
「う〜ん」
泉崎礼香は目を覚まし大きく伸びをした。車から降りてきた変なおばさんと立ち話をしていたところから記憶がない。いったいあれからどうしたんだっけ? だんだんと礼香にまわりの状況が見えてきて自分が天蓋つきのお姫様の寝るような豪華なベッドに寝かされていることに気付いた。ここは自分の部屋ではない! いったいここはどこ?! 部屋の中を見回すとまったく見覚えのない部屋で礼香はギョッとして飛び起きてベッドを出る。ロココ調の古めかしいデザインの鏡台に写った自分の姿を見て驚いた。礼香が家を出るときに着ていたロンTとカプリパンツではなくふりふりのたくさんついたピンクのロリータ調のワンピースであった。もちろんそんな服装をする趣味は礼香に無い。礼香は意識を失っている間に着替えさせた誰かに下着姿を見られたことに嫌悪した。礼香はまずカーテンを開けて外を見る。広大な庭の芝生が目にまぶしい。ブロンズで作られたマッチョな男性像と噴水が目に付く。礼香のいる部屋は3階のようで窓は出窓の両脇が10cmほど開くだけで窓から出ることは不可能だ。よしんばガラスをたたき割って出ても窓の下には足をかけられるようなひさしもなく、日除けはカーテンでなくブラインドのためジェームズ ボンドのようにカーテンをロープにして脱出なんて不可能だ。窓から振り向くと正面と右側の壁にドアがありまず右側の壁のドアを開けるとトイレとウォークインクロゼットでクロゼットには今礼香が着せられているようなロリータ調の服がたくさん入っていて礼香が着たくなるような服は1着もなかった。もう一面のドアには鍵が掛けられていてどうやらこれが出口らしい。
それからしばらくしてガチャガチャと鍵を開ける音がしてドアが開いた。礼香はハッとして身構えたが入ってきたのはメイド姿の26歳くらいの女性だった。深々と一礼して
「私は雪江お嬢様つきメイドの山田と申します」
「あたしは泉崎礼香。雪江じゃないわ」
「ここでは雪江お嬢様になっていただきます」
「そんな、第一 雪江って誰なの?」
「当家のご長女なのですが中学1年生のとき轢き逃げで亡くなったと聞いています。そのショックで先ほどあなた様が車でお会いになられた奥様はショックで精神を病んでしまわれたのです。私も以前より雪江お嬢様の写真を拝見していましたがあなた様に瓜二つなのです。どうか奥様のために雪江お嬢様になってくださいませ」
と山田は深々と頭を下げた。
「いやです、あたし帰ります」
「それは困ります。雪江お嬢様にいなくなられては奥様が…」
「そんな事知りません」
そこに運転手兼ボディーガードの秋山が現れ
「ともかく奥様がお待ちです。雪江お嬢様こちらへどうぞ」
と有無をいわさず礼香を食堂に案内する。礼香も直接勘違いの元の奥様と話をしたほうが早いと判断した。礼香が姿を現すと文江は目を輝かせて立ち上がり
「まぁ雪江さん、目が覚めたのね。今お茶にしますからね。すわって」
と言うとメイドが礼香と文江の前に紅茶のカップとケーキの皿を置いた。
「あの、あたしは雪江さんではなく泉崎礼香と言います。あなたは人違いしています。だからあたしは帰ります」
「雪江さん、そんなわがままいっちゃいけないわ。あなたの家はここなのよ」
礼香は問答無用で逃げ出す隙を伺ったが秋山が戸口で目を光らせておりそのいかつい体格を見て礼香は強行突破は無理そうだと悟った。なのでとりあえず礼香は下手に出て脱出のチャンスをうかがう事にした。紅茶とケーキを口にすると礼香が今までに口にしたこともない上等なもののようでとても美味しかった。文江は礼香が演ずる雪江の反応に構わず一人で嬉しそうに話しかけてくる。雪江は適当に相槌をはさんで聞いている。文江は幼い雪江と海水浴に行ったときや信州の別荘にスキーをしにいったときの話をしているがニセモノの雪江にとっては他人事でしかないので退屈だった。
19時からの夕食はフランス料理のフルコースであった。山田が雪江の脇に付いてうやうやしく給仕する。礼香にはテーブルマナーの知識があったから驚くことはなかったが佑奈だったらテーブルの上にナイフとフォークがいっぱいあってどーしよどーしよとパニクるところだ。料理は今までに礼香が食べたことのないような高級食材をふんだんに使い手間ひまかけて作られたものなのでとてもおいしかった。礼香は食いしん坊の佑奈がいたら大喜びするだろうなと思った。デザートまで食べて雪江は
「お母様それでは失礼致します」
と部屋に下がった。礼香は雪江のふりをして今夜のところはこの屋敷の様子を見て脱出するチャンスをうかがう事にした。
雪江は文江の相手をするときのほか食事と入浴のおりにだけ部屋から出してもらえた。それらのおりに雪江は屋敷内の間取りをできるだけ頭に入れた。間取りが分からないと脱出のときにまごついてしまうからだ。雪江が入浴するときは浴場の外で秋山が見張りに立ち脱衣所に山田が控えている布陣だ。浴場の窓は換気用の内側にガラスが倒れる窓があるのみで入浴の折に一人になった隙をついて逃げ出すのも無理とわかった。よしんば脱出可能でも全裸で屋敷の外に飛び出す勇気は雪江にはなかった。雪江は悪趣味なワンピースを脱いで風呂に入る。浅井家の敷地内に温泉が掘ってありそこから引き湯した天然温泉の透明なお湯がライオンの口から大理石の浴槽にこんこんとあふれ出ている100%源泉かけ流しの湯だ。温泉旅館にでも来たつもりで雪江はのんびりと入った。どうせ見張りがいるから逃げられない。隙が出るのを待つのも兵法のうちと雪江は悠然と構えることにした。
それからの日々は礼香は雪江になって文江に甘える芝居をした。そうすれば逃げ出す隙もできるだろうと信じて。文江は礼香を本物の雪江と信じ込んでおり実の娘としてニセ雪江をかわいがった。ニセ雪江は文江がいかに雪江を愛していたのかがひしひしと伝わってきて同情しそうになった。しかしニセ雪江の泉崎礼香にも両親がいる。礼香は自分の両親が娘が突然いなくなってどれだけ心配しているのかと思い部屋で一人涙した。礼香は両親に会いたくてたまらなかった。上月佑奈や高田瑞穂をはじめとしたクラスメイトや吹奏楽部の先輩・仲間たちに会いたかった。なによりも吹奏楽部でトランペットを吹きたかった。雪江の部屋にはトランペットはおろかピアノすらなく音楽を演奏して気晴らしをすることもできなかった。雪江は泉崎礼香として大塚中学校にいつ戻れるのだろうか? 雪江はため息をついた。この部屋ではまったく雪江は気晴らしができない。ふと佑奈が腕輪の術を使って助けに来てくれないかしらという思いが脳裏をよぎった。しかし雪江は頭を振ってそれを打ち消した。佑奈が術を使うとトラブルが大きくなるだけだからそれには期待したくない。礼香を助けようとした佑奈が暴走して鎌倉の大仏を壊しでもしたら大変なことになる。せめて泉崎礼香がここにいることを両親に伝えられないものかしら。そうすれば警察も動いて助け出してくれるだろうからと雪江は思った。
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古墳少女佑奈をまず読むと世界観がよくわかります。
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