
亮の両親は久美子のために客室の一つを提供した。その夜久美子はすぐに寝入ったが、夜半一人で寝ていて昼間の事がフラッシュバックしてきて非常に怖くなった。夜陰に乗じてヤマーワの刺客が久美子を消しにくるのではと考えると一人で寝ているのが不安になり亮の部屋に久美子は忍んで行った。明りが漏れていて亮はまだ起きていたようで久美子はホッとした。
「あのぅ、久美子です。まだ起きてますか」
と久美子はためらいがちな声で問う。亮の返事がなかったら部屋に帰るつもりだったけれど亮はよく聞こえなかったようで
「誰? 久美ちゃん?」
と言いながら亮はドアを開けた。久美子は
「なんだか一人でいるのが怖くて。少しお話しててもいいですか」
と言った。亮は返事をする代わりに久美子を中に入れたが話をしに来たはずの久美子は亮の前に来ても何を話して言いのかも分からないほど混乱していた。久美子は
「怖いの」
と言って亮にひしと抱き付いた。亮はいきなりの抱擁に困惑したようだが久美子の好きにさせた。久美子は
「あたしを助けて下さい」
と亮に言う。亮はすべてを包み込むように久美子を抱きしめる。そして久美子の顔を上に向けるとその唇を奪った。久美子は決してそれを拒まなかった。目を閉じてすべてを亮にゆだねた。亮は久美子をベッドにやさしく寝かせそのトレーナーの上からを久美子の体を撫でてやった。久美子はすっかり安心しきり父の腕に抱かれて眠る幼女のような安らかな表情をした。ヤマーワから逃げてきた久美子にはもはや亮しか頼れる人がいない。久美子は亮と一つになることで安心を得ようとしていた。亮は久美子を抱いた。久美子は亮と結ばれた事で久美子はこの家にいていいんだという確認ができたような気がした。ヤマーワに捕らえられ一切の感情を封じられ愛は一度も誰かを愛した事はなかった。そして久美子はようやく自分の恋を手に入れたんだと思った。たとえヤマーワに殺されてももう秘密基地には戻らない。そして亮のお嫁さんになって吉田屋旅館の若女将になるんだと久美子は決めた。久美子は大変に疲れていたのでそのまま眠ってしまったがその寝顔は幸せそうだった。
翌朝亮の部屋で目覚めた久美子は隣でしどけなく眠る亮の姿を見て昨夜のことを思い出し大変バツの悪い思いをした。もしかしたら亮を起こしにきた両親に亮と寝ている姿を見られたかもしれない。亮は久美子を部屋に戻すことなく自分もそのまま寝てしまったのだ。久美子は自分の部屋に一度戻り借りたTシャツに着替えたが亮の女になれたことで幸せな気分だった。そして亮の姉で昨夜会えなかった女子大生の美沙子(19)と食卓で初めて対面した。
「姉さん、この子田中久美子ちゃん。しばらくうちにいてもらうことにしたから」
「へぇーっ、この子が亮が連れてきた彼女なんだ。結構かわいいじゃないの」
「あのっ、田中久美子といいます。宜しくお願いします」
「あたし美沙子。よろしくね」
「はい」
美沙子は亮の姉だけにやさしい人で美沙子もまた久美子の事情には触れなかった。それどころか美沙子は久美子に
「かわいい妹ができたというわけね」
と意味ありげな視線を亮に送った。久美子は昨夜二人の間に何があったのか美沙子に知られていると思いうぶな小娘のように赤面した。
「姉さん、久美ちゃんは服を何も持っていないんだよ。何か貸してやって」
「いいわよ。後であたしの部屋においで」
「ありがとうございます」
「久美ちゃん年いくつ?」
「15歳です」
「あたしさぁ、こんなヒネた弟より久美ちゃんみたいなかわいい妹がほしかったんだよねぇ」
「誰がヒネた弟だって?」
「あんたお姉さんの言う事素直に聞いたことある?」
「それは…」
と亮が言いごもると一同爆笑した。
美沙子は久美子を自分の部屋に連れて行く。美沙子の部屋は亮のすぐ隣で昨夜の事をすべて聞かれていると気が付き真っ赤になった。美沙子はそれを察して
「久美ちゃんって亮のことが本当に好きなのね」
「はい」
「昨日はかなりお熱い様子だったし」
やっぱり美沙子に聞かれていたのだ。愛は恥ずかしくって真っ赤になってうつむいた。
「だったらかわいい服を着て亮をメロメロにしなくちゃね」
と美沙子はクローゼットを開き久美子のために自分の服を何点か出し
「好きなの着ていいわよ」
と言ってくれた。着のみ着のままで逃げ出してきた久美子はまったく着替えを持ってこなかったので大変に美沙子の好意はありがたかった。美沙子は女子大生だけに今はやりの服が多く久美子がよく知らないようなブランドの物が多かった。しかし久美子は何を着てよいのやらわからない。それを察した美沙子は
「お姉さんが選んであげるね」
と言い初めてのデートに出かける中学生の妹の服をコーディーネートするようなノリで服を選び始めた。あれこれと選んで久美子に見せたのは紫のニットキャミソールにデニムの超ミニスカート。久美子はキャミソールなんて見たことないから
「これは下着ですか?」
と言って美沙子をあきれさせた。デニムミニスカートは美沙子より足の短い久美子がはいても膝上15cmの短さで美沙子がはいたら恐らく膝上20cmはいくに違いない。どちらのアイテムもあまりにも露出が多すぎてとてもじゃないけれど久美子は着る気にはなれなかった。ましてや美沙子が勧めるキャミソールなんて久美子は見るのも初めてで恥ずかしかった。久美子は亮の両親の前にこんな格好で出たらふしだらな娘だと思われてしまうのではないかと考えた。
「こんな露出の多いのは恥ずかしくて着られないです。美沙子さんはこんなのを着て外を歩くんですか?」
と久美子が言うと
「今時こんなの普通よ。久美ちゃんくらいの中学生だって平気で着て歩いているわよ」
と美沙子はティーンのファッション雑誌を開いて久美子に見せた。それにはカラフルで久美子が見たことないような今風のファッションに身を包んだティーンの女の子たちが写っており美沙子が勧めたようなキャミソールやデニムミニスカートを恥ずかしげもなく着ているのを久美子は異国の少女たちを見るような目で見ていた。美沙子は残念そうだったが
「うぶな久美ちゃんにはこのくらいで勘弁してあげましょうかね」
と取り出したのが白い半袖のタートルネックセーターに膝下丈のデニムミニスカートで久美子はそれを借りることにした。久美子は小柄なので美沙子の服が余裕で着られた。
「久美ちゃんはこういう地味な格好のほうが似合うのかもね」
と美沙子は言った。これなら久美子も恥ずかしくはない。久美子は下着も美沙子のものを借りたが
「これで亮を誘惑するのよ」
と美沙子はピンクのTバックのショーツを最初に久美子に差し出した。限りなく布の面積が少ないそれを見てこんなの下着じゃないと久美子は感じた。
「これはちょっと」
「じゃあこれは」
とついで美沙子はレースのひもパンを差し出した。久美子はデニムスカートの下にこんなのをはいていて万が一ひもがほどけたらどうなってしまうのだろうと考えただけでも恐ろしかった。
「男はみんなTバックやひもパンが好きなのよ」
と美沙子は言う。下着は人に見せるものじゃないけれど久美子には刺激的すぎて着られなかったので久美子は普通のショーツを借りた。美沙子に借りた白の半袖タートルネックセーターとデニムスカートを着て久美子はようやく落ち着いた。美沙子は大変優しいお姉さんで久美子を妹のようにかわいがってくれた。
「困ったことがあったらなんでも相談するのよ。亮よりも女の子同士のほうがいいんたから」
と美沙子は言った。
その日は美沙子は女子大のサークルに、亮は予備校に出かけて行き家には亮の両親と久美子が残された。旅館も朝宿泊客が出立すると夕食の支度に入る午後までは暇なのだ。「さて一段落着いたからお茶にしましょ。久美ちゃんそこにすわって」
と亮の母が言う。久美子は食堂のテーブルに亮の父とすわる。亮の父は
「久美ちゃんみたいに気だてのいい子が来てくれて娘がもう一人増えたみたいでおじさんとてもうれしいよ」
「ありがとうございます。突然現れてご迷惑をおかけしてしまって… 近いうちに出ていきますから」
「亮の事好きなんだろ」
「はい」
久美子は真っ赤になってうつむいて答えた。
「ならずっとウチにいろよ」
「でも」
と言っていると亮の母がお茶を持ってきた。湯のみをテーブルに置き3人分のお茶を入れた。母は
「久美ちゃんはウチの二番目の娘なんだから気にすることはないわよ」
久美子は二番目の娘と言われて大変に嬉しかったが居候は迷惑だろうと考えた。
「久美ちゃんは亮が選んで連れてきた娘さんなんだから間違いはないわ」
「でもあたし昔の記憶が全く無いから…」
久美子はヤマーワに記憶を操作されて幼い頃の記憶が全く無いのだ。自分が本当に杉田愛という少女だったのかすらよくわからないのだ。
「今のあなたがここにいる。そして愛する亮がそばにいる。それで十分じゃない」
「でも、それとは…」
「あなたがいたいだけここにいてくれていいからね」
そう言われて久美子はうれしさのあまりわっとテーブルに伏して大泣きしてしまった。母はやさしく久美子の背中をなでた。父も無言で久美子が泣き止むまで見守った。やがて落ち着いた久美子は
「お父さん、お母さんありがとう」
と言った。母は久美子に
「今夜からは亮の部屋で寝てね。夜中に忍んでいくのも大変でしょ」
と小声で久美子に言ってウインクした。久美子はやはり同じ部屋で寝ていたのを両親に見られたんだと真っ赤になってしまったが亮との仲を両親に認めてもらえ嬉しかった。
「久美ちゃんは吉田屋旅館の若女将というわけか。これはめでたい」
と父は言って冷蔵庫から自分で出してきたビールで一人祝杯を挙げた。母も
「あなたと亮の二人でこの旅館を継いで頂戴」
と言った。久美子はすっかり忘れていた家族団らんを味わうことができた。
久美子はヤマーワに見つかる恐れがあるので学校に通えないし、行ってたとしても夏休みで学校もないし、何もせずに居候するのは悪いと思ったので久美子は中学校を卒業して吉田屋旅館の手伝いをしている娘という事にしてもらった。亮の両親も久美子を実の娘のように思っていたのでそれを歓迎し久美子は亮の両親を「お父さん、お母さん」と呼ぶようになった。亮の家族は亮と久美子の同棲を自然なこととして受け入れた。久美子は客室の清掃や食事作り、買い物など何でも旅館の仕事をやった。そして久美子はいつしか<吉田久美子>を名乗るようになった。久美子は愛しい男の名字を名乗れることで亮の奥さんになれたような気がした。亮の両親も久美子が亮の嫁に来たように思うようになっていてそれを許し、亮の父に
「いい嫁が来て亮も幸せよのぅ」
とまで言わせるにまで至って久美子はすっかり吉田家の嫁になっていた。町の人々も亮の両親の久美子は手伝いの娘という話を信じており久美子は毎日夫を待つ新妻のような気分で高校からの亮の帰りを待った。それまでの間配膳やお客様の案内を手伝い吉田屋旅館の看板娘になるべくかいがいしく働いた。昔の記憶はないけれども久美子は人生で一番幸せな時期を迎えていた。亮さえ一緒ならば世をしのんででも生きて行ける。久美子はそう確信していた。杉田愛の名を捨て吉田久美子として生きていこう。ここまでずっと無事なのでもうヤマーワも捜しに来ないだろうと久美子は思った。ワケありの久美子ちゃんはすっかり明るくなり笑顔も見られるようになった。久美子は近所の人とは吉田屋の久美子ちゃんで通るほど打ち解けた。近所の中学生や高校生の同年代の女の子たちともお友達になった。久美子はどう見ても女子中学生にしか見えなかったが中学校を卒業して吉田屋を手伝っている娘なので二学期に入り学校に行ってない事がわかっても近所の人に不審がられることはなかった。いつも何かにおびえていたようなそれまで逃亡者の悲壮感漂う表情だったワケありの久美子ちゃんの表情が日に日に明るくなり笑顔も見られるようになった。久美子は戸籍を調べられたらヤマーワに居所がわかってしまうから亮とは正式に結婚はできないけれども、亮の内縁の妻として吉田屋を継ぐつもりになりかわいい子供を産み育てる姿を想像してふふふっと忍び笑いをもらした。
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