
2年1組の教室前、キャサリンが古谷にまとわりついており古谷は迷惑そうにしていた。後ろのドアから入ってきた礼香が古谷の左腕をつかんで
「古谷君、ちょっときて」
と強引に廊下に連れ出した。キャサリンは
「オー、レイカ。ダーリンに何するですか」
「あなたには関係のないことよ」
二人の女子生徒の間に激しい火花が散った。礼香は古谷を廊下に連れ出すと何も言わずにバシッと横っ面を張り飛ばした。周りにいた生徒たちが息を飲む。
「いてっ、泉崎さん何するんだよ」
「古谷君、あなたねぇ、キャサリンとあまりなれなれしくしないでよ」
「別に僕は…」
「はっきり『NO』と言わないのは受け入れているのと同じでしょ。佑奈に申し訳ないと思わないの」
「そんなこと言われても…」
「佑奈がいないからキャサリンとその間につき合うのもいいだろって思っているわけ?!」
「そんなことないよ」
「キャサリンとどういう関係なのかはっきりさせなさいよ」
「『関係』だなんて僕とキャサリンはただ同じ学校というだけで…」
普段物静かな泉崎礼香がシャツの襟首につかみかからんばかりのものすごい剣幕に古谷はたじたじになっていた。その時気配を殺して後ろから礼香に近付いてきたキャサリンが礼香に
「あたしのダーリンいじめないで下さい」
と言いながら礼香の首に後ろから左腕を回し、右手で礼香の右手首をつかんでくる。キャサリンは左腕で礼香の首を絞めにかかり息ができなくなった礼香はじたばたともがいたけれど大柄なキャサリンに抱きすくめられては逃れられない。ましてや相手は女子中学生とはいえ殺しのプロのCIAエージェントだ。素人女子中学生を絞め殺すなど蠅や蚊をたたき落とすくらいに造作ないことだ。周りの生徒たちに古谷をひっぱたこうとしている礼香をキャサリンが止めているようにしか見えないから男子たちは
「キャサリンがんばれっ」
「泉崎凶暴ーっ」
「古谷がかわいそうだよ」
「女のジェラシーって怖いねぇ」
「でも古谷がうらやましい」
「なんで?!」
「だっ自分のことをめぐって二人の女子が戦っているんだよ」
「それが?」
「やっぱ男としてそういうのってあこがれない?」
「それって妄想入り過ぎだって」
「でもなんでキャサリンは俺じゃなくって古谷なんだ?」
「えっ?」
「だって俺のほうが古谷よりイケメンだろ」
「お前鏡見たことあるのか」
「うるせぇなぁ」
「泉崎でもキャサリンでもいいから俺と付き合ってくんないかなぁ」
「たぶんどっちも『嫌っ』て言うと思うよ」
女子たちも
「佑奈のいない隙に礼香も古谷を狙っているんじゃないの?」
「まぢでぇ、これって三角…、いや四角関係?!」
「わーっ、どろどろーっ」
「そうだよ、だって佑奈が出発する頃の礼香って佑奈と全然口をきかないで別の女子グループに入っていたじゃん」
「あれって古谷を巡り二人はすでに仲悪くなっていたのぉ」
「そうだよ、佑奈がアメリカに行ってこれで安心して古谷にモーションかけられると思ったら留学生のキャサリンが古谷にまとわりついているじゃない」
「うん、確かに」
「だから礼香はキャサリンから古谷を強奪しにかかったんだよ」
「なるほど! そうだったのかぁ」
「…だと思うよ」
「なによそれ」
と二人をとり囲んでわーわー言って盛り上がっている。古谷はそのわきでどうしてよいかわからずにおろおろしていた。礼香は目玉が飛び出さんばかりに目をかっと見開き、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせ声にならない悲鳴を上げていた。周りの生徒たちは礼香が死にかけていることに誰も気付いていない。礼香の意識が一瞬遠のいたときにチャイムが鳴り次の時間1組で授業する理科の山口先生がやってきて
「はいはいお前たち、何やってんだ。早く教室に入れ」
と廊下の生徒たちを教室に追い立てる。生徒たちはベル着席に遅れないようにばたばたと席に戻ってゆく。キャサリンも礼香の首に回した手を外して教室に戻る。礼香はその場にへたりこみげほげほと咳き込んだ。あと少しチャイムが鳴るのが遅かったら礼香はキャサリンに絞め殺されていただろう。動けない礼香に山口は
「おい、泉崎、大丈夫か。誰か保健委員、泉崎を保健室に連れていってやれ」
と命じ、礼香は保健委員の長沢陽子に肩を借りるようにして保健室に連れていかれた。保健室にいた養護教諭の中島保子に
「どうしたの?」
と聞かれ礼香は
「廊下でお友達と遊んでいたら急に気分が悪くなって…」
「あらあら、貧血かしら。そこに横になって」
と礼香はベッドに寝かされた。礼香はキャサリンの正体を知っているだけにキャサリンに首を締められて殺されそうになった、とは言えなかったし言っても誰も信じてくれないだろう。へたに礼香が騒ぎ立てるとアメリカの佑奈が危なくなる。礼香は貧血になることにした。ベッドに横になり安心したのか礼香はそのまま眠ってしまった。
礼香が眠っている間に全校生徒の間に礼香が古谷をひっぱたきキャサリンが身を挺して止めに入ったというニュースが全校に知れ渡っていた。キャサリンが教室で古谷とただおしゃべりしていただけなのにそれを見て逆上した礼香が乱入してきて強引に古谷を廊下に連れ出してヒステリックに古谷をひっぱたいてキャサリンはそれを体を張って止めた、というかなり自分に有利に脚色した武勇伝をあちこちで吹聴して回ったからだ。そして生徒たちはこの事件を古谷をめぐる三角あるいは四角関係や不在の上月の代理戦争と呼んで口々に話題にした。泉崎礼香という女子生徒はおしとやかなお嬢様というイメージで通っていただけにヒステリックに古谷をひっぱたいたというニュースは校内の礼香ファンの男子たちをかなり落胆させた。
礼香が2年2組に戻るべく2年生の廊下を歩いているとそれを見つけた男子が礼香に聞こえよがしに
「あっ、泉崎だ。こえーっ。俺もひっぱたかれちゃう」
「やっぱ妖術使いの上月の友達だけのことはあるよな」
「『弱り目にたたり目』ってやつ?」
「それを言うなら『割れ鍋にとじ蓋』だろ?」
「そうそう」
「やっぱ古谷でなくとも男ならキャサリンを選ぶでしょう」
「まったくだよな。なんで古谷は上月なんかと付き合っていたわけ?」
「きっと『あたしとつき合わないと妖術使うわよ』って脅されたんじゃないの?」
「こっ、こえーっ」
「上月ならそれくらい平気でやるよ」
「上月にほれられなくてよかったぁ」
「まったくだよなぁ」
「それにしてもキャサリンはすげぇなぁ」
「体張って泉崎を止めて古谷を守ってたよな」
「泉崎はそれでも古谷をひっぱたこうともがいてたけどな」
「女の執念は恐ろしい」
礼香は何も聞こえないふりをして通り過ぎる。男子たちは
「お前泉崎とキャサリンどっちが勝つと思う?」
「やっぱキャサリン」
「俺もキャサリン」
「キャサリンしかないでしょ」
「キャサリンだよな」
「なんだよ、みんなキャサリンじゃ賭けにんなねぇじゃねぇかよ」
「それなら俺、泉崎」
「まじっ?!」
「大穴狙いで」
「みすみす金を捨てるようなことをしなくても…」
「泉崎が勝ったらお前らこそ払えるのかよ」
と校内で賭けが始まった。
実際にはキャサリンが礼香を絞め殺そうとしたので逃れようともがいていただけなのだが女子たちは
「礼香すごかったねぇ」
「あんな礼香見たことないよぉ」
「佑奈が帰国したら古谷は二人から責められるんじゃないの?」
「きっと二人に古谷はぼこぼこにされるよねぇ」
「佑奈は妖術使うしねぇ」
「古谷もかわいそうにぃ」
「佑奈は礼香に古谷の見張りを頼んだんだねぇ」
「見張りって?」
「アメリカ行っている間に古谷が他の女子に手を出さないように」
「だとしたら礼香は完全にキャサリンから古谷を守る気だよねぇ」
「でも男子って金髪外人好きだから佑奈は不利じゃん」
「そうよねぇ。キャサリンは佑奈よりスタイルいいし」
「胸も大きいもんね」
「男子は巨乳好きだからね」
「でも礼香とキャサリンの対決見たくない?」
「見たい、見たい」
「髪の毛つかみ合いのものすごい勝負になりそうよねぇ」
「うんうん」
「礼香おとなしそうだけどキャサリンにかみ付いたりして」
「うわぁーっ、凶暴」
「なんでキャサリンは古谷にまとわりついているんだろ?」
「もっとイケメンの男子だっているのにねぇ」
「たしかに。古谷もはっきりしない奴だよね」
「二人の間でおろおろしちゃって」
「古谷も佑奈を見限ってキャサリンに乗り換えちゃえばいいのに」
「そうはっきり言えば礼香だってあんなにムキにならないわよ」
「優柔不断な男っていやよねぇ」
と噂し合った。
礼香は古谷をひっぱたいた一見で校内の注目の的になった。キャサリンは相変わらず古谷にしつこくまとわりついており礼香はそれを静観している。キャサリンはそれとなく礼香を挑発しているけれど礼香は黙殺している。ここで礼香がキャサリンの挑発に乗って踊らされればキャサリンの思う壺だ。校内の世論を敵に回しかねない。キャサリンは礼香を校内で孤立させ苦しい立場に追い落とそうと企んでいた。礼香とキャサリンの戦いは深く静かに行われた。
その9へ
古墳少女佑奈をまず読むと世界観がよくわかります。
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