小説の部屋


2005/7/12 脱稿    

古墳少女 佑奈1.5 -礼香奪回作戦-

   

その10

この小説を読む前に前作 古墳少女佑奈をまず読むと世界観がよくわかります。
そのあとは古墳少女佑奈3を読もう。

第10章 ゲリラ演奏会

 佑奈はおしゃべりな瑞穂に口止めしていた。
「もし、瑞穂が礼香のことをおしゃべりして礼香が消されるようなことがあったらあたしは瑞穂を礼香のかたきとして殺すからね。絶対にしゃべっちゃだめよ!」
「わかってるわ。絶対にしゃべらない」
「絶対の絶対の絶対よ!」
「絶対に絶対に絶対に!」
佑奈は本当かぁ?と思ったけれど今回に限っては親友の礼香の命がかかっているのでおしゃべりな瑞穂も意外なことに約束通り口をつぐんでいた。

 しかし吹奏楽部の仲間たちが毎日のように1年生の上月佑奈と高田瑞穂が二人で何かこそこそしていて、さらに二日続けて学校をサボったりしていたので怪しいと思っていた。
 ある日部長の久保木恵子が
「上月さん、高田さん。ちょっといい?」
「はい」
「あなたたち近頃おかしいわよ」
「えっ?、なんの事ですか?」
佑奈はへたくそなしらばっくれ方をした。表向き1年2組の泉崎礼香は病気で東京にある大学病院に入院したことになっている。
「泉崎さんが学校こなくなってから二日続けて学校サボったり、その後も二人でこそこそして…」
「べっ、別にこそこそなんて…」
「そうですよ。佑奈は悪くないです」
瑞穂が変なかばい方をする。
「あなたたち泉崎さんのこと何か知ってるでしょ」
「しっ、知らない」
佑奈が目をそらして言うが、それは知っていますと言うようなもんだった。
「ふ〜ん、そう。あなたたち本当に何も知らないのね」
佑奈と瑞穂はうんうんとうなづいた。
「そこまで言い張るのなら体に聞いてみるしかなさそうね」
「えっ」
怪しい雲行きに二人は逃げようとしたけれど部員たちにゴム二つ束ねに結った髪の毛を引っ張られ夏服のジャンパースカートのベルトをつかまれ数人掛かりで押さえ付けられた。恵子は
「二人の上履きと靴下を脱がして」
と命ずると嫌がる二人を無理やりに裸足にした。その間に恵子は楽器のほこりをはたく毛ばたきから鳥の羽を2本抜いてもどってきた。二人は何をされるのか察しが付いたので
「いやぁ〜。羽はいやぁ〜」
「それだけはやめてぇ〜」
とじたばたしたけれど部員たちに寄ってたかって足首をしっかりと押さえ付けられて身動き取れなかった。部長の久保木恵子と副部長の汲沢千秋が二人の足の裏を鳥の羽でこちょこちょとくすぐった。
「ひい〜っ」
「あはははは〜っ」
二人は笑い転げる。女の子はくすぐりに弱いから効果は絶大だ。二人は逃れようと身をよじるが部員たちにしっかりと押さえ付けられていた。
「いひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ〜っ」
「うひひひひひひひひひひひひひひひひ〜っ」
二人は足の裏だけでなくブラウスの上から脇の下までくすぐられて息も絶え絶えであった。笑い転げているから佑奈は呪文を詠唱し術を使って先輩たちを払いのけることもできない。しばらく二人のくすぐりの刑は続く。

 「いひゃひゃひゃひゃ、先輩やめて、言いますから、いひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ〜っ」
先に屈服したのはおしゃべりな瑞穂でなく佑奈であった。
「うひひひひひひ、佑奈だめぇ〜。うひひひひひひひひひ〜っ」
と瑞穂が止めるけれどついに佑奈は口を割った。恵子が
「よしっ、先輩が聞いてやるから正直に白状しろ」
佑奈はうんとうなづく。
「嘘をついたらこうたぞ!」
と足の裏を羽でなで回す。佑奈は
「いひひひひひひひひひひひひ〜っ」
と笑い転げる。
「佑奈しゃべっちゃだめだって」
と止める瑞穂の足の裏を羽で千秋がなで回し
「うひひひひひ、いやっ、やめっ、ひひひひひひひひひひひ〜っ」
と瑞穂が笑い転げる。
「高田さんを笑い死にさせたくなかったら白状なさい」
「佑奈だめっ、ひひひひひひ〜っ」
「じつは…」
と礼香をめぐる一連のいきさつを佑奈は白状した。佑奈が口ごもると容赦なく恵子は足の裏を羽でなで回すので佑奈はあらいざらい白状させられた。くすぐりの刑から解放された瑞穂は
「なんであたしが黙ってたのに佑奈がしゃべっちゃうわけぇ?」
「ごめん、くすぐりに耐えられなくて…」
「礼香が消されたら佑奈のせいだからね」
「どーしよ、どーしよ」
「その時は佑奈をかたきとして殺すからね」
 その一方吹奏楽部のみんなは
「みんなで泉崎さんをはげましましょ」
「何か連絡する方法はないのかしら」
「伝書鳩でもあればいいのに」
「誰か伝書鳩飼ってる人いない?」
と盛り上がっている。瑞穂が
「あの佑奈がキリンを飛ばして…」
「キリン?! 鳩じゃなくて?」
「だから白鳥だって」
「佑奈がそのキリンを飛ばして礼香と文通しているんです」
「どういうこと?」
「佑奈が術を使って氷でキリンを作るんです。それが伝書鳩みたいに礼香のところまで飛んでいって返事をもらって帰ってくるんです」
「ふーん、おもしろそうね」
「そんな術があるのね」
「それなら泉崎さんと連絡できるのね」
「じつはそれが海老名のキリン型UFOの正体なんですよぉ〜」
「えーっ、あれは上月さんが飛ばしていたのぉ?!」
「そうなんです」
瑞穂は自分のことのように自慢した。
「そ〜ゆ〜ことならみんなで寄せ書きしましょ」
「いーわねぇ」
「そしてそのキリンを使って送りましょ」
「あたし何を書こうかしら」
「何でもいいのよ」
「そう、泉崎さんが元気になるようなことなら」
「あたしが最初に書くわね」
と恵子はルーズリーフを1枚カバンから出すと礼香へのメッセージを書き始めた。

*****
 泉崎さんへ
部長の久保木だよ。上月さんと高田さんから今日初めて事情を聞かされてとてもびっくり。気を落とさずにがんばってね。       久保木恵子

 いずみざきさんへ
副部長の千秋です。泉崎さんがいないと吹奏楽部の1年生たちがしまりません。泉崎さんがはやく戻ってこないかな。          汲沢千秋

 泉崎さんへ
 上月さんがきっと何かの術を使って助け出しに行くからそれまでしんぼうしてね。
     田山美香
(以下略)
*****

氷のキリンその後次々と吹奏楽部員たちがルーズリーフを回してゆき寄せ書きが完成した。
「さぁ、上月さん泉崎さんのところへ飛ばして」
「えっ」
「言う事聞かないとどうなるかわかってるわよね」
恵子に鳥の羽をチラつかせそう言われ佑奈はしぶしぶ古代日本語で呪文を詠唱し指を結印させ白鳥を作り出す。部員たちは拍手して
「わーっ、本当にキリンが出たぁ」
「すごーい、キリンよぉ」
「どっから出したんだろ。ぜんぜんわかんなかった」
「オールスターかくし芸大会に出られるね」
部員たちは手品とでも思っているのだろうか?
「吊ってる糸がないね」
「本当だあ」
「不思議だねぇ」
「どうなってるんだろ?」
とふわふわ浮いているキリンの上にてをひらひらさせて糸でキリンを吊ってないことを部員たちは確かめている。
「でも変なキリン」
「脚がないよね」
「本当だ」
「もう少しましな形にできないのかしら」
「へたくそですよね」
「もっと芸術性がほしいわぁ」
「ダリの彫刻みたいに」
「ダリって誰?」
「つまんないシャレを言う子は退場!」
キャハハハハと女子部員たちは盛り上がっている。
「ダリといったら彫刻家でしょ」
「そうなんですかぁ」
「あの、先輩白鳥なんですけど…」
佑奈がおそるおそる言うのだけれとも盛り上がる部員たちは誰も聞いてやしない。自分でもキリンに芸術性がないのはわかっているたげに佑奈は少しヘコんだ。瑞穂は寄せ書きしたルーズリーフを細く折るとキリンの首に巻き付けた。
「佑奈いいわよ。キリン飛ばして」
と瑞穂が言う。もう佑奈は「白鳥だ」と言い返す気も失せていた。佑奈が古代日本語で呪文を詠唱し指を結印させると白鳥改めキリンはふわふわと開いていた窓から鎌倉へと飛んでいった。
「うわ〜っ飛んだ」
「エンジンついてないのに」
「本当に飛ぶのね」
「すご〜い、感動」
と拍手が起こる。
「これなら優勝できるね」
いったい何の大会に出るつもりなんだろうか?
「さよーならぁー」
とキリンに手を振る部員もいる。キリンがいつ戻ってくるか分からないから返事は明日見ることにしてその日の練習はおしまいにして解散した。

 その翌日の放課後、佑奈が礼香からの返事を持って音楽室に行くと吹奏楽部員たちはその回りに集まった。代表して高田瑞穂が読み上げる。

*****
 吹奏楽部のみなさんへ
あたたかい寄せ書きをありがとうございました。それを見て吹奏楽部でトランペットを吹いていたときのことを思い出し泣いてしまいました。一日も早く吹奏楽部にもどりみなさんとトランペットを吹きたいと願っています      泉崎礼香
*****

「うわぁーっ、本当に泉崎さんから返事がきたね」
「あたしにも見せてよ」
「あたしが先よ」
音楽室では礼香の返事を回し読みする部員たちがわいわい言っている。
「たまには上月さんの術も世の中の役に立つのね」
と部長の久保木恵子に言われて佑奈は傷ついた。
「上月さん、あなた泉崎さんがいるところを知っているのよね」
「はっ、はい」
「じゃあみんなで泉崎さんの事をはげましに行きましょ」
「お〜っ」
と部員たちは盛り上がる。
「そっ、それは…」
佑奈は鎌倉署の田沢刑事の顔が脳裏をよぎりそれは困ると思った。
「何よ、あんた親友を見捨てるわけ」
「そっ、そうじゃないですけど…」
「じゃあなんなのよ」
「行ってもお屋敷の中には入れないし…」
「人は入れなくても音は入れるわ」
「えっ?!」
「あたしたちは吹奏楽部だって事を忘れたの」
「いえっ」
「どこなの、泉崎さんがいるところは」
佑奈はうつむいて答えない。瑞穂は知らんぷりしてそ〜っと逃げ出そうとしている。
「また上履きと靴下を脱がして鳥の羽で語り合う必要がありそうね」
「いやっ、先輩やめてっ」
と言って逃げようとする佑奈を部員たちは押さえ付け寄ってたかって上履きと靴下を脱がし裸足にすると恵子が佑奈の足の裏を羽でこちょこちょした。佑奈の危機を見て自分も危ないと悟った高田瑞穂はすでに佑奈を見捨てて音楽室から逃げ出していた。
「先輩いやっ、やめてっ」
「正直に白状しなさい」
「ひひひひひひっ、だめっ、気が変になっちゃう、ひひひひひっ」
「気が変にならないうちに白状しなさい」
「ひひひひひひっ、わかりましたから、ひひひひひひっ、言いますから、やめて」
と佑奈は屈服させられた。
「どこなのよ、早く言いなさいよ」
「ひひひひひひっ、かっ、鎌倉市ひひひひひひっ、中山町ひひひひひひっ、X番地ですひひひひひひっ」
ようやくくすぐりから解放され佑奈はぜいぜいと息をしている。佑奈はまたくすぐられないようあわてて白ソックスと上履きをはいている。

 さっそく作戦会議が始まった。
「生徒だけで演奏しに行くとなると車は使えないわね。だからチューバ、コントラバス、大型の打楽器は運べないわ。だからそのパートの人は小物打楽器に回ってね」
「はいっ」
「選曲は何にしましょ」
「はいっ、あたしたちが演奏していることが間違いなく泉崎さんに伝わるように1曲目は校歌がいいと思います」
と田山美香が言う。
「なるほど、じゃあ1曲目は校歌に決定。つぎは?」
「ブラジルが盛り上がるので泉崎さんも元気になると思います」
千秋が言う。
「『ブラジル』と叫ぶところを『礼香』と叫んだらどうでしょう」
「いいわねぇ、それ」
「その次はエルクンバンチェロがいいと思います」
「ラテン系が続かない?」
「ユーロビートディズニーメドレーは?」
「う〜ん」
「はいっはいっ、あたしはサンダーバードがいいと思います」
「トランペットが活躍するから泉崎さんも喜ぶね」
「そうよね、泉崎さんが元気になってくれるといいなぁ」
と部員たちは遠足の相談をするような調子で話している。
 佑奈はくすぐりの刑に屈服して口を割ってしまったけれど、これはまずい事になったと思いそ〜っと音楽室から抜け出そうとしていたが部長の久保木恵子に見つかってゴム二つ束ねに結った髪をつかんで引き戻された。
「せっ、先輩痛いです。髪の毛はなしてください」
「あれっ、佑奈ちゃんどこへ行くのかなぁ? まさかこの期に及んで逃げようとしてないよね」
「いえ、あのっ、そのっ、トイレに…」
「部長、上月さんはくすぐりが足りないみたいです」
と田山美香が言う。
「そうね、もう少し根性きたえる必要がありそうね。そういや高田さんの姿が見えないわね」
「あたし探してきます」
と田山美香が音楽室から出ていった。
「さぁ佑奈ちゃん。先輩と熱く語り合おうね」
「いっ、いやです」
逃げようとする佑奈をつかまえて無理やり上履きと靴下を脱がせて裸足にするとまた鳥の羽で足の裏をくすぐった。
「せっ、先輩いやです。いひひひっ、やめて、いひひひっ、下さい」
佑奈はひーひー言いながら部員たちに押さえ付けられくすぐられる。
「いひひひひひひひひひひひひっ」
佑奈は気が狂ったようにひたすら笑い転げた。恵子が
「上月さん、あなたも泉崎さんの事をはげましに行くわよね?」
「あのっ、いひっ、それは…」
「まさか泉崎さんの事を見殺しになんてしないわよね」
「えへへへへへっ、先輩、いやっ、やめて」
恵子はくすぐるのをやめた。佑奈ははぁはぁと息をしている。
「わっ、わかりましたからくすぐるのはやめて下さい」
「もし裏切ったらこうよ」
と恵子は羽で佑奈をくすぐった。
「いひひひひひひひひひひひひっ、先輩、やめてっ、いひひひひひひっ、変になっちゃう」
こうして佑奈は吹奏楽部のみんなと一緒に礼香をはげますことになった。逃げようとしていた高田瑞穂も教室にカバンをとりにいっていたため昇降口で田山美香に捕まり作戦に参加することを無理やり承諾させられた。その日吹奏楽部の部員たちは家で練習すると称して楽器を持ち帰った。明日は土曜日で練習は休みである。

 翌日海老名市立大塚中学校吹奏楽部の面々は楽器を持って海老名駅に集まった。ケース置き場が確保できないため楽器だけをむき出しで持っての集合である。小田急の電車に乗り高田瑞穂が
「こうやって楽器を持って電車に乗るのってスウィングガールズみたいですね」
と言うのを聞いて演奏を始めようとする部員たちを部長の久保木恵子があわてて止めた。小田急線はスウィングガールズに登場する山形鉄道(赤湯−荒砥)とは比べ物にならないほど乗客が多いのでまわりの迷惑になる。礼香がいる鎌倉に着く前にトラブルを起こすのは得策ではない。
 鎌倉駅からバスに乗って中山町の浅井家の前に着く。そのお屋敷を見て部員たちは
「うそぉーっ」
「すご〜い」
「バッキンガム宮殿みたい」
「いやこれはベルサイユ宮殿だよ」
「カッコいー」
「あたしも住んでみたーい」
「泉崎さんとトレードしてもらおうかしら」
「こんないいお屋敷に住んでるのなら助け出すことないんじゃないの?」
「うらやましいなぁ」
と口々に言う。部長の久保木恵子は
「それじゃあゲリラ演奏会なので音出しなしでいきなりいきます」
「はいっ」
「泉崎さんに届くように一生懸命に演奏してね」
「はいっ」
「大塚中、ファイト」
「オーッ」
と部員たちは拳を突き上げ浅井家の門前に布陣すると演奏を始める。1曲目はトランペット・トロンボーン・ホルンの威厳のありそうなイントロに続き海老名市立大塚中学校校歌を演奏する。チューバ、コントラバス、パーカッションパートの面々は楽器を持ってこられなかったので小物打楽器を打ち鳴らす。クラリネットとサックスがメロディを吹きサビの部分をトランペットが演奏してトランペットパートの礼香にアピールした。浅井家の向かいのアパートの住人たちが突然始まった吹奏楽部の演奏にびっくりした顔で窓を開けて部員たちを見ている。それでも校歌が終わるとぱらぱらと拍手が起こった。予定外の観客たちに向かって恵子が
「いまのはうちの中学校の校歌で次はブラジルを演奏します」
と言ってつづいてブラジルを演奏する。チャチャチャ…という前奏に続いて部員たちは『ブラジル』と叫ぶところを『礼香』と叫んだ。金管楽器が高らかにメロディを奏でるのが風に乗り浅井家にも届く。本来デクレッシェンドするところも部員たちはfff(フォルティティシモ)でぶっ飛ばす。いつしか近所の人達がたくさん演奏を聴きにきていて手拍子が起こる。3歳くらいの男の子が演奏に合わせてノリノリで踊っている。ブラジルが終わると盛大な拍手が起こる。恵子が
「次はみなさんご存じのサンダーバードです」
とサンダーバードを演奏開始。ティンパニーがないのでトランペットとトロンボーンの旋律から始める。力強い金管パートの演奏に見物人から手拍子が起こる。トランペットが力強い旋律を奏でる。そこへ浅井家からの通報でやってきたパトカーが現れて田沢刑事がパトカーのマイクで
「こらぁ〜、お前ら。そんなところで何を騒がしている。全員ちょっと署まで来い」
と言うと部員たちは演奏を中止し
「きゃ〜っ」
と言って蜘蛛の子散らすように逃げていった。

 「あー、びっくりした」
「ポリが来るなんてまぢ焦った」
「捕まるかと思ったねぇ」
「こ〜ゆ〜のスリルがあっていーじゃん。またやろか?」
「いやよ、あたしは」
隣の町内まで逃げ延びた部員たちにはぁはぁと息をしながらおしゃべりしている。部長の久保木恵子は
「みんな無事? 捕まった子はいない? パートリーダー報告して」
と点呼した。
「フルートパート全員います」
「クラリネットパート全員無事です」
「サックスパート全員います」
「トロンボーンパートOKです」
「ホルンパートそろっています」
「バスパート大丈夫です」
「パーカッションパート全員います」

トランペットパート一人いません

その報告に一同凍り付き誰かが警察に捕まったんだと青くなった。恵子がおそるおそる
「一体誰がいないの?」
「泉崎さんです」
「なんだ、びっくりさせないでよ」
「でも泉崎さんもトランペットパートの一員ですから」
「わかったわ」
と一同安堵する。幸いなことに田沢は浅井家の意向で中学生たちを追い払うのが目的で一人残らず捕まえようとは思っていなかったのだ。

 とりあえずお尋ね者にならないうちに大塚中学校吹奏楽部の面々は海老名に逃げ帰ることにして江ノ電とJR横須賀線の二手に別れて電車に乗った。横須賀線組の半数は横浜に出て相模鉄道で海老名に向かう。楽器を持って大勢で鎌倉をうろうろしていれば目立つことこの上ない。だから恵子の指示で吹奏楽部は分散して逃げていた。このゲリラ演奏会は果たして成功だったのだろうか? 泉崎さんに大塚中学校吹奏楽部の演奏だと伝わっただろうか? 横須賀線の電車の中であれこれ考えたが恵子にはわからなかった。海老名駅に着くと安心した恵子は
「泉崎さんに演奏の感想を聞いてみたいわ。上月さん、キリン出して」
まるで佑奈はドラえもんのような扱われ方だ。
「えっ!」
こんなところでキリンを出したらUFOを飛ばしているのが佑奈だとまわりにいる人達にわかってしまう。
「部長、さすがにここではちょっと…」
「なによ、上月さんはあたしの言う事聞けないのぉ?!」
「人目のないところでないとできないんです」
そう言ったけれど恵子は聞き入れてくれなかったので佑奈は仕方なく
「明日学校でみんなでお手紙を書きましょうよ」
と言ってそこでキリンを出すのを勘弁してもらった。

*****

 浅井雪江こと泉崎礼香は窓を開けキリンが来ないかしらと待っていた。テレビも電話もないこの雪江の部屋では佑奈が飛ばしているキリンだけが唯一の外の世界との接点であった。すると何やらお屋敷の外から聞いたことのある前奏が流れてくる。この曲は海老名市立大塚中学校校歌だ! ということは演奏しているのは海老名市立大塚中学校吹奏楽部のみんな! 佑奈と瑞穂が吹奏楽部のみんなを引き連れて来てくれたんだ。実際は盛り上がる部員たちに巻き込まれる形で佑奈と瑞穂は来ていたのだが礼香は吹奏楽部の音色に涙を流し、無意識にトランペットを吹く手つきをして自分も指を動かして演奏に参加した。つづいてブラジルが始まる。本来元気良く「ブラジル」と叫ぶ部分が「礼香」になっていて礼香は嬉しい反面少し恥ずかしかった。これも部員たちが決めたことなのだが、じつに佑奈と瑞穂らしい演出だと礼香はくすりと笑った。トランペットパートの音色に先輩や同級生たちの顔が浮かんでは消えた。礼香はあれっ?!と思った。演奏がデクレッシェンドしないでfffで飛ばしている。3曲目はサンダーバードだ。ティンパニーは持ってこられなかったようでトランペットとトロンボーンのイントロから始まってトランペットが力強い旋律が奏でられている時だんだんパトカーのサイレンが近付いてきたようだ。パトカーがマイクで何かがなりたてると演奏がストップして部員たちの悲鳴が聞こえる。部員たちはどうなったのだろうか? その後耳を澄ませて礼香は待ったが演奏が再開されることはなかった。まさか吹奏楽部のみんなは警察に捕まったのではないだろうか?! 礼香は心配になった。

 その翌日キリンがきた。礼香はとりあえず佑奈は無事だとわかりホッとした。キリンの首には部員たちからのメッセージを書いた紙が巻き付いていた。

*****
 礼香へ 昨日のゲリラ演奏会どうだった? パトカーが来て途中で逃げなきゃならなかったのが残念だけどあたしたちだってわかった?   上月佑奈

 泉崎さんへ 昨日はパトカーが来てびっくりしたけれど全員無事に海老名に逃げ帰りました。学校には無断で生徒だけで行ったのでコントラバス・チューバ・大型打楽器が運べなかったのが残念です。またみんなで行きます。    久保木恵子

 れいかへ 昨日は警察に捕まりそうになってスリルのある演奏でした。はやく一緒にトランペット吹こうよ。    高田瑞穂

 泉崎さんへ 泉崎さんがいなかったので昨日は完全な演奏とはいきませんでした。泉崎さんも入っての大塚中学校吹奏楽部です。一日も早く完全な演奏ができるようになりますように。           汲沢千秋
(以下略)
******

 礼香はそれを見て涙が出るほど嬉しかった。まずみんなが無事海老名へ帰ったこと。そして自分のために危険を冒してまで鎌倉へ演奏しに来てくれたことだ。あぁ早く吹奏楽部のみんなと思い切りトランペットを吹きたい。礼香は強く思った。

その11へ

古墳少女佑奈をまず読むと世界観がよくわかります。

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