小説の部屋


2005/7/12 脱稿    

古墳少女 佑奈2

   

その4

第4章 行かざるを得ません

 その夜娘のアメリカ留学でもめている上月家に黒塗りの公用車が横付けになって海老名市長の南田昌三が降りてきて上月家のチャイムを鳴らした。利夫と二人で佑奈を責めていた順子が玄関に出ると選挙のポスターでしか見たことのない海老名市長が立っていた。
「海老名市長の南田でございます。このたびはお嬢様がアメリカ政府の交換留学生に選ばれましたこと、誠におめでとうございます」
「はぁ」
「不意の訪問でご迷惑とは存じますが、お嬢さんの佑奈さんがいらっしゃいましたらぜそお会いして激励したいのですが」
その場の成り行きで順子は市長たちを居間に通してしまった。そこにはお互いに口もきかずに剣呑な空気を振りまいている上月父娘がいた。
「お父さん、市長さんが佑奈に会いたいって…」
順子が困惑気味に言うと市長が秘書官と市の広報紙「広報えびな」の記者とカメラマンを連れて居間に入ってきたので利夫と佑奈は困惑してお互いの顔を見合わせた。市長は
「佑奈さんですね。このたびはアメリカ政府の交換留学生に選ばれたそうでおめでとう。海老名市の代表としてアメリカでがんばっていろいろな物を学び取ってきて下さい」
「えっと、そのっ、あのっ」
右手を差し出した市長と反射的に握手をする佑奈の姿を「広報えびな」のカメラマンが何枚もストロボをたいて撮った。
「お父さんも自慢のお嬢さんがしばらくいなくなるので寂しいでしょうけど『かわいい子には旅をさせろ』と言いますから、お嬢さんの成長を楽しみに送り出してやって下さい」
「市長、そろそろお時間が…」
時計を見ながら秘書官が言う。市長は
「あまり長居になってもご迷惑でしょうから私はこの辺で失礼します。佑奈さんアメリカでがんばって」
と言うと市長一行は再び公用車に乗って去っていった。上月一家は毒気を抜かれたようにぽかんとしていた。

*****

 その5日後、海老名市の各世帯に配布された「広報えびな」の一面にトップ記事として佑奈と市長が握手する写真が大きく載せられていた。不意に写真を撮られた佑奈は少し変な顔に写っておりこれじゃあ恥ずかしくて街を歩けないと思った。その記事は以下の通り


海老名市よりアメリカ政府の交換留学生に選ばれる


 本年度より始まったアメリカ政府の交換留学生プログラムに市立大塚中学校2年生の上月佑奈さんが選ばれた。当プログラムは若者の交流により日米の一層の理解と親善を計ろうというもので、上月さんは全国の中学生の中から選ばれた。
 上月さんは6月から10月までの約半年間にわたってアメリカのジュニアハイスクールに留学し現地の家庭にホームステイする。アメリカからは上月さんの代わりに留学生がやってきて上月さん宅にホームステイして市立大塚中学校に通う予定。アメリカからの交換留学生を市民一同暖かく歓迎したいものである。


 「なんだこの記事は!」
利夫はその日配られた「広報えびな」を読んでぐしゃぐしゃっと丸め床にたたき付けてスリッパで踏みにじった。
「誰も佑奈がアメリカに行くなんて一言も話してないぞ」
「困ったわぁ。これじゃあいまさら『佑奈はアメリカに行きません』って言えないわ」
「佑奈、どうすんだ。市役所に行って市長に謝ってこい」
「なんであたしが…」
「もとはといえばアメリカ政府に目をつけられ交換留学生に選ばれたお前が悪い」
「そんなぁ、あたしのせいじゃないよぉ」
そこに電話がかかってきた。順子が最初受話器を取り利夫に手渡した。利夫の知り合いの市内に住む福田という男からだ。
「もしもし利夫さん、海老名市の広報で見たよ。佑奈ちゃん交換留学生に選ばれたんだってなぁ。おめでとう」
「いや、あれは…」
「何も謙遜しなくても。佑奈ちゃんが日本代表というわけだね」
「だからそうじゃなくて…」
「今度お祝い持って伺わなくちゃね」
「その…」
「じゃそいうことで」
福田は電話を切った。また電話が鳴る。今度は利夫が
「佑奈お前出ろ。お父さんだったら『いない』と言え」
そう言われて佑奈がいやいや受話器を取ると小学校時代の同級生で学区の関係で別の中学校に進んだ吉田和歌子であった。
「佑奈ぁ、和歌子だよぉ」
「あっ、和歌子ひさしぶりぃ」
「佑奈ぁ、広報えびな見たよぉ。佑奈の写真が大きく出てるから何かと思ったわ」
「あっ、あれはそのっ」
あの変な顔の写真を知り合いみんなに見られているかと思うと佑奈は死にたくなった。
「すごいよねぇ。咲子も佑奈がうらやましいって言ってたよ」
代われるもんなら咲子に代わってほしいと佑奈は思った。
「あっ、あれはアメリカの人が勝手に決めたんで…」
「でも佑奈が日本を代表してアメリカへ留学するんでしょ?」
「まぁそうだけど…」
「すごいよね。あたしの友達が日本代表だってうちの中学校で自慢しているんだ」
「やめてよぉ…」
「しばらく会えなくなるけどアメリカでがんばってね」
「あっ、あのぉ」
和歌子の電話は切れた。その後も広報えびなを見た上月家の親戚・知人・佑奈のお友達からたくさんの電話がかかってきた。新聞社の海老名支局からカメラマンと記者が取材をしに上月家へ来たけれど利夫が断わった。
 佑奈はアメリカ留学の話が完全に一人歩きをしてどんどん大きくなってゆきどーしよ、どーしよとおろおろした。パニくる佑奈のそばで両親は頭を抱えていた。また電話が鳴る。もう三人ともとる気になれなかった。これで佑奈をアメリカに行かせないと言ったら利夫と順子は海老名の町中の笑い者になるばかりか、娘のつかんだアメリカ留学のチャンスをつぶしたひどい親として非難されるだろう。町内の空気がもう佑奈のアメリカゆきは確定したものととらえていた。
「もう後には引けなくなったからうちに来る外人の面倒も見るが、日本に戻っても帰る家があると思うなよ」
父にそう言われ佑奈は泣きながら自分の部屋に戻って行った。結局佑奈は勘当同然にアメリカに行くことを認められた。佑奈はいっそのことベトナム人のレミアになろうかと本気で思った。そうすればCIAのマーガレットも喜ぶだろう。その夜佑奈はベッドの中でびーびー泣いているうちに眠ってしまった。

*****

 一週間ほどして佑奈はふたたび学校を休んで本厚木の旅券事務所にパスポートを受け取りに行った。写真の写りが気に入らないもののYUNA KOZUKIのパスポートを手にして佑奈は嬉しかったがこれで本当にアメリカに行かねばならないと思い佑奈はため息をついた。
 道を歩いていても
「佑奈ちゃん、アメリカに行くんだってねぇ」
と知らないおばさんに声を掛けられるほど佑奈のアメリカ行きは大塚町で知れ渡っていた。大塚商店街には「海老名市立大塚中学校上月佑奈さんアメリカ留学がんばって」という横断幕が出され上月一家は恥ずかしくて大塚商店街に買い物に行けなくなった。特に名前を張り出された佑奈は死ぬほど恥ずかしかった。
 出発までの日々佑奈は家に居辛かったので厚木基地で過ごすことが多くなった。基地内に顔見知りの兵士が増えたので多少はカタコトの英語でおしゃべりするようになったのだ。佑奈は一日も早くあの家を出てアメリカに逃げ出したいと思っていた。それからマーガレットが何の問題もなくアメリカ入国ビザを取得した。アメリカの公務で行くのだから当然である。
 出発が近付くにつれ佑奈に元気がなくなっているので昼休み瑞穂と礼香が心配して佑奈のところにきた。礼香が
「最近佑奈元気ないよね」
「ははー、アメリカに行くといとしの古谷クンに会えなくなるから悲しいんでしょ」
と瑞穂がニヤニヤしながら肘で佑奈を小突く。
「そんなんじゃないわよ」
「じゃあなんなのよ」
「それは…」
瑞穂の興味本位の追及に佑奈が詰まると礼香が
「佑奈は向こうでうまくやってゆけるかが不安なんでしょ」
佑奈の異変を察した礼香が助け舟を出した。佑奈はホッとした顔付きで
「うん、そうなの」
と言う。礼香は当初から佑奈のアメリカ交換留学には何か裏があると薄々気付いていた。だから能天気な瑞穂を深刻な話に入れるとややこしくなるのでその場をとりつくろったのだ。
 次の休み時間礼香は佑奈の腕をつかんで
「ちょっと佑奈、話があるから来て」
と強引に踊り場へ連れていった。礼香は厳しい顔で
「佑奈、絶対おかしいわよ。さっきは瑞穂がいたから深くは追及しなかったけどいったい今度のアメリカ交換留学にはどんな裏があるわけ?」
「べ、べ、別に裏なんてないわよ。れ、れ、礼香何言ってんの」
「だって最初応募した覚えがないって言ったじゃない」
「あっ、あれはアメリカ政府が一方的に選んだんで…」
「それにあたしが『罠だ』って言ったら『辞退する』って言ったすぐあとに一転して『アメリカ行く』って言うし裏があるとしか思えないわ」
「あっ、あたしはただせっかくのチャンスを生かしたいと思っただけよ。だっ、だから別に裏なんてないわって言ってるじゃない。れっ、礼香、いっ、いい加減にしないと怒るわよ」
「まっ、言いたくないんならいいけどね。古谷クンを裏切るようなまねだけはしないであげてね」
「礼香…」
それだけ言うと礼香は教室に戻っていった。佑奈は嘘をつくときどもるから礼香には佑奈が本当の事を言ってないことがよくわかった。そういう意味では佑奈はスパイに向いていないと言えよう。佑奈は本当のことを言えなくて礼香に申し訳ないと思った。
 それ以来佑奈はなんか礼香とも気まずくなってしまい同じ教室にいても二人は話さなくなった。佑奈は先生や町内の人たちにアメリカに留学する大塚中学校のスターのように祭り上げられている反面孤立感を感じていた。家庭にも学校にも居場所がない。いきおい放課後は厚木基地にいることが多くなった。

 大塚中学校では佑奈が出発する日に佑奈の送別会とアメリカからやってくるキャサリンの歓迎会をすることになったと担任の大山から告げられ佑奈は「げげっ」と思った。人前で何かをすることが苦手な佑奈にとってそれは拷問にも等しいイベントだ。だから何も言わずにこっそりと逃げ出すようにアメリカに行くつもりだったのに…。そんなことされては困る。大山によれば全校生徒だけではなく父兄や近所の人達も交えての盛大なイベントだと言う。佑奈はどーしよ、どーしよと思った。こういう時相談に乗ってくれる礼香とは気まずい関係のままだし、脳天気な瑞穂ではなんの役にもたたないので話せない。大好きな古谷クンはきっと「堂々としてればいいよ」と言うだけだろう。礼香は2年2組の他の女子生徒グループに入っていて佑奈とは関わってこなくなっていた。佑奈は礼香のありがたみが身に染みてよくわかった。

 数日後、教室にいる礼香に後ろの席から一枚の紙が回ってきた。それには「佑奈ちゃんのおみやげ希望リスト」と書いてある。その内容は2年生の生徒たちが佑奈に買ってきてほしいアメリカのおみやげが書いてあった。女子生徒たちは高級なブランド物のバッグや化粧品を書き、男子は親にあげると称する酒やタバコを書いてあった。
「ちょっと、真理子。なによこれ」
礼香は回してきた真理子を詰問した。
「佑奈に買ってきてほしいものがあったら書くんだって」
「これ、佑奈が知ってるの?」
「多分知らないと思うよ。一部の女子が勝手に始めたみたいだから」
「佑奈は観光で行くんじゃないんだからこんなもの渡したら迷惑よ。だいたい中学生のお小遣いでブランド物のバッグや化粧品を変えるわけないでしょ」
礼香がおみやげ希望リストを取り上げてびりびりに破いてゴミ箱に捨てた。
「ちょっと礼香。なんてことするのよ」
と非難する女子生徒もいたが礼香がにらみ付けるとなにも言わなくなった。

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古墳少女佑奈をまず読むと世界観がよくわかります。

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