
気分のすぐれない泉崎礼香を家に送り届けた上月佑奈は高田瑞穂と別れて自宅に帰ってきて2階の自分の部屋に入りクーラーをつけ制服の白い丸襟ブラウスと紺のジャンパースカートを脱いだ。今日も暑かったので白い丸襟ブラウスの下に着ていたキャミソールが汗でぐっしょりだ。佑奈は汗をふきクロゼットから出したピンクのちびTと膝上5cmのデニムミニスカートに着替えた。大塚亀山古墳の石室に入ったせいでジャンパースカートは土ぼこりで汚れていたので佑奈はブラシをかけてきれいにしてからハンガーにかけた。佑奈の部屋は6畳でジャニーズ・アイドルの大きなポスターが3枚貼ってあり、このほか部屋のすみに大きなスヌーピーのぬいぐるみが置いてある。ベッドには母が作ったピンクのベッドカバーがかけてありそれはカーテンと同じ生地で作ってある。机の上にもくまのプーさんやミッキーマウスの小さなぬいぐるみがいくつか置いてある。佑奈は机に向かい通学カバンから英語のワークを取り出して宿題になっているページをやりはじめた。宿題は3ページだけなのでほどなくして佑奈は宿題を終えた。そのころにはもう学校帰りに古墳の石室を探検したことなどすっかり佑奈は忘れていた。
そして父母と一人娘の佑奈の3人で夕食の後佑奈は居間でテレビを見る。両親の方針で佑奈の部屋にはテレビがないのだ。そして佑奈はお風呂に入り一日の汗を流す。佑奈は中学生になってから急に胸が大きくなってきたことを感じていた。小さすぎるのも困るけれど大きくなりすぎて「巨乳」とか言われるのが佑奈は心配だった。風呂から上がり佑奈はパジャマ兼用に使っている白いスェットの上下に着替えて部屋に戻り23時過ぎにベッドに入った。その晩佑奈は古墳に埴輪がずらりと並んでいてその前で人々が為政者の死を嘆き悲しんでいる夢を見た。
翌朝佑奈が目を覚ますと目覚ましが鳴る前だった。それなのにいつになくさわやかな目覚めだった。佑奈はベッドの中で「ん〜っ」とのびをした。そのとき左手首にはまった勾玉で作った腕輪を見つけ佑奈はギョッとして固まった。
「うそっ、確かに返してふたまでしたのに」
佑奈は薄気味悪くなった。礼香の言う「たたり」という言葉が脳裏をよぎった。ぶるぶるっと首を左右に振り佑奈は学校に行く途中で亀山に返しに行くことにして腕輪を通学カバンに入れて少し早めに家を出た。今日も朝から暑く亀山の雑木林ではアブラゼミがジージーと暑苦しく鳴いている。しかし佑奈はカバンに入れた腕輪のせいで冷や汗をかいていた。佑奈は昨日の石室の入口まで来た。しかし昨夜地震もなけりゃ大雨も降らなかったのに石室の入口は完全に土砂で埋まっていた。
「うそっ、確かにここに穴があったのに」
腕輪を返すべき穴がふさがり佑奈は泣きそうになった。どうしようか考えた挙句佑奈は穴があった上のほうの雑木林に向かって腕輪をぶん投げて
「確かに返しかたらね」
と捨て台詞をはいて一目散に大塚中学校に向かって走った。
その日の放課後吹奏楽部の練習を終えてまた佑奈は高田瑞穂と泉崎礼香と帰る。一晩寝て回復したので礼香は朝から登校していた。佑奈は二人に
「瑞穂、昨日あたしが穴の中で腕輪をはめたでしょ」
「うん」
「瑞穂、あたし確かにお棺の中に返したわよね」
「えっ、どういうこと。佑奈が返して二人でふたをしたじゃない」
「やっぱそうよね」
「佑奈どうしたの」
「じつは今朝目を覚ましたらあの腕輪が腕にはまってたの」
「えーっ」
「それでどうしたの」
「今朝亀山の穴に返しに行ったんだけど穴が埋まってた」
「うん、それで」
「林の奥にをぶん投げて『確かに返しかたらね』って逃げてきた」
「やっぱ佑奈が面白半分で昔の人のお墓を暴いたからたたられたのよ。昨日襟元がちくちくしたのはこのことを暗示していたのね。佑奈は腕輪にたたられたのよ。」
と礼香が青い顔をして言った。瑞穂が
「ちょっと礼香、オカルト話にしないでくれる」
と言う横で佑奈が青い顔をしていた。昨日までだったら「なにがたたりだ」と言えた佑奈だが石棺に収めた腕輪の謎の移動を体験しているだけに笑えなかった。礼香が佑奈の左手首を見て叫んだ。
「佑奈、手首に腕輪が」
さっきまで何もなかった佑奈の左手首に腕輪がしっかりはまっていた。3人は真っ青な顔をしてしばし黙り込んだ。
「これはもう一度亀山に行ってみるしかないわね」
と瑞穂が言うと礼香は真っ青な顔をして
「あたし絶対いやですからね」
「でもあの時礼香も穴に入ったじゃん」
「入ったわよ。でも2人みたいに棺桶開けたりしてないもん」
「でもガイコツ見たじゃん」
「あっ」
「礼香一人だけ無関係だと思わないけど」
「そうよねぇ。あたし一人だけたたられるのって不公平だもん」
と佑奈が無意味な平等を説く。瑞穂が
「あっ、礼香の背中に亀山のガイコツがとりついている」
「あっ本当だぁ」
と佑奈も話を合わせると礼香は
「ひぃーっ」
と言ってしゃがみこんでしまった。瑞穂が
「まぁ、いいわ。無理に誘う気ないから。佑奈、2人で行きましょ」
と瑞穂と佑奈が亀山に向かおうとする。泣きべそをかいた礼香が
「待ってよ、あたしも行くから」
としぶしぶついてきた。
3人が亀山に差し掛かると不気味な風が吹いてきて草が波打つ。今にも何か出そうで礼香はまた首の後ろがチクチクしてきた。
3人は穴のあった地点にさしかかった。佑奈が言ったとおり石室の入口は崩れた土砂で完全にふさがっていて女子中学生の手で掘ることなんて不可能な状態になっていた。
「穴が埋まっちゃっているね」
「言ったとおりでしょ」
「そうだね」
と佑奈と瑞穂が話しているのを聞いて礼香は
「佑奈があの時『亀山通ろう』なんていうからこんなことになったのよ」
「礼香だってついてきたじゃないの。あたし無理やり礼香をここに連れて来たりしていないわ」
「そうだけど佑奈たちが面白半分でお墓を暴いたりするからこんなことになったのよ」
「礼香も穴に入ったじゃないの」
「あたしが止めるのも聞かずにあんな腕輪つけるから佑奈は呪われたのよ」
「なによ」
「やる気ぃ?」
佑奈と礼香が険悪なムードになるのを瑞穂が割って入って止めた。
「まぁまぁ、2人ともケンカしないで。呪いを解く対策を考えましょうよ」
「瑞穂も棺桶開けるのを手伝ったりするから悪いのよ」
もう礼香は気絶しそうなほど恐ろしものを感じていてこうやって2人を口汚く責めないととてもじゃないけれどまともでいられなかった。
「この腕輪どうしよっか」
「放り投げてもまた戻ってくるのよね」
「うん」
「佑奈の家の仏壇にでも置いとけば」
「いやよ。瑞穂が持ってて」
「仕方がないわね」
と瑞穂が佑奈から腕輪を受け取り左手首につけようとするとバチッと雷電が飛び
「あちっ」
と言って瑞穂は腕輪を落とした。瑞穂は恐る恐る腕輪を拾うと
「あたしじゃいやだって」
と佑奈に返した。佑奈は腕輪を黙って受け取りあきらめて腕輪をジャンパースカートのポケットにしまった。
そこへ向こうから露出狂のおじさんがやってきた。7月の暑い日に薄手のコートを着ているなんてそれ以外にありえない。腕輪に気を取られていた3人はそばに来るまで気がつかなかった。
「お嬢ちゃんたちにおじさんがいい物を見せてあげよう」
とコートの前をばっと開いた。3人の予想したとおりそこには何も身につけていないおじさんの一物がぶら下がっていた。瑞穂と礼香は目を覆い
「やっ」
「やめて」
と言うが、佑奈は無意識にジャンパースカートのポケットから出した腕輪を左手首につけおじさんに向けて
「どっか行って」
と叫ぶと黄色い雷電が飛びおじさんは何かに突き飛ばされていったかのように
「ぎゃっ」
と言って墳丘の向こう側へ転げ落ちていった。
「瑞穂、礼香今のうちに早く」
と言って佑奈は逃げようとする。2人はすっかり青ざめて幽霊でも見たような顔をしていた。
瑞穂と礼香は見ていた。佑奈は日本語で
「どっか行って」
と叫んだつもりだったけれど、実際の佑奈は無意識状態で瑞穂と礼香が理解不能な神主の唱える祝詞(のりと)のような千年以上前に滅んだ古代日本語で呪文を詠唱し複雑に指を組み替えて結印して雷電の術を発動させおじさんをふっ飛ばしていたのだ。瑞穂と礼香が青ざめて幽霊でも見たような顔をしていたのは露出狂のおじさんがやってきたからではなく、佑奈が意味不明の呪文を唱え腕輪のパワーを引き出し尋常ならざる術を使ったことに不気味さを感じたからだ。瑞穂は恐る恐る佑奈に尋ねた。
「いま自分が何をしたのか覚えてる?」
「えっ?!」
「今佑奈はワケのわからない呪文を唱えて雷を出しておじさんをふっ飛ばしたんだよ」
「うそだぁ」
「うそじゃないよね、礼香」
「瑞穂の言うことは本当よ。あたしも見たもん」
「あたしただ『どっか行って』と念じただけよ」
「いったいいつの間にそんな術を身につけたのよ。びっくりしたわ」
「うーん、まず術を使ったこと自体記憶にないんだけど。けどね、穴の中で初めてこの腕輪をつけたときに腕輪から聞いたような気がするの」
「何を?」
「この腕輪に秘められた力を」
「一体どんなことができるのそれ?」
「なんか大昔の戦争で攻めてきた隣の国の軍勢を焼き払ったり、一撃で山を崩したりしたような・・・」
「やだっ、それってすごくない?」
「すごすぎてあたし怖くなったわ。いま完全に無意識に術を使っていたわけだし」
「佑奈お払いに行ったほうがいいよ。腕輪のたたりだよ」
と礼香が真顔で言う。
「え〜っ」
と佑奈が言う。瑞穂も
「そうだよ。瑞穂の言うとおりたたりだよ」
「いい、この腕輪のことは誰にも内緒だからね。しゃべったら腕輪のたたりがいくからね」
と佑奈が念押しすると2人はうんうんとうなづいた。
しかし翌日の昼休みまでに佑奈の腕輪のことはほぼ全校生徒に知れ渡っていた。礼香は口の固い娘だったが、おしゃべりな瑞穂が吹奏楽部の朝練の折に昨日の佑奈の武勇伝を尾ひれをつけてしゃべり、それを各部員がクラスに持ち帰って広めたのだ。もちろん瑞穂本人もあちこちでしゃべりまくったのは言うまでもない。
どだとたと上履きで廊下を走る足音がする。がらがらっと音楽室のドアを開け高田瑞穂が入ってくる。
「おはようございます」
と瑞穂は先に来て楽器の準備をしている部員たちにあいさつする。上月佑奈と泉崎礼香はまだ来ていない。瑞穂はカバンを置くや部長の久保木恵子に
「ねえねえ、先輩聞いて下さいよ。昨日礼香、佑奈と三人で帰ったんですよ。で、その途中で亀山を通ったら変態おやじに出会ったんですよ」
「大丈夫だったの」
「大丈夫ですよぉ。なんてったって佑奈が呪文を唱えたら雷が出て変態おやじはふっとんじゃったんですから」
「マジで?」
「マジです」
「佑奈がスタンガンでも持っていたんじゃないの」
「3mくらい離れてたし佑奈は何も持っていませんでした」
「じゃあどうやって」
「佑奈はですね。亀山の穴の中で魔法を使える腕輪を手に入れたんですよ」
「なにそれ」
瑞穂は一昨日の夕方三人で亀山の穴の中に入り石棺を開けて佑奈が魔法を使える勾玉の腕輪を手に入れたいきさつを語った。
「そんで変態おやじはどうなったの」
「怖くなってその場から逃げ出したからよくわかんないけど、佑奈に殺されたんじゃないですか」
「いやぁ〜」
と言っているところに泉崎礼香が現れた。礼香は優雅に一礼して
「先輩がたおはようございます」
とあいさつする。恵子は礼香のところに行き
「瑞穂から聞いたんだけど昨日の夕方佑奈が呪文を唱えたら雷が出て変態おやじを殺したって本当?」
「はぁ、たしかに佑奈が呪文を唱えたら雷が出たのは本当ですが、果たしてその呪文のせいなのか、そして佑奈が殺したかどうかは知りません」
「礼香なに言ってんのよ。あなたも見たでしょ。佑奈が呪文を唱えたらびびーっと雷が出たのを」
「でも、瑞穂。あれが間違いなく佑奈の呪文と因果関係があるって証明できる?」
「あたしたちが見てたのよ。そんな証明要らないわ」
「礼香、瑞穂。ここで言い争っても仕方がないから佑奈が来たら直接聞いてみましょ」
と言っていると間の悪いことに上月佑奈が現れた。
「おはようございます」
とあいさつしようとしたら吹奏楽部全員の視線が集中しそれに気おされて思わず佑奈は一歩後ずさる。部長の久保木恵子は佑奈を手招きして
「佑奈、ここにすわりなさい」
と傍らのイスを指し示す。佑奈はいつもと吹奏楽部の雰囲気が違うのでかなりびびった。
「あたし何かやった?」
イスにすわった佑奈を取り囲むように吹奏楽部員が立つ。これではまるで取調べだ。久保木恵子は佑奈の向かいにすわり
「佑奈、あなた雷の術を使うって聞いたけど本当?」
「えっ、そんなもの使うわけないじゃないですか」
「ウソよ。あたし見たもん。佑奈が呪文を唱えたらびびーっと雷が出たのを」
と瑞穂がムキになって佑奈を追求する。礼香も冷めた口調で
「あたしも見たのよね。佑奈、あれは一体なに?」
あの時の佑奈は無意識状態で呪文を唱えていたからまるで本人に自覚がないのだ。
「あたしパニくってたからよく覚えていません」
瑞穂が
「うそよ。あたし見たもん。佑奈は雷出したの」
「あたし妖術使いじゃないわ」
「久保木先輩、佑奈は明らかにウソをついています」
と佑奈と瑞穂が口論するのを見て他の部員は
「本当に上月さんは妖術使いなの」
「まさか、瑞穂が言っていることじゃない」
「でも礼香も『見た』って言ってたし」
「たしかに礼香はこんなウソつく子じゃないわね」
佑奈の取調べに時間を費やしてしまいその日の朝練はまったく音を出すことなくそれぞれの楽器をしまって授業に向かった。チャイムに佑奈は救われ取調べから開放されたが吹奏楽部のみんなして自分のことを妖術使いみたいに言うのに佑奈は傷ついた。
大塚中学校内で佑奈の噂が広まっていく過程で
1年1組の上月佑奈は 魔法を使う
口から火を吹く
目から光線を出す
宇宙人だ
熊を食い殺した
人の生き血をすする
休み時間に佑奈がスケッチブックを持って美術室に向かう。海老名市立大塚中学校の美術室は3年生の教室のそばにあるので必然的にその前を通らなくてはならない。今の佑奈にとって校内を歩くということは市中引き回しにも近い状態だ。佑奈を見つけた中学3年生のエリコとミカは
「ねぇ、エリコ。あれが1年1組の上月佑奈?」
「そうみたいね」
「なんだ、普通の子じゃん。あたし妖術を使うっていうからトンガリ帽子にマント着ているのかと思った」
「学校来るときは制服でしょ」
「本当にあの子が妖術使いなの?」
「そうらしいよ」
「でも3年の生徒が言ってるんでしょ」
「吹奏楽部の1年生も見たらしいよ。だから本物でしょ」
「あんな子と同じ学校で大丈夫かなぁ」
「何が?」
「あたし推薦でN高校狙っているのよね『妖術使いのいる学校の子はだめ』とか言われそうで」
「それはないと思うけどあの子キモイよね」
「うん、キモイ、キモイ」
他の中学3年生グループのマスミとノリコとカズミも佑奈のことを話していた。
「妖術使いは学校来ないでほしいよね」
「キモイよ、あの子」
「人間みたいな姿をしているけれど正体は妖怪かもよ」
「いや〜っ、それって学校の怪談じゃない」
「あの子が術使うとこ見たくない?」
「見たいけど呪われそうでいやっ」
「大丈夫よ」
「だって口から青白い炎を出すんでしょ」
と完全に人間以外のものとして佑奈を扱っている。
当然これらは佑奈の耳にも入っておりキモイとか妖術使いと言われたのには傷ついた。腕輪が勝手に発動していてあたしだって使いたくて術を使っているわけではないのに。校内での佑奈の評判は大体こんなものであった。よって薄気味悪がって誰も佑奈に近寄ろうとしなかった。妖術使いの佑奈に近寄ると呪われるという風評が校内を駆けめぐった。
美術室の隣が家庭科室でエプロンつくりのため2年1組が来ていた。佑奈は2年1組女子グループに取り囲まれた。
「あんたが妖術使いの上月佑奈ね」
「ちょっと妖術が使えるからっていい気になってるんじゃないわよ」
「そうよ、大塚中の評判落とさないでくれる」
「他校のお友達から『大塚中には妖術使いがいるんですって』って言われたんだから」
「何とか言いなさいょ」
と2年生のカナコが佑奈の肩を小突いた。佑奈は言い返すこともできずにぽろぽろ涙を流した。
「泣いてごまかすんじゃないわよ。この妖術使いが」
「この涙も妖術で流しているんじゃないの」
「おぉ、こわっ。危うくだまされるところだったわ」
「妖術使いは学校来るな」
「帰れ、帰れ」
「やめなよ、妖術使って反撃されたらどうするの」
「それこそこの子が妖術使いだって証拠よ」
「そうよ、みんなで大塚中から妖術使いを追い出しましょ」
と中学2年生たちのいじめはエスカレートしていく。佑奈は普通の中学1年生なのだ。2年生に刃向かうなんて怖くてできない。
「こらっ、お前ら何やってんだ」
とチャイムが鳴り美術の野村先生がやってきた。中学2年生の女子生徒たちは
「やべっ」
と言って蜘蛛の子を散らすように家庭科室に逃げ込んだ。
「おい上月。大丈夫か。あいつらに何された」
と野村先生はやさしく言うけれど佑奈はひっくひっくと泣くばかりであった。
この日佑奈は吹奏楽部の練習を無断で休むことにして学活のあと終礼が終わるとすぐにカバンをつかんで教室を飛び出し、階段を一目散に下りて昇降口を目指した。しかし1階の廊下で
「上月、お前ちょっと待て」
と生活指導の佐藤先生に呼び止められた。佑奈は他の生徒に何か言われないうちに下校したかったのに困惑した。佐藤は佑奈を生活指導室に連行するとイスに座らせた。
「おい上月、なんだその腕輪は。アクセサリーは校則で禁止だぞ」
佑奈はまずい奴に捕まったと思った。一刻も早く大塚中学校から逃げ出そうとしてたのに・・・。佑奈はとっさに言い訳で
「あのっ、そのっ、いえっ、これは数珠なんです。数珠」
「本当かぁ? ブレスレットにしか見えないが」
「数珠です」
「とにかくアクセサリーは学校には持ち込み禁止だから預かっておく」
「うわぁーっ。先生預かってくれるんですかぁ。うれしーっ」
と大喜びする佑奈を見て佐藤は困惑した。
「おいおい、アクセサリー没収されて喜んでいるのはお前が初めてだぞ」
「実はそれ、呪いの腕輪なんです。どうしていいのか困っててぇ。佐藤先生ありがとうございます」
佑奈は涙目で左手首から腕輪を外し佐藤先生に渡した。佐藤先生はそれを受け取る。
「今度はオカルト話かい」
「本当にそれ呪われているんですよ」
「中学生にもなって上月はまだそんなこと信じているのかい」
「だってぇ」
「とにかくこれは預かっておく」
「先生、間違っても腕にはめようなんて思わないで下さいね。まぢ呪われますから」
佐藤は本気にしなかったので佑奈の言いつけに反し腕輪を腕にはめようとした。その瞬間バチッと火花が飛び佐藤は
「あちっ」
と言って手首を押さえイスから転げ落ちた。佐藤はもう一度トライしたけれど同様の拒絶反応を腕輪が示したので佑奈の言う呪いを信じる気になった。佐藤は
「そういや、お前、火を吹くって本当か」
あちゃーっ、先生まで耳にしているのかと佑奈は頭を抱えたくなった。
「今日はどこのクラスもお前の噂で授業にならなかったそうだぞ」
「佐藤先生、それはみんなデマなんです。あたしも『火を吹く』とか言われてすごく迷惑しているんです」
「そうだよなぁ。普通の人間がそんなことするわけないよな」
「あたし怪獣じゃないもん」
「こんなかわいい怪獣がいるわけないよな」
かわいいと言われて佑奈はうれしかったが後に怪獣とついたので微妙だった。
「誰かがあたしのかわいさをねたんで陥れようとしているんです」
「そうか、もし本当だったら火を吹くところを見せてもらおうかと思ったが上月、お前にはそんな曲芸は無理だ。もういい、帰ってよろしい」
と言われ佑奈は釈放された。なんか釈然としないまま佑奈は生活指導室を出た。すでに終礼からだいぶ経っていたので他の生徒の姿はなく佑奈はほっとしながら昇降口で上履きを通学用の白スニーカーに履き替えた。こう芸能レポーターのような野次馬に取り囲まれ「火を吹け」とか一日ずっと言われて佑奈はすごく頭にきた。
佑奈は一人で正門を出て家に向かった。音楽室から吹奏楽部がパー練している音が聞こえたけれどとてもじゃないけれど練習に出たい気分はなかった。大塚中学校から200mほど離れた駐車場の車の陰から佑奈を待ち伏せしていた大塚中学校では有名な不良、3年生の竹田大地と山下明夫が佑奈の行く手を阻むように立ちはだかった。2人はなめ回すように佑奈の全身をじろじろと見て
「1年1組の上月佑奈だな」
と名札を見ればわかることをわざわざ尋ねてくる。
「けっこうかわいい子じゃん」
「でも胸小さいよ」
「もんで大きくしてあげようか」
とげらげらと笑った。佑奈は吹奏楽部の先輩からこの二人には関わらないことと言われていたのでどーしよ、どーしよと思った。
「上月お前魔法使うんだってな」
「俺たちにも魔法を見せてくれよ」
「火を吹くところを見たいな」
「おっ、いいねぇ。上月、火を吹け」
と佑奈に迫る。佑奈はじりじりと後ずさりするが壁際に追い詰められた。どーしよ、どーしよ。佑奈はパニックになった。
「それがいやならその魔法の腕輪をよこせよ」
「そうだよ、1年生のくせにそんなのして生意気だぞ」
と竹田が佑奈の左腕をつかんでいつの間にか佑奈の左手首に戻ってきていた腕輪を奪おうとするとバチッと雷電が飛ぶ。竹田は
「あちっ」
と言って佑奈から手を離した。竹田は山下に
「この女、本当に術を使ったぞ」
「下手に出ていりゃ付け上がりやがって」
と山下は本気で佑奈を襲おうとする。無意識のうちに佑奈の口が古代日本語で呪文を詠唱し複雑に指を組み替えて結印する。幻火の術を発動させ青白い炎が佑奈から放たれ竹田と山下の全身を包んだ。二人は
「うぎゃーっ」
「あちぃーよーっ」
「息ができねぇ」
と言いながら地面をのた打ち回った。その間に佑奈はゆうゆうとその場を去った。
しばらくして佑奈は我に返った。竹田と山下の姿はなく別のところに来ていた。2人にからまれていたところから記憶が欠落している。まさかあたしまた術を無意識のうちに使っちゃったんじゃと佑奈は青くなった。物が飛んできたら反射的に目を閉じるのと同じように腕輪は持ち主が危機に見舞われたとき持ち主の口と指を借りて自動的に呪文を詠唱し結印して術を発動し危機を救う。太古、この腕輪を作った魔道士たちが持ち主の身を守るために組み込んだのだ。それゆえ今回佑奈に発見されるまで1500年近く大塚亀山古墳は盗掘も学術調査による発掘をも受けずに残っていたのだ。佑奈が亀山を通って帰ろうと言ったのも、佑奈が通ったときに限って石室の口が開いていたのも佑奈を新しい持ち主と決めた腕輪の意志であった。今回もその防御システムが作動し佑奈の危機を救った。いくら相手が不良とはいえ目の前で人が炎に包まれてのたうち回るのを見れば繊細な女子中学生はショックを受けようがその辺の感覚は腕輪により麻痺させられていた。
しかし佑奈にすれば術を使ってしまったことによりさらに噂が反響を読んで明日学校に行ったらどんなことになるかが心配だった。特に竹田と山下の二人が怖いお兄さんを連れてきて今日のお礼参りに来たりしたら腕輪が勝手にどんな術を繰り出すかわかったものではないからだ。明日は学校休もうかしら。佑奈は本気でそう思った。
その3へ
タリカス文芸部へ
小説の部屋へ
江東の詩へ
江戸川の詩へ
東松山の詩へ
座間の詩へ
その他の詩へ
トップページへ
2002年吹奏楽部鑑賞レポートページへ
2003年吹奏楽部鑑賞レポートページへ
2004年吹奏楽部鑑賞レポートページへ
2005年吹奏楽部鑑賞レポートページへ