小説の部屋


2006/6/30 脱稿    

古墳少女 佑奈1.5 -礼香奪回作戦-

   

その11

この小説を読む前に前作 古墳少女佑奈をまず読むと世界観がよくわかります。
そのあとは古墳少女佑奈3を読もう。

第11章 礼香をとりもどせ

*****
佑奈と瑞穂へ
 最近私はお家に帰りたくてしょうがありません。
吹奏楽部のみんなにも会いたいし、学校へも行きたいです。
トランペットを吹きたい。
ここへ来てから全く吹いていないので指の動かし方を忘れそうです。
あぁ、なんとかしてこのお屋敷から脱出できないものかと
いつも考えています。      泉崎礼香
*****

 佑奈は自室の机の上にに広げた最近届いた上記の手紙を読み礼香の文体が大きく変化してきたことに気付いた。それまでは礼香らしい上品な格式張った大人が出すような文体だったのが佑奈や瑞穂が書くような子供じみた文体になってきたことだ。そして内容が「お家に帰りたい」という事ばかり書いてきている。鈍感な佑奈にもかなり礼香が参ってきていることがわかった。なんといっても礼香が浅井家にさらわれてからもう1ヶ月以上がたつのだ。「泉崎礼香は家出」という強引な結論を出した警察は礼香の両親が何度訪ねても「鋭意家出少女を捜索中」の一点張りでまるで相手にしてくれない。娘の居所が佑奈の術でわかっているのに助け出せない現実に礼香の両親は目立って情緒不安定になっておりいまでは近所でも評判のおしどり夫婦だった泉崎家に口論が絶えなかった。また母親の清香は寝たり起きたりをくり返している。佑奈は思った。このままでは泉崎家が身内をQ国に拉致された家族のように目茶苦茶になってしまう。警察が動いてくれないのならあたしが腕輪の術を使って浅井家に突入しさらわれた礼香を救出するしかない!

******
佑奈と瑞穂へ
 昨日佑奈が腕輪の術を使って
あたしのことを助け出してくれる夢を見ました。
朝目覚めてそれが本当だったらどんなにかいいのにと
ため息をつきました。
一日も早くお家に帰りたいです。
                泉崎礼香
追伸 ご近所の迷惑になるから
   術を使って本当に助けに来ないでね。
*******

 佑奈はキリンが運んできたこの手紙を読んで礼香は「助けに来ないでね」と書いてきているけれどそれは本心の裏返しで本当はあたしに助けを求めていると礼香の真意を見抜いた。
「礼香、待っててね。あたしがすぐに助けに行くから」
と佑奈は拳を力いっぱい握りしめた。
 佑奈は机の上にスヌーピーのメモ帳を出して礼香奪回作戦を練り始めた。まずは門前のアパートの2階通路から見た記憶を頼りに浅井家のへたくそな見取り図を書く。
「まずは土門の術を使ってお屋敷の1階までトンネルを掘るでしょ…」
と庭に点線を書く。土門の術とは地面の下にトンネルを作る術である。これを使えば浅井家の高い塀などものともせずにお屋敷へ侵入できる。
「そして3階の礼香が閉じ込められている部屋に行って解錠の術で鍵を開けて礼香を助け出す」
解錠の術とは鍵を道具も使わず呪文の力だけで開ける術である。これを使えば佑奈は世界一の大泥棒になれることだろう。
「そして礼香を連れ出してトンネルに戻りお屋敷の外へ逃げる、と。これで完璧!」
佑奈はにんまりしながら自分の立てた作戦に見入った。浅井家側の抵抗というものは一切そろばんに入っていないご都合主義なものであるが、中学1年生の女の子に陸軍参謀のような緻密な作戦が立てられるはずもなかった。また学校をサボると親にこっぴどく怒られるから作戦決行を今度の土曜日にした。

 佑奈はその2日後の金曜日、吹奏楽部の練習帰りに親友の高田瑞穂を連れてそそくさと海老名市立大塚中学校を出た。中学校から少し離れまわりに誰もいないのを確認して佑奈は瑞穂に言う。
「あたし、明日礼香を助け出しに行くことに決めたから」
「えっ?!」
「だって警察は礼香の居場所を知りながら何もしてくれないでしょ」
「うん」
「もう1ヶ月以上だよ、礼香がお屋敷にさらわれてから」
「うん、そうだよね」
「礼香のお母さんなんて心配で寝こんじゃうし、あたしそんなこと礼香に手紙で伝えられないよ」
「じゃあ、あたしが書こうか?」
バシッ
佑奈は瑞穂の頭をはたいた。
「痛いなぁ、佑奈何すんのよ」
「あんたどういう神経してるとそういう事が言えるわけぇ?!」
「だってぇ『佑奈が手紙を書けない』っていうからぁ…」
「そういう話じゃないでしょ」
「明日鎌倉に行くわよ」
「またみんなで楽器持って行くの?!」
「あたしが腕輪の術を使って浅井家に突入しさらわれた礼香を救出するわ」
「すごーい! さすが佑奈ね」
「瑞穂はどうする。一緒に来る?」
「行くいく」
「隠密作戦なんだから誰にも言うんじゃないわよ」
「あたしは大塚中学校で一番口が固いんだから大丈夫」
高田瑞穂が一番口が固い子だったら石の地蔵はかなりおしゃべりな部類に入るだろう。瑞穂の様子を見て佑奈は瑞穂があちこちにしゃべって吹奏楽部一同で浅井家に討ち入りなんてことになったらどーしよと思った。泉崎礼香は吉良上野介ではないのだ。山鹿流陣太鼓の代わりにパーカッションパートの高田瑞穂以下による打楽器アンサンブルなんておしゃれすぎてさっぱり士気が揚がらないし、第一隠密作戦にならない。親友のよしみで瑞穂を誘ったのは失敗だったかしら?! こういう時礼香だったらどういう判断をするのだろう?と佑奈は思った。


 翌日の昼前、佑奈と瑞穂は海老名駅の改札口で集合した。計画では朝から浅井家に突入するはずであったが二人とも早起きできなかった。佑奈は黒のパーカーにジーパンという目立たないような服装に対して瑞穂は迷彩色のパーカーに深緑のカーゴパンツというミリタリールックだ。佑奈は
「瑞穂、あんた戦争にでも行くつもり?」
瑞穂に草の生えた鉄カブトをかぶせたら婦人自衛官みたいだ。なにやら大きなリュックザックを背負っている。
「だってこれは礼香を取り返すための戦いでしょ?」
瑞穂は言う。
「いったいリュックザックに何入れてきたの?」
「おやつに食べるお菓子を持ってきたの」
「あのね、遠足に行くんじゃないのよ」
「だからこれは戦いだって言ったでしょ。腹が減っては戦ができぬって言うわ」
佑奈も長期戦に備えると言う名目でお菓子をたくさん持ってきているのだからあまり瑞穂を責められた義理じゃない。二人は小田急線に乗り相模大野乗換えで藤沢に出て、江ノ電で鎌倉に行った。

 佑奈と瑞穂は浅井家の門前にいた。門前のアパートの2階通路に上がって双眼鏡で浅井家を偵察し礼香が3階の部屋にいることを確かめた。佑奈は
「礼香待っててね。あたしか今助けに行くから」
と言うと瑞穂も
「礼香、瑞穂もいくからね」
と言う。佑奈は
「瑞穂はここで留守番よ」
「えーっ、なんでぇ?!」
「2人で行ったら目立つでしょ」
「あたしも行きたい」
「瑞穂はトンネルに子供が墜ちて怪我をしないように見張ってて」
「そんなぁ、悪党をやっつけるために武器まで持ってきたのにぃ」
「武器って?」
「これ」
と瑞穂がリュックザックから出したのはマレットであった。しかもグロッケンをたたくときに使う先が金属製のものだから殴られたら痛そうだ。
「瑞穂、あんた学校からこんなものちょろまかしてきてぇ」
「礼香を助けるためだもん」
「でも瑞穂は見張りだからね」
「ひどーい」
「その代わりにあたしが礼香を助け出したら援護に入ってきて」
「もし佑奈までつかまったら?」
「その時は瑞穂だけ海老名に逃げて」
「そんな薄情な事できないよぉ」
「仲良く3人でつかまっても楽しくないわ」
「礼香を助け出したら入ってもいいのね」
「そうよ、約束できないのなら影縫いの術で瑞穂が動けないようにして行くわ」
「わかったわ、約束する」
「それじゃあたしの作戦の邪魔しないでね」
「うんうん」
 佑奈は浅井家前の路上に出て古代日本語の呪文を詠唱し複雑に手を組み替え結印する。土門の術を発動させると佑奈の足元に直径1mくらいの穴か開いた。
「佑奈、これって抜け穴?」
「そうよ」
「どこに続いているの」
「ちょっとこっちへ来て」
と佑奈は瑞穂を連れてふたたびアパートの2階通路に上がり
「ここから一直線にお屋敷の1階までのびているのよ」
「佑奈すごーい」
「えっへん、なんてったってあたしにはこの腕輪がついてますから」
佑奈は自慢げに瑞穂に腕輪を見せる。
「ありゃ…」
「佑奈どうしたの?」
途中で説明をやめた佑奈を瑞穂はいぶかしんだ。
「あれぇ、なんであんなところに出口が開いているんだろう」
「どこぉ?」
「ほら、銅像の足元」
瑞穂が双眼鏡で見るとさっきはなかった穴が銅像の足元に開いている。
「本当だぁ」
「おかしいなぁ。どこでまちがったんだろう」
「佑奈のことだから呪文を言い違えたんじゃないのぉ?」
「そうなのかなぁ」
実際のところ佑奈は呪文を言い違えてはいなかった。言い違えていたら術が発動するわけがない。間違いの原因は、呪文を詠唱する際に距離を古代尺で詠まなくてはならないのだが現代っ子の佑奈はメートル法でしか距離を認識できない。だからメートル法を古代尺に換算してから呪文を詠唱したのだが数学の弱い佑奈はその換算を間違っていたのだ。だから30mも手前にトンネルの出口が開いてしまった。
「佑奈もう1回術を発動させたら」
「えーっ、面倒だし」
「でもあんなところからお庭に出たらすぐに見つかるよ」
「もういいや。またトンネル作るの面倒だからこのままいっちゃう」
と佑奈はトンネルの中に入った。瑞穂が入口から
「佑奈がんばってねぇ〜」
と言うのが聞こえた。

 トンネルの中は真っ暗なので佑奈は灯明の術を発動する。これはてのひらに光の玉を出現させる術で、炎が燃えるわけではないので熱くはない。佑奈は真っ直ぐに続くトンネルを早足で進んでいく。明りが見えてきて出口に着いた。佑奈は顔をトンネルから出して回りの様子をうかがった。幸いな事に誰も佑奈の侵入を感知していなかった。浅井家では塀の上に赤外線センサーを取り付けてあるのでよもや地中からの侵入者があろうとは思ってもおらずまったく屋敷内は警戒している様子がなかった。だから全く内部は無防備といっていい。佑奈はリスザルのように素早く30m走ってお屋敷の玄関に取り付いた。佑奈はそーっとドアに手をかけると油がゆきとどいていて音も立てずに開いた。
「お邪魔しまーす」
と小声で言いながら佑奈は玄関ホールに入り後ろ手にドアを閉める。高価そうな壺や絵画がかけてあるホールの調度に佑奈は目を奪われた。
「すごーい、想像していた以上のお屋敷だわぁ〜」
と感心しつつ佑奈は3階にいる礼香のところへと階段を上っていく。2階に近付くと誰かがこちらにやってくる足音がする。どーしよどーしよと思いつつ佑奈は階段に身を伏せてどうか見つかりませんようにと祈った。佑奈の心臓はばくばくと音を立てている。幸いなことに足音は階段を下りる事なく2階の廊下を直進していってドアを開け閉めする音が聞こえたのでどこかの部屋に入ったようだ。佑奈はホッとして再び階段を上り始める。3階の廊下に着き気配を殺して様子を窺う。誰もいないようだ。

 礼香が閉じ込められている部屋の前に出る。木のドアには大きな南京錠がかけてあった。佑奈は古代日本語で呪文を詠唱し結印すると解錠の術が発動し手も触れないのにカチッという音を立てて南京錠が外れた。佑奈がドアを開けるとそこにはびっくりした顔の礼香がくるぶしの隠れるような丈の長いふりふりのワンピースを着て立っていた。
「ゆう、な?」
「しばらく会わないうちにあたしのこと忘れちゃった?」
「佑奈!」
「礼香、会いたかったよぉー」
二人は抱き合って泣いた。おいおいと声を上げひとしきり泣いた後礼香は佑奈に
「いつかどこかで聞いたような声で変な呪文唱えているからもしやと思ったわ」
「変な呪文で悪かったわね」
「どうやってここに入ってきたの?」
佑奈は手短にこれまでのいきさつを礼香に話した。
「また術を使っちゃったのね」
「だってしょうがないじゃない。警察は礼香がここにいると教えても何もしてくれないしぃ〜」
「でもうれしい。佑奈ありがとう」
礼香は笑顔を見せた。
「さぁ礼香。海老名に帰ろう。お屋敷の外で瑞穂も待ってる」
「でも、力の強そうな見張りがいるの。あたしを連れては無理よ。佑奈一人で帰って」
「あたしは礼香を助けにきたのよ。一人じゃ帰らない」
「でも術を使うのは反対よ」
礼香は佑奈の左手首の勾玉の腕輪を見ながら言う。
「手向かいしない限り誰にも術は使わないから」
「だけど…」
「礼香はあたしや瑞穂と一緒にトランペットを吹くのがそんなに嫌なの?」
「そんなことない。吹奏楽部でトランペットをあたしも吹きたいっていつも思ってた」
「吹奏楽部のみんなも礼香に会いたがってるわ」
「でも秋山って運転手はプロレスラーみたいに強そうなのよ」
「あたし負けないわ」
「やめて! 暴力はだめ!」
「礼香はここで浅井雪江の亡霊として一生過ごすわけ? いままでキリンに書かなかったけど、礼香のお母さんは心配のあまり寝こんじゃってるのよ」
「うそっ」
「本当よ。礼香が帰ってくるのが一番の薬だと思うんだけど」
礼香は少し黙って考えた後
「わかったわ。佑奈についていくわ」
と決心した。それでも佑奈が術を使ってまわりに被害を出さないか心配で仕方がなかった。
 もともと泉崎礼香の持ち物など浅井雪江の部屋には何一つないから礼香は何も持たずに部屋を出ようとする。佑奈が
「何かおみやげにいただいてったら」
と言うのを
「そんなことしたら泥棒でしょ」
といなして何一つ持たずに雪江の部屋を出た。佑奈としてはいろいろと持って帰りたいものがあったけれど礼香がそれを許さないからあきらめた。
「礼香はすでに盗まれているんだけど…」
と言いかけるのをさえぎるように
「早く行きましょ」
と佑奈は礼香にせかされた。3階の廊下を歩いていると雪江付きメイドの山田が運悪くやってきた。山田は
「雪江お嬢様。その方は一体…」
山田は最後まで言い終える事ができなかった。佑奈が問答無用で幻火の術を発動させ山田は青白い炎に包まれて絶叫しながら床をのたうち回ることになったからだ。この術で発動するのは幻の炎なので熱くてたまらないが消えた後山田には煤一つ付かない。
「山田さん」
礼香が手を差し延べようとするが佑奈が手を引いて階段に向かうと3階と2階の間の踊り場に山田の悲鳴を聞いて駆け付けたメイド数人が立ちはだかり
「雪江お嬢様をどうするつもりですか。この先に進むならあたしたちを倒してお行きなさい」
「そうゆうことなら遠慮なくぅ」
と佑奈は雷電の術の発動に入る。
「佑奈、だめっ!」
と止めようとしたが腕輪が結印を妨げないよう佑奈に障壁を張っていたため止められなかった。まず佑奈は威嚇のためメイドたちをわざと外して雷電を放つ。窓ガラスがバリバリと音を立てて木っ端みじんとなりメイドたちは「きゃっ」と言って目を閉じてしゃがみこむ。しかしそれでもその場に踏みとどまり佑奈たちの行く手を阻み続けた。見上げた使命感である。
「わざと外してあげたんだけどそういうことなら仕方がないわね」
と言って今度はメイドたちに直撃させる。雷電の術によりメイドたちは「ギャッ」と悲鳴をあげて階段を転げ落ちていった。礼香は
「何てことするのよ」
「だって邪魔するんだもん」
礼香が一々反対するので佑奈は少しむくれていた。階段を1階に向かうと1階玄関ホールでは秋山以下メイド・使用人たちが最終防衛線を張っていた。それを見た佑奈は結印を始めようとしており礼香は
「もうだめ。佑奈、これ以上術を使わないで」
と止める。人垣に雪江の母、文江の姿も見え
「何ですか? その下品な子は。雪江、部屋にお戻りなさい」
「誰が『下品な子』なのよ! 怪我したくなかったら道を開けなさい。おばさん」
「まっ、何て下品な口をきく子なのかしら。雪江、そんな子とつきあっちゃいけませんよ」
「お母様。いえ、浅井さん。あたしは浅井雪江ではなく泉崎礼香です。この子は親友の上月佑奈さんです。あたしの事を迎えにきてくれました」
「いけませんよ、あなたは浅井雪江なのだから勝手に出歩いたら」
「お母様、ごめんなさい…」
「礼香、謝ることなんてないよ。あの人は礼香を誘拐したんだから」
「でも…」
文江の気持ちも分かるだけに礼香は複雑だった。暫く一緒に生活して礼香も情が移った。
「佑奈もうやめよう。これだけの人数相手に戦うのは無理だよ」
「そんなことはないわ。あたしは古墳少女なんだから」
「佑奈が術を使えば誰かが傷つくわ」
「それでも礼香を連れて帰りたいの。ごめんね」
佑奈は氷刃の術を発動する。今度はキリンではなくゴルフボール大の氷の塊を無数に出現させランダムに玄関ホールを飛ばし最終防衛線を張っているメイド・使用人たちをパニックにさせた。当たると結構痛いのでメイドたちはキャーキャー言って逃げ惑う。下男の一人が文江を抱きかかえてかばう。その隙を突いて佑奈は礼香を連れて脱出を図る。しかし屈強なる秋山だけは氷の塊がボコボコと全身に当たるのにもめげず仁王立ちで二人の行く手にたちはだかり
「お嬢様を置いてゆけ。さもなくば小娘、殺すぞ」
とすごみを利かせる。佑奈は一瞬たじろいだけど雷電の術を発動したか。しかし秋山は「ぬぉーっ」と叫び声をあげ根性でそれに耐えた。
「うそっ! 雷電の術が効かないなんて」
秋山は佑奈につかみ掛かろうと両手を広げた。
「いやっ!」
「秋山さん、やめて!」
二人の悲鳴が交錯する。佑奈は反射的に影縫の術を発動させた。さすがの秋山も身動きができなくなり
「この小娘! 一体何をした」
と言いながら動かぬ体を動かそうともがいていた。
「へへーんだ。今度のは身動きとれないでしょ。さよならおじさん」
と言いながら佑奈は秋山のすねを蹴飛ばした。
「礼香、今のうちに早く」
「秋山さん…」
佑奈は玄関のドアを開けて庭に出た。もう日が暮れかかっている。
「礼香こっちへ」
と佑奈は手を引いて銅像に向かう。


 アパート2階通路で浅井家の様子を双眼鏡越しに見ていた高田瑞穂はガラスの割れる音や女の悲鳴が聞こえて浅井家が騒がしくなってきたので自主的に出動を決めて
「やっと出番が回ってきたようね。瑞穂ちゃん出動!」
と佑奈が作ったトンネルに向かった。瑞穂はトンネルに下りリュックザックから取り出したポケットライトをつけるとトンネルの奥に進んだ。瑞穂が出口から庭に出ると佑奈と礼香が術が解け動けるようになった浅井家の使用人たちに追われている。
「お嬢様ぁーっ」
「こら小娘、待てーっ」
「もどりなさい」
「お嬢様をどこに連れていくの」
「人さらい」
などの声がする。瑞穂はそんな使用人たちに向かって庭の敷石を投げ始めた。瑞穂の投擲能力などたかがしれていて佑奈と礼香の上にも石が降り注いだが腕輪が張った障壁がすべてはじき飛ばしていた。それよりも使用人たちが追いかけてくる足を攪乱する効果が大きかった。
「あっ、瑞穂」
「佑奈、礼香も久しぶりぃ」
「何で瑞穂がここにいるのよ」
「自主出動したのよ」
「はぁ?! とにかく瑞穂は礼香を連れて先に逃げて」
「佑奈は?」
「あたしは追っ手の足を止めるから」
「わかったわ」
「佑奈くれぐれも乱暴しないでね」
「足を止めるだけだから、死人は出さないから」
心配そうな目で見る礼香を連れて瑞穂はトンネルに消えた。佑奈は穴を背に立ち中庭の欅(けやき)の木に向かい真火の術を発動し本物の火を放った。欅の木はめらめらと真っ赤な炎に包まれた。
「あの小娘は射程の長い火炎放射機をもっているぞ」
と誰かが叫ぶ。しかし一時的に足が鈍ったもののまだ使用人たちは追いかけてくる。一部の使用人が火災報知器を作動させ消火栓から水を撒いているが火の勢いを弱めることはできない。佑奈は
「もう来ないで!」
と叫び再び欅の木に向かい真火の術を発動し2本目を火柱に変えた。それでもまだ使用人たちは追ってくる。佑奈は追撃を防ぐためトンネル周辺の芝生にも真火の術を発動して焼き払った。使用人たちは
「炎で近付けんぞ」
「消火器を持ってこい」
「いや、消火栓を開け」
とあたふたしている。佑奈は使用人たちが追ってこないのを確認した上でトンネルに入った。
 灯明の術で足元の明るい佑奈はトンネル内を走りすぐに先を行く瑞穂と礼香に追いついた。
「佑奈、誰かにけがをさせたりしなかったでしょうね」
「うん、木を2本燃やしただけ」
「佑奈! まったくもぉ」
「それより二人とも急いで」
「なんで?」
「追ってこられないよう術を解いたからこのトンネルなくなるの」
「なくなるとどうなるの?」
おそるおそる聞く瑞穂に佑奈はきっぱりと
「生き埋め」
「いやっ!」
 3人はトンネルの中を一目散に走った。礼香はくるぶしまである丈の長いワンピースを着ていて走りにくいため裾をからげて走る。いくらここには女の子しかいないとはいえ泉崎礼香のような上品な少女のすることではないが命の危険が迫っているためやむを得ない。出口にたどり着きまず佑奈が地上に出る。そして瑞穂が出て二人で礼香の両手を引っ張り上げ、礼香が地上に転げ出るのと同時にトンネルが消滅した。

 3人は地面にへたり込みはぁはぁと息を切らしてしばらく何もしゃべれない。少しして瑞穂が初めて気づいたように
「礼香ってそうゆう服の趣味だったんだぁ」
「えっ?!」
礼香は泥だらけになって薄汚れたふりふりのワンピースを着ていることに改めて気付き真っ赤になった。
「ちっ、違うの。これは浅井家にはこういう服しかなかったの」
「ふーん、そういうことにしといてあげるね」
「瑞穂!」
礼香をからかって喜んでいる瑞穂に佑奈は
「瑞穂やったね」
「うん、佑奈」
「ギリギリセーフだったね」
「そうだね」
「礼香おかえり」
と言う佑奈と瑞穂に向かって礼香は
「助けてくれたのはうれしいけど火事起こすことないじゃないの」
「だってぇ、しつこく追いかけてくるんだもん」
「とにかくここにいるのはまずいよ。2人とも海老名に逃げよう」
瑞穂に言われて我に返ると消防車のサイレンが近付いてくる。それに追われるよう3人は鎌倉を後にした。


 相鉄電車で海老名に着く。佑奈と瑞穂は礼香を連れて泉崎家にゆく。
ピンポーン
ドアを開けた青白い顔をした清香は礼香の姿に呆然とし
「礼香ちゃん?」
「お母さーん」
と礼香は清香の胸に飛び込んで泣いた。礼香は中学1年生にしては大人びた思考の持ち主であるが、緊張の糸がゆるみ子供に返って泣きじゃくっていた。中学1年生女の子が今までひとりで自分を見失わずに監禁生活に耐え抜いてきたのは想像に絶する苦しみであったことだろう。見ている佑奈と瑞穂までびーびーともらい泣きをした。
「よかったね。礼香」
そう言いながら佑奈は瑞穂の肩を抱きそっとその場を後にした。

エピローグ

 礼香が家に戻りキリンで文通する必要がなくなったからいつしかUFOの噂も消え海老名市のUFOブームは去り宇宙人エビーの銅像建立と映画 走れエビ電の制作は立ち消えとなり海老名の町に平穏が戻ってきた。大塚亀山古墳の発掘調査ももともとそんな予算は海老名市にはなく、ブームが去ったことでスポンサーの企業も相次いで撤退し中止となる。
 浅井家は消防署に使用人の火の不始末で庭の芝生と欅2本が燃えたと説明。消防署も浅井家への配慮からそれに異を唱えないで鵜呑みにした。礼香の訴えで翌日警察が浅井家を捜索する。これは礼状を取っての強制捜索ではなく 浅井家のご厚意により任意で屋敷内を見せていただくというあらかじめ日時を決めてのものであったから礼香が監禁されていた部屋は改装工事が入り壁紙や床板、天井板まですべて引きはがされ調度品は処分されており礼香のいた痕跡はすべて消され、浅井文江は海外の病院での療養が急遽決まり昨夜の飛行機でカナダに出国していた。浅井家を捜索しても何も見つからなかったため礼香が浅井家に監禁されたと言うのは家出をごまかすための狂言である、と警察は断定し被害者の礼香が警察で厳重注意を受ける始末。
 佑奈は浅井家から壊したり燃やしたりしたものの法外な額の請求書が届くものとビクビクしていたのだが、それを聞いて
「大人って汚い」
と思った。

古墳少女佑奈をまず読むと世界観がよくわかります。

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