田って遊んでるっぽいよなぁ」
「男はとっかえひっかえらしいよ」
「秋田って不良だな」
「まったく。そんなのがN中学校にいるとN中学校のイメージダウンだよなぁ」
「こっちまで不良に見られちゃう」
「どうしてそんな子が吹奏楽部長をしているわけ?」
「さぁ、それがよくわかんないんだよなぁ」
と男子の下馬評は美人の美幸に分がある。さおりがラブリー クローの4人で活動しているのが子分を連れて歩いているように見えたのだろうが渚が聞いたら烈火のごとく怒るに違いない。噂は尾ひれが付きさおりは彼氏いない歴14年の少女なのにすっかり遊んでる不良にされてしまった。
「そういや秋田って虎とタイマンはって勝ったんだってよぉ」
「土田は大蛇とやりあって食い殺したって聞いたよ」
「秋田はアフリカ象を一撃で倒すって噂だぜ」
「土田はサイを背負い投げするそうだ」
「秋田は…」
と男子の話はあり得ない方向にどんどんエスカレート。しまいには
「秋田のほうが強い」
「いや土田だ」
「100円賭けるか」
「おうよ」
と不謹慎な男子がさおりと美幸どっちが勝つかで賭けを始めた。
「俺、土田」
「秋田に100円」
「秋田に200円」
「土田に100円」
と大騒ぎだ。

ゴジラ 対 モスラ

     ならぬ

さおり 対 美幸

世紀の対決である。
 吹奏楽部の小西ゆかりが昇降口に来ると人だかりができている。
「おはよー、みんなで何やってるのぉ?」
「あっ、ゆかりん。吹奏楽部のさおりと美幸がにらみ合いしてるの」
「怖くて上履き取れないよぉ」
「またぁ!」
「あの二人ってそんな仲悪かったの?」
「違うの、昨日新入生の勧誘方法で対立してそれを引きずっているの」
「そうなの大変ねぇ」
「ふーん、止めなくていいの」
「あっそうね」
とゆかりが人垣をかきわけで前に出て二人の間に割って入り
「さおり、美幸。あんたたち何やっているの! 早く音楽室に入りなさい」
と言うと二人は視線を外しそれぞれのクラスの下駄箱から上履きを取り別々のルートで3階の音楽室に歩いていった。新3年生がこれじゃあ1年生なんて吹奏楽部に入りゃしない。まだ1年生のいない春休み中でよかったとゆかりは胸をなで下ろした。
「なんだよ、小西。これからいいとこだったのに」
「そうだよ、俺土田に100円賭けてたんだぞ」
と言う男子をゆかりは無言でにらみつけて音楽室に向かった。
 ゆかりが音楽室に行くと部員たちが個人練習をしている。さおりと美幸はそれぞれ音楽室の対角線上に位置してどんよよよ〜んと殺気を振りまいているので他の部員は二人からそれぞれ2m以上離れて練習していたが二人が気になって練習に身が入らない。音楽室に現れたゆかりの顔を見てフルート新2年生の佐藤佳子が
「小西先輩。秋田先輩と土田先輩が怖くて練習になりません」
と泣きそうな顔で言う。
「少し時間をちょうだい。うまく片付けるから」
と請け負ったものの
「困った部長さんねぇ」
とほとほとゆかりも弱っていた。これじゃあ入学式とクラブ紹介での演奏の練習にならない。


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