小説の部屋


2005/7/12 脱稿    

古墳少女 佑奈2

   

その3

第3章 あたし、アメリカ行きます

 佑奈の母、上月順子は家で大塚中学校長からの電話を受けとった。順子は佑奈がまた術を使ってなにか不始末でもやらかしたものだと思い込み開口一番
「どうも申し訳ありません。うちの佑奈がご迷惑をおかけしまして…」
と一方的にあやまった。受話器を気まずい沈黙が流れた。順子は不審に思って
「あのっ、校長先生?」
「あの、上月さんのお母さん、落ち着いて下さいね。お宅の佑奈さんが…」
あぁやっぱり佑奈が学校でとんでもない不始末やらかしたんだ。順子は目の前が真っ暗になった。
「…このたびアメリカ政府の交換留学生に選ばれたと本日学校に通知がありまして、それでお電話差し上げたんですが」
「へっ? うちの佑奈がですか?!」
「そうです」
「何かの間違いじゃないてしょうか」
「いえ、学校にアメリカ大統領のサインが入った書類が来ていますので間違いありません」
「でもなんでうちの佑奈が…。もっと成績のいい生徒さんだっているでしょうに」
「なんで選ばれたかは私にもよくわかりません。とにかくお嬢さんに書類を持たせますのでせっかくのチャンスですから行かせてあげるよう私からもお願いします」
電話の後これは娘が交換留学生に選ばれたのでその費用を払えという新手のおれおれ詐欺ではないだろうか?と順子は考えた。

 それからしばらくして佑奈が学校から帰ってきた。佑奈はぐったりとしていてかなり疲れた様子である。
「ちょっと佑奈、ここにすわりなさい」
と順子は食堂のテーブルを指差し佑奈は物憂げに手近な席にすわる。
「はぁ」
「今日校長先生から佑奈がアメリカ政府の交換留学生に選ばれたと電話をもらったんだけど本当?」
「うん、その、まぁ…」
と佑奈は歯切れが悪い。その様子にいらだった順子はテーブルをたたき
「はっきりしなさい!」
「そっ、その通りよ」
「なんで佑奈がアメリカ政府の交換留学生なのよ」
「しっ、知らないわよ。あっ、あたしだって今日初めて聞かされてびっ、びっくりしているんだから」
「校長先生が『佑奈に書類を持たせます』って言ってたけど見せなさい」
佑奈は通学カバンの中から校長室に呼ばれて校長先生から渡された茶封筒を順子に差し出した。中に入っているパンフレットには金文字で「アメリカ政府交換留学のしおり」と日本語で書いてあった。順子には読めないけれど校長先生が言っていたアメリカ大統領のサインが入った書類らしい英語で書いた紙もある。しおりを順子が読むとアメリカ政府の事業ゆえ日本からの交通費と現地での滞在費は一切無料。期間は6〜10月の約半年間。アメリカにホームスティをして現地のジュニアハイスクールに編入して勉強するとある。入れ違いにアメリカから海老名市立大塚中学校に来る日本語を話せる交換留学生を上月家でホームスティをさせる、と書いてある。
「佑奈ねぇ、これいったいどうするの? 本当に行くの?」
「…いっ、行きたい」
「佑奈は来年高校受験なのよ。遊んでいても高校生になれる私立中学生とは違うのよ。半年近くもアメリカにいったら勉強遅れちゃうでしょう」
「むっ、向こうの学校でがんばるから…」
「第一佑奈英語しゃべれるの?」
「えっ、あの、そのぉ…」
「辞退しなさい」
「そっ、それは無理」
「なんで」
「あっ、アメリカ大統領のご招待だからじっ、辞退すると国際問題になるってこっ、校長先生が言ってた」
「お父さんに言って恥を忍んで断ってもらいます。いいですね」
「ちょっとお母さん。それまずいの。あっ、あたしがアメリカ行かないと…」
「佑奈が行かないとなんなのよ」
「そっ、それは、その。だっ、大統領に失礼だし…」
「佑奈みたいなおバカな子が行くほうがよっぽど大統領に失礼です」
「そっ、そうじゃなくて…」
「なんなのよ」
佑奈は順子に言い負かされそうで泣きたい気分だった。しかし本当の理由が言えるわけなかった。CIAに恥ずかしい写真を撮られて脅されているなんて佑奈が言っても両親はスパイ小説の読み過ぎと言うだけだろう。

 佑奈の父 上月利夫が帰宅する。順子から佑奈のアメリカ交換留学について話を聞き書類に目を通した後
「佑奈、話があるからちょっと来なさい」
と食堂に呼んで親子3人で話し合うことになった。利夫は
「佑奈、お前本当にアメリカ留学したいのか?」
「…しっ、したい」
「観光で行くんじゃないんだぞ! 向こうの学校で英語の授業についてゆけなかったらどうすんだ」
「あっ、あたしがんばる」
「まぁ、費用が一文もかからないご招待だからいいようなものの考え直せ。向こうにいってやっぱりだめでしたではそれこそ国際問題だ」
「でっ、でも…」
佑奈だって本当は行きたくないのだ。それなのにこんなに怒らなくたってと佑奈は泣きそうだ。

*****

 翌日海老名市大塚町の人たちは皆佑奈のアメリカ交換留学について知っていた。大塚中学生が家で父兄に話したのがほかの誰かに伝わったほか、CIAの日本人エージェントが大塚商店街など佑奈の家の近所で噂を流して回ったのだ。町内の掲示板にも夜中のうちにCIAが貼った「祝 大塚中学校上月佑奈さん アメリカ交換留学」と張り紙が出ている。佑奈のアメリカ交換留学はすでに決まったこととして噂が一人歩きしていてもう佑奈の両親は引くに引けなくなっていた。利夫はその日の夕食の席で激怒して
「誰だ、あんな貼り紙したのは。もう俺は佑奈なんて娘は知らんぞ。お前アメリカに行ったらもう帰ってこなくていいぞ」
「お父さん、なにもそんな言い方しなくても」
佑奈にきつく当り散らす利夫を順子がなだめる。
「うるさい! 会う人に皆佑奈のアメリカ交換留学ことを聞かれるんだぞ。こっちが知らない人にまで。『うちの佑奈は行きません』とはもう言えないだろ」
「おっ、お父さんあたし…」
「言い訳なんて聞きたくない。お前が運悪くアメリカ交換留学に選ばれたせいでうちの家庭は目茶苦茶だ。お前はアメリカ行きがかなってうはうはだろうけど、こっちはお前と交換で来る外人の相手しなくちゃならんのだぞ!」
「おっ、お父さんごめんなさい」
「あやまってすむ問題じゃないだろ。お前が変な腕輪を拾ってきて『上月さんちの娘さんは火を吹く術を使う』と言われ町内で肩身の狭い思いをし、やっとそのことで言われなくなったと思ったら今度は『あたしはアメリカで楽しんできますからお父さん外人の世話よろしくね』か」
「お父さん…」
佑奈の目に涙がみるみるうちにたまってきてあふれ出した。言い訳しようのない事態だけに佑奈は何も言えなかった。

 その明くる日厚木基地で佑奈はマーガレットに食ってかかった。
「アメリカ留学のせいで昨日はお父さんに怒られて『アメリカ行ったら二度と帰ってくるな』って言われたんだからね」
「あら、ユーナ。それは災難ね。でもなんて理解のあるお父さんなのかしら。アメリカに行ったら失踪したことにして名前を変えてCIAのエージェントに専念するといいわ。ベトナム人のレミアなんてどう?」
「誰がレミアよ。お母さんにも怒られたんだけど、あたし来年高校受験なのよ。アメリカに半年近くも行っていて高校落ちたらどうしてくれるのよ」
「大丈夫よ。ユーナはCIAの息の掛かった私立の高校に進学することになっているんだから」
「勝手に人の進路を決めないでよ! 私立だなんてたくさんお金かかるでしょ」
「特待生で入れてあげるから学費もかからず親も喜ぶわよ」
「もしかして、それって裏口入学じゃ…」
「ユーナはエージェントなんだからそのくらいなんでもないでしょ」
「あたしは普通の中学生よ!」
「普通の中学生が腕輪を使って火を吹くのかしら」
佑奈はマーガレットに一本取られて言い返せなくなった。
「帰ってきたらユーナは『帰国子女』よ。男子にもてるわよぉ。男子は帰国子女って響きに弱いから」
「あたしには古谷クンがいます!」
「古谷クンだって男の子よ。ユーナが半年近くもいなかったら寂しくてその辺の女子と付き合うかもよ」
「ふっ、古谷クンはそんなことしないもん。あたしだけが好きなんだもん」
「どうだかねぇ。ふっふっふ」
そうは言ったものの佑奈はものすごく不安になった。
「なっ、なによ」
「なんでもないわよ」
「あっ、そうそう。ユーナがアメリカに行くときはエミリーというおばさんが一緒についていくから入国手続きとかの心配はしなくていいから。あと、日用品はすべてアメリカ政府が支給するから荷物は数日分の着替えだけで十分よ」

 それから何日かして佑奈は学校を休んで本厚木の旅券事務所にパスポートを申請に行き、アメリカ政府からもらった支度金でピンクのスーツケースを買ってきた。荷造りや別便で荷物を発送する準備をしたりとあわただしい日々を過ごした。佑奈はアメリカへ行くしかないのだ。佑奈は両親が何と言おうと家を出る決意をしていた。先日の口論以来佑奈は家で顔を合わせても父親と一切口をきかなくなった。だから旅支度もほとんど自分一人でしていた。クローゼットの中からお気に入りのニットワンピースやパーカーをトランクに詰め、自分が持っているスカートの中で一番かわいく見えると思っているデニムミニスカートも入れた。マーガレットから日用品はアメリカ政府が支給するので最低限の着替えと身の回り品だけ持ってくるようにと言われているけれど女の子だけにあれもこれも持っていきたくてどうしても入れる服が多くなってしまう。
 大塚中学校を通じて上月家にホームスティする交換留学生のプロフィールが送られてきた。キャサリンという14歳の金髪で青い目の白人の少女であった。日本語を話せる子が来るとはいっても文化も風習も違うアメリカ人である。うまくやっていけるのか佑奈の両親は不安に思った。順子は
「毎日ステーキにするわけもいかないし食べるものとかいったいどうするのよ。お刺身や天ぷらを食べられるのかしら」
とおろおろした。

 佑奈は久し振りに古谷と昇降口で出会った。今日は厚木基地へ行かなくてよいのでゆっくりと話せる。
「なんか最近全然会えなくてごめんね」
「しょうがないよ。アメリカに行く準備で忙しいんだし」
「あたしアメリカ行きたくないよぉ」
「なんでぇ?! せっかくのチャンスじゃん」
「だって古谷クンが一緒じゃないんだもん」
佑奈がアメリカ行きたくないと心情を吐露するのにまるで気付かない鈍感な古谷に佑奈は冗談めかして答えた。二人の間にハートマークが乱れ飛び言った佑奈も言われた古谷も真っ赤になってうつむいていた。佑奈は古谷の手をとって
「なんで『佑奈行くな!』って言ってくれないの」
「えっ!」
「あたし古谷クンがそう言ってくれたならアメリカ行き断ったよぉ」
「佑奈が行きたくてそれを決めたんでしょう?」
「それは、そうだけど…」
佑奈が涙を浮かべ古谷の胸に顔をうずめて泣きだし、どこまでも微妙な女心を理解できない古谷は佑奈の気持ちがわからずただおろおろした。

 二人は気付かなかったがその場を通りかかった美術部の女子生徒たち三人は廊下の角から二人のラブシーンを見てひそひそと話していた。翌朝までに校内数か所の掲示板に二人が抱き合うイラストが張り出された。佑奈の似顔絵に
「あたしアメリカ行きたくないよぉ」
という吹き出しがつき、古谷の似顔絵に
「俺だって行かせたくない」
と古谷が言った覚えのないセリフの吹き出しがついていた。生徒たちがわいわいと人だかりをしているところに二人で登校してきた佑奈と古谷が通り掛かり
「ひゅーひゅー。お二人さんお熱いねぇ」
「別れを惜しんで抱き合ってたんだって」
「校内で普通するかね」
「愛は盲目って言うからねぇ」
「佑奈がアメリカに行ったら古谷に会えなくなるんだし大目にみてあげなよ」
「そうだよ、好きな人に半年も会えなくなるんだよぉ」
「あたしだったら耐えられないなぁ」
「あたしも留学断るなぁ」
「うんうん、わかるよ」
「やっぱ『愛』をとるよねぇ」
「それを乗り越えてアメリカに行こうという佑奈は偉いよ」
「何も言わずに送り出す古谷も立派だよね」
「うんうん」
「きっと離れても二人の愛は変わらないものなのよ」
古谷は人垣に割って入りそのイラストを掲示板からはぎ取りぐしゃぐしゃっと丸めていまいましげに近くにあるゴミ箱にたたき込むと真っ赤になってうつむいている佑奈の手を取って
「佑奈、行こう」
とその場を立ち去った。生徒たちはそれを見て
「朝から見せつけてくれるわよねぇ」
「ほんと、彼氏がいないこっちの身になってよねぇ」
「あたしも『恵理子、行こう』って誰か手を取ってくれないかしら」
「恵理子、行こう」
女子生徒の一人が言うとふざけて一人の男子が恵理子の手を取る。
「ちょっと汚い手で触らないでよ。よりによってなんであんたなの」
その男子は恵理子に密かに思いを寄せていただけにものすごく傷ついた。彼の片思いはあえなく散った。

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古墳少女佑奈をまず読むと世界観がよくわかります。

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