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2006年4月30日「見失った羊」(ルカによる福音書15章1-7節)タイ・バーンサバイ 青木
恵美子牧師

新宿コミュニティー教会 特別礼拝メッセージ

 皆様、おはようございます。今日は、私の方からお願いしてここに立たせて頂きました。前々
から伺いたいと願っておりましたが、今日はその願いが叶えられ、感謝しております。
 今日は、「見失った羊」と題を付けさせて頂きました。今では多くの学者が「どれがイエス様の
本当の言葉か」と議論するようになりましたが、15章4節が、イエス様の言葉として残されたも
のだろうと言われております。「羊を100匹持っている者がいたとしよう。そのうち、1匹がどこ
かに行ってしまった。そういう時、たとい99匹を荒野に残しておいても、いなくなった羊を探しに
出かけて行かないだろうか。」
 イエス様は、たとい99匹を危険にさらしても、1匹の羊を探しに行く方を選ばれました。これ
は、現在では一般的にはないことだと思います。1匹のために99匹が犠牲にされるということ
はなく、その反対に99匹のために1匹が犠牲にされるという話はよくあります。イエス様が残さ
れた99匹というのは、今、助けを必要としている人たちのことではありません。しかし、犠牲に
なる1匹は、今、助けを必要としています。その弱者である1匹こそが、イエス様にとっては大
切なものであります。この譬え話で、徴税人や罪人と共に食事をしているイエス様を非難する
ために、ファリサイ派や律法学者は来ている訳ですが、イエス様は律法学者たちに向かって、
「あなたたちのように、自らを正しいと思う人たちはそこに置いておいて、あなたがたが罪人で
あると言う人たちを、これから探しに出かけて行くのだ。」とおっしゃいました。「罪人」だと言っ
ているのは、徴税人や律法学者たちであって、イエス様ご自身は、罪人だとは思わずに、「自
分を必要としている者」であると思っておられ、ファリサイ派や律法学者たちが「罪人」だと決め
つけていた人たちと、いつも共におられました。
 私は、聖書を読んでいて、イエス様は本当にいつも弱い人たちと一緒にいて下さるお方だ
な、と思います。バーンサバイは今年の7月で4年になりますが、この間に一番実感したのは、
イエス様は、必要を満たされておらず、今、助けを必要としている人たちといつも一緒にいて下
さるのだな、ということでした。それはどうしてかと言いますと、バーンサバイに来る人たちは、
どん底の状態の方ばかりなのです。野宿者、ストレート・チルドレン、山岳民族などです。タイで
は、山岳民族は差別されています。タイは身分社会です。タイでは、お金のある人、ない人など
の身分が、はっきりと分けられています。身分が高い人たちは、それを秩序だと思っています。
その秩序を守るために弱い人たちを差別していて、何とも思っていません。
 私は、山岳民族などの人たちが入院するときに付き沿うのですが、その度に、大部屋の中な
どで、身分の低い人たちをあからさまに蔑みます。私たちがそばにいないと、看護師でさえ、彼
らをあしらいます。ですから、目が離せません。彼らはエイズであるということの前に、深い傷を
負っています。タイは、日本とは比べものにならない程、エイズの方々に対する理解がありま
す。それは、タイ政府が10年ほど前に、エイズ患者が多く亡くなった頃に教育を徹底しました。
中年以上の方はそのような教育を受けていないので知らない方も多いのですが、若い人たち
は学校でしっかりと教育されていますので、エイズという病気は、その感染者の方と一緒に生
活していてもうつる病気ではないということをよく知っています。それは、ただ単に病気のひとつ
だと思っているだけです。
 私は、約10年前に「HELP」という女性のためのシェルターで働いておりましたが、その頃に
日本で売春を強要され、日本の客からエイズに感染させられた人たちの多くが、今、発病して
います。しかし、彼女らはタイへ帰れずにいます。そのような人たちのためにバーンサバイを立
ち上げた訳ですが、その人たちが、バーンサバイには行けないと言うのです。なぜかと聞きま
したら、バーンサバイがエイズ患者のための家だということが有名になってしまったからなのだ
そうです。
 しかし、そんな中でもどうしても帰らなければならない人が、二人出てきました。彼らは、タイ
へ帰ってきてびっくりしていました。タイの社会が、エイズに対する差別が非常に少ないというこ
とに驚いた訳です。彼らは、最初に感染した時には、家族にも誰にも言えませんでした。タイへ
帰ってきて、「家族に電話で話したか?」と聞くと、「まだ話してない」と言います。「大丈夫だか
ら話しなさい。」と言いました。
 ある時、15年ぶりに娘さんが会いに来てくれました。彼女は1歳の時にお母さんと別れたき
りでした。そして、お母さんがエイズだと告白されると、「あ、そう」と言っただけだったのです。
娘さんにとっては、エイズは高血圧など病気のひとつに過ぎない訳です。そのことにお母さんは
びっくりしました。タイでは、お金持ちや無知な人たちの中にはエイズを差別する人たちもいま
すが、日本とは比べものになりません。そんな中でバーンサバイに入ってくる人たちは、エイズ
で差別されるのではなく、身分で差別を受けています。小さい頃から、しっかりとトラウマを持っ
ています。


 私は、イエス様がそのような弱者ひとりひとりをバーンサバイに連れて来たくて、バーンサバ
イを立ち上げられたのだと思います。私はおっちょこちょいにも始めてしまいましたが、神様が
シェルターを開くために私を選ばれたのは、私が賢くなく、おっちょこちょいだからなのだと思い
ます。こいつだったら、立ち上げてくれるだろう。何とか立ち上げてくれたら、後は神様がやって
下さる。今、それがよく分かります。立ち上げた後も、多くの問題が与えられましたが、その度
に、人も、お金も、必要は全て満たされてきました。患者たちひとりひとりにも必要が満たされ
て、道が開かれて参りました。
 新しくバーンサバイを立ち上げましたが、そのためにもさまざまなことが起こりました。ですか
ら、私は信仰だけは強くなりました。私の仕事は、バーンサバイで何か起こった時に、「みん
な、心配しなくて良い。ここには神様がいて働いて下さるから、必ず道は開かれる。」と言うこと
です。ただ、信頼して今日一日を過ごしたらいい。
 そんな中で、今日はひとりの患者さんのことを、ご紹介したいと思います。今も、バーンサバ
イで働いておられるアーティストのヌイさんというお方です。同性愛者の方で、バーンサバイに
いらしたばかりの頃に、私が「私の息子です。」と紹介いたしましたら、怒って「娘でしょ!」と言
われました。本当に自分に誇りを持っていて、今では私の大事な娘のひとりです。
彼女が最初にバーンサバイに来た時、私は彼女が同性愛者だということを知りませんでした。
部屋に入ってさあ寝ようという時に、ヌイさんは仏教徒でしたが、「ヌイさん、私はクリスチャンで
寝る前にはお祈りをするのだけど、一緒に祈ってもいいか?」と聞きましたら、「うん、いいよ。」
と言ってくれました。その時に、彼は「ちょっと見て。」と言って、写真を見せてくれました。それ
で、「これ、私よ。」と言いました。女装して綺麗にお化粧してカツラもかぶってドレスアップをし
て、物凄く綺麗な写真だったのです。「これ、私なのよ。」「うわ〜、凄く綺麗だね。」と言ったら喜
んでくれました。それが自己紹介でした。
 彼は、この間、タイ語で「今日の調子はどうですか?」と聞くのを、「テンヤンカイカ?」って聞く
んですね。皆さん患者さんたちですからそう聞くのですが、それを私が間違えて、「テンアライ
カ?」って聞いたのです。「テンアライカ?」というのは、「あなたは何をしている方ですか?」と
いう意味で、私だったら「ボランティアです。」とか、「学生です。」とか、「こういう仕事をしていま
す。」という時に使います。それで、私が間違えてヌイに「テンアライカ?」と聞いたら、「ガトゥー
イカ」という答えが返ってきました。「ガトゥーイカ」というのは、同性愛者という意味です。すぐに
答えが返ってきましたが、私が「テンヤンカイカ?」と聞くところを、間違えて「テンアライカ?」と
聞いたことを分かっているのです。笑いながら私にそういうので分かりました。そんな明るく真っ
直ぐな子です。
 彼女はストレート・チルドレンでした。彼女が3歳の時に、親に捨てられました。捨てられた場
所は映画館でした。置き去りにされました。それで、その日のうちに彼女はトイレでレイプされ
ました。最近、日本も危なくなりましたが、タイでは守ってくれる人のいない子どもは、女の子で
も男の子でもレイプされます。バーンサバイに入ってくる人は、本当にそういう人たちが多いで
すね。彼女もレイプされて、そのままストレート・チルドレンとして生活を始めました。ですから、
いつ感染したかは分からないですが、相当早く発病します。ストレート・チルドレンのための援
児寮があるのですが、彼女は料理がとても上手なので、そこでずっとご飯を炊いて食事の準備
をする仕事をして生活をしてきました。
しかし、あまりに入退院を繰り返すので、少し休養を摂らなければいけないということで、バー
ンサバイに入ってきました。入ってきた当初はなかなか前向きになれませんでした。自分が同
性愛者であるということは誇りなのです。「それと同じように、どうしてエイズという病気を受け入
れられないの?」と聞くのですが、どうもなかなか、「どっちみち死ぬんでしょ。」みたいな感じ
で、始めの頃は後ろ向きだったんです。「私なんかお金もないし。」っていうような、投げやりな
態度でした。
 先程も申しましたように、タイは身分社会です。私たちは痛い経験をいくつもしています。バー
ンサバイで働いていたお手伝いさんで、タイ人の方でよく仕事のできる、私たちも安心して任せ
られる方がいました。しかし、タイ社会で生きてきた人なので、彼女はバーンサバイに入ってく
る患者を、自分よりも身分が低いと位置づけて、自分の思うとおりに言うことを聞いてくれる患
者は大事にするけれども、きちんと言うことを聞いてくれない患者に対する差別発言があった
のです。すごくきつい態度です。
 ヌイさんと、もうひとりトムという芸術家がおりますけれども、なかなか誇りが高いのです。自
分がイエスと言えない事柄に対しては、イエスとは言えない。このふたりはそれが徹底してでき
ない。そうすると、お手伝いさんがきつく当たって、喧嘩になります。ヌイと喧嘩になりまして、ヌ
イが飛び出していってしまいました。心配して、「お願いだから、いつでも帰ってきていい。」と言
っておきましたが、当初、私はお手伝いさんが差別発言をしたことが分かりませんでした。
両方とも、ヌイもわがままだし言いたいことを言うから喧嘩になった、と思っていたのですが、そ
うではなかった。やはり、差別発言がありました。それで、飛び出してしまいました。心配しまし
たが、やっぱり生活のために売春をやったのですね。タッテー門という一番有名な門に立つよ
うになりました。「他に何をやってもいいから、この仕事だけは止めなさい。あなたの体のため
に良くないから。」と注意をしておりましたが、結局、スナックでダンスをする仕事を見つけてき
ました。私は夜が弱いので、ディレクターの早川さんに「ちょっと様子を見てきて。」と頼んで行
ってもらいましたら、綺麗なお化粧をして踊っていたのですが、とても下手でした。
 バーンサバイに入ってきた患者には「出ていったとしても、ここはあなたの実家だから、いつ
でも帰ってきなさい。」と、必ず言います。元気になったらまた出ていって働いたり、家族の元に
帰ったり、元の仕事に戻ったりしますが、エイズという病気は状態が良いと思っていてもまた悪
化することもあるので、帰ってきたい時にはいつでも帰ってきなさいと言っています。だから、ヌ
イにも「調子が悪くなったら、絶対に帰っておいでよ。」と言ってありました。そうしたら、やっぱり
すごく状態が悪くなって、電話がかかってきました。この時やっと、病気と闘うという気になりま
した。そして、彼がここに帰ってきた時に、「私はここで仕事をする。」と言って、カード作りなど
を始めました。
 そして、その後、お手伝いさんにいろいろなトラブルがあり、患者と喧嘩して辞めていきまし
た。それで、その時になって、「恵美子、分かったでしょう。どうして私が、あの時出ていった
か。」その時に初めて気が付きました。「ああ、そうか。ヌイ、悪かった。」と謝りました。その頃
から彼は変わって、エイズと闘うことができるようになりました。彼は自分を愛することはできて
いましたが、病気と闘うことができていませんでした。彼女はストレート・チルドレンでしたから、
仲間がたくさんいまして、その仲間の中には麻薬で捕まる人が多いのです。友達の一人が捕
まったらその人もエイズが発病していて、刑務所の中でだいぶ悪くなってしまった。
彼女は励ましに行きました。そして、彼女は何と言ったかというと、「君は、ちゃんとエイズという
病気を受け入れなければいけない。自分を愛さなければいけないのよ。そして、前向きに生き
ていかなければいけないの。エイズという病気は、必ず良くなるのだから。信頼しなさい。エイ
ズという病気は必ず良くなると信じなさい。そして、エイズという病気を受け入れたら、必ず元気
になるから。バーンサバイというところがあるから、職業訓練所と思って、バーンサバイへ帰っ
ておいで。そうしたら、あなたは必ず元気になれる。」と励まして帰ってきました。
それで、「あなた、それはどこで学んだの?」と聞きましたら、「それは、自分で学んだんだよ。」
と言いました。確かに、そうなのです。自分でいろんなことにぶつかって、失敗もして学んできた
のです。
ヌイは、みんなからそう言われてきたのです。「あなた、自分を愛さなきゃいけないでしょ。自分
を大事にしなきゃいけないでしょ。」エイズを受け入れて心が平安になったら、本当に免疫力が
上がるのです。今、ヌイは服用を続けてきた抗HIV薬を、途中で結核が出た時に飲めなくなっ
たので、服用を止めました。結核が治ったので、新しい抗HIV薬に変えました。そうしたら、そ
の薬が合わなくて副作用が強くて、入院したのですが、凄く苦しんだので、結局、「もう薬は要ら
ない。」と言って、今は飲んでいません。
 エイズという病気は、免疫力がなくなる病気です。エイズという症状がある訳ではありません。
免疫力がなくなっていろんな菌をもらう訳ですが、精神的に安定して希望を持って喜んだら、免
疫力が間違いなく上がるのです。バーンサバイに入ってくる患者さんには、そのような方がたく
さんいらっしゃいます。
 先日も、山岳民族の女の子が入ってきた時に、CD4という免疫力の値でしたが、それは通
常私たちの間では、800〜1500と言われています。250以下をエイズ患者、250〜500を
感染者と言われています。バーンサバイに入ってくる患者さんの中には0、4、7などの方もい
らっしゃいます。しかし、先日11の値で入ってきた女の子が、一年も経たないうちに300を超
えました。それくらい、喜びと希望を持って前向きに生き出したら、元気になるのです。
だから、ヌイも前向きになりました。気持ちが平安になったら、元気になって前向きに生きるよ
うになりました。感謝なことです。私は存じ上げないのですが、アメリカにナオミというモデルの
方がいらっしゃるそうです。それで、彼女はナオミに似ていると言われると非常に喜びます。彼
女にとっては、自分が同性愛者であることが誇りなのです。
私は、彼女に誇りがあったからこそ、エイズを超えることができたと思っています。そして、エイ
ズを受け入れて前向きになったら、街の中に出て偉そうに「自分を愛して、ちゃんと認めなけれ
ば駄目なの。」などと大きな声で言うのです。ヒヤヒヤしますが、そのくらい堂々としているので
す。私は、彼女のそのような部分が大好きです。
 エイズとは直接関係はないのですが、大阪に、佐織織りという「しょうがい」者にも簡単にでき
る縦糸と横糸を通すだけの簡単な織物があります。今、ユニセフなどを通じて世界中に、佐織
織りの作業所が建てられています。チェンマイにも作業所があります。そちらの作業所で指導
をしておられる、日本人のデザイナーの方がおられます。さまざまな「しょうがい」を持つ方が佐
織折りを作っていますが、ここではきちんと企画通りに作れように、という指導はしていません。
基本的な事を教えた後は、本人に任せます。通常、途中で糸が切れるなどの場合は不合格と
なります。しかし、ここでは失敗した作品を活かすように、責任者がデザインしているのです。そ
のため、面白い作品が数多くできているのです。その素敵な作品を売って、みんなの生活費に
しているのですが、見事にすごいのです。作品が並べられたところを見ていても、彼らが作った
作品は抜群に面白いのです。それで、彼らは自信を取り戻し、輝いてきます。そうすると、歌っ
たり踊ったりなどの喜びの表現が、さまざまな形でできるようになります。


 人間には、いろいろな色があっていいわけです。いろいろな生き方があっていい。私は今年
で68歳になりますが、昔は服にしても規格の中でしか選ぶしかなかった。しかし、今、服飾の
世界は自由になりました。素晴らしいことです。
それと同じように、人間もいろいろな生き方をしたらいい。その人がその人らしく生きていくこと
を、どのように大切にしていくか。それが、イエスさまがおっしゃっていることだと思います。イエ
ス様は、一番弱い者の群れの中にいつもいらっしゃいました。
 
 聖書が書かれた時代は、女性が差別されていた時代でした。しかし、イエス様は女性を差別
されませんでした。マグダラのマリアを始め、イエス様についていった女性は大勢いましたが、
最初の教会では、中心になっている方は女性の方が多かったのです。しかし、「最後の晩餐
に、12人の弟子しかいなかったのはおかしい。」と私はいつも言っているのです。イエス様が
女性を除くなどということは有り得ない。それは、当時の教会の事情でそうなっただけなので
す。当時の女性が喜んだのは、イエス様は、女性は女性のままの状態で生きていくことを認め
て下さったからなのです。病人も、ありのままで生きていくことを、イエス様は認めて下さった。
そのことが、差別されていた人々にとっては嬉しくて、生きるエネルギーになったのです。エイ
ズの患者さんも同様なのです。バーンサバイの患者さんは、エイズではなく、少数者差別から
傷ついておられたのです。
 私が、最も大切にしたいと思っていることは、患者と同じところに立ち、同じ視線で物事を見
て、彼らの感じ方を自分のものにしたい、同じ方向を向きたい、ということです。そう願うと、イエ
ス様がそうさせて下さいます。そうしたら、患者も心を開いてくれて、気持ちが通じるようになり
ます。
 私たちは、決して無理をしないようにしています。言いたいことを言い合い、喧嘩もします。あ
る日も、患者が飛び出して行ってしまったことがありました。しかし、私たちは追いかけずにイエ
ス様に任せたら、夕方に帰ってきました。私たちにできることはたかが知れています。しかし、
イエス様は必ず彼らの必要を満たし、道を開いて下さることを信じています。

 (祈り)
 神様、小さな者が、バーンサバイであなたがどのように生きて働いて下さっているかを証しい
たしました。言葉は不十分でした。しかし、あなたがひとりひとりと共に居て下さり、足りない言
葉を補って聖霊を与えて下さいますように、お願い申し上げます。この時を感謝して、御名によ
って祈ります。アーメン。

  
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