
尾根道から、朝日の山並みを望む。雨マンは実在する?? 山の中に入っていって、ヒーコラヒーコラ言いながら仲間と歩き、釣りをして宴会をするのは本当に楽しいものです。残念なのはそんな風に遊べるのはせいぜい1年の内の正味3ヶ月くらいでしょうか。さらに、あと何年出来るのか、と考えると、20回も行けるかどうか・・・。ふとそんなことを考えてしまいますが、根っからのノー天気、「まぁ、足腰立たなくなるまでやってやる。」と開き直っているわけです。 しかしながら、時間というのは現実に容赦なく進んでいくもの。今年もいよいよ自分としては最終の渓泊まり釣行となりました。思えば今シーズンはいろいろ行かせていただきましたなぁ。 2月の郡上八幡に始まり、4月の佐渡山菜ツアー、5月の渓道楽合同釣行、2週連続大井川源流宴会、そしてなぜか神戸の住人と東北通い・・・。今年は車のメーターが確実に10000kmは回ったことでしょう。メーターと供に、すばらしい思い出もまた積み重なっていった、なんて格好いい言い方はしませんが、今年は今までとはちょっと違った遊びがたくさん出来ました。
コワイ思いもしました。それは後日の笑い話に譲りますが、何よりも今年は、ワタクシが「雨と嵐を呼ぶ男」としてレッテルを貼られ、「雨マン」の座を不動のモノにした年と言っても過言ではないでしょう。 9月14日。雨マン自らが招いた理由により、3週間前に訪れた東北の同じ渓にやって参りました。今回も、天気予報は晴時々曇り、降水確率は30%。なのに、行きも帰りも山越え中はずーっと雨。 「やっぱ雨マンだなぁ。。」 神戸のお方の半ばあきらめ気味の恨めしそうな表情に、 「ななななななーにを言ってるんだー、チミは〜」 と名古屋章状態でごまかすも、片道1000km、気持ちのいい山毛欅(ぶな)林の山行を楽しみにしてきたナベちゃんには、半ば本気で、「自分はもしかしたら本当に雨マンなのではないか」という疑いがわいてきてしまいます。しかも、今回は「渓に棲む」の管理人、静岡の渓超人、大井川の忍者「寸又渓輔さん」をゲストに迎えているとなれば、申し訳ないことこの上ありません。 尾根を越えて 思えば、この渓は昨年4時間半もかかってやっとの事でたどり着いた私にとっての思い出の渓。先月はここを2時間半、今日は2時間弱で来れてしまった。体というモノは、慣れるものですね。それでも、やはり上りと急降下はきついもの。テン場に着いたときには、股の筋肉がピクピクして、ふくらはぎの攣りを何とか押さえながら、寝床の準備を完了させたら、早速の祝杯です。 最近は出発前にビールを凍らしておき、その日の天候を計算してテン場でちょうど溶けている、という絶妙の技術を習得し、キンキンに冷えたビールで乾杯。カァーッ、これだからやめらんないんだよネー、と例によって叫び声をあげながら恒例行事を無事完了。その後、先月の忘れ物、砂に埋まったブルーシートとタープを掘り起こして回収し、「せっかくだから釣りますか!!」と、釣りに出かけるのでした。
小さめだが、みんなここ特有の色の白いイワナに会えました。全部リリースし、ひととおり釣りを楽しんだあとは、猛スピードでテン場に帰らねばなりません。なぜかというと、もう呑みたくてしょうがなく、1秒も我慢できなかったからです。 テン場の花は夜開く ワタクシはもうすっかりおなじみになった(してしまった)唐揚げを作り、ナベちゃんは豚汁、寸又さんはカレーを仕込んで、今日もマッタリ渓宴会です。
今期最後の渓宴会、一抹の寂しさを感じつつも、お酒があれば暗くならない根っからのノー天気チーム。夜の帳がおりる頃、焚き火に火が入ると全員で絶好調。幸いにして雨も降りそうにない。これは「雨男返上か??」と思ったのはほんのこのときだけ。翌日は明け方の「ポタ」というブルーシートをたたく音で全員が「ビクッ」と起きあがりました。なんでこう雨ばっかりふるんかねぇ・・。いい加減うんざりじゃい。 心なしかワタクシを見るみんなの目に冷たいものを感じながら、気づかぬ振りをしてそそくさとパッキングを始めたのでした。 その後、超特急で退渓し、濡れた体を温泉でリバースさせたのはいうまでもありません。
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