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| 28 October,2004 (Thu)
爆弾テロ |
今日もイロイロあったが、夜になって緊急連絡網があり、イスラマバードのマリオットホテルで爆発騒ぎがあったとのことで、生存確認の電話だった。私は生存していたのだが、しばらくしてから調整員から電話があり、私の近所に住むマダムの生存が確認できないから、歩いて行って来てと言う。え、歩いて10分かかるんですけど・・と言うとすぐにその案は打ち消され、調整員が車で5分で確認しに行くという。そうしてくれると、ありがたい。
こんな爆弾騒ぎがあった夜に女1人で歩けな〜い。
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| 27 October,2004 (Wed)
事故2件 |
最近事故をよくみかける。今日も、帰りの30分のバスの道のりで2件見かけた。断食中だからか、この時期のバスの運転も荒い気がする。 こわいこわい。
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| 26 October,2004 (Tue)
プチ切れ |
私の職場、ICUでは入室する時はスリッパに履き替えている。今の医療界ではあまり意味のないことと言われているが、ここ汚いパキスタンではほっておくと泥だらけになり、清潔な区域でありたいICUが、とんでもないことになる。なので、強制でスリッパ。が、数が足りないので、そんな人は靴だけ脱いでもらって裸足などで入室してもらっている。
が、外科の何人かの医師は、靴を脱がず、靴でスリッパを履く。意味なーい。それは良くないことだと言っても「この中国人が何を・・」とバカにされて終わる。同僚などは医師に意見は言わない。 今日はプチっと切れてしまい、証拠写真を撮っておく。撮られた医師は「なんだ!」と少し怒っていた。同僚は「あんたヤメて〜。」と争いごとになりそうなのを止めようとしていた。残り半年となった任期なので、心おきなく言いたいことを言って帰ってやるー。
さっそくその証拠写真は同僚らで見て、「コレはいけないこと」と認識させ、あの時の医師の顔を笑い合う。同僚らにも医師に対抗してほしい。
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| 25 October,2004 (Mon)
ミホさん誕生会 |
仕事に行くと、先週いた患者の中で1人亡くなった人がいた。先週の土曜日は、1人の開腹手術後、心不全を併発して、そのまま呼吸不全となり人工呼吸器を繋げた患者がいてとても忙しかったのと、もう1人の開腹手術後の患者で、血圧が50代と低く、どんだけ昇圧剤や輸液をしても追いつかない人がいた。が、皆人工呼吸器の患者へ手がいっていて、血圧低下していると呼びかけても気にかけてくれない。やれることろまでやって、勤務を終えてきたが、そのまま血圧が戻らず、夜中に亡くなっていた。
人工呼吸器をつけた患者は、自発呼吸もあり、まだまだ回復する見込みはあるのだが、心不全をなんとかしないと、はずそうにもはずせない。
銃弾を4発受けた患者も、あまり容態がよくない。近々また手術だろう。
うーん、週明けから忙しい。最近患者ゼロがないな〜。あのノンビリをもう一度・・・
今日は、先輩隊員ミホさんの誕生日。イスラマに唯一の日本食料理屋でお祝いする。持ち込んだお酒でホロ酔いになり、楽しく美味しい時間を過ごす。
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| 23 October,2004 (Sat)
銃弾 |
昨日、お腹に2発、両足に2発、計4発の銃弾を受けた患者が、弾の摘出手術後ICUに運ばれてきた。38歳男性のこの患者は、手術後元気で、デカい体のごとく、「快調だぜ!」ってな感じで私に受け答えしていた。が、今日行くと、すっかり弱気になっており、怪我のない腕などを触っても痛がってしまっている。
なぜ銃弾を受けたのか?彼の家族に聞くと、「1500ルピー(約3000円)を渡せ」と強盗に言われ、渡さなかったから撃たれたのだと言う。同僚たちは1500ルピーではあり得ないでしょ・・なんて言っている。確かに1500ルピーに対して銃弾4発は、かなりのマイナス。昨日は強気な患者ならあり得るか、なんて思っていたが、今日の弱気な彼なら、そそくさと差し出しただろうに・・なんて思えてしまう。 が、1500ルピーはココでは50回分の食費になってしまう大金。死守したんだな。
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| 22 October,2004 (Fri)
大貧民 |
今日は、テニスのあと、トランプを3人で楽しむ。大貧民を長時間楽しむ。うん、頭使って楽しむのも、いいものだ。
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| 21 October,2004 (Thu)
たかがアッペ |
今日、仕事に行くと、患者が増えていた。昨日までの患者は1人病棟へ移り、2人新しい患者がいた。1人は開腹手術後で、もう1人は盲腸の手術後だった。え、盲腸?
盲腸とは、虫垂炎(アッペ)のことで炎症がひどいと右鼠径部のあたりを長くても約7cmほど切開して切り取ってしまえるもの。術後の回復も早く、外科の患者の中ではかなり軽症とみなされる患者だ。その患者がなぜICUにいるのだ?ただがアッペ、されどアッペではなく、ICUにしてみれば「たかがアッペ」なのだ。
日本では、ICUに1泊するだけでも10万円近くかかる。ま、保険が利いて安くなるのだろうが、それだけ高度な治療を必要とする人が入る場所。なのに、こちらは入院費はタダなので、患者への負担はないのだが、スタッフの負担が大きい。いつ重症の患者が来てもおかしくないので、ベットはできるだけ空けておきたいもの。なのに、外科の医師が「ICUは暇じゃいけない」とか言って、アッペを置いておく。これじゃ、いざと言う時に、ちゃんとした看護が浸透しない。うーん、なんとかならないものか・・
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| 18 October,2004 (Mon)
断食影響 |
先週土曜日から始まった断食(ラマザン)により、日々の生活にちょっと変化が起きた。
いいこととして、仕事の時間が1時間短くなったこと。イスラム教徒でない私がなぜ早く勤務を終わらせるのか?とよく聞かれるが、ま、皆と同じ生活習慣で暮らしたいので、仕方がない。
悪いこととして、昼間、どっこの飲食店もやっていない。特にピンディは。試しに何件か回ってみても、「今はラマザンだから、テメェに出す茶はねぇ(日本語だったきっとこんな感じ)」と言われ、門前払い。ま、店自体が閉店だから当たり前なんだけどね。
そして、テニス。私の通っているテニスクラブの職員は皆ムスリマーン(イスラム教徒)。昼間、コートを走っても、水を飲むことができないので、自然と動きはニブイ。私の相手をしてくれる彼らも、ニブイ。「断食中はゼンゼン動けないよ」なんて言う。お金を払っているほうとしては、しっかり動いてほしいところ。が、あと1ヵ月ガマンするしかないか。
夕飯は、中華料理屋でハナチャンの友達と共に火鍋。ひっさしぶり食べた。やはり、鍋はいいものだ。
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| 16 October,2004 (Sat)
断食開始で人をハネる |
本日より断食開始。早朝4時半頃、私の寝室の隣に位置する、大家の寝室が、ギャーギャーうるさい。朦朧とする意識の中で、「あ、今日から断食だから朝からご飯をたんまり食べているんだ・・・」と問題解決し、再び眠る。
職場へ行くまでにも、普段ジュース屋や焼きとうもろこし屋などが軒を並べているが、今朝は休業。職場でも、スタッフはみんな断食しているから、私も断食。というか、水を飲まないだけだけど、結構辛い。
人々は徐々にイラ立ち、職場からの帰り、パパと合流したタクシーが、人を撥ねた。急ブレーキと共に、ドンっと音がして、脇に人が転がった。と、後ろを走っていた車も、その人を轢いた。ウッヒョー! パパと驚きながら運転手の動向を見ていると、轢いた人の所へ行き、一言話して引き返してきた。「大丈夫だってさ、さ、行こう」と言って、車は発進。えー!いいのかよ〜!
日本なら大事になりそうなこの事故。なのに、相手が「大丈夫」と一言言おうものならすぐに引き下がる。おっそろしぃ〜。
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| 15 October,2004 (Fri)
不穏 |
一昨日からいる患者さんで、70歳男性がいる。彼は、ただいま、不穏状態。ICUという閉鎖的な環境もあり、不眠だし、何か処置をするにも拒絶的である。彼に必要な酸素マスクを取ろうと、必死で体の向きを変えて、ゼイゼイはあはあ言っている。なぜそこまで自分を追い込む? まあ、慣れない環境など仕方のないこと。気長に皆で見守っていくところが、日本の看護。が、パキスタンではそうはいかない。厳しく注意し、家族におまかせの看護。うーん、1年半、やはり家族を交えての看護は変わらなかったかな〜。
今日、JBIC(国際協力銀行)の方のお宅で「日本食のガーデンセール」という催しがあり、参加させていただく。そこで、豚肉だの、うなぎだの購入。まっさかの日本食が手に入り、ウハウハで帰宅。さっそく、銀杏入りの茶碗蒸しと、うな丼を楽しむ。
秋の香りのする夕飯に満足まんぞう。
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| 14 October,2004 (Thu)
安らかに・・ |
今日、仕事に行くと、昨日の帝王切開の24歳の患者は夜中に亡くなっていた。私よりも若くして、生まれたばかりの子供を残して、亡くなった。このかわいそうな彼女よ、静かにそしれ安らかに、お眠りください。
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| 13 October,2004 (Wed)
帝王切開 |
今日、とにかく忙しかった。最近、特に忙しい。先週から入院している帝王切開後の女性患者が、結構重篤なのだ。24歳で、第2子の分娩が今回だった。お腹の中で大きくなりすぎ帝王切開適応となったらしいのだが、子供を無事取り上げるも、子宮の状態が悪く、そのまま子宮もとってしまったらしい。その後、出血がひどく、呼吸状態も悪くなった為、私の職場ICUへ運び、人工呼吸器を付けて経過を診ていた。先週には、人工呼吸器がはずれるかな?なんて思っていたが、週末になると人手が足りないので、安全な月曜日に呼吸器をはずそうと麻酔科医が言った為に、今週に持ち越され、そんなこと言っていたら、月曜日に出血がお腹の中で止まらずパンパンに腫れ上がってきたので、再手術か、なんて言っていたら、心臓が停止してしまい、手術どころじゃなくなり、今日、来て見たら、薬を使って眠らされていた。お腹はパンパンで、この状態で再手術をしたら、すぐに血圧が下がって、また心停止してしまいそう・・・ 前にも後にも行けない状態・・
この患者は、以前から意識ははっきりしていたので、イロイロとコミュニケーションが取れて、看護がしやすくて私はとてもうれしかった。なかなか呼吸器をつけている人のニーズに応えられないものなのだ。 なので、思い入れがあり、今後もぜひ頑張って良くなってほしい。子供のためにも、お母さん、がんばれ。
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| 12 October,2004 (Tue)
ポリオデイ |
今日は、JICAで、ポリオ対策をしている専門家さんのご好意により、ポリオキャンペーンに参加させていただく。本日キャンペーン最終日で、9日間あったポリオデイで、ポリオワクチンを飲まなかった子はいないかの最終確認の日。なので、1番のしたい仕事「子供にワクチンを飲ませる」は、ほとんどないと聞いていた。
ポリオとは、急性灰白髄炎や小児麻痺といわれるもの。ポリオウィルスに感染すると、主に下肢に麻痺が現れる。約85%が5歳以下の子供におこるため、小児麻痺と言ったらしい。予防でワクチン投与があり、このワクチンは液体の生ワクチンで経口投与である。現在は、世界で6カ国のみポリオが存在しており、パキスタンもそのうちの1つ。その根絶に向けて日本は年間約10億円援助している。その一つが、このポリオキャンペーン。しっかりワクチンが行き届いているか、という観察する役目がJICA。そして、このパキスタンという女性が表にでない文化の中では、女性が子供を外に連れて出さないので、なかなかワクチンが浸透しにくい。そこで、私たち女性協力隊員が女性に話しかけ、家に入れてもらい、ワクチンを受けていない子供にとりこぼしのない様に摂取させていく。
村の一軒一軒を回って歩き、結構摂取されているので、子供に飲ませるという醍醐味はなかなか味わえなかった。が、ようやく摂取していない子供を見つけ、泣いて嫌がる口を無理やりこじ開けて、投与!
結果、今日1日で、4人の子供に投与した。ちなみに、私自身も投与。なんだか、昭和50年から52年に生まれた人は、ポリオワクチンが良くなかったらしく、あまり効き目がないらしい。パキスタンに来る前にも投与したのだが、そのストロベリー味のワクチンだけではまだ足りないというので摂取するも、マッズイ!そりゃ、子供が泣くわけだわ うん、良い勉強をさせてもらった1日だった。
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| 10 October,2004 (Sun)
日本紹介 |
今日は、朝からラーワルピンディの聴覚障害児のための学校へ日本紹介をするため、浴衣に着替え、総勢約30人で行く。
学校には、5歳から22歳(本当か?)までの子供がいて、私たちの言葉(ウルドゥー語や英語)をそこの学校の教師が手話で説明してくれるという形で、進められた。
日本の地理、衣服、食文化、宗教を説明する。私は食文化担当だったので、箸で食べることや生魚を食べることを説明するも、全然言葉が出てこない。ああ・・
そして、紹介し終わり、ジャンケン大会をして、遊びタイム。私の遊び担当は「輪投げ」。この輪投げの輪の為に先週、イスラマバード市内を走り回ったのだが、生徒があまり近寄らない。竹馬やコマ、剣玉などは人気が高い。苦労して作った輪や的など、ムダで終わるか・・と思ったが、ずうずうしくも帰るときに一式置いてくる。きっとゴミとしてだしてくれるだろう・・
イスラマに帰り、アーリー邸でこれまたご馳走をたんまり頂く。アーリーのお友達は日本から2泊3日でパキスタンという強行旅行。なのにほとんどアーリー邸から出ず、ご飯を作ってくれ、食べさせてくれた。なんてイイ人なんだろう・・・
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| 9 October,2004 (Sat)
総入れ替え |
今日、仕事に行くと、昨日までいた患者が全くおらず、新たに3人患者がいた。まさに送入れ替え。1人が人工呼吸器にのっており、残り2人は手術後の患者だ。人工呼吸器の患者は、呼吸器の設定によって、自分の呼吸が現れそうなかんじ。なので、チョこっとやってみると、まさに人工呼吸器がはずれ、1人で呼吸できる感じ。それを医師に伝えると、「明日から休み(日曜日)なので、まだ呼吸器ははずさないで」との回答。なにー!
人工呼吸器からの生存率が1%になろうか、というところで、2%になりそうな可能性を秘めている患者を、なぜ自分の身勝手で殺してしまうの? 患者は、あと2日も人工呼吸器を付ければ、肺感染症で死んでしまいそう。まさに、今が人工呼吸器からハズす時。 でも、医師の言うことが絶対のこの世の中・・・ ナントカならないかなーーーー!
今日は、仕事が終わってから、すっ飛んでポリオ撲滅キャンペーンのため、ドミトリーへタクシーで行く。が、ピンディから急いで来た私が一番乗りで、他の皆は遅刻。ま、人生こんなもの。
ポリオの知識をタップリ頭に入れた後は、JICA所長のお宅で、バーベキューを頂く。所長のお宅でご飯を頂くなんて、年に1度ぐらいなもの。おいしいご飯を頂き、アーリー邸で、更においしい日本食を頂き、うぉいしぃ餃子を食べる。でも、今週頑張ってきた明日の「ジャパニーズデイ(聴覚障害者の学校への日本紹介)」参加のため、早々に引き上げる。よし、明日は、がんばるぞー!
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| 8 October,2004 (Fri)
ナシーム死す。 |
今日、仕事に行くと、私の同僚であり、友達のナシームが「死んだ」と言う。もう、ばったりくずれるぐらいに動揺し、その場にヘタばる。
ナシームは、以前、恋人が親の決めた人と結婚してしまった時に自殺未遂を起こした人。なので、今回も、それか!と思いきや、彼女の携帯に電話してみると、全然元気だと言う。な〜んだ、安心した。
ん?誰だ、「死んだ」なんて言った人はーーー! 確かにナシームはイスラム教徒ではモラルとしてしてはいけないことをしたが、「死んじゃえ」まで言われる筋合いはない。こんな中傷を言う人が本当に許せない!!! 朝一番で怒り、すぐに気分を建て直し、仕事に向かう。
ナシーム、絶対に死ぬなよ〜!
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| 6 October,2004 (Wed)
また殺しますか・・ |
昨日ICUに入ってきた患者に対して、今日、人工呼吸器をはずすという。それは、殺人行為だってばー! 以前の殺人(9月16日)に続き、味を占めたのか、内科の1人の偉い女性医師が決断を下した。今回は、家族もすべてを承知しており、「夕方に呼吸器を切ってください」なんて言っている。家族にしろ、医師にしろ、患者の息の根を止める行為をしてはいけないってば・・ またしても、ウンザリな気分。 結局1時半に呼吸器は切られ、私の勤務時間内に患者の心臓は停止した。
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| 5 October,2004 (Tue)
シューシュー呼吸器 |
今日仕事に行くとICUは患者ゼロだった。あら、久しぶりだね〜なんて言っていたら、患者がすぐに入ってきた。
患者18歳女性で、5日前から熱が出て、3日前に痙攣が度々起こるようになり、意識混濁の為運ばれてきたらしい。運ばれてすぐに心肺停止になり、CPR(心肺蘇生)を行い心臓は戻ってきたのだが、自発呼吸はなく、体の各反射もなくなっていた。そんな状態で運ばれてきていて、最近修理に出して返って来た人工呼吸器を使うと麻酔科の医師が言い始めた。その人工呼吸器は、私も日本で使ったことがないくらい最新式のすべてコンピューター管理のモノ。その医師が使い方もわからず、私も返って来た時に技師に使い方を簡単に教わっただけ。大丈夫か、ほんとに?
疑心暗鬼で使い始めると、シューシュー後ろから空気のもれる音が・・ と、どんどん酸素ボンベの残量が減って、普通は1日半使えるハズの大きなボンベが、10分で空になってしまい、あわてて呼吸器を取り替える。まったく危ないな〜。使い方とかの以前の話で、部品が足りないじゃんかー。おお、こわっ!
あわあわしているうちに勤務終了。さて、そろそろ人工呼吸器からの生存率1%になってしまいそうな勢い。あああ・・・
今日は、銀行に行って、先々週頼んでいた小切手帳をもらいに行くも、「そんな依頼は受けていないからもう一度用紙に書け」とくる。3時間も戦って、できた結果がこれか・・ JICAの調整員に援護してもらい、10枚だけの即日発行小切手帳を作らせる。もう、戦わせないで・・
夕飯は久しぶりにドミトリーで皆と一緒に。ミホさんのお友達が持ってきてくれたというブタ肉を食べ、そのおいしさに感激。日本に帰ったら、たくさんブタを食べるぞ〜。
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| 4 October,2004 (Mon)
奇跡は起こらず |
今日、仕事に行くと、人工呼吸器をはずして経過を診ていた75歳女性患者がいなかった。まさか? そう、昨夜亡くなったと言う。ああ、やはり我がICUの人工呼吸からの存命率は2%ぐらいなのか・・・
しかし、先週から入院していた6歳の25%熱傷の子が、急性期を脱して今日他の病院に転院していった。首からお腹にかけて3〜2度の熱傷で、ちょっと危ないかな?なんて思っていたが、今日行くと元気に泣き叫んでいた。よしよし。女の子なので首に痕が残ってしまうだろうけど、今後の形成技術にまかせるしかないだろう。がんばれよ〜
同僚ナシームが入院して1週間は経ち、どうやら退院したと言う。え、今はどこに? まさか、病院の看護師寮に戻ってこられないし、目が見えない彼女を新居に1人置いておけないだろう。さてはて?ともう1人の同僚シャヒーンと話していると、また新たな情報が入った。 ナシームは左半身に軽度の麻痺が残り、目は徐々に見えてきているらしい。そして、今はムサッファラバードというカシミール地方にいるらしい。そこに旦那のジャヴェードの親戚がいるらしく、あずかってもらっているらしい。すべてが「らしい」というアイマイな情報なのだが、とにかく無事であってほしい。
今までナシームの友達だった他の病棟の看護師らは、まだ「彼女は死んでしまえばいい」なんてひどいことを言っている。その人にそんなことを言える筋合いはない。静かにしていてくれ〜。
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| 3 October,2004 (Sun)
忙しい休日 |
今日は、朝からテニスに行って、午後からピンディの同僚の娘の誕生日祝いに駆けつけ、そのままテニスでお世話になった専門家さんの送別会に参加させてもらう。ピンディに行った際にナシームのお見舞いに行こうと思っていたのだが、時間がなくて行けず。イロイロ動き回り忙しい休日だったな。
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| 2 October,2004 (Sat)
目が見えない!? |
私の同僚ナシームが入院してから1週間ぐらい経つが、最近誰も彼女の病状を聞きに来ない。法では許されても、イスラム文化では許されないもの病気。親友でさえもお見舞いに行かないと言う・・
そんな中、聞いた噂だとナシームは目が見えなくて、左半身に麻痺が残っていると言う。人工呼吸器にのる前の低酸素脳症の後遺症では?と思うが、目まで見えなくなるものか?これは精神的なものではないのか? イロイロ想像が膨らんでしまう。 明日は休み。お見舞いに行けたら行ってこよう〜っと。
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