その翌日の夕暮れ早めの夕食を食べた泉崎礼香と上月佑奈は水神様の縁日に出かける。礼香は紺地に赤い江戸風鈴を染め抜いた浴衣を着て長い髪をシニョンに結い、佑奈は黄色地に紫の朝顔の柄の浴衣でセミロングの髪を後ろで二つのお団子に結っており二人とも大変にかわいい。二人は草履をはいて水神様に向かう。
「礼香」
「何よ」
「あたしなんかよりさ、浩一兄ちゃんと行きなよ」
「なんで浩一兄ちゃんと行かなくちゃいけないのよ。それにあたしなんかついていったら足手まといでしょう」
「その『足手まとい』になりたいくせに」
佑奈はひじで礼香をつつきながらくすくす笑う。礼香はムキになって
「これ以上変なことを言ったら佑奈ぶつわよ」
「あーん浩一兄ちゃん、礼香がいじめるんですぅ〜」
とおどける佑奈の頭を礼香がバシッとはたいた。
「あっ、浩一兄ちゃんだ!」
「えっ!」
礼香は佑奈の指差すほうを見ることもできず真っ赤になってうつむいでどぎまぎしている。
「やーい、引っかかったぁ」
そう言われて礼香が顔を上げると誰もいなかった。
「もぉ」
と礼香が佑奈の肩をはたいた。
平磯駅前の踏切に差し掛かると1両きりのディーゼルカーがゆっくりと踏切を渡っていった。海に向かってゆるやかに下る坂道の途中に水神様の社があった。境内には祭囃子が流れ多くの人々でにぎわっている。礼香たちのように浴衣姿の女子中高生が多い。
「さてと、何を食べようかな」
佑奈が舌なめずりしそうな顔で言う。
「ちょっと佑奈、夕御飯食べてきたのにまだ食べる気?」
「うん、こういうの別腹だから」
「太って古谷君に嫌われても知らないわよ」
「明日からダイエットするのでへーき」
とさっそくお好み焼きを買っていた。
「礼香も少し食べる。これおいしいよ」
と無邪気な顔で佑奈は言うが礼香は首を横に振った。次に佑奈はチョコレートのクレープを買って食べている。何かを食べているときの佑奈の顔はものすごく幸せそうだ。
二人は拝殿で水神様に参拝する。
「あたし礼香が浩一兄ちゃんとラブラブになれるよう拝んどいたから」
「自分の事拝みなさいよ」
「親友のために神に祈るなんて美しい友情よねぇ」
「大きなお世話です」
「礼香は何拝んだの?」
「ほっといてちょうだい」
「なになに? 浩一兄ちゃんのこと?」
そう言われて礼香はぴくっと反応していたので図星なのだろう。一人で盛り上がる佑奈に礼香は迷惑気味。
*****
夜7時から地元の平磯町立平磯南中学校吹奏楽部の演奏が神楽殿で行われる。当然吹奏楽部の二人にとって他校の演奏を聴くチャンスなので聴いていく。楽器を持って部員たちが現れる。男子は半袖の白いシャツに黒ズボン、女子生徒は赤いスカーフのセーラー服の制服だ。部員数は3年生まで入れて25人くらいか。男子は4人のみでほとんどが女子。観客の中に浴衣姿の部員のお友達の女子生徒やキャミソールにデニムミニスカートの茶髪女子高生のOGやビデオカメラを回す部員の両親や祖父母の姿が見られる。部員が神楽殿に現れると聴きにきているお友達(女子)から
「よねーっ」
「りなーっ」
「かわいーっ」
「ちひろーっ、がんばれーっ」
「えりぃーっ、かわいーよーっ」
「さおりぃーっ」
「まきちぁーん」
「ゆきちぁーん」
と声援が飛びかう。
パーカッションパートのみ青い背中に「祭」と書かれたはっぴを着ている。<八木節>で開演。パーカッションの小物が踊りながら演奏する。ピッコロの女子が立上がり前に出て素晴らしいソロを聴かせ観客も拍手でそれにこたえる。パーカッションの女子がねじりはちまきにたすき掛けで腰を落とし気合いを入れて木の桶をたたいている。
「あら、よっと」
の掛け声も勇ましい。サックスの旋律も素晴らしい夏祭りらしい一曲目だ。木管の音色がきれい。トランペットのソロがあり上向きで終わった。
はっぴを脱いで今度は<エルクンバンチェロ>冒頭で
「クンバン・クンバン・クンバンチェロ!」
と男子が甲高い声で叫ぶ。全員立ち上がり楽器の筒先を大きく回す。フルート・ピッコロ・バスクラリネット・サックスのスタンドプレイ。トロンボーンとユーホニゥム、トランペットが立上がり左右を向いてポーズ決めながらカッコよく演奏。木管が立ち上下向いて演奏。金管も同様に立ち上下向いて演奏。ピッコロのゴム二つ束ねに結った髪がかわいい女子が前に出てソロを吹く。楽器や手を差し上げて全員上向きで演奏。楽器を差し上げウェーブを起こし最後は全員立って上向きでカッコよく終わった。見ごたえのある演出に佑奈は
「すごーい、うちの吹奏楽部でもああいうカッコいいのやりたいなぁ」
と言った。
<アフリカン・シンフォニー>太鼓の音で始まりアフリカ的なホルンのスタンドプレイ。クラリネットのメロディの上品な演奏に海老名市立大塚中学校吹奏楽部クラリネットパートの上月佑奈も息を飲んだ。金管が盛り上がりトランペットのスタンドプレイがある迫力の演奏だ。金管の音色が素晴らしくトランペットパートの泉崎礼香は真剣な表情で聴いている。終わると二人は惜しみない拍手を送った。佑奈は
「あのクラリネット、うまいよぉ」
と感想をもらした。
<恋のカーニバル>ではパーカッションが左右にステップ踏んで楽しそうに演奏。クラリネット・サックス・バスクラリネット・トランペットのスタンドプレイがあり、全員が上向きになるシーンもある。パーカッションソリ、チューバ男子が前に出てソロ、ユーホニゥム女子が立ちソロを聴かせる。トロンボーン・ユーホニゥムのスタンドプレイもある全員上向きになり元気で楽しい演奏だ。各パート順次立ち上がり全員立って終わった。
最後の曲<テキーラ>は立上がり手拍子が入る。サックスのメロディにのりかわいく部員たちが「テキーラ!」と叫ぶ。観客もノリノリで聴いている。チューバ女子が前に出てソロ、クラリネットの音色がよい軽快な演奏だ。トランペット女子が前に出てソロ、最後は全員立ち上がり「テキーラ」と楽器を差し上げてカッコよく終わる。演奏後部員一同立上がりトロンボーンの女子生徒の号令で
「気をつけ、礼」
とあいさつするけれど観客たちは満足しないで割れんばかりの拍手と手拍子でアンコールを求める。
顧問が一礼してアンコールは<コパカバーナ>中学1年生たちが上手に小物打楽器を持って一列に並ぶ。パーカッションの奏でるリズムに乗って始まり、フルート・ピッコロの美しいソリに続きメロディのトランペット・トロンボーン・ユーホニゥムのスタンドプレイ。観客たちは手拍子でノリノリだ。間奏でパーカッションのソリがあった。中学1年生たちの最大の見せ場である。中学1年生たちは笑顔で小物打楽器を鳴らしている。その様子はじつに楽しそうだ。礼香と佑奈と同じ中学1年生ということもあり親近感を感じるのだ。楽しい平磯町立平磯南中学校吹奏楽部の演奏は終り、次は町内会婦人部の日本舞踊なので礼香たちは神楽殿を離れた。
境内の片隅で佑奈が今度はフランクフルトを食べている。口の回りはケチャップでもう真っ赤だ。佑奈は浴衣にたらさないよう注意しながら食べていた。佑奈が少しにやけながら
「浩一兄ちゃんに会えなくて残念だったねぇ」
「なんで残念なのよ」
「やっぱお祭りは女子二人で来るよりも好きな男子と来たいじゃない。あーあ古谷君連れて来ればよかったなぁ〜」
「……」
「浩一兄ちゃんを捜してコクろうよ」
「えっ、そんなのダメよ」
礼香は耳まで真っ赤になっている。
「お祭りのどさくさにまぎれてコクるなんて礼香最高じゃないの」
「あたしには無理」
「あたしがなんとかするから」
「余計なことしないで!」
「礼香は『恋の魔法大会』を成功させたんだよ。自分のためにもう一度『恋の魔法大会』を開きなよ。あたしも協力するからさ」
礼香は泣きそうな顔をして首を左右に振る。
「『恋の魔法大会』で礼香にそそのかされた女子の多くが勇気を出して彼にコクって彼氏をGETしたんだよ。どうして自分でもやんないの?!」
「だってあれはインチキじゃないの」
「今回に限っては本物にしようよ。あたしが呪文教えるからさ」
「呪文って?」
礼香が顔を上げてたずねる。
「『浩一兄ちゃん好きです』って言うの」
「そんな恥ずかしいこと言えるわけないでしょ」
「言わないと恋がかなわないよ」
「だって浩一兄ちゃんがあたしのこと好きなわけないもの」
「言ってみなけりゃわかんないでしょ。当たりが出たらもう1コってこともあるし」
「浩一兄ちゃんはアイスのバーじゃないのよ!」
「告白しないと瑞穂に電話するわよ」
と佑奈は目で境内の公衆電話を指し示す。
「佑奈、あたしを脅迫する気?!」
「そう」
「やめてよ、そんなことされたら海老名に帰れなくなるじゃない」
「だったら平磯町に住み着いちゃえ。姓を渡辺に変えて」
バシッ。
礼香が佑奈の頭をはたいた。顔はゆでたように真っ赤になっている。礼香も姓を渡辺に変えることの意味を悟り一瞬『渡辺礼香』 としての自分を想像してしまったのだ。そして我に返り
「佑奈、なんてこと言うのよ! 浩一兄ちゃんに失礼でしょ!」
「でも一瞬『それもいいかな』って思ったでしょ?」
図星だったので礼香は反論できない。
「ともかく浩一兄ちゃんを捜してコクりましょ」
「佑奈やめてよ。帰りましょ」
「礼香の恋をかなえるまであたし帰んない」
「佑奈のバカぁーっ!」
礼香がとうとう泣き出した。佑奈はどーしよどーしよとおろおろしつつ礼香の背中をなでさすりよしよしとなだめてやる。礼香はひっくひっくとしゃくり上げている。
その二人の言い争う声を聞きつけて浩一が姿を現した。浩一は礼香たちを縁日に誘いに行ったらもう家を出た後でその後もずっと境内を捜していたのだ。礼香が泣いているので二人はケンカしたのかと浩一は思ったが、その原因が自分だとは想像もつかなかった。それに気付いた佑奈が
「礼香、大好きな浩一兄ちゃんが来たよ」
「もうその手は食わないわよ。浩一兄ちゃんがあたしのこと好きなわけないんだから、からかうのはやめて」
「礼香ちゃん、俺も前から礼香ちゃんのこと好きだったよ」
その声に「えっ?!」と礼香が顔を上げると浩一がいた。今しゃべってたことを浩一兄ちゃんに聞かれた?! 礼香は真っ赤になりおろおろと視線を泳がせ目で佑奈に助けを求める。佑奈も予想外の展開にどーしよどーしよとおろおろしていた。
「礼香ちゃん、俺の彼女になってくれないかな」
そう言われて何も答えられない礼香を佑奈が突き飛ばすとよろけた礼香は浩一の腕に収まった。佑奈は浩一に目礼するとそ〜っとその場を逃げ出した。
*****
その翌日佑奈は海老名に帰ることにした。礼香はもとより留吉やよねももっとゆっくりしていけばと佑奈を引き止めたが礼香と浩一の時間を邪魔するほど佑奈も野暮ではなった。
平磯駅のホームに礼香と浩一が見送りにきてくれた。ザザザーッとブレーキをかけながらディーゼルカーが入ってくる。礼香は
「佑奈はやっぱり『恋の大魔法使い』だわ」
浩一も
「佑奈ちゃんは『恋のキューピット』だね」
と言った。
「もう海老名に帰ってこなくていいからね。渡辺礼香さん」
佑奈がそう言ってディーゼルカーに乗り込み整理券を引き抜くとパタンとドアが閉まり走り始める。ホームの浩一と礼香がどんどん小さくなっていった。
常磐線の特急フレッシュひたちに乗り換える勝田駅で佑奈はホームの公衆電話から高田瑞穂に電話した。
「あのね佑奈だけど、礼香に彼ができたの」
古墳少女佑奈をまず読むと世界観がよくわかります。この作品のあとは古墳少女佑奈2、古墳少女佑奈3を読もう。
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