小説の部屋

逃亡少女『愛』


2003/10/14 脱稿    

逃亡少女『愛』

   

その6

第七章 迫り来る魔の手

 <目>の報告を受けて鮎子はそろそろ幸せの絶頂にいる久美子を不幸のどん底にたたき落とす時が来たと判断した。鮎子は幹部の一人早苗を呼んだ。早苗は鮎子の前にひざまづいた。
「鮎子様、お呼びでしょうか」
「そろそろ逃亡者 杉田愛の『回収』に入ります。部隊の準備を」
「はっ、いかがいたしますか」
「杉田愛が一人になったところを急襲し『回収』します」
「はっ」
「杉田愛はナイフ1本で8人の追っ手を倒して逃げた実力者です。『回収』は万全を期します。第1,2,3小隊をS町に展開。杉田愛が町から出ないよう包囲網を敷きます。『回収』作戦はS町の中で完結させます」
「はっ」
「火器の使用は厳禁、杉田愛を多少傷つけるのは仕方ありませんが活動の痕跡を一切残さないように」
「はっ」
「実行の指示あるまでは杉田愛の監視を続けよ」
「吉田屋の家族はいかがしますか」
「杉田愛がヤマーワの秘密を話していないのなら放置します。杉田愛を失った悲しみに暮れさせてやるのです。もし我らのことを知っているなら迷わず『消去』せよ」
「はっ」
「早苗、ゆけ!」
と言うと早苗の姿はかき消えた。

逃亡者 杉田愛の『回収』作戦のためヤマーワの第1,2,3小隊がS町に展開していた。ヤマーワ第1,2,3小隊は杉田愛が町から出ないよう包囲網を敷き鮎子のGOサインを静かに待っていた。S町のあちこちにヤマーワの少年・少女テロリストが配置についていたがみな気配を絶っていたためS町の人の印象には全く残らずにいた。早苗は何日も前から久美子が一人で外出するところを急襲し『回収』するチャンスを待っていた。部隊展開から12日目に鮎子もS町に乗り込んできて陣頭指揮をとる。決行を控え鮎子は久美子の包囲網をせばめた。

 お祭りから2週間後のある日久美子は夕方一人で買い物に出た。久美子は今夜と明日の朝のお客様の食事は何にしようかなぁと主婦のようなことを考えながら歩いていて周りにはまったく気を配っていなかった。不意に後ろから
「杉田愛!」
と忘れていた名前で呼ばれた。久美子はギクッとして振り返りそうになるのを必死でこらえた。この声は忘れたくても忘れられないヤマーワの上田鮎子の声だった。
「『吉田久美子』と呼んだほうがいいかしら」
と言われ観念して久美子は鮎子の方を向いた。鮎子は3人の部下を従えてニヤニヤ笑いながら久美子を見ていた。愛が亮との生活に慣れた頃を見計らって幸せの絶頂から奈落の底へたたき落とすべく鮎子が現れたのだ。
「ヤマーワを逃げ出して女の幸せを得られるとでも思っていたのか。『吉田屋の久美子ちゃん』
と久美子を呼ぶ。鮎子は私が吉田屋に住んでいることまで突き止めている! どうしよう?! 顔をこわばらせ青くなる久美子。周りの気配を探ると姿は見せないものの十重二十重に包囲されていて久美子は逃げ様がなかった。ましてやS町の道で血まみれの死闘をすることは『吉田屋の久美子ちゃん』として顔を知られた今となっては家族に迷惑が掛かる。久美子はどうしてよいかわからず膝がガクガクと震えて逃げる事もできない。無関係の亮を巻き込んでしまった事に後悔する久美子。あぁ、やっぱり吉田屋に住んだりしなければよかった。やさしい両親とお姉さん、愛しい亮。あたしのために不幸にしてしまう。鮎子たちヤマーワなら亮とその家族を痕跡残さず抹殺することなど造作もない。久美子は地にひざまづき
「鮎子様、お願いです。あたしは『消去』されてもかまいません。でも亮とその家族は私の秘密を何も知らないんです。見逃してあげてください」
と涙を流し愛しい男の命乞いをする久美子。鮎子は
「杉田愛。黙ってこのまま私について来なさい」
と言う。久美子はもう逃げられないと悟りがっくりとうなだれる。両手を上げて鮎子に投降する意思を示した。鮎子は手下2人に命じて久美子に手錠をかけた。
「逃亡者を連れていきなさい」
と鮎子は冷たく言い放つ。久美子は
「鮎子様お願い、せめて亮にさよならを言わせてください」
と懇願するが鮎子は
「それはできません。素直に言う事を聞かないと薬で抵抗できなくして吉田家にあなたが過去にテロリストだったことをあなたがN県知事を撃つビデオを添えて通知しますよ。ここへ逃げて来る途中で8人殺したこともね。それとも吉田家のご家族をあなたが見てる目の前で『消去』してあげましょうか」
と言う。久美子は封印していた忌まわしい思い出がよみがえる。どうせ亮とさよならするのなら楽しい思い出だけ残して別れたい。久美子は亮にさよならを言うのをあきらめた。
「わかりました。言われた通りにします。だから家族には手を出さないで」
久美子は観念して投降した。鮎子はふたたび手下に
「早く連れていきなさい」
と久美子を連れていくよう指示を出す。久美子を両側から挟むようにして腕を取り手下2人が久美子を連行しようとする。この時手下の腰に差したホルスターにさしたアーミーナイフが久美子の目に入った。ヤマーワに『回収』され『調整』されればまた人殺しをしなくてはならない。そんな姿を亮に知られるなんて久美子には耐えられない。亮や家族に迷惑を掛けないためにはこれしかないわと手下の一瞬の隙を突いて久美子は腰にさすアーミーナイフを抜く。手下と鮎子があっと思う。
「杉田愛よせっ!」
と鮎子は命じたが洗脳の解けた久美子には何の効力もなかった。手下は止めようとしたけれども間に合わなかった。久美子は愛する亮を守るため自分の喉を突いて自決した。鮎子は
「杉田愛、何ということを…」
とつぶやいた。手下が久美子を支えて道に寝かせて様子を見た。しかしもう手の施しようがないと首を振った。
 久美子の喉から真っ赤な血がどくどくとあふれ出る。久美子は
「さよなら、亮」
と薄れゆく意識の中つぶやいたがもう声にならなかった。

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