わたしは24才の会社員。毎朝鶴見線の国道駅から電車に一駅乗って鶴見駅まで出て、そこから京浜東北線の電車で東京駅まで行き、歩いてすぐの会社に通っている。毎朝展開されるものすごい通勤ラッシュと単調でつまらない会社にうんざりとしていた。毎朝ギリギリまで一人暮らしのアパートのふとんの中でぐすぐすしていて頭もロクにとかさず、ヒゲもそらずにスーツを着て家を飛び出していくのが日課であった。そんな状況なので恋人と呼べる女性なんてわたしにはいないし「まぁ、いいか」といったあきらめの境地であった。しかしながら心の奥底では「わたしだけの天使(エンジェル)がある日突然現れないかなぁ」などと大変虫のいい事を考えていた。しかしながら前述のようにさえない容姿なので会社のOLたちからも避けて通られる始末で、もちろんこちらからも声はかけない。つくづくわたしは女運がないんだなぁ、と苦笑するばかりである。ナンパのひとつもできればいいのだけれど初対面の女の子に声をかける勇気などなく道ゆく女の子をじろじろながめてはその女の子ににらまれてあわてて目をそらしコソコソとその場を去ることがよくある。わたしがいつも乗っている時間は鶴見に向かう鶴見線はすいているけれども東京方面の京浜東北線はものすごい混雑ぶりで特に冬場はダウンジャケットを着てくる学生や無神経にもスキー板をかついで乗ってくるOLなどで混雑に拍車がかかり東京駅に着く頃にはへとへとになっていて会社に着くと家に帰りたくてしょうがない。会社のほうも「業績不振」とかで残業が規制され、会議も昼休みや早朝に行われることがたびたびあるようになってきていた。無給で昼休みに拘束されたり、早出を余儀無くされる社員はいいツラの皮である。なにもかも会社のご都合主義で進行し、社員の人権なんてまったく考えていない会社のやり方に以前よりわたしは強い憤りを感じていた。
昭和59年の2月下旬のある日もわたしは朝からの会議のためにいつもより25分早い列車に乗らねばならなかった。朝からの不毛な会議にわたしはやるせないものを感じていた。このくらい早く家を出ると電車の混み具合もゆるやかでいつもの満員電車がウソのようだ。たまたまホームに入っていた鶴見駅8:02発の東十条行京浜東北線は鶴見始発の電車のようで新聞が読める程度にすいていたので後から乗ったわたしは座席にはありつけなかったものの楽に立っていられた。網棚にセカンドバッグを上げる際に何気なく下を見たら驚いた。すぐ目の前に座っている女の子がすごくかわいいのだ。その子は紺のコートを着ていてその下に紺の制服がのぞいているので高校生のようだけれど一体どこの学校に通っているのだろうか? 学校指定のコートというものはどこの学校もおなじようなもので何の手がかりにもならない。その子の膝にのせた通学カバンもよくありがちな手提げカバンで学校名を特定できるような校章のたぐいはなかったが「Eiko」の名前の入ったキーホルダーがゆれていたのでその子の名前だけはわかった。そうか、この子はEikoちゃんというのか。一体どんな漢字を書くのだろう栄子、英子、映子、詠子、永子? それともひらがなで「えいこ」なのだろうか? その子の顔を見つめていてもさっぱり見当がつかない。その子は英語の参考書を熱心に読んでいて下を向いているのでわたしは気付かれないようにその子の様子を観察した。その子は色白でその顔立ちは少女のあとげなさを残している反面大人の女の表情も見え隠れしていてかなりの美形になるだろうことは疑う余地もない。その子の長い黒髪は電車の天井の蛍光灯を反射させてキラキラと輝きわたしを魅了する。後頭部には赤い髪止めがついておりそれで肩をおおうほどの長い髪を一つに束ねている。その赤い髪止めがわたしの印象にあとあともずっと残ることになった。どうやらその子の学校ではロングヘアーの子はゴムでしばるか三つ編みにしなくてはいけないなどという野暮な校則(こういう髪形のようなケースではむしろ「拘束」ではないかとわたしは高校時代からつねづね考えていた)はないようである。その子の足元に目を転ずるとストッキングではなく紺のハイソックスと黒い革靴をはいていた。ストッキングよりもハイソックスの方が清楚な感じがしていいかなとわたしは思った。なぜならばハイソックスのほうが短いスカートからかわいいひざ頭がのぞくので女の子に緊張感がただよう。ゆえにわたしは昔からハイソックスのが好きだったのである。
そんなことを考えているうちにその子は参考書を閉じてカバンにしまい始めたのであわてて目をそらすと蒲田に停車していた。その子は立ち上がるとわたしのことに気付いた様子もなくわたしの脇を通り抜けゆっくりとした足取りで下りていった。わたしはホームに下りていくその子の後ろ姿をじっと見送りながらまた明日の朝も会えるかなと考えていたがその子の姿はすぐに人混みにまぎれ見えなくなってしまった。これがEikoとの最初の出会いであった。
その日会社から家に帰るとわたしは帰りがけに書店で買い求めた蒲田駅周辺の地図をさっそく広げた。今朝見かけた女の子の学校を特定するためだ。蒲田からは東急目蒲線と池上線の2本の私鉄が出ておりこのほかに駅前から各方面へバスが出ている。ゆえにEikoの通う学校は蒲田駅から徒歩で行ける範囲内というわたしが今日会社で立てた仮説はもろくもくずれてしまった。羽田から池上、田園調布までといった広い範囲が調査対象になってしまいとてもじゃないが今朝つかんだとぼしい手がかりではEikoの通う学校を特定するどころか地域を絞りこむことすらできない。わたしはあきらめて机の上に地図を広げたままゴロリと寝ころんだ。寝ころんだまま天井を見つめEikoの事を考える。Eikoは一体どこに住んでいるのだろう。Eikoの家は一戸建てだろうか? それともマンションかな? Eikoの家は何人家族なんだろうか? 両親とEiko、姉や妹はいるのだろうか? そして毎朝あの鶴見発8:02の東十条行きに乗るんだろうか? そうでないと明日の朝は鶴見駅のホームでEikoをずっと待っていなければならないな。でも女の子は決まった電車に乗ることが多いからきっと鶴見発8:02の東十条行きに現れるに違いない。もしそうなら毎朝Eikoに会うために早起きをして鶴見発8:02の東十条行に乗ろうと思う。会社には早く着き過ぎるけれどどこかで時間をつぶしていればいいか。Eikoは鶴見駅までどうやって来ているのだろう? わたしと同じ鶴見線で来るのだろうか? それとも鶴見駅までバスかな? 鶴見には京浜急行も走っているので鶴見市場あたりから京浜急行に乗ってきて乗り換えているかもしれないな。などどEikoのことを考えているとどんどん想像の世界が広がってしまう。その夜はそのまま眠ってしまった。
その翌朝はうかつにも寝坊してしまいいつものギリギリの時間の電車になってしまった。地たんだ踏んでくやしがったが後のまつりでどうしようもなく、その日は一日中わたしは不機嫌であった。なかなか早起きなどというものはできるものではない。なんとかしてまたEikoに会いたい。そのためには明日の朝は絶対に早起きする必要があるので今夜は早く帰って寝ようなどとEikoの事ばかり考えていた。
いったいEikoはどのような環境で暮らしているのだろう???
その夜は風呂に早めに入りいつになく入念に全身を気が済むまで何度も洗い目覚ましを3個もかけて満を持して午後10時に床についた。いつもなら午前1時近くまで起きているのだけれど今朝の屈辱をまた味わいたくないので異常なくらいに早く寝た。そのかいあって6:20に起きる事に成功し、ふとんから起き上がるときも
「Eikoっ!」
の掛け声とともに立ち上がる。朝食をとり、シェービングクリームをふんだんに使いいつになく入念に不精ヒゲをそりおとす。めったに使った事のない整髪料も惜しげもなくたくさん使いいつもはぼさぼさで起きたままの状態で会社に向かっているのにドライヤーまで動員して髪を整えるのだからまるで別人のようである。いつもは夜寝る前にしかみがかない歯も、今朝は時間をかけてみがくのだから愛の力は偉大だ。一番上等なネクタイを選び出し納得の行くまで何度もしめ直して完璧な形にする。スーツに付いたほこりもエチケットブラシで入念に払い、入社試験の当日のようなみだしなみのよさでいつもより35分もはやく家を出た。最寄りの国道駅までゆっくりとした足取りで歩いていくけれどEikoの事が気になって焦るばかり。国道駅へは古くからある住宅地を通り抜けて行くのだけれどこのあたりは空襲で焼けた跡に戦後すぐに建てられた家々が多く戦後すぐの香りが色濃く残っている反面それらの家が建てかえられて近代的なマンションや真新しいアパートがところどころ建っていて古き昭和と現代が入り交じったたたずまいになっている。「旧道」と呼ばれている旧東海道沿いには魚河岸が軒を連ね料理屋の仕入れに使われるほか年末には多くの買い物客がごった返す場所である。その「旧道」に並行する細い道を何人かの他の通勤客と一緒にだまって国道駅に向かう。街道の近くゆえにお寺や小さなお稲荷さんの社が点在していていにしえの民間信仰を今に伝えている。わたしは通りすがりのお稲荷さんに今日こそはEikoに会えますようにと願いをかける。
鶴見線の国道駅はその名の通り国道15号線の上にある。昭和ヒトケタ時代に作られた古い駅で高架になっている。中に入ると高架下のアーチ状の梁がヨーロッパの香りを感じさせてカーブしながら連なっていて薄暗い照明に照らされ独特のフォルムを見せている。このためにこの国道駅の高架下の写真がカメラ雑誌に掲載されていることがある。いつだったか何かの機会にカメラ雑誌で見た国道駅の写真はすごかった。よく見るとたしかに国道駅なのだが、パッと見にはそうとは思えない。やはりプロのカメラマンが撮ると見慣れた国道駅でもヨーロッパの大聖堂であるかのように見えてしまうのだから不思議だ。さらにこの駅は横浜市鶴見区内にあるにもかかわらず無人駅なのである。きっぷは自動券売機で買えるものの改札口には下車した人がきっぷを入れる箱があるだけできっぷを切る駅員さんの姿はない。国道駅から徒歩で3分のところにある京浜急行の花月園前駅が有人駅なのと比較しても京浜急行の花月園前駅が各駅停車しか止まらないものの本線上の駅であるのに対して鶴見線の国道駅が支線の駅というハンデを背負っているとはいえどちらも鶴見から一駅であることが共通項であり国道駅が無人駅とは信じがたいことであるが子供の頃から国道駅を利用しているわたしにとっては当たり前の事であった。しかし初めて降りたわたしの友人たちは口をそろえて
「無人駅とは思わなかった」
と驚いていた。改札が無人なのでみんな定期券を出すこともなくぞろぞろと高架ホームに上がって行く。高架のホームに上がると1番線の上屋から2番線の上屋へビームがアーチ状に渡っていてそれが架線柱も兼ねており大変に美しい。ホームの鶴見小野寄りに行けば「旧道」の魚河岸の様子を高所からのぞむことができる。ホームのはずれが鶴見川の鉄橋で河口が近いので川の上にはかもめが飛んでいる。かなたには京浜工業地帯の煙突が立っているのが見えて煙がたなびいているのがよくわかる。対岸の工場の陰から現れて鶴見川の鉄橋を渡りやってきた電車は黄色い3両連結でホームが急カーブ上にあるためにホームと電車の間に最大で約40Cmのスキ間ができているのでボーッとしていると大人でも落っこちかねないので大変に危険である。そのために下り列車が到着すると踏切のように警報音が鳴り乗客に注意を呼びかけている。乗降客がそれほど多くない駅なのでいままでに乗客がホームと電車の間に落ちてゲカをしたという話はわたしは聞いたことがないけれどなんとかならないものかと思う。鶴見駅の改札口が前方にあるために一番前の車両は大混雑であるが、わたしの乗った一番後ろ(といっても前述の様に3両しか連結されていない)の車両はガラすきで他に2人しかのっていない。せっかくガラすきですわれても終点の鶴見までたったの一駅・2分しかないのですぐに降りなければならない。鶴見ではわたしと入れ替わりに京浜工業地帯への通勤客がどっと乗り込んできた。重厚長大産業の沈下がいわれてから久しいが、最盛期に比べれば少ないのだろうけれどまだまだ京浜工業地帯への通勤客は多い。鶴見線は国道駅のようにほとんどの駅が無人駅であるので鶴見駅構内には京浜東北線との間にのりかえ改札口がありわたしはここで今朝初めて定期券を駅員に見せる。腕時計を見ると時刻は7:49で思わずニンマリしてしまう。今朝は余裕で8:02発の東十条行に乗り継げるからでわたしはいそいそと京浜東北線のホームへと階段を下りていった。時刻表をチェックすると8:02発の東十条行は予想通り鶴見始発の電車で、それを待つ人の列ができていたのでわたしはおととい乗った階段の下に回りこんで手近な列についた。ここは階段の下ゆえに比較的すいている場所なのでいつもわたしはここを愛用しているのだが今朝はちがう。Eikoという獲物を罠を仕掛けて待つハンターのような心境で平静を装いつつもまわりをチラチラ見回しながら
「Eikoよ、早く来い!」
とばかりに待っている。そしてなかなか姿を現さないEikoにわたしは腕時計を見ながらもしかしたら今朝は来ないのでは?とひとり焦っていた。そしてその間に何本もの京浜東北線が停車しては出て行ったがわたしの意識はEikoの元に飛んでいたのでまったく気付かなかった。やがで横浜方の階段の下の自動販売機の脇からEikoが姿を現した。今朝も紺のコートに身をつつみ襟元のベージュのマフラーが清楚な感じをかもしだし優雅な足取りでこちらに歩いてくる。Eikoはわたしの一つとなりの列にならんだ。おとといはすわっている姿しか見ていなかったので気がつかなかったがEikoの身長はわたしの肩くらいで彼女の肩に手を回すとしっくりとくる高さだなと思った。肩にかけた通学カバンには今朝も「Eiko」の名前がゆれている。そんなEikoを盗み見ながら大きくわたしはため息をついた。8:02発の東十条行が空車でホームに入ってきた。その瞬間ならんでいた乗客の間に殺気が走りドアが開くやいなやイスとりゲームが始まる。わたしはEikoの動きに注意を向けていたので何人かに突き飛ばされてしまった。Eikoがどこの座席にすわるのかわからなかったので車内ウロウロしてしまったがなんとかEikoの位置を確認してからおもむろにEikoの前に立つ。今朝のEikoは期末試験が近いのか古文のノートを取り出して熱心に読んでいる。そのノートをのぞいてみれば大学ノートを縦に使用して縦罫ノートの代わりに使用している。わたしも高校時代そういうふうにしていたなとなつかしく思った。Eikoのノートは上に古文、下に現代語訳が書かれており古文の脇には助動詞、動詞、形容詞などと品詞の分類などがびっしりと細かい字で書かれており、ところどころマーカーペンで色がつけられていて見やすくそしてていねいにまとめられている。わたしはきっとEikoは几帳面な性格なんだろうなと感心した。他の乗客がざわつきはじめたのでなにかと思って回りを見るともう発車時間なのにドアが閉まる気配がないからで、Eikoもそれに気付いて回りを見ている。わたしは目が合わないよう細心の注意をした。するとホームの放送が
「業務連絡。列車番号830Aは一分の延発。発車は(8時)3分30(秒)」
と告げ、その直後に車内放送が
「本日に限りまして時間調整のために3分の発車になります。」
と告げた。わたしは
「やったぁ。これでEikoと一分長く一緒にいられる」
とよろこんだものだが他の一般乗客のある者は時計をのぞきこんで舌打ちし、またある者は不安そうに窓からホームを見ている。Eikoも一度顔を上げてホームに目をやったけれどすぐにまた古文のノートに目を通しはじめた。電車は一分遅れて鶴見を出発した。
【注】 列車番号:業務放送の中に出てきた「列車番号830A」というのはこの8:02発の東十条行の列車番号で国鉄(JR)に限らず寝台特急「さくら」や「はやぶさ」といった愛称名の付いている列車はもちろんのこと名無しの中央線快速高尾行にいたるまで列車番号という数字とアルファベットからなるその列車固有の番号が付いている。そして下り列車は奇数、上り列車は偶数で機関車の引っ張る客車列車は数字のみ、ディーゼルカーは末尾にD、電車は末尾にMとなっており列車の動力形態を表していて12Dとか345Mのようにもちいる。ただしこれは原則で国電区間などの電車には例外があり例を挙げれば地下鉄千代田・東西線乗り入れの国鉄電車は末尾にKがつけられているし、総武線の快速電車はF、横須賀線はSを付けている。この物語の舞台となっている京浜東北線では浦和電車区所属の電車はA、下十条電車区所属の電車はB、蒲田電車区所属の電車はCをつけており列車番号を見ただけで電車の所属区がわかるようになっている。ちなみに830Aは鶴見発の東十条行で末尾がAだから浦和電車区所属の電車とわかる。国電区間は運転本数が多いので時刻表を開いても早朝と深夜の始終発しか電車の時刻や列車番号が載っていないけれども東北本線や北陸本線といった幹線は特急列車から名無しの普通列車にいたるまで全列車の時刻や列車番号が載っている。
彼女の事をこれからは「8:02始発のEikoちゃん」と本名がわかるまでの間仮に呼ぶことにしよう。Eikoの様子を見ていると下を向いてばかりでは首が疲れるのか川崎を出たあたりでEikoが急に頭を動かしたのでわたしはノートをのぞき見ているのを気付かれたかとあわてて目をそらし窓の外を見たがすぐにまた下を向いたので心配するほどのことはなかったようだ。まったくEikoにはひやっとさせられた。これだけのノートをとるのだからきっとEikoは秀才に違いない。いや、そうでなければならないとわたは思った。その日はそのまま一分遅れで830Aは蒲田に到着しEikoは古文のノートを閉じて通学カバンにしまいこみ下りて行った。古文のノートを閉じる時表紙に「Eiko」の文字がチラと読み取れた。学年やクラス、出席番号などを読み取れなかったのは残念だがそれにしてもローマ字表記の好きな娘だとわたしは思った。わたしはスーツの内ポケットにある手帳を取り出してEikoにひやっとさせられた事などを今後の資料として記録した。そして今までのこととこれから起こるEikoとの事をこの手帳にすべて記録しておこうと思った。そうすればEikoのことをすべて理解することができると思ったからだ。Eikoが今何年生であろうと2年以内にはEikoの卒業という事態をわたしは迎える。そのときになって後悔しないようにEikoとのかかわりの全記録を残そうと思った。
そしてわたしは考えた。いまわたしは24才、Eikoの年齢は何年生かわからないので推定年齢は16〜18才であり6〜8才の年齢差がある。ましてや相手は高校生なので6〜8才年上の女性と付き合うのとはくらべものにならないくらい制限が多い。高校生の女の子から24才のサラリーマンはどう見えるのだろうか??? きっとものすごいおじさんに見えるにちがいない。おなじ24才でも大学生ならよかったのにと大学を22才で卒業した事を悔やんだ。愛が充分にあっても相手がまだ高校生というのはそれだけで重大な障害になる。24才という年齢がわたしはうらめしい。わたしが19才だったら公然とEikoにアタックするのに24才という年齢がそれを許さない。わたしとEikoの年齢差の問題は生まれた時に決定し永久に不変なので時間がたてばどうにかなる問題ではない。なんといってもEikoに
「おじさん」
とだけは絶対に言われたくない。万一Eikoがわたしに対して
「No」
と答えた時はわたしはEikoの前から姿を消さなくてはならないだろう。わたしが消えなければEikoが8:02の始発電車から姿を消す事は十分に予想できる。どちらにしてもEikoには会えなくなるのだ。わたしとしてはEikoに会えなくなる事態だけは避けたい。だからわたしは悩んだ末にEikoへのこの思いはわたしの胸の内にしまっておくことにした。そしてEikoにはわたしの存在は気付かれないようにしようと心に堅く誓った。つまりわたしはEikoにとっては存在しない人間になるのだ。電車ですぐ近くに立っていても決してEikoの記憶に残らない人間になりEikoの行動のすべてをあたたかく見守るのだ。アイドルと無名のおっかけの様な関係になれたらすばらしいことだと思う。Eikoはわたしが誰だか知らないけれどわたしの応援は確実にEikoのもとにとどく。そしてわたしはEikoをいつでも見ていられる。わたしからEikoへの一方通行のメディアではあるけれどそれはわたしを十分に満足させる環境である。わたしはこのことをEikoに知られてはならない恋にはふさわしい愛情表現だと思った。
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