小説の部屋

逃亡少女『愛』


2003/10/14 脱稿    

逃亡少女『愛』

   

その5

第六章 S町の夏祭り

 S町の夏祭りがやってきた。県外にも有名な祭りではないので吉田屋旅館が満室になることはなかったがそこそこ客は入っていた。お客の夕食が終わり愛が後片付けを手伝おうとすると亮の母が
「あたしがやるから久美ちゃんは片付けしないでいいよ。それよりも亮とお祭りに行っといで。美沙子の浴衣を出しておいたから」
と言ってくれた。愛は涙が出るほど嬉しかったが
「でも、後片付けがまだですし…」
と言う。亮の母は
「あのくらいあたしと父ちゃんだけで十分だよ。行っといで」
と言ってくれたので久美子は
「お母さん、ありがとう」
と言い大喜びで亮の母に紺地にピンクの朝顔の花の浴衣を着付けてもらい亮と神社に向かった。町には提灯が灯され各家の玄関にはしめ縄がまつられお祭りという気分を盛り上げる。そんな町を歩く浴衣姿の久美子はかなりかわいかった。亮の母は久美子の長い髪を日本髪風に結ったので久美子は明治時代のご婦人のようであった。亮は
「久美ちゃんって浴衣着てそんな風に髪を結うととってもかわいいな」
と言った。久美子はいとしい亮から「とってもかわいいな」と言われて真っ赤になってしまった。そんな久美子を亮は自分のほうに抱き寄せた。久美子は
「ダメよ、誰に会うかわからないじゃないの。お願い亮、やめて」
「いいだろ、俺は久美ちゃんの事を愛しているんだから」
「こんなところ誰かに見られたら明日からあたし町歩けない」
と話していると神社から帰る亮の高校の男友達二人組に見つかってしまう。二人はあわててぱっと離れたがときすでに遅し。
「おい吉田、この子どこの学校の子だよ。紹介しろよ」
「そうだよ。いつの間に彼女作ったんだよ。抜け駆けなんてひどいぞ」
と亮をうらやましそうに小突きながら二人は言う。世間知らずの久美子は
「吉田久美子です」
と二人に名乗った。
「『吉田ぁ?』お前ら夫婦なのか?」
と亮の友達は言う。久美子はしまったぁと思ったが後の祭り。
「『吉田』ではなくて『田中』久美子です」
と訂正したけれど誰も聞いてない。
「高校1年生じゃ入籍できないでしょ」
「『事実婚』ってやつか」
「よっ、吉田はご夫婦でお参りですか、熱いねーっ」
と亮はうちわでパタパタとあおがれもう一人に
「まったく一人もんには目に毒だよなぁ」
とからかわれて亮に会って以来しおらしい恋する乙女になっていた久美子はもっと真っ赤になってうつむいた。
「いやー、いつからなんだよ。吉田ぁ」
と二人の妄想は広がっていく。亮は
「お前ら違うんだ。この子はウチの旅館の手伝いをしてくれてる子で…」
「ふーん。彼女は『旅館の手伝いをしてくれてる子』なんだ」
「だから吉田は抱き合って歩いていたんだな」
「『旅館の手伝いをしてくれてる子』に手を出すとは悪い若旦那ですなぁ」
とますますドツボにはまっていく。久美子は亮をかばうべく
「あのっ、さっきはあたしが転びそうになったのを亮が助けてくれたんです」
と苦しい言い訳をする。亮は
「バカ言ってんじゃねぇよ」
と二人を殴る振りをする。友人たちはそれをおどけたようにかわしながら
「吉田の嫁さんって髪がきれいだからなんか浴衣着てそういう風に結うと似合うな」
と一人が久美子をほめてくれた。「吉田の嫁さん」と言われて久美子は恥ずかしかったがとてもうれしかった。
「そうそう俺も吉田がどこの美人を連れて歩いているのかと思ったもんな」
ともう一人も言う。二人とも久美子を絶賛していて亮はうれしくなった。
「いいのよ。言い訳しないで」
「そうそう、二人がラブラブなのはよくわかったから」
「俺たち口が固いからこの事は誰にも言わないから」
「わかったよ。今度昼飯おごるからお前ら黙っていろよ」
「物分かりのいい友達がいて俺たち幸せだなぁ」
「うん、おっと夫婦水入らずを邪魔しちゃ悪いぜ、行こう。じゃあな」
とさわやかに二人組はそのまま擦れ違っていった。二人組に夫婦と言われ妙な気を回されたので亮と久美子も少しぎこちなくなってしまった。しかしかえって久美子を抱き寄せる亮の手に力が入り二人は密着状態となり、今度は久美子もそれに抗わなかった。二人は友人に冷やかされたためかえってラブラブなのであった。神社に着くと大勢の人でにぎわっており金魚すくいに熱をあげる女子小学生のグループや亮たちのような中高生カップル、グループ交際の中学生などが見られた。久美子は生まれて初めての縁日の雰囲気に子供のようにはしゃぎ、亮に存分に甘えるのであった。

 その縁日の出ている一角をはずれた暗がりに黒いスエットの上下を着て目立たない三つ編みを結った少女が久美子のことをじっと見ていた。闇に溶け込み完全に気配を絶っているのでまわりに多くの人がいるが誰もその少女に気付かない。ヤマーワの鮎子が放った<目>という監視役の一人である。久美子が吉田屋旅館に転げ込んで以来ずっと久美子を監視し続け<つなぎ>を通じてその動きを鮎子に報告し続けていたのだ。久美子は鮎子の手から逃げられたのではなく手のひらで泳がされていただけなのであった。久美子は亮との新婚生活に浮かれて全く気付いていない。ヤマーワの有能な少女テロリストも男を作ってずいぶんと堕落したものだ。久美子は周りにも全く警戒しておらずもし鮎子が放った刺客がいたら亮ともども血と肉の固まりにされているだろう。<目>は感情を交えずただただ冷静に逃亡者杉田愛を見張るだけである。
 この暗がりに溶け込んだ少女の他に浴衣を着て髪をアップにしたどこにでもいそうな女子高生二人組や茶髪の男子高校生など数人が祭りに集う若者に混じって二人を監視していた。彼らは鮎子がその気になれば人知れず二人を『消去』できる暗殺者となる。そうなれば誰も犯人を見ないだろうし二人の死体すら発見されない。

 久美子はすっかり亮に甘えて亮にハローキティの綿菓子を買ってもらい大喜びしていた。次は久美子はくじ引きでたれぱんだの大きなぬいぐるみを当てようとトライしたが見事にはずした。久美子は
「悔しぃー」
と地たんだ踏んで悔しがった。亮と久美子はもうすっかりと二人だけの世界に入っており亮に抱き寄せられて恥ずかしがっていた久美子であったが今では亮にぴったりと寄り添って熱々であった。久美子にとって幸せな瞬間であった。亮は久美子を石灯籠の陰に連れ込んだ。そして久美子の顎をしゃくって上を向かせ
「久美子、好きだよ」
と言ってぎゅっと抱き締めその唇を奪った。久美子も黙って亮のされるがままに身をゆだね熱い口付けを交わした。それを女子中学生3人組がたまたま目撃してしまい
「いやーっ、あんなところでキスしてるぅ」
「やだっ、かなりすごいよ」
「密着してるし」
「女の子は中学生でしょ」
「うらやましー。あたしもあんなキスをしたい」
「誰と?」
「……」
「美幸!」
「恵子!」
と二人は亮たちをまねてキスするふりをする。
「あんたらレズッ?!」
「それにしてもよく恥ずかしくないよね」
「ほんと、ほんと」
「彼氏は高校生かなぁ」
「けっこうカッコいいよねぇ」
「あんなカッコいい年上の彼氏が欲しいなぁ」
「あたし誰でもいいからコクろうかな?」
「はぁっ?」
と女子中学生たちが言っているのにももうラブラブな二人は気付かない。久美子は幸せすぎて涙を流した。それに気付いた亮が
「何泣いているんだよ。強く抱き過ぎて痛かったかい?」
と言う。久美子は首を振って
「何か幸せすぎて涙が出てきちゃった」
と言う。亮はその背中をなでさすってやった。久美子が落ち着いたところで二人は本殿を参拝しおみくじを引いた。久美子は中吉で[恋愛 成就す]と書いてあり
「やったー!これでいつまでも亮と一緒ね」
とはしゃいだ。亮も
「久美ちゃんが吉田屋の女将になるわけだね」
と答えた。亮がおみくじを引くと末吉で[恋愛 邪魔が入り成就せず]と書いてありそれを見た久美子は
「なんでー、こんなのウソだよ。亮もう一回引いて」
と亮におみくじをもう一回引かせて吉が出て[恋愛 思いは必ず叶う。時が熟すのを待て]と書いてあるのを見て久美子は
「やっぱり亮とはラブラブなのよねーっ」
と言い亮を苦笑させた。二人は並んでラムネを飲んだ。炭酸のさわやかな味が口一杯に広がりあれだけ恥ずかしがっていたのに久美子は
「あたしラムネ味のキスしたーい」
とわがままなことを言いすぐ隣で女子小学生3人組がヤキソバを食べているというのに亮の唇を久美子は奪った。亮はびっくりしたようだったがお祭りでハイになっていたのでそれを受けた。隣の女子小学生3人組はいきなり始まった濃厚なキスシーンにヤキソバを食べる手が止まった。小さな声で
「やーん、キスしてるよーっ」
「うん、抱き合っているよーっ」
「うわーっすごいねぇーっ」
と話しているけれども盛り上がる二人はそれに全く気付いていない。亮は久美子をきつく抱き締めた。
「『ラムネ味のキスしたーい』だってぇー」
「あたしと誰かヤキソバ味のキスしてくれないかなー」
「真実子はクラスの山田君が好きなんでしょ」
「そうだけどコクる勇気ないもん」
「でもコクらないとあんなふうにキスできないよ」
「あたしが山田君とっちゃおうかなぁ」
「礼奈、だめぇーっ」
と隣の女子小学生3人組の話題になっているのに亮が気付き二人はパッと今さらながら離れ居住まいを正してラムネの瓶を返して
「教育上よくないからあっちへ行こう」
「うん」
「びっくりしたね。あんなところに小学生がいるなんて」
「あたし全然気が付かなかったよ」
「お祭りっていいよな」
「うん」
「好きな女の子と一緒だとなおいい」
「やだっ、亮ったら」
「ここなら誰も見ていないよな」
「そうね、大丈夫みたいね」
と二人は周りを見渡して誰もいないことを確認してキスの続きをした。ふと見上げると満点の星空。
「ねぇ、亮。星がすごくきれい」
「ほんとだね」
「他の星にも人は住んでいるのかなぁ」
「えっ?」
「他の星の恋人たちも夜空を見上げながらキスしたりするのかなぁ?」
「他の星は知らないけれどこの星の恋人は夜空を見上げながらキスするよね」
と亮は久美子の唇を奪った。久美子は
「あんっ」
と声をあげびっくりして身を固くしたがすぐに体の力を抜いた。

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