
「礼香いっしょに帰ろう」
海老名市立大塚中学校の昇降口で1年生の上月佑奈は泉崎礼香に声をかける。
「うん、いいわよ」
と礼香が振り向くと佑奈と高田瑞穂が立っていた。3人は吹奏楽部の1年生の仲良しトリオで練習を終えて帰るところなのだ。佑奈がクラリネット、瑞穂がパーカッション、礼香がトランペットを担当していた。
海老名市は神奈川県中央部に位置して厚木市、座間市、大和市・綾瀬市、藤沢市・高座郡寒川町に接し西に相模川が流れている。相模鉄道、小田急線、JR相模線の交わる交通の要所で東名高速も通っており海老名サービスエリアがある。不思議なことに小田急線とJR相模線の厚木駅はこの海老名市にある。隣の綾瀬市と大和市にまたがるようにしてある米軍厚木基地の軍用機が時折上空を通過していくので横須賀港に空母が入ると艦載機が。米軍厚木基地に飛来して空が騒がしくなる。古代では相模国国分寺があったところだ。大塚中学校はその座間市に近いエリアにあった。
3人は半袖の白い丸襟ブラウスに1年生なので校則通りに膝下5cmの紺のジャンパースカートを着て学校指定のスポーツバッグを肩にかけている。足元は白ソックスに白スニーカーだ。しかし3年生にもなると白い丸襟ブラウスの襟元はだらしなく開けられスカート丈も膝上5−10cmが当たり前となる。夕方5時半を回っていたが7月なのであたりはまだまだ明るかった。佑奈が
「ねぇ、今日は近道していこうよ」
と言った。礼香は
「え〜っ」
と難色を示した。というのも佑奈が言う近道とは亀山という雑木林を抜けてゆくコースで最近変質者が出たとかで学校から通らないように言われているさびしい場所なのだ。亀山は大塚亀山古墳と呼ばれる全長40m、高さ12.7mの6世紀後半に築造された前方後円墳で発掘調査はなされていないので誰の墓かは具体的には何もわかっていないが、土地の古老によると明治時代に墳丘の上で埴輪を拾った人がいたらしい。古い言い伝えによれば大和の国からこの海老名に落ち延びてきた高貴な人の墓だといわれている。大塚亀山古墳は大塚中学校から佑奈たちの家に帰る最短ルートに位置しているので佑奈たちは子供のころからこの亀山をよく通っていた。道路を通って帰るとなると大塚亀山古墳の後円部をC字型に迂回しなくてはならずかなりの遠回りとなる。だから古来から大塚亀山古墳の前方部と後円部の接合部のくびれた部分にある野道を近道として地元の人々は通行していたのだ。
そんな安心感もあって礼香の反対も聞かずに佑奈たちはずんずんと亀山のほうに向かっていく。礼香も仕方なくついていくがうなじがチクチクするような不快感を感じていた。亀山の近くで「チカンに注意」の看板を見つけて
「ねぇ、佑奈。やっぱやめようよ。『チカンに注意』って書いてあるよ」
「大丈夫よ。まだ明るいんだし」
「そうそうこっちは3人もいるんだから」
礼香は止めようとしたけれど二人は言うことをきかない。亀山の墳丘を越える野道に入った。人一人通れる程度の道であったが3人は子供のころからこの亀山を通っていたから道に迷う要素はまったくなかった。雑木林からヒグラシがかなかなかなと鳴く声が聞こえる。佑奈は後円部のくびれ部分に近い墳丘の斜面にそれまでなかった穴が開いているのを発見した。古墳の石室が何らかの理由で自然に開口していたのだ。それを見つけた佑奈は
「こんなところに穴が開いてたっけ」
「いや、なかったわ」
「何の穴なんだろう」
「おじいちゃんが言ってた防空壕ってやつなのかなぁ」
「宝が隠してあるかもよ」
「えっ、埋蔵金」
「そうよ、徳川埋蔵金よ」
と女子中学生たちはわいわいとしゃべっている。ロールプレイングゲームが好きな佑奈は
「わーい、ダンジョンだぁ」
と言いながら穴に入っていく。その穴に禍々しいものを感じていた礼香は
「ちょっと、佑奈制服汚れるよ」
と止めたけれど佑奈と瑞穂は穴に入っていく。なんとなくそれにつられて礼香も穴に入る。穴の中には西日がさしていてライトがなくても中がよく見えた。石を積んだ3mほどの羨道の先に一段高い玄室がありそこにはきちんとふたの閉じた石棺が安置してある。玄室の中は整然としていてこの古墳は未盗掘の処女墳(墓荒らしの被害にあってない古墳)らしいが中学1年生の佑奈たちにはそんなことはわからなかったしどうでもよかった。佑奈は
「このダンジョンにはどんなお宝が眠っているのかなぁ」
と言いながら石棺のふたを開けようとした。礼香にはそれが歴史の時間に習った昔の人の棺桶であることがわかっていたので
「佑奈お願いだからやめて。それは昔の人の棺桶よ。たたられても知らないわよ」
と言って止める。礼香のうなじはぴくぴくとけいれんして今すぐこの場から逃げないと不吉なことが起こると警告していた。しかし礼香には佑奈と瑞穂を見捨てて石室から逃げることなどできなかった。ロールプレイングゲームのキャラになりきった佑奈はまったく耳を傾けない。非力な中学1年生女子には石でできたふたは重すぎて佑奈一人では動かせなかった。
「ねぇ、礼香も手伝ってよ」
と言われたが礼香は恐ろしくて首を左右にぶんぶんと振ることしかできなかった。礼香に代わって瑞穂が手を貸して二人がかりで「せーの」と力をあわせ石棺のふたを半分くらいずらした。中には人骨が横たわっていてついのぞきこんでしまった礼香が
「ひっ、ガイコツ」
と言ってその場にすわりこんでしまった。石棺の中には人骨のほかさびて朽ちそうな鉄剣、馬具、衣の破片、歴史資料集で見たような銅鏡のほかにガイコツの手首に勾玉で作った腕輪があった。男の子なら鉄剣を振り回してちゃんばらを始めるところだろうが女の子は装身具にしか興味がなかった。勾玉で作った腕輪を見つけた佑奈は
「うわぁ〜、かわいいアクセ」
と言いながら石棺からそれを取り出して自分の左手首につけた。それを礼香は悪魔の儀式を見るような眼で見ていた。
すると腕輪が青白く光り佑奈の左腕を這い登った光が全身を包み込む。まるでその光は佑奈の心と体のすべてをスキャンしようとしているみたいで佑奈は不快に感じたが決して苦痛を伴うものではなかった。そして佑奈はこれまでの短い人生をプレイバックされ腕輪の意思が佑奈がどのような人間かを隅々まで見ていることを悟った。佑奈は日記を読まれているみたいで恥ずかしかった。光が考え込むようにしばらく点滅を繰り返した後佑奈はオーディションに合格したような気配を感じると光のトーンが変わり、ハードディスクにソフトをインストールするように腕輪はこれまで蓄えてきた太古からの記憶を佑奈の脳に注ぎ込み始めた。佑奈の目には歴史映画を見るように歴史資料集に出てくるような古い時代の光景が現れては消えてゆき、最後に腕輪の意思がこの腕輪に秘められた力とその使い方を佑奈に授けすべてを佑奈にゆだねると語った。
「…奈、佑奈、佑奈…」
佑奈が我に返ると瑞穂が佑奈の目の前で手をひらひらさせている。
「そろそろ帰ろう。穴の中暗くなってきたし礼香が顔色悪いわ」
どのくらい佑奈は意識を失っていたのだろうか。石室の中は薄暗くなってきた。
「そうね、これも返さなきゃ」
と佑奈は腕輪を左手首からはずし石棺に納め瑞穂と
「なんまいだぶ」
と手を合わせて拝んでから石棺のふたを瑞穂と二人がかりで元通りきちんと閉めてから石室を出た。青白い顔をした礼香は
「早くこの場所を離れましょ」
と二人の手を引いて逃げるように先を急いだ。
3人が石室を出て少しすると土砂が崩れ石室の入口が再びふさがった。まるで佑奈たちが帰るのを待っていたように。
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