
学校5日制により本来は授業のないはずの7/14 土曜日 午後の大塚中学校中庭にはほとんどの女子が集まったのではないだろうかというほどのジャンパースカートを着た女子中学生たちがクラスごとに一列になって『恋の魔法大会』が始まるのを待っていた。みなの手にはいとしい彼の写真をひらひらと持っていた。みな今日のために必死で彼の写真を撮り、生年月日を彼の友達に聞くなどして調べたのだ。佑奈の魔法にすべてをかけてますと言わんばかりの真剣な表情で緊張をまぎらわせるためにたわいもないおしゃべりに興じている。そんな女子生徒の群れに混じり水色のカーディガンに白いブラウス、灰色のズボンをはいた数学の加藤典子先生(24歳)の姿も見られた。加藤典子先生も恋する女なのだ。
午後2時になり佑奈がゼネラルプロデューサーの礼香を従えて校舎2階の廊下に姿を現し、ガラガラとガラス窓を開ける。その音に気づいた女子たちは
「あっ、上月佑奈」
「どこどこ」
「あっ、ほんとだ」
「ゆうなぁ〜」
「わーっ」
「きゃーっ」
「すごーい」
と口々にしゃべる。そして誰かが始めた
「佑奈、佑奈、佑奈、佑奈、佑奈、佑奈・・・」
という佑奈コールが中庭にとどろいた。ひとしきり女子たちを騒がせたあと佑奈はそれを手で制すると真剣なまなざしの女子たちは水を打ったようにシーンと静まり返った。礼香が職員室から借り出してきたハンドマイクで
「みなさん、こんにちはぁ〜」
女子たちは固くなって誰も答えない。もう一度佑奈が
「みんな緊張してるの? リラックスしてないと魔法はかからないよ。だから大きな声を出してね。みなさん、こんにちはぁ〜」
「こんにちはぁ〜」
女子たちは大きな声で答える。つかみはOKね、佑奈の後ろに控える礼香は思った。佑奈は
「みなさんお風呂でよく体を洗って禊(みそぎ)をすませてきましたかぁ」
「はぁ〜い」
お風呂に直前まで入っていたのか髪の毛が濡れたままの女子も多い。
「彼の写真を用意できましたかぁ。写真をこっちに見せてぇ」
「はぁ〜い」
と女子たちはいっせいに佑奈のほうに写真を掲げた。
「もちろん写真の裏にマジックペンで彼の生年月日を書いてあるよね。写真の裏を見せてぇ」
今度は女子たちがいっせいに写真の裏を掲げた。佑奈は礼香の書いたシナリオ通りに『恋の魔法大会』を進行していた。しかし佑奈の傍らに控えるゼネラルプロデューサーの礼香の姿は中庭の恋に目がくらんだ女子たちの目には写っていなかった。
「いいですか皆さん、ここが一番肝心なところです」
中庭の女子たちのごくりとつばを飲み込む音さえ聞こえかねないほどの静寂が流れた。
「この『恋の魔法大会』は1回こっきりです。次はありません。そして意思のあるものに魔法をかけるのって実はすごく難しいんです。なので術をかけている間は彼のことだけを思ってください。まちがっても校長先生の顔など思い浮かべないでください」
と言うと女子たちはどっとウケた。
「そんな事した日には校長先生とラブラブになるばかりか、一生ストーカーのように付きまとわれます」
と言うと女子たちは一瞬凍りついたようだった。中庭はさらに緊迫感を増した。
「では、『恋の魔法大会』をはじめます。佑奈の言うとおりしてください」
中庭の女子たちは息を呑んで佑奈の言うことに従った。
「では右手に写真を持ってください」
いっせいに女子たちが写真を右手に持ち替える。
「そして写真の表を自分の心臓に押し当てます。あんまり力は入れなくていいですよ。そして左手をクロスして目を閉じ彼を抱きしめているイメージで彼のことだけ考えてください」
佑奈が言うと女子たちはいっせいに胸の前で両手をクロスさせ目を閉じた。その様子に佑奈は思わず噴き出しそうになったけれど後ろにいた礼香が佑奈のお尻をつねった。中庭の生徒たちは目をつぶっているので誰もそんなやりとりには気がつかない。
「今から術を発動する儀式を行います。結印しながら呪文を唱えるのでマイクを使えなくなるけど、聞こえなくても中庭の範囲に十分行き届くので彼のことだけを強く思ってください」
と言い、佑奈は礼香にハンドマイクを手渡して礼香と練習したうその呪文を唱えいかにもそれらしい適当な結印を行う。最後に佑奈が
「いゃあーっ」
と大きな声で叫ぶと礼香が差し出したハンドマイクを受け取り
「みなさん、術が発動しました。目を開けて結構です」
佑奈にそう言われて女子たちはほっとした様子で目を開き口々に
「これで田村君の彼女になれるのね」
「やったわ、ようやく彼氏ができる」
とおしゃべりし、佑奈が
「みんな自分で『これはっ』というタイミングで彼のところに行って彼の目を見ながらコクって下さい。メール、電話、手紙などでは術が効きません。万一今回だめでも3ヵ月後にまたコクるチャンスがめぐってきますので気を落とさずそのときに備えてください。これで『恋の魔法大会』は終わりです。一同解散」
と佑奈が言い2階の窓から姿を消すと女子たちは
「ありがとうございました」
と佑奈に向かった叫んだ。佑奈は振り返ることはなかった。佑奈の姿が消えると女子たちは
「うわ〜っ」
と恋の魔法が発動したことに喜んでいた。
「これで思いがかなうのね」
「彼のハートはあたしのもの」
「佑奈ありがとう」
「あたしがんばるよ」
「よしっ、今からコクりに行こう」
「あたしいつコクろうかな」
「『彼の目を見て』なんて恥ずかしい」
など浮かれながらおしゃべりしながら解散していった。
窓辺から姿を消した佑奈たちも空いている教室に入り佑奈は礼香の方を見て
「礼香終わったよ」
「ごくろうさん」
「本当にこんなのでいいの」
「大丈夫よ。みんな信じきってるから」
「でもぉ、なんかみんなをだましているみたいで」
「佑奈が教祖様をはじめたらたちまち大金持ちね。今度は恋がかなうお札でも売って歩こうか」
「ちょっと礼香、あたしをカルトの教祖様にする気」
「冗談よ」
と言った。
翌朝佑奈が登校し1年1組の教室に行くと誰がどの男子にコクったとかコクりに行く予定だとかの恋バナでもちきりだった。1年1組の前のドアがガラガラっと開いて3年生の女子が滝本恵子が顔を出す。一瞬佑奈はコクってだめだった3年生がお礼参りに来たのかと腰を浮かしかけたが礼香に何があっても教祖様の佑奈は動じないことと言われているので席に着いたままなりゆきを見守った。佑奈の元に来た恵子は恥ずかしそうにもじもじした後
「あたしその日のうちに同じ3年生の宮田君のところにコクりに行ったの。上月さんのおかげで彼女になれました。ありがとう。お礼にクッキー焼いてきたからクラスのみんなで食べてね」
とかわいくラッピングした包みを佑奈に渡した。1年1組の教室は拍手と歓声に包まれ恵子を祝福した。恵子は恥ずかしそうな表情を見せ幸せそうな足取りで出て行った。それを見ていた1年1組の生徒たちは
「佑奈ってすごい」
「やっぱり佑奈の恋の魔法は本物だったのね」
「あたしもコクりに行くぞう」
「ようし、明日コクるぞ」
「上月って本当に魔法を使うんだな」
「俺もあいつのはインチキだと思ってたよ」
「トロそうな上月が大魔法使いだとは驚いたな」
と男子も女子も口々に佑奈をほめたたえたが、まったくのインチキ魔法なだけに佑奈はいたたまれない思いだった。そこに今度は2年生女子の田辺京子と小島かおるがやってきて
「えっと、上月さんのおかげであたしと京子、2人とも彼氏ができました」
「これ、ほんのお礼です」
「よかったら使ってね」
と京子がスヌーピーのハンドタオルのセット、かおるがミッキーマウスのマグカップを佑奈に手渡した。佑奈は
「ありがとうございます」
と少し困惑しながらお礼を言った。そのあとも大塚中学校の女子が入れ替わり立ち代りやってきては何かしらお礼に置いていった。佑奈は食べ物に関してはクラスのみんなに休み時間に分けて食べた。
1年1組の教室にお友達の半沢典江に付き添われた中学2年生橋本貴子が来た。貴子は黄色いハンドタオルを顔に押し当ててひっくひっくとしゃくりあげながら泣いており言葉にならないが、貴子の恋がだめだったであろうことは1年1組の教室にいる誰もが感じ取っていた。佑奈もこの先輩コクったけれどだめだったんだと察した。お友達と2人で1年1組の教室に来るってことはお礼参りで佑奈にヤキを入れに違いないと思い佑奈は身を硬くした。予想通り典江は
「上月さん、この貴子は昨日コクったけれどだめだったの」
と話し1年1組の教室を重苦ししい沈黙が支配した。佑奈は殴られると思い腰を浮かし逃げる準備をした。典江は
「でも貴子は3ヵ月後にまたチャレンジするって言ってますので応援してやってください」
と言うと1年1組一同が「わーっ」と拍手し
「先輩がんばってください」
「きっと次は佑奈が恋をかなえてくれますから」
「元気を出して」
と涙目の女子たちが貴子の周りに駆け寄って口々に励ました。貴子もしゃくりあげながら
「上月さんありがとうございました」
と言うと貴子は肩を落として典江に抱えられるようにして1年1組の教室を去っていった。佑奈はウソの恋の魔法大会の結果典江を傷つけてしまいいたたまれなくなった。
その夜佑奈は礼香に電話をした。
「あたしだめだった先輩の話を聴くの辛くて。ウソの恋の魔法大会だったわけだし」
「いい佑奈、その先輩は気の毒だけど佑奈のせいじゃないわ。佑奈はコクるきっかけを与えただけ」
「でもぉ」
「その先輩が勇気を出してウソの恋の魔法大会の力を借りずに自力でコクったとしても元々だめだったわけ。だから佑奈が気にすることないよ」
「でも礼香、かわいそうだよ」
「全員を幸せにしてあげることなんて不可能よ」
「しかし・・・」
「今、大塚中学校では多くのカップルが生まれたわ。この人たちを幸せにしてあげたのは佑奈よ、自信を持って」
「礼香ぁ・・・」
「3年生たちも佑奈のこと認めてるわ。だから毅然とした態度を貫いてないとだめよ。恋の魔法使いさん」
と礼香は佑奈を励ました。
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