
その翌日の午後、自分の部屋でニセ雪江である泉崎礼香が読書していると屋敷の外で何かがキラキラと太陽の光を反射させている。礼香に双眼鏡はないので確かめるすべはないが何の光だろうと思って窓の外を見たがわからなかった。それから少しして窓をコツンコツンとたたく音がする。えっ?! ここは3階なのにと思って礼香が窓に寄ると氷で作ったキリンがふわふわ浮いている。出窓の脇を開けるとキリンは中に入ってきた。首に手紙が巻いてある。世の中広しといえどこんな事をできるのは親友の上月佑奈しかいない。礼香はキリンの首にしばってある手紙をほどいて読んだ。佑奈のヘタクソな字を見て礼香はくすりと笑った。そして瑞穂の的はずれな内容の手紙を読んで、あぁあの二人が自分の居所を探し当ててくれた。これで近いうちに助けがくると安心して涙が出てきた。さっきの光は二人が反射させているのだろうとまた窓の外を見た。礼香は佑奈が腕輪の術を使うことを忌み嫌っていたけれどよくここがわかったものだと感心した。礼香は机の中に入っている便箋を取り出して返事を書いた。
*****
佑奈と瑞穂へ
よくここがわかったわね。
あたしは浅井文江という人の亡くなった
中学生の娘の身代わりとして
この屋敷に閉じ込められています。
いったいあたしはどこにいるのかしら?
強そうなボティーガードが見張っているので
自分の力では逃げ出せません。
うちの両親に言って警察を呼んでもらって下さい。
泉崎礼香
*****
礼香はキリンの首に手紙をしばると窓から外に出した。キリンはふわふわと屋敷の外の光が反射したあたりに向けて飛んでゆく。やっぱり瑞穂と佑奈はあそこにいるのねと礼香は手を振った。飛んできて佑奈の手に収まったキリンにしか見えない白鳥の首から手紙を外して瑞穂と二人で読む。また礼香に手紙を書く。
*****
礼香へ
礼香はいま鎌倉市にある屋敷にいます。
今日のところは海老名に帰るけれど
礼香のお父さんやお母さんに言って必ず助け出すので
待っててね。
また白鳥で手紙送ります。
上月佑奈&高田瑞穂
*****
ふたたびふわふわ飛んできたキリンが礼香の手元にたどり着くと力尽きたように溶けてなくなった。礼香はあれはキリンではなく白鳥だったのかと佑奈らしいへたくそな造型センスにくすりと笑った。礼香は佑奈と瑞穂からの手紙を胸に抱きこの屋敷から救け出される日を心待ちにした。
佑奈と瑞穂は礼香からの手紙を持って再び泉崎家に行った。林刑事が捜査の邪魔だと言わんばかりに露骨な嫌な顔を見せた。玄関に出た清香が
「佑奈ちゃん、瑞穂ちゃんどこに行ってたの。お家の人が心配してたわよ」
「鎌倉に礼香を訪ねてきました」
「そうなんですよ、礼香ったら変な服着ちゃってね〜」
とまわりの空気をかえりみず瑞穂が笑い転げる。佑奈が
「鎌倉の警察署に行っても話を全然聞いてくれなかったのでまた自分たちだけで行ったんです。これが礼香からの手紙です」
と清香に白鳥の首に巻いてあった手紙を渡す。清香には一目見てそれが礼香の字だとわかった。
「これは礼香の字だわ。佑奈ちゃん一体これをどうやって…」
「佑奈が氷でキリンを作って礼香のところまで飛ばしたんです」
「だから瑞穂、白鳥だってば」
「とにかく二人とも中に入って。話を聞かせてもらおうか」
と初めて林刑事は佑奈と瑞穂にまじめに向きあった。
「いったい君達はどうやってこの礼香ちゃんの手紙を手に入れたんだ?」
「だからぁ。佑奈が氷でキリンを作って礼香のところまで飛ばしたんです」
「そんなことあるわけない。まじめに答えろ! これは警察の捜査なんだぞ」
「佑奈がお屋敷の前からお屋敷の礼香が閉じ込められている部屋の窓まで飛ばしたんです」
「刑事さん本当です。瑞穂の言う通りなんです」
「いったいどこの世界に氷でキリンを作って飛ばす中学生がいると言うんだ。ふざけるな!」
「だからぁ。佑奈はそーゆー事ができるんです」
「刑事さん、信じて下さい。あたしが氷で白鳥を作って礼香と手紙のやり取りしたんです」
しかし林は佑奈が白鳥を飛ばして礼香と文通をしたという点だけはガンとして信じなかった。
「よしっ、今この場でキリンだか白鳥だか知らないけれど氷で作って手紙を飛ばせたら信じてやる。もしできなかったら中学生は早く帰って寝ろ」
「佑奈、早くキリンを出してよ」
「白鳥だってば」
「この刑事さんをギャフンと言わせてやって」
「前置きはいいから早くやれ」
林はいらだった表情で佑奈にいった。佑奈が祝詞のような古代日本語の呪文を詠唱し複雑に指を組み替えて結印するのを林は不思議そうに見ている。それが終わると氷でできた白鳥が現れた。
「ほぉ、うまい手品だな」
と林が感想をつぶやく。佑奈は白鳥の首にかばんから出したルーズリーフを1枚結びつける。ふたたび佑奈が詠唱・結印しそれが終わると氷でできた白鳥は林の目の前で部屋の中をふわふわ飛んだ。林は佑奈がテグス糸で吊しているのではないかと疑って白鳥の上を手で払ったけれどもちろんテグス糸でなど吊っていない。佑奈が術を使って白鳥を飛ばす実演を見せられてようやく林も佑奈の言う事を信じる気になった。しかしそれをどう捜査会議で報告して信じてもらうのかで頭をかかえた。
その日佑奈と瑞穂が家に帰ると昨日の今日でまた学校をサボって両親からこっぴどく怒られた。
「ただいまぁ」
佑奈が自宅に帰る。母親の順子が玄関に出てきてこわい目で
「佑奈、あんた今日はどこへ行ってたの」
「えっ?!、ちゃんと学校行ったよ」
としらばっくれる。
「うそ おっしゃい! 大河原先生から『お宅の佑奈さんが今日も学校に来ていませんが…』って電話あったのよ」
「そっ、それは大河原先生が何か勘違いしてたのよきっと」
「瑞穂ちゃんも休んでたそうじゃない」
「そうね、瑞穂はお休みしていたわね」
「まさか二人でまた鎌倉に行っていたんじゃないでしょうね」
「かっ、鎌倉なんて行ってないわ」
「さっき礼香ちゃんのお母さんから電話がきたの。佑奈と瑞穂ちゃんが鎌倉に行って礼香ちゃんの手紙を持ってきたって。佑奈ねぇ、昨日あれだけ怒られたのにまだ懲りないわけ?」
「だって瑞穂が…」
「あんたが瑞穂ちゃんそそのかしたんでしょう」
「ち、違うって。瑞穂が無理やり行こいこって…」
「人のせいにしないの。お父さんが帰ってきたらきつくしかってもらいますからね」
「そんなぁ」
「お母さんは学校サボるような不良を娘に持ったつもりはありません」
佑奈の父 上月利夫が会社から帰ってきた。順子が
「お父さん」
「なんだ?」
「佑奈ったらね、また学校をサボって鎌倉に行っていたんですよ」
「なに?!」
「お父さんからきつく言い聞かせてやって下さい」
「わかった、佑奈ちょっと来なさい」
利夫は二階の部屋にいる佑奈を呼んだ。灰色のスェットの上下を着た佑奈が階段を下りてくる。
「佑奈、ここにすわりなさい」
「なによ」
「お前、また学校に行かないで鎌倉に行ってきたそうだな」
「そうよ、礼香が捕らわれているお屋敷まで行って礼香をはげましてきたの」
「あのな、中学生にもなって探偵ごっこするんじゃない! しかも学校をサボって。出席日数で高校受験のとき内申点下げられたらどうすんだ」
「だってぇ、瑞穂が無理やり行こうって…」
「他人のせいにするんじゃない!」
佑奈は父に頬をはたかれて涙が出た
「ぶつなんてひどいっ!」
「一度ならずも二度まで学校をサボったからぶったんだ。ぶたれるようなことをした佑奈が悪い」
「じゃあお父さんは礼香が捕らわれの身になっているのを知りながら何もしないで見殺しにするわけぇ?」
「そういうことは警察がすることだ」
「その警察が礼香が助け出してくれないからあたしと瑞穂が…」
「しろうとがそういうことに手を出すな。礼香ちゃんのご両親だってそう思ってる」
「お父さんのバカ!」
なんで礼香を助け出すためにがんばってるのにみんな信じてくれないんだ。佑奈は泣きながら階段をかけ上がり部屋にこもって机に伏してわんわん泣いた。そしてそのまま眠ってしまった。
鑑識での筆跡鑑定の結果この手紙は泉崎礼香の真筆だと鑑定された。佑奈と瑞穂のいたずらということも考えられ調べたのだが礼香の偽筆を作ろうにも大塚中学校から取り寄せた佑奈と瑞穂の作文と比較するまでもなく佑奈も瑞穂も字が下手くそであったので無理だとわかる。鎌倉警察署に照会の結果昨日佑奈と瑞穂が来て浅井家を調べるようわーわー言ったので保護者を呼んで連れて帰らせたと言う事が確かめられた。それとともに浅井文江の長男の明久が神奈川県の公安委員を務めていると聞いて林はこれは相手がまずいと思った。林はこの礼香の手紙を捜査会議にかけたけれど捜査の手を浅井家に延ばして万一何も出なかった場合のダメージを恐れた県警本部からストップがかけられて「泉崎礼香はただの家出で事件性なし」という結論が出されて泉崎礼香誘拐事件の捜査は打ち切られ林刑事も泉崎家から引き上げた。
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古墳少女佑奈をまず読むと世界観がよくわかります。
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